「狙いは、儀式屋か」
「なら、ほっときゃいい話だ」
「そうでしょう?」
「だが、」

物分かりが良いと思ったのも束の間、すかさずアキはバズーカ砲を放っていた。
フェイに直接当たりはしなかったが、彼の立っていた足場に見事着弾し、がらがらと崩れ落ちた。
悪魔は巻き込まれて地面に叩きつけられた。
よりしろの体とはいえ、ダメージはそれなりに受ける。
立ち上がる直前に、いつのまにか詰め寄っていた二人のアキから、それぞれ銃口を向けられる。
フェイは、辛うじて口角を持ち上げた。

「諦められた、のでは?」
「ああ、諦めたぜ?儀式屋のことはな」
「だが、貴様を逃す、理由には、ならない」
「……しぶとい御仁だ」

ぼそりと呟いたフェイに、ところで、とアキが話し掛ける。

「お前さ、こんなこと考えたことはないか?」
「何でしょうか」
「人は、死ぬ瞬間に、何を願うのか」
「生憎と、そんな経験をまだしてませんから、わかりませんね」

次の一手を考えながら、悪魔が適当に答えていると、二人のアキが昏い笑みを浮かべた。

「なら、教えてやる」
「死ぬ瞬間に願うことはな、」

フェイの見る前で、己に向けられていた銃口を、二人は互いのこめかみに突きつけ合う。
そして、笑ったまま答える。

「「二度と目覚めませんように」」

バン──!

あっという間である。
脳漿と血液が飛び散り、そのまま二人は地面に倒れた。
そのまま、当然ではあるが起き上がる気配はない。
フェイは呆気に取られて二人の遺骸を見ていたが、やがて深い溜め息を吐いた。
せっかく興味ある人物に出逢えたのに、こうも容易く死なれてしまうとは。

「もう少し、遊んでいただきたかったのですが、残念ですね…」

やれやれと首を振って、彼は隠し持っていたナイフを取り出した。
そして、何もない空間を縦に切り裂く。
すると、一瞬にしてぐるんと世界は反転し、悪魔街が消失して元の『儀式屋』の前に戻ってきた。
こちらの世界に戻ってきたためか、二人だったアキは一人に戻っている。
最早興味対象外となってしまったアキには目もくれず、フェイは『儀式屋』の扉を見つめる。
そのまま近付き、半開きとなっている扉に手を掛けた。

「ちっ、結局また俺様は死ねないらしい」

かちり、とフェイの後頭部で撃鉄が上がった音がした。
即座に悪魔は反応することが出来なかった。
両手を挙げて、それからゆっくりと言葉を発する。

「……貴殿はどういう身体構造をされているので?」
「俺様がただ狂ってて危険だから、手綱を握るために古巣は副局長にしたってわけじゃないんだぜ?」

アメジストの瞳を笑みの形に歪め、死んだはずのアキは答えた。
そのこめかみ部分には、確かに先程穿った銃痕があり、間違いなく彼は死んでいる。
だが、今ここで、確かに彼は両足で立って悪魔を脅しているのである。

「お前は、よく俺様を調べたらしいから、それに免じて少し教えてやるよ。俺様はな、そうそう簡単に死なないんだ」
「……それは困りましたねぇ。ますます貴殿が欲しくなる」
「よく言うぜ、変態悪魔」
「では、先程の自殺は狂言だと?」
「あの状況から俺様がこっちに戻るには、お前が想定していない事態が発生しないといけない。どこまでお前が俺様を知ってるか不明だったが、一か八か、死んでみることにしたのさ」

流石にターゲットが死ねば、あの世界に閉じ込めておく必要はない。
フェイの目的は、アキが邪魔をしないことなのだ。
そのまま異空間に取り残されるおそれもあったが、それ以外に突破口はなかった。
結果、アキはこの状況に戻ることが出来た訳である。

「なるほど…貴殿の、目論み通りですか。それで、我に何を望むのです?」

問いかけた声は、意外と深刻さを欠いたものだった。
絶体絶命であるとしか言い様のない状況下であるにも関わらず、何処か他人事のような、それ。
そんな態度にアキは眉を潜めた。

「お前は、なんだ?」
「どういう意味です?」
「お前には、中身がまるでない」
「おやおや、それは我がよりしろだからではありませんか」
「違う」

低く感情を切り捨てたような声音で、アキは言い放つ。

「興味あるフリして、本心ではどうでもいいと思ってる。お前は、確かにそういった意味で悪魔だ」
「我は悪魔ですよ?我が我の正体を偽ってどうするのです?」
「俺様を虚仮にするのも大概にしとけ。神父離れて久しいが、悪魔の考えが分からなくなるほど、ボケたつもりはねぇぞ」
「……では、我が何だと仰るのか?」

今にも引き金に掛けた指を弾きそうなアキに、それでもフェイは態度を改めることなく、静かにそう尋ねた。
薔薇色の髪をした元神父は、律儀に答えようとして口を開いたが、すぐさま閉ざした。
そして、代わりに声高に笑い声を立てた。

「危ない危ない、うっかり悪魔の誘導尋問に掛かるところだった」
「おや、そうでしたか?」
「質問者は俺様だ、なのに俺様が回答する必要がどこにある?」
「……、本当に困った御仁だ」
「さぁ、お前の口から答えろ。お前がいったい、何処の──」

それ以上は、アキの言葉は続かなかった。
別にアキが気絶した訳でも、フェイが逃亡を謀った訳でもない。
突如現れた第三者に、アキは対応せざるを得なかったためだ。

「おいおい…あれほど、迷うなら抜くなって言っただろ」

己の右側から、フェイを狙って突き出された剣の持ち主に、アキはそう声を掛けた。
アキが素早い判断で、相手の喉元にオートマチックを捩じ込んだことで、フェイに剣が届くことはなかった。
喉元に銃口が突き刺さった相手は、アキを睨み付けた。

「退け」
「ヤなこった。少なくとも、今のお前の言うことなんざ、絶対に聞き入れてやらないよ──ヤス!」

名を呼ばれたヤスは、ぴくりとも表情を動かさない。
アメジストの瞳に映る同僚は、普段からは想像出来ないほどの鋭い顔付きをしている。
アキは、このヤスを知っている、儀式屋に来る以前の、サンの所有物だった頃のヤスだ。
この状態に戻っているということは、何かが引き金になってしまったのだろう。

(次々と面倒が起こるもんだな…)

ぎりぎりの線で押し止まっているヤスから目を離さず、アキはもう一人の獲物を詰問する。

「おい悪魔、お前の仕業か」
「はて、我には分かりかねますが」
「嘘を吐くな」
「嘘は吐いてませんよ?ただ、推測は出来ますが、ということです」

恐らくこの状況を笑っているに違いない悪魔に、アキの嗜虐心が高まる。