かつん、こつん。
いつもとは正反対に、静謐さを保つ店内。
その中で、今し方サンに招き入れられた少女の足音が、やけに響いた。
「今晩和、僕とのお約束、守れたみたいだね、ユリアちゃん?」
段々とその距離を縮める少女に、サンは気さくに話しかけた。
びくっとユリアの体が跳ねたが、サンはうん?と首を傾げただけだ。
「どうしたの?もっとこっちにおいでよ」
「は、はい…」
指示に従い、やがて、ユリアの姿がはっきりと闇に浮かび上がった。
年の頃は13、4歳だろうか。
恐る恐るこちらを見る顔は、まだどこか幼い印象を抱かせる。
辛うじてユリアの着た制服だけが、そのくらいの歳だと示している。
ぎゅっと、肩にかけたバッグを強く握り締める。
「そんなに怖がらないでよ。何も僕は、ちゃんとお約束守ってくれたら怖いことはしないさ」
「す、すみません」
さっと頭を下げた少女に、サンはやれやれと肩を竦めた。
まぁ、どうしても自分が恐れられてしまうのは、昔からだから仕方ないのだが。
サンは一瞬だけ闇を一瞥した。
それからまた、笑顔をその美貌の中に作り、片手をポケットの中に入れる。
「さて、ここに、ユリアちゃんと約束したものがある」
すっと、オレンジ色の小瓶をカウンターの上に置いた。
丸い蓋の部分に指を当てて、サンは言葉を続ける。
「この中には、ユリアちゃんとのお約束通り、お友達が仲良く出来る魔法が詰まってる。開けば、すぐに効果は現れるよ」
そこまで言って、サンは銀髪の奥の瞳をユリアに向けた。
じっと、その小瓶に魅入られたように、ユリアはそれを見つめていた。
だが、彼の強い視線に気づき、慌ててそれから目を逸らした。
サンは笑った。
「そんなに、欲しい?」
「はい…」
素直に答えたユリアに、サンはますますその笑みを深める。
「いいよ、あげる」
だが、言葉とは裏腹に、サンは小瓶をポケットに仕舞った。
呆気にとられたように少女が見ていると、魔術師は手を差し出した。
「ユリアちゃんの番だよ。ちゃんと確認出来たら、あげる」
「あ…そ、そうです、よね」
尤もな答えに、ユリアは急いで鞄の中を漁った。
暫くして、ユリアが鞄から一枚の写真を取り出した。
そこには、ユリアではない女の子が2人、仲良く笑って写っていた。
「これで、いいですか?」
「ふぅん…?この2人が、そうなの?仲が良さそうなのに?」
「この時はまだ、2人ともそんなに仲は悪くなかったんです」
懐かしそうに、ユリアはそういった。
そんな少女を見て、サンは尋ねる。
「それが、2人との宝物?」
「はい。いつか、こんな2人に戻って欲しくて…大切な、唯一の2人との宝物です」
「それ、僕に渡すんだよ?それでもいいんだね?」
「…それで、2人が仲良くなれるのなら」
真っ直ぐに、ユリアはサンを見た。
サンも、その視線を逸らすことなく見返す。
…やがて、サンの目が弧を描いた。
ポケットに再度手を伸ばすと。
「合格だね。さぁ、ユリアちゃんにあげよう」
一言呟き、サンは約束のものを取り出した。
そして、まさに写真と小瓶が交換されようとした時だった。
闇の中から手が伸びて来て、サンの腕を掴んだ。
そして、静寂を壊さぬように闇が囁いた。
「この子は契約違反をしている」