人がいない建物というのは、不気味さを感じる。
日頃、人の出入りが激しければ尚更だ。
そして今この場所──何処にでもあるレストランといった此処は、それに当てはまる場所だった。
様々な客が出入りし、賑わうはずの場所。
しかし深夜である今、ここには誰もいなかった。
従業員でさえ、帰ってしまった無人の場所。

無人である、はずなのに──

「ああ、来たね、儀式屋クン?」

レジ横のカウンター席に、いつの間にか1人腰掛けていた。
真っ白なスーツを着て、同じく白の帽子に長い銀髪を収めた男。
その男を、大窓から差し込む月明かりが照らし、床に長く影を作った。
男はそれに向かって、声をかけたのだ。

「急な呼び出しでごめんねぇ?」
「…気にしてないさ」

そしてその影が、答えを返してきた。
否、違う、影ではない。
影の中に紛れて、儀式屋が立っていたのだ。
儀式屋は、唯一真っ白な顔にうっすらと笑いを浮かべる。

「今日、は…この時間だから、約束の日かな、サン」
「そうだよ、もうすぐ、来るよ…愚かで純粋な女の子が」

対するサンも、にこやかに笑って応対する。

「可哀相に、あの子は一週間前、此処で友情をなくした。でもそれは自分のじゃない、友人同士の友情だった。あの子は仲の悪かった2人の仲介役として居たけれど、とうとうあの日、もう後戻りも出来ないくらいに関係が悪化した。優しいあの子はそれに負い目を感じて、僕を呼んだ」

そこまで一気に語ると、最後に謳うように一言付け加える。

「そして僕はそんなくだらなさに、愛しさを感じたのさ」
「……実に感傷的なものだね」

影の男は、ただそう感想を返した。
だが決して、皮肉な言い方ではない。

あはは、とサンの笑い声だけが静寂の中で響き渡る。
仮にも繁華街に位置するのだから、車道を走る自動車の音や、人の話し声が聞こえてもいいはずなのに、全く聞こえなかった。

「だって僕は、君よりも人間には優しいからね」
「………」

儀式屋は、今度は答えなかった。
否定も肯定も、するつもりがないのか。
答えるほどのことでもないからか。

そんな他愛ない会話をしていて、ふとサンの視線が彼から逸れた。
扉の向こうに、小柄な人影が見受けられる。
サンは再度、翡翠の瞳を彼に向けると。

「さぁ、儀式屋クン。我らがお待ちかねの、レディだよ」

にこりと笑って、人指し指をすぅっと扉の下から上へ動かす。
すると扉の施錠が解かれ、戸惑いながら1人の少女が入って来た。