リベラルの問いかけに、ユリアはもやもやした気持ちを抱えたまま考える。

吸血鬼が主人以外のを吸血することは、主人のいない吸血鬼を除けば実はあまりない。
彼らはこちらの世界に来てからは、実に慎重に生きるようになった。
不死身に近い生命力を持っていても、それは外部から他者の生命力を取り入れてこそなのである。
だがこの世界にいる人間は限り無く少なく、更に吸血鬼に自らの血液を提供する者は更にいない。
だから契約者が現れたら、その者に彼らは忠実に仕え、裏切ることはしないのである。
他の吸血鬼に自分の主人が襲われれば、結局は自らの首を絞めることとなる。
こうなると、ねずみ算式に自分たちの種を絶やしてしまうこととなる。
それだけはしてはならない、ということが吸血鬼たちの間での暗黙の了解となっている。
そのためにも、彼らは己の主人の血液だけを求めるのだが、この時に間違わないために頼るものは。

「……匂い?」

導きだした答えに、リベラルは満足そうに頷いた。

「そう、彼らは匂いを頼りにしていますわ。彼らは嗅覚がとても鋭いから覚えていて、間違わないようにしていますの。特にJは、あの人のなんていうちょっと変わったものだから、絶対に間違わない自信があったのですわ」

だけどね、と一度言葉を区切る。

「あれは、貴女とあの人の見分けがその時分からなかった。極限状態に陥った時、そこに主人以外の人間がいても彼らは吸血しようとはしない。してしまうのは、意思の弱い吸血鬼ね。じゃああれは意思が弱いのかといえば、そうじゃありませんの。寧ろ強い方ですわね。ならどうしてそうなったのかといえば、」
「私と儀式屋さんの匂いが、同じだったから?」
「その通りですわ」
「……でもリベラルさん、これを変えることは出来ないって、儀式屋さんが言ってたんです」

Jが何故ユリアを襲ったかの理由を聞いたときに教えられた、匂いが同じなのだ、と。
ならそれを変えたらいいとユリアは言ったが、儀式屋は左右に首を振った。

“私は実体を持たない。君も精神体で肉体がない。そうした者は、皆して赤色ではなく銀色の血液を……正確には血液ではないが、持つわけだ。通常の血液ならば、その人間の匂いがあるのだがね、私やユリアのような実体のない者のは、全て同じらしい。だが調べれば、違うらしいがね”
“残念だがユリア、私にはそれが出来ないのだよ。出来なくもないが、それはこの世界のルールに違反してしまうからね……”

(……ルールに、違反?)

儀式屋の言っていたことを思い出していて、ふと今引っ掛かった言葉。

ルールに違反する

その時はこの世界の法律みたいなものかと思っていたが、今は違う、きちんと知っている。
ルールとは、この目の前で優雅に笑う冷めた瞳の持ち主のことだ。
それに気付いたユリアに、女王はくすっと笑った。

「リベラルさん、」
「ねぇユリア、だけど貴女はもうその問題をとっくに解決してしまっていますのよ」
「……は?」

言おうとして、だがリベラルの急な言葉に、ユリアは名前を呼んだまでで発言を中断した。
というより、今、彼女は何と言った?

「あの……今、何と?」
「ユリアはもうその問題について、とっくに解決してしまっていますのよ」

律儀にもう一度繰り返されたが、ユリアの理解が追い付かなかった。
頭がくらくらする、というのが適切な表現だろうか。
つい先程までそれについて悩んでいたのに、もう解決したとは一体どういうことか。

「此処へ来て少ししてから、実はもう解決していましたの。驚きまして?」
「あ……はい…や、でも」
「ルール自らが手を出すことは、問題がないですもの。ね、リヒャルト?」
「陛下……」

白髪の執事に同意を求める女王を、ぼんやりとユリアは見つめながらこの突然の出来事を整理する。
分からないことだらけで、だが、一つだけ確かなことは。

「…もう、Jさんは避けない、の…?」

少女の小さな呟きに、リヒャルトから嗜められていた赤の麗人は、綺麗な微笑を浮かべてみせた。