流れる音楽は、やや暗鬱な調子へといつの間にかすり変わっていた。
これは、リベラルの心境によって変化するのかもしれない。
そうユリアが調べに耳を傾けていると、幾分語調を緩めて女王が話し掛けた。

「……そういえば、貴女のところの吸血鬼…Jも、聖裁に遭ったそうね」
「!」

突如出たその名に、少女は黒曜石を目一杯広げ、次いで困惑したように視線を向日葵色のスカートへ向けた。
素直に、その名を真正面から受け止めるだけの心構えが、今の少女にはなかったのだ。
その全てを見透かすような力強い瞳から逃れたくて、ユリアは手を握り締めスカートに皺を作った。
周囲を包み込むように、小箱から溢れる不吉な音階に乗せて、リベラルは俯く少女へ。

「ユリアをそんな風にさせるのは、あの吸血鬼のせいね?」
「……、Jさんは、悪くないです」
「そうかしら?でも、ずっと気にしているでしょう?例えば……どうして、ユリアのことを避けるのか」
「……!」

心臓が、大きく跳ねた。
物凄い勢いで全身を駆け巡る流れが、直に伝わってくる。
核心を言い当てられたユリアは、だが何も言い返せず更に強く拳を握った。
うふふ、と女王はそれが分かるのか、笑ってみせた。

「あれは、酷く臆病な生き物よ。意地っ張りの頑固者で、その上嘘吐きで怖がりな臆病者。欠点だらけの彼だけど、それでも心に優しさを持っている……でもこの優しさも、ちょっと捻くれていますの」

ユリアから自らの庭園へと視線を移し、子供にお伽噺をするような調子でリベラルは語る。
テーブルに肘をつき、手の甲に顎を乗せて微かに頭を傾ける。
さらさらと、緋色をしたシルクの髪が下方へ流れ落ちる。

「ねぇ、避けられて貴女は、彼に嫌われたとは思わなかった?」
「……そんなことっ」
「悲しくて、どうして彼が避けるのかも分からなくて、でも誰にも言えなくて。そうじゃなかったのかしら?」

ユリアの隠してきた気持ちを、リベラルは容易に暴いていく。
徐々に核心に迫ってくる問い掛けに、ユリアは為す術がなかった。
今、女王が漫然の笑みで述べている内容が事実なだけに、否定が出来ないのだ。

「そしてユリア、貴女もそんな彼に何を言ったって、何をしたって意味がないと、距離を置き始めているでしょう?」
「それは……!」
「違わない、そうですわね?」
「…………」

答えられず、ユリアは口を固く閉ざした。
それが、無言のうちに肯定を示していることは、誰の目から見ても明らかだった。
リベラルはそんな様子のユリアを目に留めてから、ふとリヒャルトを振り返った。
彼は女王のサファイアよりも澄んだ瞳を見つめ返して、何やら彼女に言い聞かせるように一つ頷く。
それを受けた彼女は、彼に柔和な笑みを送ると、今にも泣きだしそうになっているユリアへ。

「……ユリア、でも悲しむことはありませんのよ。何故ならばこれは、あれがそうなるようにと仕組んだことですもの」
「………え?」

上げた顔は不思議そうで、それより先の説明を待ち構えていた。
それに応えるように、リベラルは口を開いた。

「貴女があれを避けるように、あれはわざとそうしているのよ……貴女は可哀相だけれど、騙されたのね」
「え……な、何で…」
「貴女をあれなりに守るため、かしら」
「守るため……?」

いよいよリベラルの言わんとするところが分からなくなり、ユリアは深く考え込んでしまった。
女王は短くリヒャルト、と名を呼ぶ。
彼女のその一言に含んだ意味を汲み取ると、リヒャルトは一歩前へ歩み出る。
それから思考の深みに沈む少女を引き上げ、答えへ導くように言葉をかけた。

「聖裁における吸血鬼の扱いとは、どのようなものかご存知ですか」
「……吸血鬼の血液を採取する?」
「その目的は?」
「契約者がいる場合、その契約者以外の血液を吸血していないかを確かめるため、でしたか?」
「そうです、では」

と、そこで彼は言葉を区切り。

「契約者以外の血液を吸血していた場合は?」

変わらぬ温かみを持つ琥珀の瞳が、静かに問いを投げ掛けた。