(怖い怖い怖い怖い…!!!)

ユリアはレストランを飛び出した後、何処へ向かうでもなくただ走った。
頭の中は『怖い』という言葉でいっぱいだったし、他のことなど考える余裕もなかった。
ユリアはひたすら、夜の街を駆け抜けた。



もうどのくらい走ったろうか。
ぜぇぜぇと荒い息を繰り返し、ユリアは足の勢いを徐々に緩めていった。

「うぁっ…」

限界に近かったのだろう、脳が酸欠だと訴えて、少女は目眩を起こすとそこへ座り込んだ。
そうすると、ユリアはもうそれ以上動けそうになかった。
揺らぐ視界に気持ち悪さを覚え、目を閉じて何度も大きく呼吸を繰り返す。
冷たい夜の大気を何回か取り入れて、大分楽になった。

「はぁ…」

最後にひとつ、大きく息を吐くと、漸くユリアの頭は稼働し始めた。

初めに浮かんだのは、あの魔法使いのことだった。
見つめられた瞬間、頭の中に流れ込んだ言葉。
思い出しただけでも全身が総毛立ち、恐怖にぶるりと震えた。
ちらっと、背後を確認する。

「…………」

ただ、静かな街並みがそこにはあり、あの魔法使いは追ってきてはいなかった。
ほっとしてから、しかしユリアはどこか違和感を感じた。
なんだか、いつもの風景と違う気がしたのだ。
もう一度街を見渡す。
闇夜にただ、静かに眠る世界…
何だろう、とユリアは疑問を追求しようとしたが、遂にそれは解決されなかった。
今まで忘れていた、一番重大なことを思い出したからだ。

──あの店に置いてきた、少年のことを。

「……!!」

思い出した途端、怖気立った。
今、マサトは、あの中に取り残されているのだ。
それがどういう状況なのか、想像しただけでも恐ろしかった。

いくら怖かったとはいえ、マサトを置いてくるだなんて…

ユリアはぎゅっと手を握った。
その時、ふと何かを持っていることに気付いた。
その手を見て、少女は小さな声をあげた。
それは、握ったせいで少し皺々になってしまった写真。
…今回マサトをこんなことに巻き込んでしまった、原因だった。


──…魔法使いを召喚し、契約を結んだ、あの夜。
魔法使いは、ユリアに『2人との友情の証』を取引の条件とした。
もっと難しいものを要求されると思っていたのだが、そうでもなかった。
ユリアはそれを承諾し、一週間後に取引をすることとなった。
マサトに出会ったのは、その帰りだった。

「あれ、ユリア、今帰り?」

時刻は午前3時を過ぎていて、どの家もまだ寝静まっている。
誰にも会わず、無事に家の前まで辿り着いた時、ユリアは背後からそう声をかけられたのだ。
思わず少女は飛び上がりそうになった。

「マ、マサト…!」

ばっと振り返り、暗闇に朧気に浮かぶ輪郭と、よく聞き慣れた声で、ユリアはその人物を特定する。
それは、隣に住んでいるマサトだった。
活発な少年で、いわゆる幼なじみというやつだ。
彼は、珍しいものでも見るかのように、まじまじとユリアを見つめた。
その視線は居心地が悪く、ユリアは彼を睨み上げる。

「何よ…」
「どこ行ってたんだ?」
「関係ないでしょ」
「ふぅん?なら、ユリアの親父さんにそう言ってやる」
「なっ…?」

いったい、どういうつもりだ?
ユリアは急な発言に、一瞬呆けてしまった。
その反応をどう取ったのか、マサトはにやっと口角を吊り上げ笑った。

「…アレだな?彼氏の家にでも泊まってたんだろ?」
「違うわよ!」
「じゃあ言えるだろ」

否定すれば、今度はそう言ってきた。
確かに言おうと思えば、言えないこともない。
だが、本当にありのままを語って、信じるのだろうか?
それに“噂”によれば、誰にも言ってはならない、という掟があった。

だが黙秘すれば、マサトはユリアの親に今のことを言うだろう。
黙って出て来た分、それもそれでまずかった。


ユリアは頭を抱えて悩みに悩み抜いて…とうとう、マサトに語ってしまったのだ。

その時は、まさかこんなことになるとは露ほど思わずに…