そんな状態が一週間続き、今朝ミーティングが終わってすぐ、二人揃って儀式屋に引き止められた。
もしかして、とユリアは不安に思ったが、内容はまったく別のことだった。
むしろ、Jと今度こそ互いに向き合い話せる場を持てるような、内容だった。
ユリアはその話に胸を高鳴らせたが、自分まで行く理由がないと言い張る彼に、すぐさまその気持ちは重りを付けられ沈み込んだ。
表面上の理由はなんであれ、結局のところユリアと共にいたくない、という意思表示なのだ。

(だったら、私一人で行けばいい…なのに)

なのに何故、彼はユリアを一人で行かせることにも反対するのだろうか。
いっそ、潔く突き放してくれた方が、こちらも気持ちが固まるというものだ。
…ユリアはそれまで見つめていた背中から視線を外し、睫毛をそっと伏せた。


「…それにだね、君は自分のことで頭がいっぱいだろうから忘れたのかもしれないが、今は聖裁をどこもかしこもしてるように、私は記憶してるがね」

悲しそうな表情で顔を背けた少女を見ながら、儀式屋は覇気を無くした男に語り掛けた。
やや意表を突かれたのか、俯いていた男の頭が僅かに持ち上がった。

「悪魔がうろついていようものなら、ミュステリオンが黙っていないだろう。ユリアも傍目には普通の少女だ、誰も私のだと疑う者などいまい?」
「………そう、かもね」

漸く返事を寄越した彼の声は、ほんの少し安堵が交じっていた。
その理由を闇色の男は知っているから、いつもの薄ら笑いよりも濃い笑みを張りつけた。
じわり、と弱まった胸元を掴む手を、逆にこちらから強く掴む。

「っ……!」

歯を食い縛り悲鳴を抑えはしたが、相当な激痛がその腕に走ったに違いない。
そうと知って、わざと儀式屋は強く握り締めているのだ。

「では、君のために繰り返しておこう。君が、ユリアに同行して彼女の下へ行くことは許さない。いいね?」
「分かって、る…!」
「宜しい。まぁ君が、今更何をしようと、君の勝手だがね」

それだけ告げると、儀式屋はあっさりと腕を放し、更に軽くJを押しやった。
と、押された彼はそのまま二三歩後退し、自分をじっと見つめているようだった。
が、最早儀式屋にとって彼は、興味の対象から外れてしまった。
意識は次の対象であるユリアに、既に向いている。
だからJの方は一切向かず、少女の前へと歩みを進めた。
暗黙のうちに、それはJへの退室命令だ。

「さてユリア、Jとの話も折り合いがついたから、君に早速行き方を教えることとしようか……ユリア?」
「……あ…は、はい!すみませんっ」

ばっと勢い良く振り向き、次いで頭を下げ謝る人物を、真紅の瞳に映す。
少女の反応が遅く大袈裟なほど驚いたのは、意識が深いところへ潜っていたせいか。
あるいは──

ばたん、と静かな部屋に、扉が開閉される音が響いた。

──あるいは、今し方出ていった男を見ていたせいか。
はたまた、その両方か。

下らない、と思考の片隅で判断する。
それから、儀式屋はいつものような笑みを唇に乗せる。

「行き方をこれから見せるから、その場に立ってくれるかね?」
「はい……?」

と、ユリアは僅かに首を傾げながらその場に立った。
儀式屋の、微妙な言葉のニュアンスを汲み取りきれなかったためである。
教える、ではなく、見せるとは?

すぅっと、死者の色をした指先が伸びてきた。
伸ばされた人差し指だけが、ユリアの額に押しあてられる。

途端に、ユリアの中へ情報が大量に流れ込んだ。

「!」

そして儀式屋の指が離れた時、はっとしてユリアは息を呑んだ。
頭の中に流れ込んだのは、見たこともない景色だった。
しかし今、ユリアはそれを“知っている”のだ。
ずっと前から、何度もその道を通り、壊れてはまた作り出されるものを見てきた、という意識が刷り込まれている。
一度もこの足で歩いたことのない道、なのに知っている。

ユリアはその妙な感覚に戸惑いを覚え…そんな少女に、雇い主の男はくすりと笑った。