──…‥陽はとうに落ち、時刻は闇が支配する頃だった。

「おやすみ、アリア」

儀式屋は、既に眠ってしまったアリアの鏡に、ベールをかけてやる。
それから振り返って…ランタンの灯りにぼんやりと浮かぶ、アンティーク調の柱時計に目を遣る。
長針と短針が、もうすぐ重なりそうだ。

「…………」

彼は、物音を立てぬように室内を横切ると、玄関へ向かう。
『OPEN』となっているプレートを、反転させるためだ。

──彼がそう呼ばれるように、此処は“儀式屋”という店だ。
名前を聞く限り、誰かのために儀式を執り行っているのかと思うが、そうではない。
此処は、儀式をするために必要な道具を、すべて取り揃えた店だ。
また、執り行うための個室も用意されている。

ただし、正当な者のためにではない。
少し訳有りな者のために、だ。

「さて…今日は何人の人間が、苦しんだのやら…」

『CLOSED』とプレートを置くと、彼はふと呟いた。
…呪いをかける者も、少なくはない。
寧ろ、大半はそうした連中ばかりだ。
そして、その呪いにかかっても生き残った者が、いつか此処へ来る。
その呪いを解き、更に呪い返すために。
そうして呪いは延々と循環していく。
どちらかが息絶えるまで。
その間、ずっとこの店は必要とされる。
…そうした者が、居続ける限り。

しかし──


「……!」

部屋へ戻った直後、彼は雷にでも打たれたかのように、硬直してしまった。
それは、微かに部屋に聞こえた呻き声によるもの。
真紅の瞳を鋭利なまでに細めると、聞こえた方を見つめる。
その視線の先は、彼の机上に置かれた烏を模したオブジェ。
声は、そこから発されていた。

「…喚ブ…彼……女…」

小さく開かれた口からは、その単語だけが繰り返し吐き出された。
儀式屋はそれを聞くと体の緊張を解し、その顔に笑みを浮かべた。

「“魔法使い”が喚ばれた…」

くすくすくすくす。
笑いを零すと、彼は椅子に引っかけていた闇色のコートを羽織る。
その様子は何処か楽しそうで──そう、まるで新しい玩具でも見つけたような。

「今夜はどのくらい私を魅了してくれるかな?」

そう言葉を紡ぐとランタンの灯りを消して、彼は闇に溶けていった。