まだ陽も差さぬような時間帯から、その日は騒がしかった。
いつもであれば放っておくのだが、どうにも今回はそうはいかなかった。
というのも、それは単に騒ぎが気になったからではない。
自分の睡眠を妨害した者を、許さずにはいられなかったからだ。
すぅっと彼女は息を吸い込むと。

「もっと、静かに、出来ないの!?」
「……おはようアリア、起こしてしまったのかな?」

ぴたっと、音が止んだ。
それから少しくぐもった声が、ベールの向こうから返事を寄越した。
アリアと呼ばれた彼女は、少しつり目気味の目を更に吊り上げる。

「当たり前よ!こんなに五月蝿くされたら起きるに決まってるじゃない!」
「やれやれ、一応ベールをかけておいたんだがね」

声が近くなる。
それと同時に、ゆっくりとアリアの視界からベールがなくなっていく。
ベールが全てなくなると、今度は視界いっぱいに男の顔が映る。

少し長めの黒髪。
切れ長の、ルビーをはめ込んだような紅い瞳。
薄ら笑いを浮かべる唇。

そんな男が、アリアの顔のぎりぎりの位置にいる。
だが、アリアは気にはならなかった。
もはやそれは、自分が“ここ”に居る限り、逃れられない習慣だからか。

「…あのね、私は“鏡の中”にいるわけ。いくらベールかけても、振動が大きければ嫌でも起きちゃうの」
「ああ、それは失礼」

男は笑って、アリアに己の非礼を詫びる。
アリアはぶすっとして暫く男を睨んでいたが、やがて溜息をひとつ吐いた。
男は笑顔のまま彼女に尋ねる。

「もう私に怒らないのかな?」
「……もういいの、いつまでも怒ってたら疲れるわ…」
「それはそれは」
「ところで、朝から何してたの?」

アリアは先の話題をさっと切り上げると、今度は自分を起こした原因を尋ねた。
男は、ああと呟いた。

「急用が入ってね、ついさっき帰って来たところなんだ」
「こんな朝から?」
「そうさ。それで少しくつろごうと、色々していたら君が起きたのさ」

どうしてくつろぐだけで、そんなに五月蝿くなるのか。
アリアは疑問に思ったが、口には出さなかった。
この男の“くつろぐ”というのが、少々悪趣味なのを彼女は知っている。
だから代わりに、違う問いかけをした。

「どんな急用だったの?」
「聞きたいのかい?」
「だって私を起こした原因を作ったものよ、知りたいじゃない」
「いいよ。でも、それは後片付けをしてからでもいいかい?」

そこで漸く、男の顔がアリアの目の前から離れた。
そして、新たに視界に飛び込んできたものに、アリアは顔をしかめた。

「また貴方は…早く片付けてよ」
「言うと思ったよ」

男は実に楽しそうに笑って、床に散乱した何とも形容しがたい生き物の残骸と、真っ赤に染まった凶器の始末を始めた。
そんな後ろ姿を見つめながら、アリアはぶつくさ小言を呟く。

「全く…いくら自分の職業がそれだからって…毎回見るこっちの身にもなりなさいっての」

そう、嬉々として作業をする儀式屋の背を、暫くアリアは眺めていた。