「……、アキちゃん、自分が言ったこと、分かってる?」

あの儀式屋さえもが絶句した中、隣に腰掛けていたJが、恐る恐るそう尋ねた。
それに対しての返事は、首を縦に振るだけ。
あまりに簡単な返事に、Jは頭を抱えて俯いてしまった。
その彼の対面に座すヤスが、実に同情的な表情で見ていた。

「君が時折面白いことをいうのは重々承知していたつもりだったが、」
「時折ではないと思うわ」
「……、今回はどういった了見があるのか、是非聞きたいね」

鏡に住まう美女すら投げ遣りな声を掛ける中、思考が戻った闇色の彼が真意を問う。
ベビーピンクの頭をやや傾け、少しの間をおいて彼は答えた。

「あいつ、煩い……」
「……ああ、成程な…」
「どういうことかしら?」

納得したらしい儀式屋に、アリアが説明を求む。
そうだね、と一言置いてから、アキの抜け落ちた説明を補いつつ口を開く。
他の三人も、儀式屋の方に顔を向けて、一言足りとも聞き漏らさないよう集中する。

「彼の美術品に対する入れ込みはさることながら、その知識は私すらも凌駕するほどで、聞けば成程と感心するのだが……ただ一つだけ、他者へもそれを強要するという難点があってね…」

切れ長の眼にはめ込まれたルビーが、呆れたように細くなる。
それは、体験した本人にだけが成し得る表情だ。

「この通り、アキは基本的に無口な上口下手だ。それがアンソニーには大変都合が良くてね。何せ自分が話したいだけ話せる相手……アンソニーがアキを毎回指名する理由はそこにある。だが、自分の美術品に対する話が長すぎるせいで、なかなか仕事の話に入ろうとしない。それがアキには苦痛で仕方がない──顔には出ないがね」
「あー……それで、今回はユリアちゃんを連れていくってわけか…って、それなら今までだって俺たちでも良かったんじゃないの?」
「……珍しいの、好き」
「…………見慣れてる俺たちはいらないってか。あーつまんない!」

ふんだ!と不貞腐れた吸血鬼には何も興味を示さず、真っ直ぐに少女へ視線は向けられている。
初め、ユリアはそれを何とも気にしていなかったが、あまりにもアキが見つめてくるものだから、何か意味があるのかと思考を巡らせた。
暫く黙考して、もしや彼はユリアからの返事を待っているのでは、ということに思い至った。
彼はユリアを連れていくとは言ったものの、誰もそれについての許可を出していない。
寧ろそれは、ユリアが肯定しなければならない事項なのである。

(どうしよう……)

何となく、雰囲気的には断りがたい。
だが此処で頷くのも、躊躇われた。
何せユリアは、話の半分も理解しきれていないのだ。
アンソニーが美術品を愛でていて、最近その彼の周囲に怪しい人物がうろついているというのは分かる。
だが、そんな人物に会ったこともなければ、名前すら聞いたこともない。
見ず知らずの人物に会うのは、どうにもユリアは苦手である。
では前回のリベラルの件はどうなのかと言えば、あれは儀式屋に行けと命令を受けたから行ったまでのことだ。
それにアキと二人だけで行くのも、不安といえば不安だった。

「あの、旦那ー」

ユリアが悩むその横で、長い腕がひらりと上に伸びた。

「何かね、ヤス」
「俺もユリアちゃんと同伴しても、いいっすか?」

え、と驚いて少女がそちらへ意識を向けると、雇い主の方を向く彼の顔は、何故か笑っていた。

「理由は?」
「アキさんが仕事に突っ走ってった場合、誰がユリアちゃんを守るんすか?」
「……ふむ」

ヤスの弁に、儀式屋はその病的に白い手を顎へあてがった。
儀式屋が沈黙している間に、ちらりとヤスの黒い瞳がユリアを盗み見た。
視線が絡み合った刹那、青年はその目を柔らかくする。

「好きにしたまえ、アキもいいね?」
「………ん」
「有難うございます、旦那、アキさん!」
「えー!それなら俺も……」
「おや、先刻詰まらないと言ったのは誰かね?」

儀式屋の冷たい一言に、Jはうっと詰まってしまう。
それから席を立ち儀式屋のデスクに寄れば、しつこく粘って言い募りだした。
その様をユリアが見ていると、ヤスの顔が少女の耳元へ近付いて、

「俺も一緒っすから、大丈夫っすよ」

優しいその声に、黒髪の少女は大きく頷いた。