──数十分後。

とっくに帰ってしまったサンを除く『儀式屋』の面々は、スタッフルームに集っていた。
いつものように、儀式屋は彼の所定位置におり、そのすぐ傍の鏡には絶世の美女。
儀式屋に背を向けるようにして、赤革のソファにはヤスとユリア。
その二人の対面になるようにしてJと、入って来て早々に倒れた問題の男──アキがいた。
しかし彼は、初めて見た時よりも随分容貌が変化していた。
ぼさぼさで薄汚かった髪は、艶やかな淡い桜貝の色を取り戻していたし、露出している部位は全て綺麗になっている。
服装もポロシャツにジーパンとラフな恰好ではあるが、先程よりも幾分もマシである。
それでも、危ない雰囲気が全て消えている訳ではなかった。
赤の太いフレームの奥にある猫科を思わせる紫の瞳は、どうも焦点があっていないように見える。
その下には、例え何でも消せる消しゴムがあったとしても消えないだろう濃い隈が、くっきりと描かれている。
無表情とは言えないが、何処か心此処にあらずといった表情。
そして何よりも彼を、危ない存在へと昇格させているのは──

「こいつは、アキ。ヤス君よりも前から居るんだけど、この店に居るよりか儀式屋の命令で色んなとこに行ってることが多いね」
「……………」
「ちょっと無口だけど、喋る時は喋るよ。人見知りだから、アキちゃんから喋ったりはなっかなかないんだけどね」
「……………」
「……あと、これは俺が記憶を失したのと同じようなもんだから、気にしないで?」
「………あ、はい」

同じようなもの、と言われて漸くユリアは返事をした。
“これ”とは、一心不乱にアキが繰り返している作業だ。
カラフルな縞模様の深皿に山のように盛られた、ラムネのように小さな食物。
それを一つずつ摘んでは口内へ放り込み、ばりばりと噛み砕いて嚥下。
その一連の動作に、ユリアは目を釘づけにされていた。
その物体が本当にラムネだったのならば、ユリアも深くは気にしなかっただろう。
アキが食べ続けているのはお菓子ではない、タブレットなのだ。

「アキはそれで栄養を摂っているようなものでね……見慣れれば、普通になるさ」

ぼりぼりという咀嚼音をバックミュージックに、儀式屋がそう付け足した。
遠くを見つめたまま、スナック菓子を食べる勢いで次々と口の中へしまうそれ。
この光景が見慣れるように果たしてなるのかなど、今のユリアには全く予想が付かなかった。
そんな少女を余所に、彼らは話を続ける。

「アキ、君の前にいるのが新入りのユリアだ。名前と姿を、きちんと覚えておくように」

タブレットを運び続けていた指が、儀式屋の言葉により深皿に突っ込まれた形で固まった。
そのまま焦点の合っていなかった瞳が、ゆっくりとユリアの姿を捉える。
暗い光を称えるアメジストが、長身の男の横で縮こまっている少女を、下から順に眺めていく。
顔の位置まで視線が上がった時、眼鏡の奥の目が見開かれた。

「…………覚えた」

小さく開かれた口から、擦れた声が一言紡いだ。
短い動詞の一つだが、やけに静かなこの部屋には響き渡った。

「ふむ、宜しい」

薄ら笑いを浮かべる唇がそう告げると、アキは何事もなかったように再び“食事”を始めた。
ユリアの顔を見ていた目も違う方へ注がれ、地道な作業を繰り返す。
そんな彼に、儀式屋は執務机から話し掛ける。

「さて、アキ。そのままでいいから、聞いていたまえ」
「……………」
「君の報告を聞きたいとこだが、その前にもう一つ仕事をしてもらいたい」
「………仕事?」
「そうだ。アンソニーを覚えているね、彼が君を指名している」
「……捜し物?」
「いや、違う。何者かが、彼の屋敷というか美術館近くを徘徊しているようでね……詳しくは彼から聞きたまえ」
「……………」

こくり、とアキは一つ頷いてみせた。
どうやら仕事内容に関して同意したらしい。
それに対して儀式屋も、常より口角を持ち上げた。
だが、その笑みは直ぐ様打ち消された。
地道な作業によりタブレットが半分程に減ったところで、アキは手を止めた。
そのままその手を人差し指だけ立て、彼の正面を指し示した。

「連れて、いく」

指差された相手──ユリアはおろか、他のメンバーさえもが、言葉を一瞬無くした。