──聖裁では、悪魔たちは悪魔街において危険行動をしていないか監察され、あればその場で罰される。
そんな彼らより個体数の低い吸血鬼は、生き残るために精神世界の誰かと契約を結んでいることが多い。
その契約者からの血液を吸血することで、何とか生き長らえているのが現状なのである。
ミュステリオン側は、それで騒ぎを起こさずおとなしくしているのであればと、彼らを生かしている。
吸血鬼は悪魔に比べれば数が少ないため、その気になればすぐ様片付けることも容易だからだ。
そして生かす代わりに、聖裁の際に血液を採取して規則を守っているか確認しているのである。
契約者の血液反応しかなければ、可。
だが、もしもそうでなかった場合は──

「……吸血鬼は、罰されてしまう」
「それから?」
「契約者と、その血液を提供した人も、同じ目に遭わされてしまう…」

罰される──それはつまり、死を意味しているに他ならない。
そしてまた、その吸血鬼の契約者、更にその血液を提供した者をも、同じ様に罰されるのである。
例えそれが、吸血鬼に襲われてしまったため無理矢理だとしても。

「……ユリアは賢い娘だから、もう気付いたでしょう?Jが、貴女を避けている理由」

至極穏やかな口調で、女王はそう切り出した。
吸血鬼の名に、ユリアの小さな肩が反応する。

「貴女を避け続ければ、いずれ貴女自身も彼を避けるようになる。そうしたら、ユリア、貴女を彼が誤って襲って、最悪の事態を引き起こすことはなくなるわ」
「…………」
「捻くれた優しさ…だけど、ユリアを守るためには最良の道ですわね」

彼がユリアを守るために選択した、彼なりの最大限の優しさ。

あの時、もしもユリアの血を飲んでいたら、ユリアも、Jも、そして儀式屋さえもが罪に問われていたのである。
それと同じ過ちを繰り返さないためにも、Jはわざとユリアを遠ざけている。
あまりにも不器用な、優しさ。

「……嫌です」
「何が、」
「そんな風に守られるのは、嫌です!」

きっ、と黒い瞳を真っ直ぐにリベラルへ向けると、ユリアはそう叫んだ。
女王とその後ろに控える執事は、目を見開いた。

「……分かってます、Jさんが私のことを守ろうと必死になってくれてること。それを拒絶したら、Jさんの気持ちを踏み躙ってしまうこと……だけど、一言欲しかったんです…私は、それが受けとめられない程、弱くないのに…」

堰を切ったように、今までひた隠し沈めてきた思いが溢れ出た。

Jは儀式屋に来る以前の記憶を、持ち合わせていない。
そのせいで、時折自分が分からなくなってしまい、酷く不安定になるという。
だから彼は、彼を支え彼の日常を作る今を無くさないために、必死にそれらを守り生きている。
だからミュステリオンと不必要に闘うのも、その不安を払拭してくれて、自分を認識させてくれる相手であるからだ。

“でもね、そんな生き方をするあの子が、私にはどうしても苦しんでるようにしか見えないの……”

鏡に住まう美女は、そんな彼を見てそう言っていた。
彼は“今あるもの”を守るためならば、どれだけ嫌われようが傷つけられようが、全く気に留めてない。
何かを無くすことが怖くて仕方がないのに、自分を壊してしまおうとする。
まるで──死に急ぐような行為。
だからこそ、より自分を生きていると実感出来るのかもしれない。

だがそんな生き方を、一体誰が望んでするのだろう。

「……ならユリア、あれが貴女を避けなくなるようにするには、どうしたら良いか分かるかしら?」
「………どうした、ら……?」
「そう。根本的な問題……だってあれは吸血鬼よ。吸血鬼は、主人の血液しか通常は摂取しない。極度の吸血衝動に陥ったら理性がなくなるけれど、それでも出来るだけ主人を求めて奔走する……この時、何を頼りにしているか、分かるかしら?」

女王が氷の瞳を細めて、尋ねた。