「……あはっ、今回はとっても楽しかったな」

久方ぶりに目に入る大量の光に、翡翠の宝石を瞬かせる。
何度かそうしていると、すぐに世界とピントが合う。
一番に視界を支配したのは、瞳と同じ色、それよりなお濃い碧。
その群がる碧の隙間からは、精神世界と変わらない同じ空が現実世界を包んでいた。

「本当にね。珍しい人間だった」

無邪気な子供のように言う魔術師と相対する彼が、闇を引き連れてトンネルから姿を現した。
相変わらず白い能面のような顔には、薄い笑みが刻まれている。
サンは儀式屋を振り返ると、くすくす笑いを漏らした。

「張り切った甲斐があったよねぇ」
「そうだね」
「ねぇ儀式屋クン、彼はいつ、気付くかな?」

早くとっておきの悪戯にかかって欲しくて仕方がないのか、いつになく弾んだ調子でサンは問う。
そうだね、と儀式屋は言葉を繋ぎ、顎に手を当てる。

「賢い人間ならば、もう意味には気付いてるだろうね」
「あ、またそんな悪い答え方をするんだ、キミは」

言葉は非難めいたものだが、サンの表情は決して怒りを形成してはいない。
白いハットを被り直し、サンは翠瞳を弧に描いた。

「彼がそんな賢い人間に、見えるっていうの?」
「……賢ければ、元より貴方に頼ろうとはなかなかしないね」
「ほぅら、それが答えだよ。キミ、最初から彼に期待してなかったでしょ?」
「おやおや、まるで私に心がないみたいな言い方をするのだね」

指を差して確信したように言ってくる魔法使いに、儀式屋は苦笑を禁じえなかった。

「私は期待していなかった訳じゃないよ?……裏切られたがね」
「……つまり、彼が僕との約束を守らないって、思ってたんだね?」
「そうとも。そうであれば、彼はまだ賢い人間でいられたのだよ」
「そうかなぁ?」
「まぁ……、貴方はこういえば、私を人でなしと言うだろうがね、」

一度口を閉じると、彼は緋色の瞳をやや諦めに近い色へ変化させた。
白い魔術師は、その視線を不思議そうに受け止め、言葉の先を促す。

「自分の過去を捨ててまで、他人を生き返らせたいだなんて、正気の沙汰じゃないと私は思うのだよ」
「あはっ、なるほど。うーん、人でなしとは言わないけど、儀式屋クンは人間の情状に無関心すぎるなぁ」

儀式屋の回答に、白い魔術師は唸りながら答えた。
今回の願い──それはある青年が事故で亡くした友人を、生き返らせたいというものだった。
青年は藁にも縋る思いで、この願いを叶えてくれるという魔術師を召喚したのである。
だが、ただ単純に青年は生き返らせたいと願ったわけではなかった。
彼は“自分が過去に戻って、事故をなかったことにする”と言ったのだ。
サンはその願いを承諾し、代わりに彼の生きてきた記録全てを差し出すように命令したのである。

「でも、契約違反したらしたで、キミから罰を与えられるだけじゃないか」
「二度とこんな馬鹿げたことを思いつかなくなる、いい機会だと私は思うがね」
「キミ、普通に返す気ないくせに、よくそんなこと言うよね…やっぱり僕の方が、人間に優しいよ」

洗練された空気に溶けてしまいそうな銀髪を払い除けて、やや馬鹿にしたようなニュアンスを含めて言い返した。
それはどうかな、と儀式屋は元より刻んでいた笑みを広げる。
その嗤いは、この密やかな空間には全く似付かわしくないものだった。

「貴方が彼に渡したもの…彼がその意味に気付いたら、貴方は彼の救世主ではなく災厄になる。そして貴方は、そうなることを望んでいる……これでも貴方が、人間に優しいと断言出来るのかね」
「そうだよぉ?」

儀式屋の刺のある言い方に、サンは自信たっぷりに碧い唇を吊り上げた。
くすくす笑いを漏らし、ひどく愉快そうな声音を以てして、答える。

「ビスケットを一つ食べることで、彼の望む時間に戻れる…でも知ってる?事故をなくそうが、命の刻限は変わらないんだ。だから結局、その友人は別の形で死ぬ。そしてまた彼は時間を戻して、の繰り返し…それで遂に気付くんだ。友人を生き返らすたびに、同時に殺してもいること……可哀想だよね、何度も死の恐怖を味合わされて…そしたら彼は、どうするのかな?ねぇ、何回目で気付くのかな?」

くすくす、くすくす

魔術師の残酷なほど澄んだ笑いが、暗闇のトンネルへと吸い込まれた。