一章§06

(怖い怖い怖い怖い…!!!)

ユリアはレストランを飛び出した後、何処へ向かうでもなくただ走った。
頭の中は『怖い』という言葉でいっぱいだったし、他のことなど考える余裕もなかった。
ユリアはひたすら、夜の街を駆け抜けた。



もうどのくらい走ったろうか。
ぜぇぜぇと荒い息を繰り返し、ユリアは足の勢いを徐々に緩めていった。

「うぁっ…」

限界に近かったのだろう、脳が酸欠だと訴えて、少女は目眩を起こすとそこへ座り込んだ。
そうすると、ユリアはもうそれ以上動けそうになかった。
揺らぐ視界に気持ち悪さを覚え、目を閉じて何度も大きく呼吸を繰り返す。
冷たい夜の大気を何回か取り入れて、大分楽になった。

「はぁ…」

最後にひとつ、大きく息を吐くと、漸くユリアの頭は稼働し始めた。

初めに浮かんだのは、あの魔法使いのことだった。
見つめられた瞬間、頭の中に流れ込んだ言葉。
思い出しただけでも全身が総毛立ち、恐怖にぶるりと震えた。
ちらっと、背後を確認する。

「…………」

ただ、静かな街並みがそこにはあり、あの魔法使いは追ってきてはいなかった。
ほっとしてから、しかしユリアはどこか違和感を感じた。
なんだか、いつもの風景と違う気がしたのだ。
もう一度街を見渡す。
闇夜にただ、静かに眠る世界…
何だろう、とユリアは疑問を追求しようとしたが、遂にそれは解決されなかった。
今まで忘れていた、一番重大なことを思い出したからだ。

──あの店に置いてきた、少年のことを。

「……!!」

思い出した途端、怖気立った。
今、マサトは、あの中に取り残されているのだ。
それがどういう状況なのか、想像しただけでも恐ろしかった。

いくら怖かったとはいえ、マサトを置いてくるだなんて…

ユリアはぎゅっと手を握った。
その時、ふと何かを持っていることに気付いた。
その手を見て、少女は小さな声をあげた。
それは、握ったせいで少し皺々になってしまった写真。
…今回マサトをこんなことに巻き込んでしまった、原因だった。


──…魔法使いを召喚し、契約を結んだ、あの夜。
魔法使いは、ユリアに『2人との友情の証』を取引の条件とした。
もっと難しいものを要求されると思っていたのだが、そうでもなかった。
ユリアはそれを承諾し、一週間後に取引をすることとなった。
マサトに出会ったのは、その帰りだった。

「あれ、ユリア、今帰り?」

時刻は午前3時を過ぎていて、どの家もまだ寝静まっている。
誰にも会わず、無事に家の前まで辿り着いた時、ユリアは背後からそう声をかけられたのだ。
思わず少女は飛び上がりそうになった。

「マ、マサト…!」

ばっと振り返り、暗闇に朧気に浮かぶ輪郭と、よく聞き慣れた声で、ユリアはその人物を特定する。
それは、隣に住んでいるマサトだった。
活発な少年で、いわゆる幼なじみというやつだ。
彼は、珍しいものでも見るかのように、まじまじとユリアを見つめた。
その視線は居心地が悪く、ユリアは彼を睨み上げる。

「何よ…」
「どこ行ってたんだ?」
「関係ないでしょ」
「ふぅん?なら、ユリアの親父さんにそう言ってやる」
「なっ…?」

いったい、どういうつもりだ?
ユリアは急な発言に、一瞬呆けてしまった。
その反応をどう取ったのか、マサトはにやっと口角を吊り上げ笑った。

「…アレだな?彼氏の家にでも泊まってたんだろ?」
「違うわよ!」
「じゃあ言えるだろ」

否定すれば、今度はそう言ってきた。
確かに言おうと思えば、言えないこともない。
だが、本当にありのままを語って、信じるのだろうか?
それに“噂”によれば、誰にも言ってはならない、という掟があった。

だが黙秘すれば、マサトはユリアの親に今のことを言うだろう。
黙って出て来た分、それもそれでまずかった。


ユリアは頭を抱えて悩みに悩み抜いて…とうとう、マサトに語ってしまったのだ。

その時は、まさかこんなことになるとは露ほど思わずに…

一章§07

そして今夜。

魔法使いとのことを話したユリアは、もちろん取引の日のこともマサトに告げた。
するとマサトは、なんとついていくと言い出した。
それだけは駄目だと何度言っても、彼は首を縦に振らなかった。
ユリアは考える──家に戻れば、確実にマサトに捕まる。
そこで、親には友達の家に泊まると言って、なんとか彼を避けようとした。
ユリアが制服なのは、そのせいだ。

なのに、だ。


「マサト…どうしたらいいの…?」

あの時、意地でも言わなければ、こんなことにならなかったのに。
ユリアは深く後悔し、同時に憤りも感じた。
何故、契約を違反した自分ではなく、マサトがあんな目に遭うのか。
それがどうしても解せなかった。
それともあれは、マサトを人質にでもしたということだろうか。
魔法使いの「お前を帰さない」という言葉を思い出して、そんな考えに辿り着いた。
そうすれば、ユリアは帰るに帰れない。
マサトに教えてしまったことに責任を感じているユリアは、見捨てるという選択はどうしても出来ないからだ。
つまりは、マサトを助けるために再度少女はサンと会わなければならない。
その時こそ、ユリアは本当に帰れなくなる。
もしそうだとしたら…いや、これは仮定ではなく、必然だ。

自分のそんな考えに、嫌な汗が背を伝った。
逃げ出したあの時、一緒にマサトも連れていくべきだった。
かといって、あの状況下では自分だけで手一杯だったため、他人になど気が回るはずもない。
それにマサトは、あの闇を纏ったかと思うほど、影のある男に抱えられていた。
とてもではないが、敵う相手とは到底思えなかった。

はあ、と重たい溜息を吐いて、ユリアは夜空を見上げた。
夜色の雲が空を覆っていて、目眩いはずの星々はその中に埋まってしまったらしい。
街灯の明かりだけが、唯一の光源だった。
しかしそれも、ちかちかと点滅しているものだから、実に頼りなさげである。

「…これから…どうしよう……?」

無論、マサトを助けることが、最優先事項だった。
しかし、あのレストランへ戻ろうにも、今のこの足では着くには長い時間を要する。
もしかしたら、違う場所へ移動したかもしれない。
となると、もはやユリアには手の出しようもないのだが。
次々と浮かぶ最悪の場合を、想定していた時だった。

「ん……?」

ふ、とユリアは来た道とは反対側を見た。
そこから先は、街灯もぽつりぽつりとあるだけで、ほぼ暗闇の状態。
何も見えない、だが確かにユリアの耳は何かを捕らえた。
だが音が小さ過ぎて、しっかりとは聞こえなかった。
ユリアは耳を研ぎ澄まして、その音を拾おうとする。
次第にそれが、何かの単語を発していると分かった。
そしてそれが、誰の声かも。

「…り…………あ…」
「………マサト…?」

そう、その声は紛れもないマサトのものだった。
ユリアはその声が“ゆりあ”と、闇の向こうから呼んでいるような気がした。
するとどうだろう、それまで重くて動かなかったはずの足が、急に羽のように軽くなった。

少女は立ち上がると、導かれるようにふらふらと、闇へ踏み出していった。

一章§08

いつの間にか街灯はなくなり、辺りは本当の闇に包まれた。
だがユリアにとってそれは、なんの支障にもならなかった。
目的の場所は分かっていた。
そこへの道は、ユリアの頭の中にはっきりと描き出されている。
近付けば近付く程に、大きくなるマサトの声。
間違いなく、ユリアはそこへ向かっていることを確信できた。


闇。闇。闇。

絶えることなく続く漆黒。
その中に、ぽつん、と橙色の何かが見えた。
目を凝らして見ると、それが家の明かりだと気付く。
ユリアは一度立ち止まる。
耳を澄ますと、マサトの声はそこから聞こえて来る。
再び進み出したユリアは、早歩きになっていた。
とにかく、早く会いたかった。
その一心で、ユリアは進み続ける。

橙色の小さな丸が、大きな光になる程に近付いた時、ユリアはほぅっと長い息を吐いた。
立ち止まり、目の前に現れた建物を見上げる。
小さな明かりは、この建物の玄関灯だったようだ。
それによって、闇に浮き彫りにされた建物は、重々しい雰囲気を醸し出していた。
もう何百年も昔からそこにあったような、威圧感さえある。
…暫くユリアは眺めた後、視線を再び前へ。
扉にはめ込まれた擦り硝子越しでは、中の様子は確認できなかった。

「マサト…いるの?」

ユリアはそっと呼びかける。
ここへ来るまで聞こえていた少年の声は、この建物が見えたら消えてしまったのだ。
目指していた場所とは、違ったのだろうか?
少なからず不安が、心の中でその密度を増していく。
だがそれも、次に耳朶を打ったそれで掻き消えた。

「ユリア……?」
「!マサト…!!」

ぱっと光が射したように、ユリアの心の内は急に温かくなった。
やはり間違っていなかった。
マサトは、この向こうにいるのだ。
どうして、とか。なんで、とか。
そんな疑問は浮かばなかった。
ユリアはノブに手をかけると、一気に扉を開けた。

「マサト、大丈夫!?」
「ユリア!」

扉を開けたその先、ユリアの探し人が立っていた。
薄暗闇の中、ぼんやりした明かりに浮かぶ、見慣れたシルエット。
その姿を認識した途端、ユリアは今まで堪えていた何かが弾けた。
唇を戦慄かせ、背の高い彼を睨むと。

「馬鹿!心配したんだから…馬鹿!馬鹿!!」
「なっ…お前、馬鹿馬鹿連呼すんなよ」

呆れたようにマサトは笑って、今にも泣きそうな少女の顔を覗き込んだ。

「全く…心配したのはこっちだって」
「うるさいなぁ…でも、生きてて…良かっ…」

そこから先は言葉にならなかった。
マサトがユリアの体を抱きすくめたからだ。
ユリアはその優しさに心を安らがせ…られは、しなかった。
はっとして顔を上げ、マサトを凝視する。

「ん?どうしたユリア?俺に惚れた?」

そのどこか意地悪な笑顔も、からかったような口調も、楽しそうな眼差しも。
何一つ変わらないのに、何処までもマサトに変わりないのに。

「マ、サト…」
「何だよ?」
「なんで…?なんで、こんな……冷たい、の?」

体に回された腕も、密着した体も。

氷のように、冷たかった。

「………………」
「ち、違うよ、ね?わ、私の体が冷たいから…あれ、でも…」
「──ユリア」

名を呼ぶ声は、低く闇を揺るがした。
びくん、とユリアは震えた。
次いで、勇気を振り絞りマサトの体を突き飛ばした。
突き飛ばしたつもりだったが、相手はびくともせず、ユリアの方が床へと倒れ込んだ。

「痛っ…」

起き上がり、強い視線を感じてその先を辿れば、三日月の形に歪んだ口元が動いた。

「何言い出すかと思えば…さっきあんな怖い目に遭ったせいで、混乱してるんだろ?でももうあの魔法使いはいないし…」
「……マサト、変だよ…」
「え?」

ユリアは俯き、そしてそのまま震える声で呟いた。

「あの時マサト…気絶してたのに、なんで知ってるの…」

そう。
あのレストランで見たマサトは、気絶していたのだ。
ユリアとサンのやり取りなど、知るはずがない。

気まずい空気の流れる中、マサトは目を細めた。

──闇に、紅く輝く瞳を。

一章§09

紅い瞳のマサトは、一歩ユリアへ向かって踏み出した。

「!?」

ユリアは目を見開き、床に座り込んだまま後退りをする。
マサトはその様を見て、くすくす笑いだした。

「そう、そうだったな…俺は“私”に気絶させられてたんだった……」
「……貴方、は…」

少し掠れた声で、聞こえないくらい小さな声で、ユリアは言葉を吐き出した。
続きの言葉は、もう用意されている。
だが頭の中では、それを言うことを拒絶している。
それを言えば、取り返しのつかないことになる。
いや、本当は、既にそのラインまで来ている。
だが、何も気付かないフリをしていれば、今ならまだ引き返せる位置にいる。
もしあと一歩でも踏み込めば、自ら命を捨てるようなもの。
少女は堅く口を閉ざし、じりじりと更に下がる。

「…俺が、何?」

だが少年には、きちんとその言葉が聞こえたようだ。
マサトの顔が、ユリアに笑いかけ近付いてくる。
頭の中で警鐘が、甲高い音で鳴り出す。
心臓がばくばくと脈打ち、血液が異常な速さで、逆流しているような感覚。
乾いた唇から、浅い呼吸を何度も繰り返す。
自分でも分かるくらい、ユリアは追い詰められていた。

(言いたくない言いたくない言いたくない言いたくない…!!)

目を強く閉じて、何でもない、と首を左右に振る。

「ユリア、」
(嫌!!マサトの声で呼ばないで!)

更に耳をも塞いで、目前に迫る少年を拒絶する。
どっどっど、と鼓動が大きく聞こえる。

そして──



「俺は“マサト”だよ?」



腕を、温度のない手できつく掴まれた、瞬間。
驚きと恐怖で、ユリアは思わず目を開けてしまい──冷たい紅の瞳と、視線が絡まった。

「いやあああああ!!!違う!違う違う違う違う違う!貴方はマサトなんかじゃない!貴方は、貴方は…!!」

絶叫の後、ユリアは少年を否定した。
すると少年は、マサトだった少年は、声を立てて笑った。

「ふ、はははははは…やっと言ったね、神谷ユリア?」
「!」

その呼び方は覚えがあった。
そしてユリアは、その人物を知っている。
名前を呼ばれる前から、あの瞳を見た時から気付いていた。

「あ……」
「初めまして、ではないね、神谷ユリア。だが名を名乗るのは今回が初めてだ…」

少年はユリアから手を離すと、急に顔を引き締めて、胸に手を当てて一礼をする。
次に顔を上げたときには、少年らしくない貼り付けたような笑みがあった。

「“私”は魔法使いの影に棲み、闇に紛れるもの…そして、君を魔法使いに代わり裁くもの…名はないが、こう呼ばれている」

一呼吸置けば、ゆっくりとこう告げた。

「私は“儀式屋”だ」
「儀式…屋……?」

聞き慣れぬ言葉に、ユリアは問い返した。
儀式屋は鷹揚に頷いてみせる。

「儀式屋とは、通常はこの店を指す名だ」

しかし、と固まったままのユリアを見つめながら。

「君は、魔法使いの都市伝説を知っているようだが…どんな内容か、覚えているかね」
「…魔法使いを呼んで願いを叶えて貰って…その代わりに魔法使いの要求に答えて…契約を違反したら、魔法使いの怒りに触れる…」
「では、魔法使いを怒らせたらどうなるのかな」
「……………え?」

儀式屋の言葉に、ユリアは疑問符を投げかけた。
怒らせたら、どうなる?
ユリアは思いだそうとするが…一向に、思い出せない。
というより、そもそもその先など知らない。

「…教えてあげよう」

ぞっとするほど低い声音で、耳元で囁く。

「魔法使いは影に命令する。罰を与えろと。そして契約違反者は罰を与えられるのだよ──この私に、ね」
「!」
「それが私のもう一つの顔であり、本当の姿だ」

ユリアは完全に恐怖に打ち震えた。
無理もない、魔法使いにより命令され、自分に罰を与えに来たものが側にいるのだ。

儀式屋は口元に手をやり、可笑しそうに嗤った。
その姿は、もう何処にもマサトの面影を残していなかった。

一章§10

暫しの沈黙が、薄暗い廊下に舞い降りた。
儀式屋もユリアも、何も言わなかった。
ユリアの場合は、何も言えなかったに等しい。

少女の頭の中は、パニックを起こしていた。
もう少し冷静でいられたのなら、今この瞬間にでも逃げ出したろう。
それが出来ないということは、それ程までに何も考えられないたということ。

「さて」

先に口を開いたのは、マサトの姿をした儀式屋だった。
それまで虚空を見つめていたユリアが、大袈裟なまでに驚き彼を見る。

「私は何も、全て魔法使いの命令に忠実に従う義務はない」
「…………」

そう語りだした彼を、ユリアはぼんやりとした瞳で見つめる。
儀式屋は構わず話し続ける。

「だが放棄するわけでもない。私は君に、選択権を与えたい」
「…………」
「…一つは、罰を受ける」

言いながら指を一本立てる。
そして、二本目を立てると、その内容を口にした。

「そしてもう一つは、逃げる」
「…………?」

この時になって、ユリアの顔が少し変わった。
にたり、と儀式屋は笑う。
ぱちん、と乾いた音が廊下に響き、少女の背後の扉が開いた。

「逃げるを選択するのなら、その扉を通り好きなところへ逃げるといい」
「……んで…」
「何かな?」

ユリアの微かな呟きに、儀式屋は問う。
ユリアはもう一度、繰り返した。

「なんで…逃がすの…?」

それは至極当然の問いだった。
罰を与えると言っていたのに、逃がすのではそれに当たらないのではないか。
そんな疑問が、生まれたのだ。

「…私は、君を助けてあげよう、と言ったのさ」
「……え…?」
「言ったはずだ、私は全て魔法使いに従う必要はない。だから、選択権を与えた…罰か、救いか」

よく考えるといい、と言ったきり、儀式屋は口を閉ざした。
ユリアは、冷静さを取り戻した頭で考え出した。

無論、助かりたいに決まっている。
わざわざ罰を受けるだなんて、頭がおかしいではないか。
しかし…と、何かがユリアの決断を揺るがせた。
ずっと、引っかかっていることがあるのだ。
それはこの選択に、大いに関わってくる。

「あの…質問して、いいですか」
「いいとも。探求心を、私は高く評価する。無知である故に、間違えることはいくらでもある…さぁ、言いたまえ」

ユリアの態度は好感だったようだ。
先程とは違う、少しだけ和らいだ笑みで言葉を紡いだ。
ユリアは安堵して、質問した。

「今のその…マサトの体は、本物、ではないですよね?」
「だとしたら、何だと思うのかな?」
「……貴方、が…変身…してる?」
「…ほう、なかなかに鋭いね。確かにこの笹川マサトの体は本人のではない。だが私自身が、君の言う変身をしている訳でもない。これは、笹川マサトの精神と私が融合しているのだよ」
「………えーっと…」

あまりに理解が及ばない話をされて、ユリアの目は点になる。
儀式屋はふむ、と頷くともう少し言葉を砕いて説明をした。

「そうだね…少し語弊があるが…幽体離脱、といえば分かるかな」
「…あ、はい」
「つまり無理矢理、私が彼を幽体離脱させて、命令して動かしている…大丈夫だ、体はただ寝ているだけだ」

ユリアの顔が一瞬不安になったためか、儀式屋は最後にそう付け足した。
少女はそうですか、と言ってまた質問を続ける。

「マサトに…このことの記憶はあるんですか」
「本人は夢を見ていると認識している。ただし、起きたときも覚えているだろうね」
「……なら、決めました」

一度目を伏せ、そして次に開いたときには真っ直ぐに彼を見つめた。

「私は──罰を受けます。代わりに、マサトが今夜のことを一切忘れると、約束して下さい」

迷いは、なかった。
マサトには、この恐ろしいことを忘れて欲しかった。
自分のせいで、こんな目に遭わせてしまった。
なら、巻き込んだ責任は全て背負うから、マサトは何もかも忘れて欲しい。

それさえ叶うなら、ユリアはどんな罰も受ける覚悟だった。
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