しっかりと体に回された腕の温もりに、ユリアは信じられないような思いだった。
今、自分を抱き締めている相手──Jを、まじまじと見つめる。
派手な髪に、楽しげに輝く金の瞳。
他人よりも鋭利な犬歯を口から零して笑う彼は、ユリアの知っている彼だった。
不意にその彼が、視線を正面からユリアへ落とした。
その時こちらを見たそれは、何処か困ったようなもので。
ユリアは無意識に、その面持ちに体を強ばらせた。

「……ほんっと、彼女の匂いがする。喰べる気も削がれちゃうってやつだ」
「……J…さん…?」

ユリアの首筋へ彼は鼻先を押し当てると、ぽつりとそう零した。
予想していた答えと違って、ユリアは惚けたように体から力が抜けてしまった。
そんな少女を倒れないように支えると、続けて。

「ごめん、もう大丈夫だから」

短くそう告げて、じっと見てくるユリアにJは金の瞳を弧に描き、口の両端を持ち上げた。
その笑みは、ここ最近見てきた中で、一番柔らかなものをしていた。
あの日を境に向けられてきた、薄い膜で遮られたものとは、違う笑顔。
刹那、それを見たユリアは鼻の奥がつんとしたのを覚えた。
それを必死に堪えるために、Jの服を握ると深く少女は頷いた。

「……君たちってば、こーんないたいけなコを苛めるなんて、最低の極みだね?」

遠巻きに見ていたミュステリオンの二人へ、おちゃらけた声でそう告げたJの顔は、先程ユリアに向けた表情を削ぎ落としていた。
代わりにあるのは、相手を挑発するような笑い顔だ。

「何を申すか、J」

見据えていたシスターがJへと異論を唱える。
手に持つメイスで二人を指し示すと、些か険しい表情を作る。

「余らは、その娘に何者かを尋ねたまで。だが口を割らぬゆえ、本部で話を聞こうと思ったのだ」
「別にこんなコ、ほっときゃいいじゃん。調べたって、きっと何にも出ないよ」
「果たしてそうかの?この娘から、あの女と同じ匂いがするというに、何もないと?」

はっ、と鼻で笑うと、灰色の瞳を愉しげな色に染める。
メイスを肩に担ぎ、斜に構えてみせる。

「おかしかろう?あの女に会わねば、匂いが移ることなど考えられぬ。だが何故、そんな娘が会えることが出来ようか?ただ者ではなかろう……あの女が招き入れるような娘であれば、尚のこと!」

自信たっぷりに言い切ると、Jの腕の中で守られているユリアを睨んだ。
そうされている少女を見る限り、全く危険人物などとはエリシアも思えない。
だが、相方の言うことが間違っているはずはない。
ユリアの内側さえも見透かすように、シスターは剃刀色の目を鋭くした。

「……つまり何?君たちはこのコが儀式屋とか魔術師と同じかもしれないから、拷問してみたいってこと?」
「人聞きの悪いことを言いますね……」

ツートーンカラーの吸血鬼の露骨な言い方に、サキヤマは渋面を作ってみせた。
いいですか、と前置きをしてから神父はJの間違いを正す。

「何者かが判明すれば、全く問題ありません。ですがそれを頑なに隠されては、疑わざるを得ない。だからはっきりさせるためには、手段を選ばないということです」
「だけど、はっきりしたところで、君たちはさらさら逃がす気なんかないんだろ?」
「……、やけに突っ掛かりますね、J?」

答えようとして、ふとサキヤマは疑問を口にした。
Jは相変わらず口元を嘲笑で飾っているだけで、彼の疑問に何も言わなかった。
神父の表情が、途端に曇りだす。

「何を、企んでいるのですか」
「おや神父、今更それを聞くのかい?」
「っ、どういう意味です」

意外な返事にサキヤマは言葉に詰まった。
嘲笑う男は片側だけ覗く金瞳を、悪戯な色に煌めかせる。

「俺を疑うタイミングなら、幾らでもあったじゃん。何で俺がこのコを助けたのかとか、何ですぐに逃げないのかとかさ……今まで気付かなかった?」

にやっと、唇の下から長い牙が笑った。