「ねーろーよおおおお」
息も凍りそうな朝。会計室の扉を開けるとそこで寒そうに腕を抱くようにして待ち構えていた人間に、文次郎の眉間には自然と皺が刻まれた。廊下で地団駄を踏む恋人に、怪訝な表情をこれでもかと向けてやる。
「………何か用か」
「第一声がそれか!」
ぐずぐずと鼻を啜る留三郎に、じゃあ何と問うてほしいというのかと文次郎はますます眉根を寄せる。こんな朝も早い時間からこんなところで己を待っていたようなのだから、何か用があったのだろう。自分が口に出した問いが間違いとは到底思えない。
「朝じゃねぇよ朝じゃ!俺がいつからここにいたと、っは、」
留三郎が訴えたその先は、くしゅんと大きなくしゃみで遮られた。寒い冬の朝、半纏を羽織っていても下が寝間着のままならそりゃあ寒いに違いない。しかし文次郎にしてみればそれは鍛錬が足らんの一言で。風邪か、軟弱な。と、軽口を寄越せば、お前なああ…!と恨みがましい視線が返って来た。
「今日何日だと思ってんだ!」
「…………明日がこの仕事の締切だから、にじゅう、…ろく?」
「…………お前が真面目なバカ野郎ってことは分かってたことだったが」
何で暦の感覚が会計の仕事中心なんだよ!――そう思う留三郎の暦の基準はイベントごとである。専ら恋愛関係の。
はあああ…と大きな溜息をついた留三郎は何処か諦めたような調子で羽織る赤い半纏の中でもぞもぞと腕を動かす。
「今日が26なら昨日は何日だ」
「25だろう、馬鹿にしとるのか」
「バカはお前だバカ。いい加減寝やがれってんだ」
軽口を交わしながら、留三郎は半纏の中から腕を出した。その手に持った包み、無理矢理文次郎の手に握らせるとすぐに腕を半纏の中に仕舞う(寒いんだよ…!)。
「本当は昨日の朝にやりたかったんだけど。というか寝てるお前の枕元に置いときたかったんだけど。」
昨日も今日も徹夜なんかしやがって…、とぶつぶつ文句を呟きながら留三郎は鼻を啜った。これは本気で風邪を引いたかもしれない、と考えると、次に小言を言う保健委員長が頭の中に現れる。
「本っ当にキミはバカだねぇ。どうせ直接渡すんなら夜通し文次郎が寝入るのを待ってる必要なんてなかったじゃない。風邪まで引いて、キミの拘りってまったく理解できないよ。だいたい風邪を軽く見ないでほしいな、風邪だって放っておけない病気なんだから。これで死ぬことだってあるんだよ?無理は禁物、さっさと薬飲んで布団で安静!はあ、ただでさえ保健委員会の予算は少ないのに――」
いつしか人の脳内で委員会の愚痴を披露し始める同級生を、留三郎は早急に追い払った。んなもん一日で直してやる!と決意しながら喉の痛さを自覚する。
「、おい、」
「あ?」
そんな留三郎に、文次郎が声を掛ける。右手に持たされた包みを持て余しているようで、困惑気味にこちらを窺っている。これは一体どういった意図だ――?そう訊ねる視線を理解していながらも、答えが口を出て行かない。それは、先程脳内の伊作にバカにされたためだろうか。自分の行動がまったく意味を為していないことなど自分が一番分かっていることで。脳内の伊作に突き付けられてじくじくと自分が恥ずかしくなって来た。文次郎に怒ったところでしょうがないのである。それは自分がやろうと決めたことで。内容的に文次郎には内緒で進めることで。寝とけよと心底願ってもそこはそれ、寝るも寝ないも文次郎の勝手である(保健委員長に云わせれば、徹夜なんて許されないんだろうが)。サプライズが失敗して恋人に当たるなんて、やっぱり俺が悪いんだろうと。考え出すと途端気が重くなった。説明を、と求める恋人の視線に何となく罰が悪くて目を反らす。だからといってこのまま立ち去ってしまうなんて、それこそ勝手。そこまでの勝手、自分が許せない。
留三郎は重い口を開いた。
「だから、昨日は、クリスマスで」
「くりすます?」
「イヴの夜にそれをお前にやりたかったんだ」
「いぶ…、?」
「だああああっあとは長次に聞け!とにかく俺はっサンタクロースってもんをやってみたかったんだよ!」
それで文次郎が喜ぶ顔を見たかったのである。ーー本人はクリスマスというもの自体知らなかったようだけれども。まぁ自分も図書委員長から聞いて初めて知った南蛮の文化だけれども。
もうとにかく居た堪れない。何もかも失敗である、自分用の理想はこんな形じゃなかったのに。
仕切り直そう、と留三郎は適当に文次郎に言葉を投げてその場を立ち去った。
「…………何だあいつは…?」
くしゃみを繰り返す恋人の背中を見送りながら、手にした包みをやはり手の中で持て余す文次郎だった。



クリスマスに何もできなかったので。文次郎が寝なかったんだよってことにしてみたり´`
いやあ睡眠は本当大事だと思った。思い返すと先週から朝早いことが多くてその割りに夜更かしバンバンだったから。昨日午前中惰眠貪ったらすっきりしました。
やーるぞー!