月明りの眩い今夜は、こちらへ歩いて来るのが誰か、普段よりも遠い距離から確認出来た。よう、と声を掛けたなら、ああ、と何の変哲ない返事。しかし自分の前まで来た文次郎はふと歩みを止めるものだから、留三郎も倣って立ち止まった。肩に抱え上げていた板を持ち直す。
「、委員会か」
「おう。まぁあとこれ片付けるだけだけどな。お前は、――て聞くだけ無駄か。どーせ今夜も鍛錬だろ」
文次郎の夜は、算盤と向き合っているか、そうでなければギンギンに忍術の修行である。今日も今日とて裏山にでも出掛けに行くに違いない。飽きねぇなあ、と若干の呆れと諦めを視線に込めて寄越したなら、しかし文次郎は分からないほど僅かに首を振って目線を泳がせた。
「、いや、今日は、行かん」
「は?何で?」
文次郎が鍛錬に行かないなんて。学園一の忍者馬鹿が、それはそれは珍しいことだ。
言葉にしなくとも、留三郎の声調には諸々気持ちが籠っていたらしい。それがどうやら伝わったようで、文次郎は、一瞬面白くなさそうに眉を寄せてから、「、今夜は月夜だ」と、某同級のようにボソリと呟いた。
「なるほど」
空を見上げれば月の周りに光の輪がぽっかりと。相手の顔をしっかりと見て取れる今夜は、確かに忍べそうにない夜だ。
やっぱり忍者馬鹿の思考は忍者馬鹿に違いなかった。うんうん、と恋人への認識を再確認する留三郎に、文次郎がますます瞼を重くする(人を何だと思ってやがるんだこの野郎)。
「じゃあお前、会計の仕事の方は?」
しかしその質問に、文次郎はぱちっと目を瞬いた。此処ぞと機会が回って来た、そんな反応で口を開き掛け、だが一度押さえ込むように、その唇を結び直す。視線だけは明後日の方向に逃げ場を確保しつつ、再び細く口を開いた。
「あ、と……今夜は、何も、ない、」
文次郎にしては常より幾分も歯切れの悪い声音。それを聞いて、留三郎は「そうか」と相槌を打った。打って、「それなら、」と続けるから、文次郎は泳がせていた視線を、彼の方へとつと戻す。
「今日という日くらいちゃんと寝ろよ、こんなとこぶらついてねぇで。お前最近一段と隈酷ぇぞ」
留三郎としては精一杯の労いのつもりだった――だって最近実習が重なっていたし。それでなくても毎晩毎晩、鍛錬だ帳簿だ何だって、やたらめったら忙しそうにしてるから――労いのつもりだったのである。が。
ピシッと文次郎の米神に何かが貫いたのを彼は知り得なかった。
「…そうだな、今日は、寝る」
と、常に無く素直に頷いてみせた恋人に、いつもなら意見は食い違うばかりで即喧嘩であるものだから自分の申し出を受け入れてもらえたことがよっぽど嬉しくて留三郎は、ただただそうしろそうしろ、と行為を促すばかりだった。
何が楽しいのか笑顔すら見せるそんな彼を前に、文次郎の瞳が途端温度を失くした。
「イッ…!?」
恋人の眉根が不機嫌に歪むのを確認する間もなく、留三郎は、唐突に鳩尾を貫いた痛みに体勢を崩した。肩で支えていた板きれがぱかぱか地面に落ちて行く。――って何すんだいきなり!!
留三郎の恨みの籠った睨みも何のその、上げた足を地面に落ちつけるもしかし落ち付かない様ですぐさま踵を返した文次郎は、「俺は寝る!」と一体何事かと宣言するように声を張って、そして長屋へ帰って行った。
最初こそ穏やかに話は進んでいたはずだったのに。どうして自分たちは結局暴力で終わってしまうのだろう。いやにしても突然蹴りはないだろう蹴りは。
「情緒不安定化かあんにゃろう…」
ちくしょう痛いと腹を抱えながら、留三郎は不機嫌まるだしの恋人の背中を悶々と見送るばかりだった。
長屋帰って伊作に愚痴ったら、いやそれ夜の御誘いだったんじゃないの?と寝てたとこ叩き起こされて若干恨みがましい声で返ってきた言葉に思考停止食満。マジかあああああと一通り驚いたあと六いの部屋掛け込むけどもうすでに布団に籠ってる文次郎に私が悪うございましたと平謝りに謝って御機嫌取ろうとするけどしかし、文次郎が絆されそうになったところに騒がしさに起こされた仙さまがうるさい馬鹿どもと寝起きの宝禄火矢を一発。とかたぶんそんな流れ。
文次郎は言えたとして「月が綺麗ですね」止まりなのに対して、比喩がまったく通じない食満とか。そんな感じで。結局どっちも鈍い留文が好き。
月が綺麗だなーと帰り道に思ったのでSS。
次こそ幼馴染書く。他メモメモ。
室町。恋心自覚する前。
留文前提雑文兄弟パロ。
転生。俳優設定。
仙蔵と生物委員会。