二階に上がり扉を開けると、細い廊下が二人を出迎えた。
窓が突き当たりに一つあるだけで、光はほとんど届かず暗く、照明もついていない廊下。
それだけでも十分無気味である。
跳ね上がる心臓に落ち着けと命令して、歩みを進める。

みしり。

相当年数が経っているのか、板張りの廊下は、一歩踏み出すだけでみしりと音を立てる。
マルコスは慎重に歩こうと試みたが、Jが気にせずたったか歩いてしまうので、諦めて右倣えをした。

「さて、手間だけど一部屋ずつ見て確かめなきゃだね」

扉を見ただけでは、それが主の部屋だとは分からない。
どの道、一つずつ確認していく以外にないのだ。
とりあえず一番手近な扉に歩み寄り、Jがその把手に手をかける。
一度だけマルコスに目配せをすると、素早く押し開き身を滑り込ませた。

「此処は……外れ、ですね」

Jに続いて入ったマルコスは、さっと辺りを見回してそう判断した。
およそ人が生活するための調度品は全くなく、代わりに辺り一面が図書で埋め尽くされていた。
どうやら此処は、書斎らしい。
窓はあるが書物を守るために分厚いカーテンが引かれているため、やや陰鬱な空気が部屋を覆っている。

「……なんか変だね」

既に室内をぐるっと一周をしたJは、そう感想を述べた。
変ですか、とマルコスは彼に尋ねる。

「だって、この部屋までこんな荒らされてるなんて…変じゃない?」

眉根を寄せて尋ねるJに、マルコスは確かにそうかもしれない、と再度部屋を見やる。
入室時は蔵書の多さに圧倒されてしまったのだが、よく見ると本棚からは大半の図書が抜け落ちている。
木目の床を覆い尽くすようにして、あちこちに本が散らばっているのだ。
これを見て変じゃないと断定するのは、おかしい気がする。

「それに……この辺とかに傷があるけど、どう見ても何かで斬った後だよ」
「あ……」

壁際にJは近寄り、斜めの傷跡に指を這わせた。
マルコスも近寄って、その部分を見つめる。
明らかに、この場にそぐわない傷だ。

「……ま、今出来たものかは分からないけど、だとしてもこんな状況で平時を過ごしてたとは考えにくい」
「そうですね」
「多分……何かがあったんだ。ミュステリオンが乗り込む前に」
「どうしてそう思うんですか」
「あいつらを擁護するつもりはないけど、いくら何でも無駄な動きが多すぎる。あいつら、悪魔に出会ってないんだろ?出会って交戦したのならともかく、そうじゃないなら玄関のとこであんな派手に物をぶちまけたりはしない」

Jのその考えに、マルコスは頷きを返した。
だが、だとしたら一体此処で何があったというのだろう?
顎に手を当てて考え込んでいたマルコスだったが、Jの呼び掛けにはっと意識を戻した。
見れば、いつの間にか入口に彼は移動しており、金の瞳がマルコスを見つめている。

「坊ちゃん、答えを出すのは後でもできるからさ、次に行くよ」
「あ、はいっ」

頭を少し振るってからマルコスは追い掛けた。
今は謎解きよりも、当主の部屋を探すのが先決なのだ。
うっかりと謎解きにはまった自分を叱咤して、次の部屋に向かう。
Jは先ほどと同じように少年悪魔に目配せをしてから、次の扉を開けた。
新たに現れた部屋は、主のコレクションルームだったのだろう。
“だった”というのは、そのコレクションを飾るための棚、ケースなどはあるのに、肝心のコレクションが全くないのだ。

「またこれは変わった部屋だねぇ……」

物が置かれていた部分だけ、滑らかな表面を晒す棚。
そこに確かにあったことを影として残された壁。
この部屋はまるで亡霊みたいだ、とマルコスは感じた。
存在しているのに、気配が限りなく希薄すぎて、誰にも気付いてもらえない。
忘れ去られてしまったような、そんな印象をマルコスは受けたのだ。

「持ち出された、んでしょうか」
「だろうね。でもやっぱり意味不明。もう少し跡が鮮明なら分かるけど」

壁の日焼けのあとを懸命にJは調べていたようだが、どうにも分からないらしかった。
他のケースや棚にしたって、簡単には分かりそうもない。
此処にあった物は何か、いつ持って行かれたのか、いったい何がこの場所で起きたのか、何一つ検討がつかなかった。