その言葉を聞いたサンは、虚を突かれたかのように、目をいっぱいに見開いた。
だが、すぐさま破顔して、闇色の彼から少し身を離した。
あれほど物々しかった雰囲気は弾け飛び、ふわりと柔らかな空気が二人を包み込む。
そしてサンは、穏やかに儀式屋の問いに答えてみせた。

「僕が?まさか儀式屋クン。そんなものに、僕がなるわけないじゃないか」
「……ああ、わかっていたよ」
「ひどいなぁ、人をからかっちゃ駄目なんだぞ」

ころころと、まるで少女のような笑い声を立てて、サンは楽しそうに儀式屋を見つめる。
かと思えば、突然何かを思い出したかのように、両手をぱちんと打ち鳴らして、真剣な面持ちになる。

「なるほど、だからあのお人形クンが慌ててたってわけか」
「……、ハワードのことかい?」
「うん。あの子ったら僕をわざわざ呼び出して、わけわかんないことまくし立ててさ。やれ悪魔に詩が解読されただの、重要参考人が殺されちゃっただのと」
「重要参考人が、殺された?」

淡々と告げたサンの最後の言葉を、儀式屋は繰り返した。
その表情を見るに、ほんの少し驚いたようである。
その変化を目敏く見つけた彼が、たちまち高揚したかのように話し出す。

「そうだよ!あの時のお人形クンの顔といったら……君も見たら、きっと笑ったね!」
「それで、貴方を呼び立てて何をしようというのかね」
「さぁ?犯人でも見つけて欲しかったのかな?そんなの、簡単に見つかりっこないけどね」

唐突にその高揚した感情が、彼の言葉から抜け落ちた。
ミュステリオンが一大事であることにはとても面白おかしく語ってみせたのに、その一大事への関与についてはどうでもよさげである。
サン自身がミュステリオンを大層嫌っているため、そこがどうなろうとどうでもいいのだ。
外側から眺めて楽しければよし、内側に入って更に事態を可笑しくできればなおのこと。
彼の物事の判断基準は、大凡その一点にのみ存在している。
儀式屋とて、本質的な部分ではサンと少しも変わらない。
先の問いかけに対して儀式屋は窘めの言葉を口にしたが、本当のところをいえば、自分に関わりがないのであればどうなろうと構わないのが彼のスタンスでもある。
ただし、彼自身にも関わりがあるのであれば、話は違ってくる。
この件は、ミュステリオン内だけで収まるものではない、精神世界全体に及ぶことなのだ。
だから今も、彼は口を閉ざして重要参考人─神父エド─が殺された真相が何であるのかを推測し始めた。
生気のない指を顎にあてがい、視線をサンからは外して机上の何処かへ注ぎ、あれこれと考える。
黙ってしまった儀式屋にしばらくサンも右倣えをしていたが、徐々に飽きてきたのか再び儀式屋に話し掛けた。

「ねぇ儀式屋クン、僕はそれより気になってることがちょっとあるんだけどさ」
「……何かな」

儀式屋はまだ思考の海に沈んでいるのか、半ば生返事をサンに返した。
サンはそれに構わず、問い掛ける。

「ユリアちゃん、どこにやったの?」

その問いに、儀式屋はサンに再び焦点を合わせた。
微笑こそ湛えられているものの、声音も同じというわけではなかった。
その差を感じ取った彼は、赤い切れ長の目をとぼけたように瞬かせた。

「何処にもやっていないがね。女王のところへ遣いに出しているだけだよ」
「何で?」
「彼女が話し相手を要してね。幸い、ユリアは半時間程度であれば話せるから、私の代わりに行ってもらったというわけさ」
「……ふぅん?僕を蚊帳の外にして、何か企んでるんじゃないだろうね?」

珍しく儀式屋に嫌疑をかける魔術師に、かけられた側はおやおやと肩を竦めた。
実際、ユリアを女王の元へ行かせた理由は別にあるが、今述べた理由も嘘ではない。
しかし今日のサンは勘が鋭いのか、儀式屋が言わなかった理由を見抜いているかのようだ。
だからといって、そう簡単に儀式屋も答えを与える真似はしない。
うっすらと血の気のない唇を開いた。