アキにとってダイナは、『儀式屋』のメンバーの次に話しやすい人物だった。
口下手である彼は、他者との意思疎通が難しく、時々見当違いな回答をしていることがあった。
頭がいつもぼんやりして、上手く言葉と言葉が繋がらないのだ。
だがそれは、かつて彼自身が儀式屋に頼んでそうしたこと。
だから多少困難であっても、気にすることはなかった。
そんな自分の拙い言葉を、ダイナはいつもきちんと聞いてくれた。
大概この館の主人に呼ばれるのは、彼が捜し求める物の探索だ。
その都度、アキのサポートを懸命に彼女は務めてくれた。
きっと今回も、ダイナが手伝ってくれるのだろう。
全く、本当にダイナは優秀な人物だと、改めて感じる。

勝手知ったる美術館内を、アキの足音だけが反響する。
アンソニー曰く、一日掛けても端から端まで行かないこの建物には、そこらじゅうに抜け道があった。
獅子のような雄々しい獣の彫刻の裏、壁の柄と見分けがつかないようなところに、その一つがある。
その部分を片手でアキは押し開くと、隙間へと身を滑り込ませた。
淡い黄色のタイルが張り巡らされた天井の低い通路となっており、身を屈め足早にアキは渡って目的地へと向かう。




巨大なドーム型の美術館から数キロメートル離れた地点。
ぼろぼろのコンクリートの壁が四方を囲み、風が通らない建物の内部。
ガラスのない窓から必要最低限の光が差し込み、その床に三人分の影を落としていた。
そのうちの一つが、落ち着きなくうろうろしている。

「ジル、落ち着け」
「だってラズ、どう考えても変じゃないか、あたいは嫌な予感がするよ」

行ったり来たりを繰り返す金髪をポニーテールにした女性に、テンガロンハットを被る男が忠告を与える。
だが、当の本人にはあまり効き目がないらしく、その行動を止めようとしなかった。

「おいおい、ジル。お前さんの予感が、これまでに当たった試しはあったか?」

その二人からそう遠くない距離に、三人目の人物が床に座っていた。
やや小馬鹿にした口調だったためか、ジルの目は鋭角に吊り上がった。

「あたいを馬鹿にするってのかい、ジェイミー」
「そんなつもりはねぇさ。ただ、その予感が当たったって瞬間を、今まで一度も見たことがないって俺は言ったのさ」
「ジェイミー!あんたは何だっていつもそう──」
「止めないかお前ら」

にやにや笑う体格の良い男を、今にも殴りそうなジルの間に、ラズが割って入った。

「今回はその予感が外れた方がいいってもんだろう」
「……分かってるよ、だけど」
「だが確かに、妙だと俺も思う」

一度ジルの意見を否定してから、ラズはすくい上げた。
多少落ち込んだ顔だった彼女は、直ぐ様期待に満ちた表情になる。

「あれほど追っていた奴らが忽然と姿を消した……罠を仕掛けられてるようで、気味が悪い」
「そうか?あいつらも腹が減って帰ったんじゃねぇの」
「ジェイミー……これは重大なことだ、そう茶化していいものじゃない」
「いいじゃねぇか。ちょっとでも希望的観測は持つべきものって、お前さんの口癖だぞ、ラズ」
「……全くお前は…」

やれやれ、とラズは首を横に数度振った。
それから腕組みをし、陽が射す方角を睨み付ける。
彼の“琥珀の瞳”が、光に反射して煌めいた。
暫く全員が口をつぐんでいたが、落ち着いたらしいジルが口を開いた。

「で?あたい達はいつまでこんなボロいとこで身を潜めてるんだい」
「……“協力者”からの連絡がない限り、俺たちは動けない。向こうの準備が整えば、これに合図を寄越す手筈だ」

これ、と彼の右手にはめられたバンクルを掲げてみせた。

「それまで、此処で待つ他ない」
「それまた、だりぃったらねぇな!もう気にせず突っ込みゃいいじゃねぇか」
「馬鹿も休み休み言え。お前は七区の馬鹿共に成り下がるのか」
「……っとに、お冗談の通じねぇ野郎だなお前さんは。しねぇに決まってるだろ」

脱力してごろりと床へ寝転がるジェイミーに、厳しい色を宿す目をラズは向けた。
暫くそのまま睨め付けていたが、小さな吐息を一つ零したあと、止めた。

「……そう願いたいよ」

本当にやりかねないトライバル柄のタトゥーを顔に施した彼に、小さく希望を持ってそう呟いた。