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子豚な王子様18

*****



「プラム。さっきのお花の意味っていつになったらわかるの?」

顔を隠す布を少しだけ持ち上げて、ペロペロと露店で買い求めた棒付きのアメを舐めながら、ティカルは隣のプラムを見上げました。 
町の少女からもらった花は、ティカルの服のボタン穴に大人しく収まっています。

するとプラムは、ティカルが食べきれなかったおまんじゅうを布の下で食べ終わったあと、クスクスと笑いました。

「もうすぐ始まる」 

首を傾げて、しかしプラムがそういうならもうすぐなのだろうと、ティカルはまたアメを舐めることに集中しました。
ふと顔をあげると、いつのまにか広場にはたくさんの人でにぎわっていました。

しかしどうしてか、ティカルは皆がそわそわしているように感じました。お祭りだからなのかなとも思いましたが、ティカルのように呑気にアメを舐めている人はいないようです。そういえば、ここに来るまではちょろちょろ見かけた、子供の姿がありませんでした。

「大人の人ばっかりだね」

ティカルがそうつぶやいた時でした。広場を照らす明かりが消され始めたのです。数え切れないほど提灯を、近くにいる人たちがウキウキした様子で中のろうそくを吹き消していきます。。

「ぷ、プラム…っ暗いよ」

小さい頃、暗い部屋にいたティカルは、暗いところが苦手でした。思わずヴィッツと呼ぶのも忘れて、その腕にぎゅっとしがみつきます。
小声だったためか、周りにきこえることもなく、プラムも何も言いませんでした。

「大丈夫。あとでまた灯すし、あのかがり火は消さないから」

広場の入り口にあるかがり火は大きすぎて消せないようです。しかし、じゃあそっちに行こうよとティカルが袖を引いてみても、プラムは悠悠とそこに立っています。仕方がないのでティカルは移動を諦めました。

広場がだんだん静まり返っていきます。何が起こるのだろうと、ティカルがごくりとつばを飲み込むと、おもしろがっているようなプラムの声が横から聞こえました。

「花火が始まるぞ」

その声を待っていたかのように、広場の夜空に、大きな花火が打ちあがりました。

「わ…ぁ…」

お城から遠くで打ちあがる花火を見たことはありましたが、こんなに真上で、まるで火花が落ちてきそうな大迫力の花火は初めてです。ティカルはまんまるに目を開いて花火を見上げました。

そして最初の大花火のあとは、次々に単色の花火が打ちあがります。緑、黄色、赤。
夢中で見ていたティカルでしたが、ふと、耳が変な音を拾いました。

きょろ、と周りを見渡しますが、暗くなった広場では人の輪郭のようなものしかわかりません。変な音は気のせいかな、と思ってまた花火を見ようとしたティカルでしたが、次のオレンジ色の花火が打ちあがったときに、見てしまいました。

若い男の人と、女の人がキスをしていたのです。
「ちゅっ」と音を立てて。

ティカルはどっと顔が熱くなるのを感じました。だってキスなんて、好き合っている人たちがするものです。したこともなければ、誰かのを見たこともありません。
大変なところを見てしまってごめんなさい!と心の中で覗き見てしまったことを謝っていると、ぐいと腕が引かれました。

「あ、ごめん…っ」

「どうして謝るんだ?それよりほら、」

そういってプラムが空を指差します。その指の先を辿るように見上げると、次に打ちあがったのは青い花火。

…のようでした。


青い花火のようだった、というのは、ティカルが花火を見ることができたのが、ほんの一瞬だったからです。
その一瞬のあとは、ティカルの顔の前には大きな影が差していました。

唇にも何か当たっていました。布です。顔を隠していた布です。しかしその布の向こうに、柔らかい何かが押し当てられていました。 

ティカルが、パチリと瞬きをするとまつ毛が、フワリと大きな影を、つまりプラムの頬のあたりを撫でました。

くすぐったそうに笑う振動が、唇から直接感じられます。
そこでようやく、ティカルはわかったのです。
プラムと、布ごしにキスをしているということに。

「プ、プラップラ…」

「し、」

ようやくプラムの顔が離れて、ティカルが泡を食って名前を呼ぼうとしましたが、プラムが人差し指を立てるのを見て、プラムと呼んではいけないことを思い出しました。
すると今度は、混乱した頭ではさっきまで呼んでいた名前が「ヴィッツ」が思い出せないのです。

そうこうしているうちに、花火は打ちあがります。赤、緑、オレンジ、そして、青。

「ぶひゅっ」

プラムが素早く、またキスしてきました。びっくりして、鼻が鳴ってしまいます。

そしてティカルは、ぐるぐる回る頭をなんとか使って、ようやくあの花の意味を理解しました。

さっき見てしまった若い男女。そのどちらもが、オレンジ色の花を身につけていました。
つまり、身につけている花と、同じ色の花火が上がったらキスをする、ということのようです。

また青い花火。ようやく意味がわかった様子のティカルに、プラムは今度はじわじわと顔を近付けてきました。じっと見つめながら。その力強い輝きを宿した青い目で。

花火の意味がわかっても、人間経験が浅いティカルにはどうしようもできませんでした。体が動かないのです。
3度目のキスは互いに目をあけたままでした。

花火はそのあとも続いて、その度にあっちこっちで「ちゅっ」「ちゅっ」とくすぐったい音が聞こえてきます。

しかしプラムとティカルの間には布があるので、その音はしませんでした。

だんだん、ティカルはそれがもどかしく感じるようになりました。顔を隠す布がなかったら、どんな感触なのだろうと、頭が好奇心でいっぱいになっていきます。


ふと、プラムがティカルに囁きます。

「次が最後だ。最後の大花火は、全部の色が入ってる」

「う、うん…」

きっと、プラムは大人だからこのお祭りを楽しませようと広場に連れてきたのであって、きっと、僕ほどドキドキはしていないのだろうとティカルは思いました。だからこのキスもプラムにとっては、大きな意味はないのだと。
そう思った途端、胸がきゅうっと縮むような気がしましたが、ティカルにはその意味がよくわかりませんでした。

最後の花火が打ちあがっていきます。ボっと遠くで音がして、尾を引きながら空へ、空へ。
そして地面を震わせるような大きな音と共に、いままでで一番大きな花火が咲きました。

横で、プラムがこちらに顔を寄せる気配があります。
その瞬間、ティカルは自分でも驚くほど大胆な行動を取っていました。こっそりと、顔を隠す布をめくったのです。
こうすれば、二人の間の布は、プラムの分の1枚になります。

ティカルは目を閉じて、その瞬間を待ちました。

「…」

触れました。しかしそれは、布の感触ではありませんでした。

柔らかくて、あったかくて。ティカルがハっと息を飲むと、向こうも同じようなハっと息をしたのが、鮮明にわかります。 

思わず目をあけると、驚いたような青い目がこちらを見ていました。同じように驚いていることに、ふっと安心したティカルは、静かに瞼を降ろします。


その最後だけ、小さな音がしました。



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