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ティカルは少し緊張しながら、プラムの部屋の扉をノックしました。
「入れ」
「ブヒ!は、はい!」
思いがけずプラムの声が近かったので、ティカルは鼻を鳴らしてしまいました。
呼吸を整えて、片手で落とさないように、ぎゅっとお酒の瓶を抱きしめて、そろそろと扉を開けます。
プラムはソファに腰かけて、書類を見ていました。
「…プラム、それお仕事?」
格好は寝るときの状態でしたが、プラムはどうやら私室にまで仕事を持ち込んでいるようです。
ティカルが心配そうに声をかけると、プラムはティカルを見て、書類を片づけました。
「あぁ、少し頭に入れておきたいことがあったからな。
寝る前に読むと、案外頭に入るんだ」
「そ、そうなんだ…。でもちゃんと眠れる?」
例えば、ティカルは面白かったりドキドキするようなお話を読んだりした後は、なかなか寝付くことができません。
するとプラムはフっと笑って、大丈夫と頷きました。
「俺は夜に愛されているからな。一度寝入ってしまえば大丈夫」
夜に愛されているなんて、初めて聞くことばです。ティカルが首を傾げると、プラムに「あまり深く考えなくていい」と笑われてしまいました。
「あ、あの、これ…お酒」
気を取り直して、そっと瓶を差し出すと、プラムは自ら立ち上がり、戸棚からグラスをふたつ持ってきました。
「飲めるか?」
ティカルは慌てて首を横に振りました。ティカルは、まだ成人していないのです。するとプラムは少し残念そうにグラスを置きました。
緊張しながら、ツツムに教えてもらったとおりに栓をあけ、トクトクとプラムの掲げるグラスにお酒を注ぎます。
「お前が成人したら、一緒に飲もう。それまでは一人で我慢する」
「うん!僕がんばるね」
何をがんばるんだろうと、ティカルは自分で言っていても謎でしたが、プラムは上機嫌に「あぁ頑張れ」と頷きます。
その後、プラムはお酒に強いらしく、続けて3杯くらい飲みましたが、顔色一つ変えませんでした。
そしてポツリと言いました。
「その鼻は、生まれつきか?」
どきっとしてティカルは、視線を彷徨わせました。生まれつきとは何を指すのでしょう。ティカルが本当に生まれた時は、鼻どころか全身子豚の姿でした。そして首飾りの力を借りて人間の姿になれるようになっても、やはり鼻は子豚のままでした。
迷った挙句、ティカルは小さく頷き、「はい」と答えました。
ティカルのそんな困った様子に気付かないプラムではありません。何か事情があるのだろうとすぐに察しました。
「無理に答えなくていい。互いに一国の王と王子だ。秘密くらいいくつでもある」
「プラムにも、秘密があるの?」
ティカルが顔をあげて問うと、プラムは笑って「あるさ」と言いました。
「例えば、この城の秘密の抜け道、とかな」
「抜け道?!」
「あぁ、いくつかある。たまにはそこを使って、外に出たりしたもんだ」
ティカルが興味津津に目を輝かせるので、プラムは愉快な気持ちになりました。
「外に出て、プラムは、あ、遊ぶの?」
ティカルだって「視察」という名目で自分の城の外に出たことはありますが、自由に外に出たことはありません。遊ぶという言葉に色っぽい意味がないことがわかったプラムは、調子よく「あぁ、たくさん遊んだ」と返しました。
「王になってからはなかなかそういう時間もなくなったが、今度こっそり行ってみるか?」
「ブヒッ!いいの?僕、外に行ってみたかったんだ!」
露店のおまんじゅうとか、大道芸とか、視察の馬車の中から、ちらっと見えた魅力的なそれらを、いつか目の前で見てみたいと思っていたのでした。
年頃の王子だったら、あの手この手で外に出ようとするものだと思っていたプラムは、純粋なティカルの様子に子供みたいだなと感じます。
「わかった。川の工事がひと段落したら、我が町を案内すると約束しよう」
「あ、ありがとうプラム!!」
ジャンプまでは流石にしませんが、ピョコピョコと体を揺らして、ティカルは喜びました。
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