お久しぶりです。寒くなってきましたね!
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ティカルは必死に走っていました。
誰かが自分を追いかけているとわかった途端に逃げたので、あまり相手をみていなかったティカルですが、一瞬だけキラリと光るものを見た気がしました。牙のようです。
そして「おいしそう」という呟きは間違いなく聞こえたのでした。
今は後ろのほうからは何も聞こえません。「はっはっ」という荒い息遣いと四本足の足音だけです。
食べられるのだけは困るので必死に走るのですが、足の長さが違うのか、ティカルが四本足での全力疾走に慣れていないせいか、あっという間に追いつかれそうになりました。
もう今にもおしりにガブリといかれそうです。
「ピギー!」
心の中では「やめてー!」と言ったのですが、残念ながら子豚の鳴き声でした。
しかし、それきり相手の気配が後ろからふっと消えたのです。
「ブヒっ?」
おかしな様子に振り向こうとして、それまでの勢いが殺せずに転んでしまったティカルは、ひっくり返ったまま後ろを見ました。
すると後ろには、茶色の子犬を抱えた、大きな男の人が立っていたのです。
「裸のウリボウか?珍しいな」
「ととさま!おいしそうです!」
またもおいしそうと言われて、すぐに逃げなくては思うのですが、しゃべってる!というびっくりのほうが勝ってしまい、ティカルはぼんやりと大きな男の人と、子犬を見ていました。
「あーでも、身が少なそうだぞ?」
その言葉にようやく我に返って、ティカルは咄嗟に「食べないで!」と一鳴きしてみました。犬の言葉がわかるのなら、子豚の言葉もわかるかもと思ったのです。
しかし残念ながら、何か訴えているとはわかるようですが、ティカルの言葉までは伝わっていないようでした。
「普通の獣ではなさそうだな
あぁ、トウジとシロウが相手してるヤツの連れか」
トウジトシロウというのが何なのかやはりわかりませんでしたが、相手しているヤツというのがエンだということは察せられました。コクコクと頷いてみせます。
男の人は、ティカルを興味深そうに見て、「ふーん」と言うとティカルの首根っこをひょいと掴みあげました。たいていここを持たれるとグエっとなるのですが、それを感じないくらいに大きな手なので、指がぐるりと首をまわってくっついているのではとティカルは思いました。
「邪魔をすると怒るだろうが、まぁいいか」
そういって男の人はターンと地を蹴って飛び上がりました。唐突にそのへんの木よりも高く飛び上がったので、ティカルはびっくりして声も出ません。反対の腕に抱えられている子犬はというと、
「たかーい!ととさますごーい!」と言って楽しそうです。
そしてほんのひとっ跳びでさっきティカルが追いかけられ始めた場所に戻ってきました。
高く飛んだ衝撃でフラフラしながらも、ティカルはエンを探しますが、ぱっと見だれもいません。
「どっちか、やられちまったか?」
男の人の言葉にぎょっとしていると、川の反対側から「おーい」と声が聞こえました。
暗かったのでよく見えませんが、エンです。そして隣にはさきほどの青年がいました。耳の生えた人もいます。
もっと殺伐としているかと思ったのですが、そうではないようです。
むしろ互いに肩を貸し合って、仲が良さそうです。
ティカルと子犬を抱えている男の人も不思議そうに「なんだありゃあ」と言いながら、膝をちょっと曲げました。
はっとしても遅く、そしてどうしようもないのですが、ティカルはまたもひとっ跳びを食らってしまったのでした。
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