*****
何度交わったかわからない。それほど互いに求めあった。
2度目からはウノの忠告どおり中には出さなかったが、精が尽きるとはこんなことを言うのだなとモンは思う。
ふと、横を見た。
「……」
ウノが穏やかな顔で、モンの腕を枕にして寝ている。
愛おしさに、モンの空いている方の手が動いて彼の髪を撫でた。
今までになく、優しい色をしているモンの瞳。
しかししばらく経つとまた暗い光を灯した。
翌朝、心地よい眠りから覚めたウノは恥ずかしそうに身を起こした。
「おはようございます…」
「ああ…」
視線を逸らすモンにウノは首を傾げる。態度も昨日のような親密さは欠片もなく、よそよそしいのだ。
どうしてか、問いたい気持ちはあったのだが、モンの拒絶する気配にどうしても勇気が出せない。
「あ、あの、僕…朝食の支度をしに行ってきますね」
居たたまれなくなり、ウノは服を着ると部屋を去って行った。
ふぅ、と息を吐いて、モンは体を起こした。
食堂には、彼がいるあの場所に、行く気はなかった。
このまま、この屋敷を去ろうと思ったのだ。
昨日のことは、自分の弱さにあの少年が付き添ってくれただけであり、
特別な感情などない。
それが当り前なのだ。こんな、魔物よりも魔物らしい顔を持つ自分では、
永遠に、そばにいてくれる存在など望めやしない。
これ以上この屋敷に留まると、余計にウノを離しがたくなってしまうことがモンにはわかっていた。
そして、忘れてはいけない。彼は、この屋敷の主人が好きだということを。
そう何度も自分に言い聞かせて、モンは支度を整える。
もともと昨日のことがなければ出立する気でいたので、準備はすぐに終わった。
ジトリとテトラの部屋の前を過ぎると、眠っているのだろうか、何も聞こえなかった。
声をかける気はない。ここを去るかどうかは本人が決めることだ。
階段を下りる。目の前の扉を開ければ、この屋敷から出られる。
「待ってください」
モンはゆっくりと振り向いた。
階段の踊り場にいたのは、この屋敷の主人だった。
「どうして、ウノに会っていかれないんです?」
「何故、行かなきゃいけない」
質問に質問で返すと、男は困ったように笑った。
「貴方なら、ウノを攫ってくれると思ったんですがね」
「どういうことだ…?」
扉に向けていた体を、紳士のほうに向けると男は「言葉通りですよ」といった。
「気付いてないのか?
アイツは、あんたのこと、」
「知っていますよ。
ウノが、私のことを好きなことは」
それなら何故そんなことを言うんだ、とモンが首を傾げる。
すると紳士は、顔を俯かせた。
「だから、あの子には助かってほしかったんです」
モンは、違和感を感じた。
周りの景色が、この前、いやさっきまで見ていたものと違う。
急に古くなったような…。いや、この有り様はもっと長い年月を経たものだ。
「まさか…、あんたはとっくに…」
「私だけじゃありません。
ウノ以外の子供たちも、この屋敷に着いた直後に、
…死んでいるんです」
唖然と、モンは屋敷と紳士を見た。
否、もうモンには紳士の本当の姿が見えていた。
亡者だ。
確かに魔物でもあるが、肉もなく、半分は朧な影となっている。
「この屋敷に辿りついた頃には、もう生きる力は残っていませんでした。
この屋敷に住んでいた魔女に、魔物に変えられても、人として生きることは難しかったのです」
ドロドロと、周りの景色がぼやけ、本来の苔むした生活感のない壁が現れる。
この屋敷には、もうずっと長い間、生きるものはいなかったのだ。ウノを除いては。
「しかし、ウノだけは人として生きていました
おそらく、あの子が一番人間らしかったんでしょうね」
「あんたが…、好きだったから、じゃねぇのか?」
モンがそういうと、亡者は少し笑った。
「そうかもしれません。でももう時間がない
お分かりでしょう?」
紳士は、もうすぐ消えるのだろう。長い間、野ざらしにしておいたものが土に還るように、時が経ち、亡者も消えるのだ。
「だから、貴方達を呼んだ。
貴方達の誰かが、ウノを愛してくれると信じて」
モンの中に、ここ数日の本当の記憶が蘇る。
村にはこの紳士はいなかった。
自分たちは、誘われるようにフラフラとこの屋敷に来ていたのだ。
「、おい…。待てよ
俺なんかと居たって、あいつは…」
戸惑うモンに、亡者は笑う。目が落ちくぼんで、頬がこけたその笑顔は、さすがのモンでも少し背筋が冷たくなった。
「なら、私が連れていってしまいますよ…?」
「何…?」
ズシン、と屋敷が震える。なんとか倒れこむことを免れたが、すごい衝撃だった。
「何をしやがった…!!」
「言ったでしょう?
時間がない、と」
てっきり、亡者が消えることだと思っていたが、どうやら屋敷にも寿命がきているらしい。
「さぁ、今ので東のほうが崩れました
次はどこでしょうね…?
食堂、かな?」
「・・・ッ」
また地響き。今度こそ、モンはよろけて膝をついた。
「ここにいたら貴方も危ないですよ。
後ろの扉を出れば、すぐに安全な場所へ避難できます」
にこにこと、もはや人の姿を失った影が揺らめきながら、笑う。
モンは、扉の存在を背に感じながら、
しかし振り向きもしなかった。
「くそったれが…、
やっぱり、てめぇみたいなのは理解できないぜ…ッ」
ドっと床を蹴り、西の廊下を走りだす。
その先にあるのは食堂、彼がいる場所だ。
「ウノのことを、頼みます」
背後から、紳士の声が聞こえた。