最近こればっかりだなぁ。しかし気にしない!!
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プラムはティカルが描きあげた地図を見て、思わず「ラクガキか」と言ってしまいました。
ティカルは一生懸命描いたのですが、「手」を手に入れてまだ8年ほどしか経っていないせいか、子供が描いたようなものになってしまうのでした。
しかしプラムは、側近のオクに頼んであらかじめ最近の地図を取り寄せていたので、ティカルの、見様によっては芸術的に見えなくもない地図と見比べて、自分で昔の地図を復元しました。
「プラムって地図上手だね!」
フンフンと鼻息荒く感心するティカルに、このくらい描けてあたりまえだろうと思いながらも、なんとなく嬉しい気がするプラムです。
咳払いをして、ティカルに自分の描いた地図を見せて間違いがないか確認させました。
「そっくりそのままだよ。よかった。これで戦わずにすむんだね!」
オクが、先ほどから敬語で話さないティカルにピクピクと頬を引き攣らせているのが視界の端に映っていましたが、プラムはあまり気になりません。
それよりも、ティカルが言った言葉に、首を横に振って「戦いはする」と言う方が大事でした。
「え…、そんな…」
途端にティカルは青ざめ、目がうるうると潤みだします。
「や、やだよプラム。僕、お父様やプラムが、戦いに行かなくていいようにって、考えたのに…。
それじゃ意味がなくなっちゃうよ!」
突然プラムに近寄って、胸のあたりの服をぎゅっと握ってくるティカル。流石にオクが「立場をわきまえなさい!」と叱責しました。
「ブヒ!ご、ごめんなさい…」
見る見るしゅんとするティカルに、プラムは、絵と言い、言葉や態度と言い、ティカルは見かけよりずっと幼いのだなと考えました。
そういえば彼は、幼少から大病を患っていて人前に出られないと有名でしたし、自分も今回初めて彼に会ったのですから、社会経験というものが少ないのでしょう。
聡明なプラムは、この短時間でティカルのことをほぼ正確に理解していました。
「ティカル」
だからか、プラムはそっとティカルの肩に手を置いて、目線が同じになるように少し体を屈めて、幼い子に言い聞かせるように話しかけます。
「もう時間がないんだ。わかってくれ。
あの国の食糧は本当に切迫している。軍人だけでなく、庶民も、皆死んでしまうかもしれない。
俺がお前の父を手伝って、出来るだけ早く戦いを治めて、あの国の王族を黙らせる。それから川や湖を復活させるのが一番早いんだ」
食糧がなく、目が血走っているような状態の向こうの国に「川を作りましょう」と言ったところで無駄だとプラムにはわかっていました。
話に応じるような国だったならば、そもそもティカルの父親に友好的に支援を申し込んでいたはずなのです。
それを言うと、ティカルは鼻を啜りながら、小さく頷きました。
「…そうだね。ごめんなさいプラム」
プラムはふっと表情を和らげると、ティカルの目じりをぐいぐい拭います。部屋の隅で、オクは王様になって以来ずっと仕えているけれど、あんな顔のプラムは初めて見たと驚いていました。
プラムは、オクの驚いた表情に内心では「こいつを黙らせるにはこれが最善だと思っただけだ」と思いながらも、何故か演技だけではないような変な心地がしました。
「いいんだ。父親だけではなく、俺の心配もしてくれてありがとうな」
「心配するよ!プラムは優しいもの!」
「俺が?優しい?」
出会って、一緒にいた時間は1時間にも満たないというのに、優しいと言いきったティカルにプラムはおかしそうに首をかしげます。それにプラムの評判は、冷徹だとか、好戦的だとかであり、優しいと言われていることがないのも知っています。
ティカルは一瞬口を開きかけましたが、はっと思いだしたように口を閉じて、やがてもごもごと言いました。
「さっきも、助けてくれたし…」
「・・・ああ」
湯殿での一件をプラムは思いだしました。あれしきで優しいと言われてもなとプラムは思っていましたが、ティカルの頭の中では、子豚の時代の出来ごとが蘇っていました。
ティカルだけの、暗い部屋に迷い込んできた男の子。はじめてぎゅっと抱きしめてくれた男の子。それが今、目の前にいるプラムです。
ティカルはどうしてか、胸がドキドキするのを感じました。
抱きあげられたときを思いだすと、だいたいこうなるのですが、今はもっと、体中が熱くて、ドキドキもいつもよりうるさいようです。
ティカルは自分を落ち着かせるように首飾りを弄りました。
「それは?」
プラムにも見えたのでしょう。使用人服には不釣り合いなほど見事なその首飾りを覗きこみました。
「僕の大事なもの。これがないと、僕困るんだ」
なおも首飾りを弄りながら、ティカルが答えます。プラムは何故かその首飾りを誰からもらったのか問いただしたいような気分になりましたが、自分でもどうしてそうしたいのかがわからなかったので、ぐっと言葉を飲み込みました。
ティカルの肩から手を降ろし、 ふいと顔を逸らせます。
「出来るだけ早く戦いは終わらせる。父王のことは案ずるな」
「ありがとう…。がんばってね」
どうして顔を背けてしまうのかティカルにはわかりませんでしたが、大きく頷いて部屋を去って行きました。