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デクと紹介された大きな大きな魔物は、小さな目をパチクリとまたたいた後、ものすごい勢いで地面に倒れ伏しました。
「デク?!」
「おとう?」
「ぴっ」
皆がびっくりして、ワサビという男の人が横に座ります。
「ど、したのデク?大丈夫??」
「う、ぉお…だ、だいじょう、ぶ…」
よく見ると、デクは倒れているのではなく、頭を下げているように見えました。
エンはギクリとしたようですが、皆デクを見ていたので気付きません。
「す、すまん。こうしなきゃ、いけない、気がした…」
もう大丈夫、と念押しして、まだ心配そうな顔をするワサビの手をきゅっと握ります。
「あの、初めまして。エンと言います。
さっそくで申し訳ないんですが、貴方は倒された魔王に会ったことがありますか?
どのような人でした?」
珍しく食いついて質問するエンをティカルは不思議そうに見上げました。
デクは頭の中でエンの言葉を整頓しているのか、しばらく考えていましたが、最終的に彼は首を横に振りました。
「すまん。俺は魔王しらない。
俺がいたところのオカシラや魔術師は会ったことがあったと思うけど、ここにはいない」
オカシラや魔術師が何者なのかわかりませんでしたが、エンには十分だったようで、少し肩を落としながら「そうですか」と頷きました。
するとワサビという男の人がおずおずと口を開きます。
「僕のいた村は、デクがいうオカシラが率いる魔物のグループに占拠されたんです。
彼らは「殺された魔王の恨みだ」と言っていました。
自我のある魔物にとっては、必要な人だったんじゃないかって、今は思っています」
自分で考え、行動できる力のある魔物を魔王が統率していたから、いままで村を攻めてきたりすることがなかったのだろうとワサビは言います。
エンはどこかぼんやりした顔で頷きました。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、すみません…。魔王が生きていたっていう実感が、いまさら湧いてきて…」
ワサビやデクは首を傾げましたが、エンにとっては何百年も前に死んでしまった魔王は遠い遠い存在だったのでした。
ですがこの時代ではつい最近まで魔王は生きていて、魔物たちを束ねていたのです。
そのことを想うと、ますます魔王に興味が湧いてくるのでした。
「あなたは…、一体」
不思議な旅人に、ワサビはおそるおそる尋ねます。エンは困ったように笑って、ワサビとデクの後ろで、こちらを興味深そうにみている子供たちを見ました。
「村の人たちと、仲良くできるといいですね」
「え?」
「今はまだ魔王の記憶が強いけど、いつかは村の人たちに迎え入れられる日が来ると…、思います」
一人でにそう言い切ったエンは、わからなさそうなワサビや子供たち、そして大きな魔物のデクにペコリと頭を下げました。
「おじゃましました」
そう言ってティカルを抱えると、エンは皆に背を向けます。ワサビが慌てて「ご飯でも」と言いかけましたが、それより早くエンは立ち去ってしまいました。
「なんだったんだろう…。不思議な人だったね」
「うぉ」
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「不思議なことがあるものだなぁ。
昔の時代に来てしまうなんて…」
「ぴぃ」
早足だった速度を少し緩めたエンはちょっと後ろを振り返って、呟きます。
ティカルもそれには同感です。そもそもティカルはこの世界の子豚、もとい人間ではありませんが、それでも頻繁にあることでないことは確かでした。
どこへいくともなく歩いていると、向こうから誰かが歩いてきます。
ついさっきまで見たような姿です。おそらくワサビとデクの息子が他にもいたのでしょう。彼はなんだかぼんやりしているようで、こちらに気付いていません。
「何か考え事かな」
「ぴぎっ」
すれ違うまで様子を見てようと、何気なさを装って歩いていると、魔物らしき少年はぼーっとしながら、とうとうエンたちとすれ違いました。
「こんにちは…」
「あ、こんにちは…
…!!!」
生返事の途中で、ようやく人間がいることに気付いたのでしょう。魔物の少年、エンたちは知りませんがナッツという彼は、びっくりして、あわあわして、ダーっと家の方に走って行きました。
「何を一生懸命考えていたんだろうね?
好きな人のことかな?」
その走り去っていったほうを見て、エンはクスクス笑います。
案外あのぼんやりしてそうな彼が、未来に繋がるような、そんな気がしたのでした。
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