「かっくーん!」

バイク用の駐車場に愛車のハレを停めていたカクは少し恥ずかしそうに振り向いた。
小走りでやってきたのは洋一(よういち)という幼馴染。
幼馴染といってもカクが事故に遭うまでの付き合いだったのだが、洋一の明るい性格と、日本人のわりに赤茶けている生まれつき髪のおかげで、一目でわかった。
そして洋一もカクがおもちゃの車を乗り回していたことをぼんやり覚えており、ハレに乗って登校してくる姿が幼い日と重なって思い出したそうだ。

「はー、やっぱかっこいいなぁ」

洋一は進学を期に一人暮らしを始めたので、バイクを買うような余裕はない。
指を咥えてうらやましそうに見ている。

「かっくんいいよなぁ。おじさんが車屋で」

「だからさ、かっくんて呼ぶなよ。恥ずかしいから」

最近ではまわりの新しい友人たちにまで「かっくん」が浸透しつつあるのだ。男としては威厳に欠けるあだ名なのでやめてほしい。
ただでさえカクは、母親譲りの優しげな面差しで、体も細身なのだ。

「いいじゃん。俺のことも「よーくん」って呼べばさ」

カラカラ笑って、洋一は取り合わない。再会して改めて洋一という人間を見てみると、明るいというのは確かに彼の美点だが、同時に彼の頭が少しユルいこともわかってきた。要はものごとを深く考えない性格でお気楽。カクは今後、そんな洋一に振り回されることになったりするのだが、もちろん彼らはまだ知らない。

「言わないよ。まったくもう」

ちらりと愛車を見て、カクは学び舎に入っていった。



カクは入学当初からハレで登校していたので、本人の知らないところで有名になっていた。
加えてカクの見た目が熊のような大男ならまだしも、御しやすそうな優男。密かに女子から人気も高いと聞けば、男たちからすると嫉妬するなという方が無理からぬ話だったかもしれない。

その日カクは洋一に強請られて大学にほど近いホームセンターに来ていた。

「よかったー!昨日いきなりトイレの電気が消えてさぁ。カクが連れてきてくれて助かったよ」

近いといってもそれは車で来るからであり、徒歩が移動手段の洋一には厳しいところだったそうだ。自転車のコーナーを見て「買おうかなぁ」と悩んでいる洋一にカクは声をかける。

「洋一、僕ちょっとバイクのところ見てくる。送ってほしいなら少し待ってて」

「わかったぁ。外で待ってるわ」

うん、と頷いて車用品のコーナーを目指した。
初めてくる店だったので、見たことのない商品もあり、ちょっとウキウキしてしまう。しかし洋一も待たせていることだし、結局何も買わずに店を出た。

ハレを停めたところに近づくにつれて、カクはだんだん焦りだす。
ハレが、いない。

有名なバイクを乗るにあたって、カクはそれなりに盗難には気をつけているつもりだ。
洋一のことは最初から疑っていない。彼はまだ免許をもっていないから。
しかしそれなら何故、ハレも洋一もいないのか。

「かっくーん!」

声のするほうを慌てて振り向くと、のんきな笑顔で洋一が手招きしていた。
走り寄ると、洋一はホームセンターの裏手を指さす。

「かっくんのバイク、そこじゃ危ないからって運んでもらっておいたよ」

「運んでもらった、って…、だ、誰に?」

「ん?先輩?」

首を傾げる洋一にこれは大変だ!と走り出す。洋一はついてくるのかと思いきや、「俺、自転車もらったから帰るな〜」とキコキコ帰ってしまった。

途端に心細い気持ちになりながらも、愛車のためカクは洋一が指を指していた方を目指す。
ホームセンターの裏手には空家があり、そのくずれかけのガレージの奥にハレはいた。

そしてハレを囲むようにしてたむろしていた、ハレを担いでここまで来たらしい数人のガラの悪そうな男たちが一斉にカクを見る。
口の中をカラカラにしながら、それでもカクは背筋をぴんと伸ばして男たちをみた。

「帰りますので、バイク返してください」

「なぁ、その前にちょっと乗せてくれよ」

「……」

洋一ほどお気楽ではないのでカクには彼らが親切心でハレを運んだわけではないと解っている。どう返事するのが正解なのか、出来るだけ騒ぎを起こしたくないと思っているとじれったそうに一人の男が近づいてきた。

「いいだろぉ?なぁホラ、カギ」

「すみません…ちょっとこれから用事があるので…」

嘘ではない。帰ったら今日もおじの手伝いをするのだ。それでなくてもこの店に寄ったから帰りにが遅くなっているというのに。
しかしカクの返答は男たちにとって不正解だったようだった。

「ぁあ?いいだろうが!すぐに返すって言ってんだから!」

空気が震えそうな声で、目の前で言われたカクはビクっと震えた。それが男たちを増長させてしまったのか、ぞろぞろと男たちが寄ってきてカクを壁に追い込む。

「ほらほら。カギはどこだ〜?」

ひと際大きな男がカクの肩を掴み、くるりと反転させて壁に縋りつくような格好にさせられた。慌てて身を捩って嫌がるが、たくさんの手に押さえつけられてしまう。
男たちは口々に「カギ」「カギ」と言いながら、何を考えているのか、ぴったりした服に包まれたカクの細い腰や尻、太ももを、いやらしい手つきで触ってきた。

「やだ…ッ、離し…、やぁっ」

「おいおいやらしい声出すなよ。俺らはカギを探してるだけだろ」

ヒヒっとヤニ臭い息を吹きかけながら、男の手がカクの前に回される。
カクの体に言い知れない戦慄が走った。

「ヤッ誰か…!助けて…!」