佳久と書いて「ヨシヒサ」と言うのが彼の本当の読み方なのだが、3回に1度は「カク」と呼ばれるので、小さいころのあだ名は「かっくん」。
そんな彼は車が大好きな子供で、よく庭でおもちゃの車にまたがり、遊んでいた。
不思議なことにそのおもちゃはいつの間にかカクの家にあって、カクはてっきり両親が買ってくれたものと思い、また両親は孫がかわいい祖父母がこっそり買い与えたのだろうと思っていたのだが、実は本当にどこからともなく現れたのである。

ある日、カクと両親は旅行に出かけた。近くのキャンプ場に行く予定だった。
カクがお気に入りの車のおもちゃをだっこして「持っていく」と聞かなかったので、仕方なくそれをカクの足元に置き、本物の車で出かける。

しかし彼らはキャンプ場に辿りつくことはなかった。
事故に遭ったのだ。

かけつけた警官は、一目で「ダメだ」と思ったという。
車は大破していた。事実前のほうに乗っていた両親は助からなかった。

しかし後部座席に乗っていた男の子だけは奇跡的に助かったのである。
彼がだっこしていた車のおもちゃがボロボロに壊れながらも、つっかえ棒の役割をして隙間ができ、無事だったのだ。

警官たちはそのおもちゃが足元に置かれてあったのであって、少年がだっこしていたのではないと知らない。少年も無事とはいえ、それから目が覚めたのは数日後だったから、誰もそのことについて不思議に思う者はいなかった。
そのおもちゃのエンブレムがぼっきり折れてなくなっていて、それが元々こういう状態だったのか、事故で壊れたのか、そしてエンブレムがどこに行ったのか、誰も知らないまま。そのエンブレムのない車のおもちゃは本物の車とともに処理されてしまった。


カクはその後、父親の兄夫婦の家に引き取られた。おじはいわゆる「町の車屋さん」で、車でもバイクでも自転車でも、修理もするし販売もしている。
そして子供がいなかったので、いつかは後取りにと、カクを優しく、時に厳しく、本当の息子だと思って育てた。

カクは車やバイクが好きだったのも手伝って、学校から帰るとすぐに作業場にやってくるような孝行息子に成長する。
そんな彼も今年で19歳。
このまま家を継いでもよかったのだが、この時勢だから大学まで行けばいいとおじたちに後押しされ、少し親元を離れて大学に通うことにした。

通学用として、そして今まで小遣いも強請らずに家の手伝いをしてくれたカクへのご褒美として、おじはバイクを与える。
それはおじが若いころに買ったハーレーで、確かに古さは感じられるが、きちんと整備され、新しいものにはない渋さが備わっていた。
愛称は晴助(ハレスケ)。しかし流石に恥ずかしくて、カクは晴助をハレと呼んでいた。それならハーレーをちょっと短縮しているように聞こえるかもしれないと思ったのだ。

こうしてカクはハレの所有者となり、大学生活をスタートさせた。



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バイクだし、買ってないし、きっと大丈夫。気のせいですよ皆さん!