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神域第三大戦 カオス・ジェネシス83

『…今回のことは、我々にできる範疇の事を越えている。それに何度か観測し直しているが、やはりその特異点は現段階で人理定礎に関係しない特異点…つまり目先の驚異ではない特異点だ。だが危険度でいうならば、今までのあらゆる特異点の中で最悪のレベルで危険、カルデアの責任者として、その領域に君達を残しておくことを了承できない』
「ドクター…!」
ロマニの言葉にマシュが声をあげたが、ホログラムに映るロマニの表情は揺るがなかった。彼はマシュから目をそらすと凪子の方を見た。
『先日の奇妙な特異点の比じゃあない危険さだ。春風凪子くん、協力いただけないだろうか』
「っ、おいロマニ・アーキマン…!」
「―――それは無理だろうよ」
『!?』
マシュや藤丸の言葉を聞かずに話を進めようとしたロマニに思わずクー・フーリンが声をあげたとき、凛とした声が家の中に響いた。
面々が驚く間もなく、一陣の風が家の中に吹いたと思えば、凪子たちが最初に遭遇した時に纏っていたものと同じ緑色の礼装を翻して、ルーが家の中に姿を現した。
『―!?』
「あらァ、出て来てよかったの??というかその礼装は何ぞ??お色直し??」
現れたルーに絶句した様子の二人を尻目に凪子が能天気に問いかければ、びしり、とルーの額に僅かに青筋がたった。だが怒るだけ無駄とでも思ったか、はぁ、と長くため息をつくだけだった。
「……………頭に風穴開けるぞ貴様ァ。貴様らが魔力密度が高いと壊れる惰弱な物だと言っていたのであろうが」
「あぁ成程偽装礼装なのか」
『…礼装で偽装をした状態でこの数値……。……っ、貴方が、神話に名高き彼の光神なのでしょうか』
「美辞麗句は結構だ、カルデアとやら。どれだけ無礼であろうがそこの阿呆より、不遜でどうしようもない人間はいないだろうからな、今は気にはしない」
「はっは〜ん言ってくれるぅ、まぁ不遜である自覚はあるけど」
「あるのかい…全く君は……」
恭しく言葉を述べたロマニを一蹴に伏し、凪子への愚痴を漏らしながらもルーはゆったりと腰を下ろした。緑の礼装がふわりと舞い、身体に沿うようにゆっくりと落ちる。
ルーはクー・フーリンをちらりと見たのち、はっ、と小さく嘲るような笑いをあげた。
「まぁ?途中離脱したところで問題ないような事態であるのなら、こちらとしては疾く失せてもらえるのは願ったり叶ったりではあったのだがな」
「!」
「…、こちらとて暇ではない、事態の深刻さを過剰表現していたことは不問に伏そう」
「…………、………………」
ルーが言っているのは、凪子がこの特異点を藤丸たちの生きる時代の世界の崩壊に直結したものだと説明していたことに対してであろう。
それは凪子の特異点というものへの理解の不足が理由の一因にあり、カルデア側の認識を聞いた今となっては、それを嘘と捉えても無理はない。
だが、ルーはこの事態が世界が介入するような案件であることを仄めかしていた。そうであるならば、それがどういう意味を持つのか―未来にどういう影響を及ぼすのか―分からない訳ではないだろう。それでも敢えてルーは、それを説明するのではなくカルデア側に同調することを選んだ。
思わず口を挟もうとした凪子であったが、ルーの真意が知れないこと、またルーが現れ様に言った、帰還は無理だろうという言葉の意図が分からない為に、しぶしぶと口を閉ざした。
そんな凪子の一瞬の思考に気が付いたのはルーだっただけのようで、凪子はふとその顔を見れば、その目は僅かに楽しそうに歪んで凪子を見ていた。凪子はべ、と異種返しのように舌をつきだすと、ぷいと視線をそらしてロマニらの方へと向けた。
『…では、失礼して。貴方は無理だと仰ったが、何が無理なのでしょうか』
「貴様が遣わした人間の、速急の帰還が、だ」
『…それはこの異常となにか関係が?』
「異常が…といえば異常がなのであろうが。かの魔神に使役されているものが、その目的にカルデアの排除をあげていた」
『!!』
「…そういえば」
―ルーが理由としてあげた言葉に、ロマニらが息を呑むのと忌々しげにヘクトールが呟いたのはほぼ同時だった。
確かに、ダーク凪子はその目的を、カルデアの排除、代弁者の抹殺、角ぐむことを阻むものの殲滅だと述べていた。最後の角ぐむが何を指すのかは凪子にも、藤丸たちにも分かっていないことではあったが、凪子には代弁者が己を指していたことに改めて気が付いていた。明確にカルデアの排除を目的としたということは、敵はカルデアを、“敵として”認識にしているということは明らかだ。
ルーは焦った様子を見せるロマニに目を細めた。
「アレが敵と見定めたのであれば、そう易々と見逃すことはないだろうよ。大体、貴様がそう判断しても強制的に帰還させなかった、というのであれば、レイシフトなる行程が正常に働いていないということだろう。アレに敵視されている状態で、そうした不安定な策を労することは危険だと助言をくれてやろう」
『…っ』
ロマニはルーの言葉に大きく目を見開き、悔しげに俯いた。レイシフトの最中はあまりに無防備になる、そのような危険な賭けに出るにはあまりにリスキーであることが分かってしまったのだろう。
ルーは小さくため息をつき、肩を竦めた。
「とはいえ、だからといって魔神を倒すことそれ自体に貴様らができることはない。貴様の配下は私に同盟を持ち掛けたが……司令塔がそういった方針ならば受ける道理はないな」
「!!光神ルーよ、」
「いいや、こちらとしては何がなんでもお前に助力する理由ができた」
「何?」
そう言って早々に腰をあげて話を終わらせようとしたルーだったが、凪子の言葉にぴたりとその動きを止めた。先に待ったをかけていたクー・フーリンも、凪子の言葉に驚いて凪子を見る。驚いたように凪子を見ているのは、藤丸とマシュも同じだった。
凪子は向けられる様々な視線に困ったような表情を浮かべたのち、ひらり、とあげた両手を振った。
「つまり何としてもお前に勝ってもらわないことには、ここにいるカルデアの面々の命はないということだ。残念だったなァルーよ、お前、とうに彼らの命の責任をおっかぶせられてたってことだ」
「…!」
「助力するしないで彼女たちの命の保証が揺れるのなら、私もここの問題は全部お前にひっかぶせて彼女たちを逃がすことに賛同するね。だがどちらにしても、お前が負けたら彼女らの命はないし、逃げられないことをお前が今お墨付きをつけちまった。だったらお前の戦いに“付き合うしかない”。お前の戦いを指くわえて見ているだけ………っていうのは、あまりに不安すぎるだろ?」
「………成程な」
ルーははじめは驚いたように凪子の言葉を聞いていたが、次第に納得したようで、忌々しげにそう呟いた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス82

「それで、君たちはこれからどうするんだい」
「………ルーとの交渉がまず、だな。お、特に異常なく起動したっぽいよ」
「!ではカルデアに通信を…」
通信機をマシュに託し、凪子は一度立ち上がると気だるげに肩を回した。リンドウと凪子は戻ってくるまでに何か会話を交わしていたのか、互いにあまり視線を合わせていない。話したとのだとすれば間違いなく内容は先程のことだろう、と考えたクー・フーリンは若干の気まずさを覚えつつ、凪子に視線をやった。
「しかし、ルーとどう交渉する?」
「タラニスに提案したのと同じだ。この時代の私の相手。バロール相手は現状ルーにしか出来ない以上、援助に徹底した方が現実味があるってもんだろ?まぁ他に案があるなら是非言ってほしいのだけど」
「…まァ、それが妥当だよな」
『!藤丸くん、マシュ!よかった、無事だったか!』
少しの雑音をさせた後に、無事通信は復旧したようで、通信機からホッとしたようなロマニの声が響いた。リンドウはわずかに目を丸くさせて通信機を見、ホログラムで浮かび上がるロマニの姿に気が付くとぱちくりと瞬いて、そっと凪子の後ろへと移動してきた。
流石に驚いたようだ。無言で移動してきて凪子を盾にするリンドウに凪子は一瞬ポカンとしたのち、小さく吹き出して楽しそうに肩を揺らしていた。
『?その人は…例の、協力を得られたドルイド?』
「あ、はい、そうです。リンドウさんです」
「……………………どうも、リンドウです」
『へぇ、なかなか利発そうな顔だ。私はレオナルド・ダ・ヴィンチ、どうぞよろしく』
少し遅れて、ダ・ヴィンチも姿を見せる。リンドウはもう驚くまい、とでも言いたげに首を横に振ると、そっと凪子の横に立った。
『…それで、どうなった?』
「ええとですね――」

―――――

『……………成程…』
これまでの経緯と、レイシフト先が異なることを聞かされたロマニは、眉間を寄せて頭を抱える様子を見せた。あまりに情報過多な話だ、混乱するなという方が無理な話であろう。マシュと藤丸が話している間に腰を下ろしていた凪子は話の長さに僅かに船をこいでいる始末だ。
ダ・ヴィンチは通信先で、ふむ、と興味深そうに呟いていた。カタカタ、とキーボードを叩く音も聞こえてくる。
『うーん、こちらの観測ではそこはイングランドで間違いないんだけどな』
「えっ、そうなのですか?」
『凪子クンの計測が間違っているってことは?』
「一応、さっき暇してたときにももう一度見たけど、ここはアイルランドだったよ。どうにもルー達の話を聞いていると、ここはどうやら過去の特異点というより、平行世界の別事象って感じの方が強い。位置が異なる、というのなら、違う世界だという可能性は高いんじゃないか?虚数空間も通ってることだし」
うとうととしていた凪子だったが、ダ・ヴィンチからの問いかけにはつらつらと、淀みなく答えを返した。平行世界、という言葉を出した凪子に、通信先でロマニとダ・ヴィンチが顔を見合わせているのが見える。
「確かに考えにくいことだが、特異点に時間遡行するのが可能な時点で、平行世界に跳んでいても不思議ではないだろ。過去であることに違いはないし」
『……ふむ、まぁ確かにそうだね。よし、そちらはこちらでも調べておこう。それで、光神ルーと交渉できるんだっけ?いやぁすごいことになってるな、今回は!』
『楽しんでいる場合じゃないよレオナルド……。位相の違いは現時点で何とも言えないから暫定的に特異点だとするが、そちらの特異点の原因はそのバロールで間違いないかい?』
「まず間違いないと思うぜ。現地に召喚されたサーヴァントも集まってることだし」
「………そうだな」
レイシフト先の座標が異なった事態に関しては、双方の観測に異常がないという奇妙な事態になっているようだ。なぜ座標が異なっているのか、それが何を示すのかは、現段階では判断できない。
そう、早々に結論を下した司令塔の二人は、特異点化の原因について話題をすぐに変えた。その問いにはヘクトールとクー・フーリンが答えを返す。クー・フーリンは凪子とルーの会話を聞いていたのでだから世界の抑止力に近いものが敵対しているらしいことを知っているはずだが、凪子が黙ったまま語ろうとしないからか、その事を口にはせず端的に肯定を送るのみだった。
『そうか…よりにもよって、神が…』
『神による特異点化…というのは予想外だったな。そもそもこの特異点は人理定礎に影響するほどではない微少な特異点だったはずだ、だというのに起きている事態のスケールが大きすぎる』
「春風はこの異変が聖杯によるものではないんじゃねぇかって言ってたけどな。各特異点にある聖杯は、所詮人間の被造物だ。だから神をどうこうできるほどの力はねぇだろうと」
『それは確かに一理あるな。人理がどうこうなるような特異点ではないから驚異と見なされなかった…と考えれば、筋は通るな』
ヘクトールとダ・ヴィンチが推測と憶測を語り合う。ダ・ヴィンチはヘクトールの返答に何度か頷き、そして困ったように笑って見せた。
『…しかし、そうか。そうなると、こちらとしては早々に君達を回収したいところだな』
「…えっ?!」
「なんで?!」
そうして次いだ言葉に、マシュと藤丸が驚いたように声をあげた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス81

「…………ってぇ、訳なんだが……」
―一通りにあったことを全て話したクー・フーリンは、むっつりと黙り込んでしまったリンドウに恐る恐るといったように顔を覗き込んだ。リンドウはしばらく無表情のまま黙り込んでいたが、ひたり、と顔に手を当てると、はぁーー、と長いため息をひとつついた。
「…………この時代の彼女の居場所が分かったのは僥倖だ」
そうしてぽつり、と呟いてから、どこか吹っ切れたようにリンドウは顔をあげた。ぎくしゃくとしているクー・フーリンに、柔らかく微笑みかける。
「話してくれたことに感謝します、キャスター」
「…お、おう」
「未来の彼女だけでなく、この時代の彼女まで巻き込まれているとなれば、私も無関係ではいられない。私にできることならば全て手助けしよう」
「…!もう十分に助けていただいています、でも………ありがとうございます」
マシュはどこか戸惑いながらもそう謝辞を口にした。どこかその言葉には、親近感を感じさせた。
それに気が付いたかどうかは分からないが、リンドウはニコ、と笑うと、パシンと手を叩いた。
「では手始めに、カルデアなるものとの連絡手段の回復だね。この、ツウシンキ、というのは魔力が芳醇なところに持っていくと壊れてしまうようなものかな?」
「あー……どうだろうな、壊れるかもしれん」
「…成程。じゃあ、彼女にはちょっと我慢してもらおうか」
「我慢?」
「少し待っていてくれ」
リンドウはてきぱきと状況確認を済ませると、素早く奥の部屋へと姿を消してしまった。残された面子がポカンとしているうちに、リンドウは小瓶を手にすぐに戻ってきた。
「彼女なら分かる可能性高いんだよね。なら、連れてこよう」
「あ、いやだが、治るまで出てくるなって…」
「だから、治ればいいんだ。少し待っててくれ」
リンドウは小瓶に入った液体を揺らして見せて、悪戯っぽく笑うと家を出ていった。


少ししてから、酷く不貞腐れた表情を浮かべた凪子を引き連れてリンドウが戻ってきた。クー・フーリンは意外そうにリンドウを見上げる。
「よかったのか?連れてきちまって」
「良薬は口に苦しって言葉知ってるかぁい…」
「へ?」
「何、回復促進の霊薬を飲んでもらったんだ。退屈そうにしていたしね、ちょうどよかったろう」
楽しそうにそう言うリンドウに、べ、と凪子は苦虫を噛み潰したかのような表情で舌を突きだした。相当霊薬が不味かったようだ、表情はなかなかもとに戻る気配を見せない。
「…で?通信機が呪われたって?」
凪子は不機嫌そうにしながらも、そうまでして早々に連れ出された理由は理解していたらしい、早々に通信機の前に座り込むと、てしてしと通信機を叩いた。藤丸ははっとしたように、凪子の言葉に何度か頷いた。
「それに、通信も繋がらないんだ」
「あー…まぁ、奴さんはこれを口と耳と見なして、発声器官に侵入した構図になるんだろうな。これでいうところの出力装置とスピーカーか」
「じゃあ、その辺のパーツをどうにかすればいいってこと?」
「まぁ物凄くざっくり言うとね」
凪子は今まで度々してきたように掌で通信機を透視しつつ、リンドウを振り返る。
「これが発していたのは長時間聞かないと発生しない呪いなんだよな、リンドウ?」
「あぁ」
「遠隔操作か、あるいは一度付与したら自動反応するものか…ま、電源切ったら切れる呪いだ、直接バロールとは繋がっちゃいないとは思うぜ」
「まぁそうだよな。なら、あの宝石の呪いと同程度か、多少雑に弾いたところでしっぺ返しが来る心配はないな」
凪子が尋ねんとしていた事を察したか、クー・フーリンが呪いの種別について推測を述べた。呪いの強さや形式は、解除するときに大いに関係するものだ。クー・フーリンのそうした言葉に凪子は満足げに何度か頷くと、リンドウがおいたリースをそのままに自分の髪の毛を数本、引き抜いた。
「えーっとたしか固有結界で作ったやつがまだ残ってたはず…」
凪子は腰に巻いていた鞄を後ろ手に漁り、結界内で生成し、小瓶にいれて保存していた青灰色の液体を取り出した。髪の毛を小瓶の液体に浸し、たっぷりと含ませる。小瓶から取り出して軽く振るうと液体はすぐに緩く硬化し、凪子はその髪の毛をリンドウのリースへと編み込んだ。
ちょうどリースを一巡する程度に髪の毛を編み込むと、ふぅ、と息をついて人差し指をリースに当てた。
「Pain, pain, go away, don't come back another day」
リズミカルにそう詠唱を唱えると、青灰色になった髪の毛がキラリと光り、ポンッ、と軽い音を立ててはぜた。破裂に合わせて薄い紫煙が上がったが、それはすぐに消えた。
ふぅ、と凪子が小さく息を吐き出す。
「ん、これで大丈夫なはず」
「おお…!」
「手慣れてんな。呪術師で生計たてる方が向いてんじゃねぇの?」
「嫌だよめんどくさい。必要に迫られて覚えただけだし、呪いってなげーんだもん」
凪子はパンパンと軽く手を払いながら、クー・フーリンの軽口に肩を竦めた。その口ぶりは軽かったが実に嫌そうであったので、辟易しているというのは本音のところなのだろう。
それを察したか、リンドウは一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐに頭を振ると凪子に向き直った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス80

「…じゃあ、通信が繋がらないのもそのせい?」
「そうかもしれねぇな。呪詛なら呪いってことだろう、後で春風に見てもらうか」
「………また凪子さん頼りになっちゃったな」
「?」
どこか意気消沈したように呟いた藤丸を、クー・フーリンは不思議そうに振り返った。マシュも似たような表情を浮かべているものだから、何か凪子が話題になっていたのだろう、と察したクー・フーリンは子ギルに目を向けた。
子ギルはクー・フーリンの視線に気が付くと、困ったように笑って肩を竦めた。
「今までの色々が彼女の力に頼ってばかりであることに負い目を感じているそうですよ」
「……へぇ、そうかい。相変わらずだなぁ、マスター」
「わっ」
クー・フーリンは呆れたように、だが柔らかい笑みを浮かべるとわしゃわしゃと藤丸の頭を撫でた。きょとんとする藤丸に、ニッ、と口角をつり上げて見せる。
「たまたまあいつにしか出来ないことが続いたってだけだ。それに、あいつがいたから巻き込まれた側面だってあるだろ。今回の特異点は色々と妙なんだ、こういう時は戦えるやつに任せときゃいいんだよ」
「キャスター…………」
「あぁ!そう、今回の特異点はイレギュラーだらけだねという話もしていたんだよ」
「?そうなのか」
クー・フーリンの言葉に全て納得したわけではないにしても、胸のつかえがおりたような顔を浮かべる藤丸に、ぽんぽんと頭を叩いてやる。そしてそこへ、思い出したようにマーリンが口を開いてきた。
尋ね返すクー・フーリンに、マシュが慌てて頷いて見せる。
「現地召喚されているサーヴァントのお二方がどちらもイレギュラーな召喚だ、と。子ギルさんは元より、マーリンさんも…」
「そういや、死んでいないのにおかしい、みたいなこと言っていたな」
「話を聞けば、レイシフトも異常だったそうじゃないか。だから一旦通信しよう、となったんだが、ご覧の有り様でね」
「ふん……で、ヘクトールはどうした?」
「なんだい?」
「うぉっ起きてた!?」
成程、と頷きながら話を聞いていたクー・フーリンだったが、ずっと寝続けるヘクトールが流石に気になり尋ねてみると、意外にもヘクトールから返事が返ってきた。
驚いた藤丸の声にぱちりとヘクトールの目が開き、彼はへらっ、と笑った。
「流石に疲れちゃってねぇ、魔力の回復に務めてたのさ。通信機にしても俺に出来ることはなさそうだったし」
「あ、じゃあずっと起きてた…?」
「安全とも限らないところで、そんな本気で寝るわけないでしょ」
「あー…なら大丈夫なんだな、ルーの攻撃まともに食らってたからその損傷でもあるのかと」
「…………あの、少しいいかい?」
やんややんやと言葉を交わすクー・フーリン達を見ていたリンドウが、ふ、と口を開いた。面々は口を閉ざし、リンドウを振り返る。
「…彼女は確かに、雷神タラニスと光神ルーともめた、とは言っていたけれど…彼らを味方として助けたからには、他に敵なる存在がいるということだ。それを彼女ははっきりと私には言わなかった、誰なんだ?」
「………あー…………」
クー・フーリンはリンドウの問いかけに、曖昧に言葉を濁した。凪子がわざわざ言わなかったことを、ここで言ってしまっていいのか分からなかったからだ。凪子が傷付くことを厭わずに前に出ることを悼んだ姿を見ていたから、なおのことに。
リンドウははっきりとしないクー・フーリンに僅かに目を伏せ、だが、その場に腰を下ろしてしまった。
「彼女が言わなかったことを気にしているのなら、気にする必要はない。それでも貴方が言わないというなら、占いで見るだけだ」
「…あんたがあいつを悼んだように、あいつもあんたを思っているから、とは思わねぇのか」
話さずとも暴くという、一見強引な手段を口にしたリンドウにクー・フーリンは眉間をひそめたが、リンドウは怯むことなく彼の目を見返してきた。
「そうだとして、どうせ私には残りの命がほとんどない。言っただろう?放っておいて死ぬ方が心残りになると。……私の死を厭い、神殺しを決意するような子だ。安らかに死ぬことに邪魔なのだと言えば、分かってくれる」
「それは………」
「彼女に対する甘えだと?それとも、卑怯だと思うかな。確かにそうかもしれないね、けれど、私は彼女に誠実なまま、死にたいのだ。この時代の…行方不明の彼女の為にも。私は彼女に対してだけは、誠実にあり続けたい。それが友として彼女に出来る、最期のことだから」
「…………わぁったよ、話してやる。あいつが説明で省いたことも全部な。その代わり、その事であいつを責めてやるなよ。お前に怒られたとき大分しょげた顔してたんだぜ、あいつは」
「…そうか。いいだろう、承知した」
リンドウの根気に負けた。クー・フーリンは長くため息をつくと、リンドウに向かって座り直した。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス79

「…お前は、あれか?あいつの恋人か何かか?」
「恋人??…あぁ、“彼女”という表現をしたのがまずかったかな?彼女に正確には性別はないようだから」
「いやそういう話じゃねぇよ。死に体に鞭打ってまで助けたいってのは、それだけ深い間柄なのかってことだ」
クー・フーリンの言葉にリンドウはきょとんとした表情を浮かべる。まるで考えたことがなかった、とその顔は語っていて、うーん、とリンドウは首をかしげた。
「………ううん、何をもって恋人とするのかによって貴方への答えは変わってしまいそうなのだけれど…恋人、というのは確か、恋愛関係にある間柄の男女を指すのだろう?私は彼女が、見た目が男だったとしても、人間の見た目をしていなかったとしても、きっと同じことをする。だから、恋人ではないさ」
「………………」
「それとも、恋愛感情がないと、命を睹しても助けたいと願うのは違和感のあるようなことなのかな?すまないね、私はどうもそうした世情には疎くて…昔からうまく人と会話ができないんだ、感覚がずれているというのかな」
「………いや、別に変なことではないさ。珍しくはあるけどな。無粋なことを聞いた、忘れてくれ」
「?そうかい」
どこか寂しそうにそう言ったリンドウにクー・フーリンは目を細め、早々に話題を切り上げた。リンドウは急に話を切り上げたクー・フーリンに疑問を持つこともなく、あっさりと頷くと視線を前へと戻していた。
「(………………)」
クー・フーリンは何か言いたげに口を開いたが、そこから音が漏れ出すことはなかった。

「あっ、お帰りなさ……えっ、大丈夫ですか!?」
キィ、と扉の開く音に真っ先に振り返ったのはマシュだった。マシュは振り返るなり、支えられているリンドウに気が付くとぎょっとしたように声をあげた。マシュの反応にクー・フーリンが改めてリンドウの顔をみれば、リンドウの顔色は真っ白になっていた。
「おい、大丈夫か?」
「………大丈夫だ、ありがとう。心配は無用だよ、マシュ」
「で、ですが……」
リンドウは心配を見せる二人ににこ、と笑ってみせ、そっとクー・フーリンの腕を離した。マシュは尚も何か言いたげだったが、有無を言わせぬリンドウの視線に口をつぐんだ。
リンドウはクー・フーリンを振り返る。
「キャスター、貴方は何か伝えることがあって出てきたのでは?」
「…あぁ。ルーが目覚めた」
「あ、キャスター!おかえり!そうなんだ、よかった」
どうやら通信機をいじっていたらしい藤丸が遅れてクー・フーリン達に気が付き、知らせにほっと胸を撫で下ろした表情を見せた。クー・フーリンは肩を竦め、こきり、と首をならした。
「春風が顔にあった呪いを解いてな。手を組むかどうか、交渉する機会をくれるそうだ」
「む、あの子は…休まないとと言ってるのに」
「だから大人しくまだあの泉にいるよ。ただタラニスはまだ目覚めてねぇ」
「……そうか。免疫自体を高めた方がいいだろうか。参考にしよう」
「で、マスターは何やってんだ?」
「あぁ、通信が全然繋がらなくて…」
「何?」
クー・フーリンの話を聞いたリンドウは下げていた袋から薬草を取りだし、作業場だろうか、奥の部屋へと向かっていった。一方のクー・フーリンは、通信機をてしてしと叩く藤丸への問いかけの返答に眉間を潜めた。子ギルとマーリンの方へ視線を向ければ、両者もお手上げというように手をあげた。ヘクトールは、と視線を向けるのもすやすやと眠っていたので見なかったことにした。
「故障か?」
「んー…というより雑音しかしないというか、変な音だけが聞こえるというか…?」
「変な音?」
「ちょっと切ってたけど、音量あげるね」
的を得ない藤丸の言葉に首をかしげれば、藤丸はそういって通信機の音声を調整した。ザー、という砂嵐のような音の中に、確かに何か、声のような音が混じっているのが聞こえてきた。しかし雑音がひどいので何と言っているかまでは聞き取れない。
「ずっとこんな調子で…」
「…んー………?」
「………待った、君たち何てものを聞いているんだ、聞くんじゃない!」
「!?」
スピーカーにクー・フーリンが耳を寄せたとき、何か荷物を取りに来たのか、藤丸たちのいる部屋に戻ってきたリンドウがぎょっとしたようにそう叫んだ。藤丸とマシュはその声に肩を跳ねさせ、クー・フーリンは反射的に通信機の電源を切った。
音声はぷっつり止まり、しばらく通信機を凝視していたリンドウはそれ以上音声がしないことを確信すると、はぁー、と長く息を吐き出していた。藤丸とマシュはあわあわとしながら目を合わせ、マシュがリンドウの方を見た。
「今の音声が何か分かるのですか?リンドウさん」
「……あぁそうか、貴方はドルイドの見た目だけれど元は戦士だから、馴染みがないか。長時間は聞いていないね?」
「途切れ途切れには聞いちゃってたけど、別に長時間は…」
「……なら大丈夫かな。今のは言霊を用いた呪詛だ」
「!!」
リンドウ以外の5人に、緊張が走った。リンドウは棚をごそごそと漁ると木の蔦のようなものを取りだし、それを簡単にリース状にすると輪投げの輪を入れるような要領で通信機を囲うように上から置いた。
「これが何かはしらないが、音を発するものだから利用されたんだろう。君たち、呪い殺されるところだったよ」
「大丈夫なのか?」
「……うん、見たところ呪詛は成立していないようだ。でもそんな物騒なものは私としては破棄してほしいところだけれどね。なんだか君たちは…随分なことに巻き込まれているようだね」
「………詳しいことはあとで春風にでも聞いてくれ」
―この状況でカルデアに呪詛をかけようとするものなど、答えはひとつだろう。
思わぬところからの攻撃にクー・フーリンは眉間をもみながら、深く息を吐き出した。