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神域第三大戦 カオス・ジェネシス103

「……それは、どういう?」
「お主が死者だからだ。死人の言葉にルーは耳を貸さん。だから何かを言いたいのであっても、早々に諦めい」
「………!それは…制約か何かなのか」
クー・フーリンは僅かに意外そうに、だが、彼ならそう言っても不思議ではない、とでも言いたげな、諦めをにじませたような表情を浮かべながらそう尋ね返した。ダグザはその豊かなアゴヒゲをすくように撫でながら、す、とその目を細めた。
「制約、か。そうさな……お主も知っての通り、儂の持つ棍棒は生と死を司る。生と死の境目というのは、儂らにとって些細なものだ。故にこそ、我らはその境目に簡単に麻痺していくのだ」
「…神でもそういうことがあるのか」
「なァにを期待しておるのかは知らんが、所詮我らも生命体よ。ドジもするし、欲情もしよるし、恐怖もすれば怠惰もする。それを気にしない者が多いと言えば多いのだがな、あやつはそこの境目をつけたがる。制約ではなく、単にあれの個性だな」
どかり、と腰を下ろしたダグザは、そんなものを持っていたのか、巻きタバコを取り出して火をつけた。一本どうだ、と勧められたので、一瞬躊躇しつつもクー・フーリンはそれを受けとって隣に座した。
「………凪子が、カミサマらしくなく色々背負う嫌いがある、とか言っていたが…」
「何。生死の境というものは、確かに我らにとって些細なものであるが、お主らには大したものであろう?全てが全て、基準を等しくすることは叶わぬ話であるが、そうした境が些細なものではないものも存在するからこそ、奴は区別をつけようとしよる」
「…それで、死人の言葉は聞かない、と?」
「死者とは、本来対話できるものではない。これに関しては、神もそちらへ赴かぬ限りは同じことだ。まぁ復活それ自体もない話ではないのだが…奴は好まぬな」
「自分が死んだときの代替としてタラニスを温存させておいたくせにか?」
ほわ、と、タバコにしては妙に色の濃い紫煙が空を舞う。ダグザはどこか棘を含ませてそう言ったクー・フーリンに、カラカラと笑い声をあげた。

クー・フーリンの指摘はもっともだ。死者とは生者の世界と断絶された場所に赴いたもの、原則的にその世界が交わることはなく、余程の力がなければ死者の世界に赴き、帰ってくることは叶わない。ルーは、その“余程の力”を持つだけの神だろう。だからこそ、その力に甘んずることはない、という意思表示の現れなのかもしれない。とはいえども、確かに彼はタラニスを己の代替品として考えていた、つまり一度復活する意思はあった、ということになる。それは確かな矛盾であるのだ。

そう言いたいのであろうことを汲み取ったのだろう、ダグザは愉快げに肩を揺らしている。
「まぁそう言うてやるな、それを言い出したのはタラニスゆえにな」
「…!?そうなのか?」
「アレでいてタラニスめは繊細なのよォ。何、あの二柱は三位一体。何か思うところもあるのであろうよ。儂が力に物言わせて勝手に参戦しているように、アレも同位体という立場に物言わせて、参戦しない代わりに代替品になることを了承させたのよ」
「……………そう、なのか。なんか…」
「お前まで意外という気か?お前がオレの何を知ってるんってんだ、エェ?」
「わぷっ、」
不意に、ボスン、とクー・フーリンにのし掛かるものがあった。彼が慌ててそれを振り返れば、それはおぶるようにもたれかかったタラニスであった。
タラニスの登場にはダグザも意外そうにタラニスを見た。
「なんじゃ、お主もう出てもよいのか?」
「あんだけずっと浸かってたらふやけちまいますよ。動いてねぇから鈍るし、休憩ですよ、休憩」
「はぁ……まぁ、確かにそうそう浸かることなどないからな、そのようなものか」
「しかし、セタンタの坊っちゃんは一体、何をそんなに語りたいことがあるってんだ?生前に後悔がある…なんて訳でもねぇだろ?あの死に様にしてみてもよ」
「…………何が言いたい」
ダグザの問いを簡単に流し、ぐる、ともたれかかった体勢のままタラニスはクー・フーリンの顔を覗き込んだ。にまにまと笑いながら己を見るタラニスに、クー・フーリンは僅かに眉間を寄せ、その楽しそうな顔を睨み返す。反抗的な態度を示したクー・フーリンに、タラニスの顔はますます楽しげに歪んだ。
「我が御霊はお前の話は聞かないと言っていたぜ。死とはそうした断絶したものであるし、そうあるべきだってな。サーヴァント、だっけか?そうやって人間が死んだ同胞を利用することをこの星が許していても、だそうだ」
「!…アンタらにもバレてたってことかい。光神ルーではないが、俺も焼きが回ったか?」
「というより、今回の状況が我が御霊にとっては恐ろしく譲歩した状況であるってことだ。それだけ一大事でもあり、また脅威でもある。でなけりゃ、お前らサーヴァントの首が繋がっているはずがねぇ」
「……………人間以上に死に対して潔癖なんだな。つまり、なにか?俺がこれ以上我を張って何かを言おうとでもいうのなら、ルーは俺を殺すと?」
「ま、殺すかもなァ。我慢して付き合ってるだけ偉いもんだ、オレが御霊くらい潔癖だったら後先考えずに殺しているね」
「はぁ………なんだよ、暇潰しついでに俺をからかいに来たのか?雷神タラニス」
ケラケラと笑いながら話すタラニスに、クー・フーリンはしばらく付き合ったがしまいには疲れたように呆れたようにそう言葉を返した。タラニスは、にぃ、と笑みを深め、暗にその言葉を否定する。
「いや?御霊は今寝てるからな、御霊の耳が届かないときにお前に話したいことがあったんだよ」
「?俺に…?」
「そ。で、お前が話を大人しく聞くならお前の話をオレが聞いてやってもいい。気が向いたら御霊に伝えてやってもいいぜ?その時にゃ、オレの言葉だからなぁ」
「!」
「タラニス…お主、ルーが自他に対し厳格だからというてそう付け入ることばかりするものではないぞ」
話を聞いてもいい、と提案をしたタラニスをクー・フーリンは驚いたように見上げ、ダグザは呆れたようにそう嗜めた。タラニスは顔をダグザに向け、にや、と笑って見せる。
「良いではないですか御賢老。これはオレにしかできない役回りでしょう?」
「まぁ、そうじゃがなぁ……」
ダグザはあっさりと説得負けしたのであった。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス102

二人が作業を開始してから、4時間ほどが経過した。
「――――よし!こんなもんでいいでしょう、後は当日の頑張り次第だな」
「おー、お疲れさん」
「そちらもお疲れさーん」
日はまだ高く、辺りに不穏な気配は見られない。両者はお互い深くフードを被ると、そそくさとタラニスの居住であった森から離れた。少し離れたところで目眩ましの結界を解除し、そこにいたってようやく二人は息をついた。
「…ったく、気分のよくねぇところだった。神が破壊した後遺症ってやつかね?」
「さてね。とはいえ、神の領域をあそこまで破壊したんだ、土地そのものにダメージが残らんはずはないさ。一応、藤丸ちゃんらの待機予定ポイントには浄化の術式仕込んでおいたよ」
「おお、気が回ることで」
「これでも商売人ですから〜☆」
軽口を叩きながら凪子は鞄から双眼鏡を取りだし、念のため、結界やトラップが正常に待機状態にあることを確認する。未知数の敵なのだ、用心はするに越したことはない。
凪子がそうしている間に腰を下ろし、タバコを取り出して火をつけていたヘクトールは、それを深く吸い込んで、細く長く紫煙を吐き出した。
「…そうだ、気遣いと言えば」
「おぉん?」
「……どこぞの猫みてぇな鼠みてぇな野郎を彷彿とさせるような声出すんじゃないよ…」
「にゃんち…いやこれ以上はアウトな気がする。で、何?」
おふざけを挟みつつ、そしてしっかりチェックは続けながら凪子は改めてそう問い直した。ぽわ、と、ヘクトールが吐き出した煙が丸く円を描いて空を飛ぶ。
「キャスター…クー・フーリンのことだよ。正直、俺はマスターやマシュより、あいつの方が気になるんだが、お前さんの目から見てどうよ?」
「あぁ、すごーーく距離を測りかねてる感じがするね」
「あぁ、やっぱりそうだよな?あー…俺はケルト神話についちゃよく知らんが、仲の悪い親子なのか?あいつらは」
「と、いうより、光神ルーはクー・フーリンの超自然的な父親とされているだけでね」
「超自然的な父親」
ぱちくり、といった効果音が聞こえてきそうなほど定型的なまばたきをヘクトールが返してくるものだから、凪子は思わず吹き出しそうになった口元をもっともらしく手で覆って隠した。
「…コホン、伝承の意味合い的にはキリスト教の処女受胎と似たようなもんさ。ま、クランの牛追い…クー・フーリンと女王メイヴの因縁の戦いの折りに、一人戦うクー・フーリンを休ませるために三日間、代わりに戦った、という逸話はあるから、そういう意味では現実味はあるのかもしれないがな」
「ほぉ…つまり、親子らしい接触はなかったようなもんか」
「だろうな。凪子さん的に、吹っ切ったようにルーの戦闘補助に回ったわりに、なんで今さら迷うようなことがあるのかと思ってはいるけどね。よし、異常なし」
「は、違いねぇ」
チェックを終えて双眼鏡をしまった凪子に合わせ、タバコを口に加えて立ち上がった。
リンドウの森への帰路につきながら、二人の会話は続いた。
「オジサン、なんかした方がいいのかね?」
「いやー別にいいでしょ。作戦行動に支障が出るほどなら、今日また手合わせしてるダグザなりマーリンなり子ギルガメッシュなりがなんか言うって」
「…それもそうだな。どうにもかなり個人的なことのようだからなぁ、他人は干渉しない方がいいってもんか」
「そういうもん、なんじゃないかね。よく知らんけど」
「まぁー、お前さんはそうだろうなぁ。いや、悪い意味じゃあないんだぜ?」
「そう怯えんでもとって食ったりせんよ、固そうだし」
「感想が捕食者〜〜」


―――――


「……のう、セタンタよぅ」
「?」
ヘクトールと凪子が軽口と洒落にならない冗談を飛ばし合いながら帰路を急いでいる頃と時を同じくして、神妙な顔をしたダグザがクー・フーリンに話しかけていた。
二度目の手合わせを終えたところのようだ。様子を見に来ていたらしい藤丸、マシュと子ギル、マーリンは話し込んでいるようで、そんな両者には気が付いていない。ぐい、と腕で汗をぬぐったクー・フーリンは、ダグザへと向き直った。
「なんだろうか、ダグザ神」
「なんだろうか、じゃありゃあせんわい。心ここにあらずといった様子を見せおってからに」
「!あー……出ていたか?隠していたつもりなんだが」
クー・フーリンは意外そうに目を丸くしたのち、苦笑いをして頭をかいた。ヘクトールが凪子が言っていた異変が、これまた彼らの予想通りにダグザに見抜かれてしまったようだ。
ダグザは、ふん!、と、つまらなそうに鼻をならす。
「あそこの人間もサーヴァントも気付いちゃおらんだろうがな。じゃが、儂に隠し事ができると思うたら152年早いわ」
「まあ妙にリアルな数字で……」
「思い煩っとるところに悪いが、恐らくルーはお主の、“クー・フーリンとして”の言葉には耳を貸さんぞ」
「!」
ピクリ、とクー・フーリンの身体が小さく跳ねた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス101

―――方向性が定まった話し合いの翌日。
ルー、タラニスに先んじて回復を果たした凪子は、ヘクトールを伴ってタラニスの森へと訪れていた。
鬱蒼と緑に覆われ、確かに豊かな森であったタラニスの居域は、見るも無惨に焼け落ちていた。所々に消えきらなかった炎が明かりを灯し、黒く炭と化した森は焦げた臭いを漂わせていた。
「………成程こりゃあひどいな……」
いつ、どこでバロールに見られているのかも分からない。そうした状況下であるので、気配遮断の魔術を施したマントを羽織っていた凪子は、フードを軽く持ち上げながらぽつりとそう呟いた。同様にマントを纏い、後方でボロボロに炭化した木切れを持ち上げ、砕いていたヘクトールも、呻くような声を漏らす。
「…で、ここに呼び出すってェ?遮蔽物が無さすぎやしないか?」
「言っただろ、この時代の私は獣寄りだ。マシュが森での戦闘に慣れているってなら話は別だが、下手に森の中の方が気付かず後ろを取られかねないぞ」
「お?そんな浅知恵が回る方かい?」
「その程度は回るさ、流石に。ま、それは相手が私を殺すのとカルデアのマスターを殺すの、どちらを優先するかにもよるけれども、どうせ待ち伏せじゃあないんだ。多少、広い方がいいだろ?」
「ま、アンタがそう言うならそう言うことにしとこう。幸い、この残骸でトラップは隠しやすいしなぁ」
「よし、じゃあ準備始めようか。一応目眩ましの結界は張って、と……」
軽い応酬を交わしたのち、二人は来た目的である作業を早速始めた。凪子はす、と指先を上空に向け、蚊帳をはるかのように目眩ましの防御結界を展開する。ヘクトールは背負った鞄に入れていたトラップを取り出すと、軽く残骸を避けながらトラップを設置し始めた。
問題なく結界が発動しているのを確認したのち、凪子は入り込ませた後に外に逃がさないようにする結界の下準備を始めた。
「…………」
ヘクトールが無言でテキパキと作業をしているのを横目に見ながら、凪子はぼんやりと口を開いた。
「なぁ、お前さん、なんかマシュと藤丸ちゃんに言ってくれた感じ?」
「んー?何のことだぁー?」
二人が作業をしている場所が微妙に離れているからか、間延びした声でヘクトールが言葉を返してきた。遠回しに言ってもはぐらかされるだけか、と、凪子は小さく唸る。
「だから、要石を抉っちゃおう作戦のことさ。顔を見る限りあんまり受け入れられてなさそうだなーなんかフォローしないとなーと思ってたのに、ルー側の様子見て戻ったらなんか覚悟したような顔してたから」
「あー……いや、別に?」
「嘘つけェ、……まだそんな割りきれるようなところまでは行ってないだろあの二人」
「……………ま、そうだけどな。だが、本当に俺は大したことを言っちゃあいないぜ?」
「ふぅん?ま、一応礼を言っとこうと思っただけなんだが、なら言わなくていいかな??」
「礼?」
ヘラヘラとした笑顔が容易に頭に浮かぶような、軽く答えを返してきていたヘクトールの声色が僅かに意外そうに揺れた。何かを言ったことについて聞かれることはともかく、それに対して礼を言われるとは想定していなかった、ということのようだ。
凪子はせっせとチョークで結界用の紋章を描きながら、おお、と言葉を返す。
「いやぁ、私説得とか苦手だからさ。どうしたもんかなぁと思ってたから」
「…苦手、ねェ」
「私は確かにずーっと人間社会の中に紛れて生きてきたわけだけど、魔術協会みたいに何もしてないのに敵意や悪意を向けられることはまぁ、ままあったわけだ。そういう時、私は全力で逃げてきたから」
「!」
ヘクトールは凪子の言葉に驚いたように顔を起こしたが、凪子はヘクトールの方を見てはいなかった。雑談でもするかのようなノリで、凪子は言葉を続けていく。
「だからこう、意見が分かれたときに擦り合わせる、ということはてんで経験がなくてな。あんまりこうやって共同で作業すること事態、随分久しぶりなことだし」
「……………」
「今回、割りと私とルーのペースで話は進んでるから、おいてけぼりだろ、あの二人。その支援なんだかんだしてくれてんだろ?」
「……驚いた、存外気にしていたんだな?態度からは全然感じなかったが」
「ごめんねぇー私もねぇーこれでもねぇー一応商売やって人間の金得てるからねぇー全く分からんということはないのよ。言い訳していいなら泉入り浸って全然話せてなかったってのはあるにはあるけども」
そんな風に考えているようには到底思えなかった、という聞きようによっては失礼なことを言われた凪子だが、特に気にせずおどけたように言葉を返す。ヘクトールは、あぁー…、と小さくぼやき、ポリポリと頬をかいた。
「…ま、俺も神様には色々と思うところがあるんでね」
「まぁ、そうだよなぁ」
「何、どうせ戦力は今回お前さんら頼りだ。ならオジサンは支援に徹底するだけのことさ。……だからさっさと終わらせて、さっさとおさらばしたいもんだね」
「成程そういう感じか。そうだな、次の襲撃でさっさと仕留めてもらって、君らはカルデアに、私は日本の本体に帰る。それでさよならばいばいといこう」
「!…………、こう言っといてなんだが……カルデアにいたい、とかはねぇのか、お前さん。キャスターから聞いてはいるぜ?」
―ヘクトールが言外に滲ませた、凪子やルーとは早く関係を切りたい、という心証に凪子が機敏に気が付いたように、またヘクトールも汲み取られたことを理解したのだろう。
その上でそう問うた彼に、凪子はきょとんとした顔をしたあと、小さく吹き出した。
「はっは!タラニスには揶揄られたが、まぁ、孤独には慣れてるし、それが私の普通だ。それに、人間がどういう道を辿るのかは、結局私には関係のない、いや、持てないことの話だ。今回は星レベルの話だったからたまたま道が交差したというだけ。カルデアは面白そうではあるが、狭い人間社会の中にいてもろくなことがなかったからね、私からお断りするよ」
「………、ないと言ってやりたいところだが、万が一、人理焼却が果たされちまったらお前はどうするんだ?」
「さぁ?それが星の命に関わらないことなら呼び出されることもないだろうし、私は私で、やろうと思うことをやるだけさ」
「………そうかい」
「こういう隣人ってのは、それくらいの距離感がいいもんだろう?」
「ま、違いない」
ヘクトールは凪子の、あっさりとしていて、どこか冷酷で、しかしどこか安心するようなその言葉に、薄く笑って肩を竦めた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス100

「…いや、お前さんらがいいのならいいんだけど、いいの?」
凪子は意外そうにそう言った。今まで温存させていたのは、万が一の際に器とするため、とタラニスは語っていた。だというのに参戦させる、というのは、今回で決着をつけるという意思表示なのか、あるいは他に意図があるのか。
じ、と己を見る凪子の視線をルーは受け止め、真っ直ぐに見返した。
「あぁ」
「行っていい、ってんなら遠慮なく参加させてもらうとするかね。そうさな、こちらは3、4日の内には回復しきる」
迷いのないルーの返答と、タラニスのあっさりとした言葉に、口出しは無用かと凪子は肩を竦めた。
それより、と、ルーが凪子の額を小突いた。
「春風凪子、貴様の方はどうなっている?」
「ん、ヘクトールが今せっせと足止め用のトラップを作ってくれてるが、それも2、3日の内に完成する。あとの問題はどこに連れていくか、だな」
「場所か。オレの森にしたらどうだ?もう何もねぇが」
「卿の森か」
ルーの問いかけに凪子は簡潔にそう答えた。いわば仕事の話だからか、至って真面目に答えている。課題として挙げた転移場所については、意外にもすぐにタラニスが提案してきた。 タラニスの森、そして何もない、と言うところから見るに、居住地のあの森もバロールの襲撃で手酷いダメージを負わされたのだろう。
ダメージが負わされたとはいえ、仮にも神域だ。そう簡単に使っていい、と言うとは思わなかった凪子は目を丸くしてタラニスを見た。
「え……え、いいの?」
「ハ、また機能するようにするにゃあ修理がいる。どうせ後で直すんだ、今の状態から多少壊れたところで大して手間は変わりゃしねぇよ。元々オレの領地だ、閉じ込めるのも他の場所よりしやすいだろう」
「……それは純粋に助かる、リンドウの森の一角を借りようかと思っていたところだったから」
「…ではそれでよいな。他に何か問題は?」
「現状、特にはないかな。使っていいなら明日にでも設置と下準備をしに行く。何か問題が生じたら共有するよ、そちらはお二方の回復待ちだけか?」
「……翁がサーヴァント共に手解きをしたい、とは言っていたな。カルデアの、そちらもやることがないなら翁に付き合ってやるといい。アレは優秀な戦争屋だからな。その上で当日の作戦を練るとしようか」
『成程…こちらはそれで構わない、クー・フーリン、君は?』
「…そうさな、改めて戦力の確認をしておくのはありだろう。急いですることもこちらはないしな」
淡々と、スムーズに話は進む。一通りの打ち合わせを終えた面々は一旦解散とし、通信機を携えてクー・フーリンは洞窟を出ていった。
出て行き様、何か言いたげにルーを振り返ったが、なにも言わずに彼は出ていった。言いにくいことだったのか、あるいは凪子やタラニスがいるから口を閉ざしたのかは分からないが、後者の可能性に思わず互いを見やった凪子とタラニスの視線がかち合った。その事でお互い同じ事を考えていたらしいことを悟った両者は、プッ、と互いに小さく吹き出した。
唐突に息のあったかのような行動を見せた両者に、ルーはげんなりとした表情を浮かべる。
「…なんだ貴様ら、気色の悪い」
「あんらぁ、ひんどいの。……ま、でもお前さんがらしくもなく色々私に気を使ってくれたんだ、私もらしくもなく気を使うとしよう」
「何?」
「このところ、キャスター、お前さんと話したそうにしてるのには気付いてんだろ?ルー」
呆れたようにしながらも寝る体勢に入ろうとしていたルーだったが、凪子の言葉に僅かに目を見開き、そちらへと視線を向けた。言葉の軽さには似合わぬ、いたって真面目な顔をしている凪子をしばし見つめたのち、ふっ、と自嘲気味に笑って見せる。
「……………成程?だが、余計なお世話というものだ、春風凪子。…奴は死人だ。死人と語ることはない」
「…」
「それは彼の魔神とて同じことだ。語らうことも、貸す耳もない。……死とはそういうものであり…そうあるべきものだ。例えそうして死者を利用することが、この星の意思であったとしてもな」
「…………そう、かい」
「……………」
「…私は寝る。あまり騒いでくれるなよ」
余計なお世話、といったように、これ以上耳を貸す気はない、と言わんばかりのルーに、凪子はひとまず押し黙るしかなかった。そのまま目を伏せたルーを見て、再びタラニスと視線がかち合うと、今度は両者は互いに肩を竦めあうのだった。



―――――

「…………そうか、また来るか。善哉。何やら奇妙な仲間も増えているようだ」
「………………………」
――暗い、日の射さない森の深淵地に、その姿はあった。少し離れたところには、無感動な表情を浮かべた深遠なる内のものが膝を抱えて座り込んでいた。
短く借り上げられた薄緑の髪が風に揺れ、浅黒い肌と紫色の装束は森の闇に溶け込んでいた。奇妙な眼帯を装着した左目は深く閉ざされ、開かれた右目は毒々しい赤い光を放っている。胡座をかいたその者は、くっくっ、と楽しそうに肩を揺らした。
「耳障りな声だと思っていたが、何、面白いことがあるものだ。あれがわざわざ新たに仲間を持つとは!貴様を黙らせたというのに、平行世界からまた連れてくるというのも、随分この星もしぶとく抵抗するものだとは思わないか、ええ?」
「…………………………」
どうやら深遠のに話し掛けたようだが、彼女は一瞥するばかりで言葉を返すことはなかった。つまらなそうにその者の目は細められたが、あまり気にしてはいないようだ。
「………フン、まぁいい。少しは面白くなってきたというものだ。なぁルーよ、貴様はどんな面白さを俺様に見せる?クク……第二の戦いの再戦、いいや、まさに第三の戦いと言ったところだな。どこまで此方の思惑を見抜いているのか…お手並み拝見と行こうじゃあないか」
「……今日は一人でよく喋るな」
「……眷属にしたというのにそうした軽口をなお叩き続ける貴様の頑丈さには恐れ入ったがな。どうやら平行世界の貴様はルーの味方についた。自分を殺す、ってのは、どんな気分なんだろうなァ?」
「………さぁ。死なないから知らん」
「ハッ。だが向こうは“死ねる身体にされている”らしいぞ?ふふ、ふはは!楽しみだなァ、星の代弁者?」
「…………………」
笑い声をあげるその者―――バロールを、深遠なる内のものはただ、静かに見つめるばかりだった。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス99

『あの、自分は魔術協会からの異動ですが、そういう話は聞いたことがないような…?』
『凪子さんのことをか?』
『はい』
恐る恐る、と言った声がロマニの後ろから聞こえてきた。ルーの推察通り、魔術協会に関係するものがスタッフにいたようだが、彼女は知らない、との言葉を投げてきた。ポリポリ、と凪子は少しばかり拍子抜けしたように頬をかく。
「一応賞金首なんですけどねェ、忘れてくれるならそれに越したことはないけど。まぁ、一回大人げなく派手に叩きのめしちゃったことがあって、それ以来半世紀に来るか来ないか、みたいな感じになったから、魔術協会でももう都市伝説レベルなんじゃあないかな。大分前の話よ?」
「賞金首、ってお前…」
『………あっ、もしかして、それってあの捕縛に成功したら開位の位階と莫大な賞金が手にはいるっていうやつじゃ』
『位階!?』
「おー、多分それそれ」
――魔術協会からしてみれば、凪子は絶好の研究素材であり、また得体の知れない存在である。人間でないものでありながら、時計塔に出入りしていたとの記憶も、魔術を使えることも分かっている。魔術協会としては、さっさと凪子を管理下におき、好き勝手研究に使いたいのだ。それ故の封印指定である。勿論、そんなことを凪子が受け入れるはずもなく、時計塔と全面的に対立し大騒動を起こしたのがざっと200年前のことだ。

能天気にそう語る凪子に、ルーは再び大きくため息をついた。
「………全く。まぁ故に、余計なことは知られない方がよかろうと思ってだな、私は!」
「あぁ、うん、悪かったってごめんって…ほんとごめんて…すまねぇって…」
『……ええと、それで、彼女の正体、というのは…?』
仕切り直すようにそっと口を挟んだロマニに、思い出したように苛立ちを見せたルーと謝り倒していた凪子は、互いに矛と盾を収めた。
ルーが促したので、凪子が口を開く。
「なんかねぇ。ルーの推測によると、私は“星の意思の代行者”らしいよ」
『ほ…っ!?』
「アンタなら抑止力は知ってたな。地球、そして人類の抑止力…ガイアとアラヤよりもより星の意思に近いもの、なんだそうだぜ」
『は、ほ、ちょっと待って!?どういう…!?』
凪子の言葉と、続いたクー・フーリンの言葉に、ロマニはあからさまに動揺を見せた。喧しい、とルーに睨み付けられ口は閉じたものの、驚いたように見開かれた目が凪子やルーを忙しなく追って動き回っていた。
ルーはそっ、と指を凪子へと向けた。
「この時代の深遠なる内のものが関与していたこと、そしてここに春風凪子が跳ばされたこと。こいつらの関与は恐らく、この事態に星の意思が介入していることを意味している。人理定礎とやらの異常では表出していなくても、敗北したら平行世界から呼びつけて使役する、という程度には、星にとっては一大事である、という話だ」
『………!』
「…人理定礎はあくまでこの人理焼却に関連する事柄……それ以外の事が起きている、と捉えていいんだろう」
ぽつり、とクー・フーリンが呟いた。あくまでカルデアが特異点の重要度を定義するのは、人理焼却によって揺らいだ人理定礎への影響度が基準だ。そこから外れているならば驚異ではない、と観測されても不思議ではない、と言いたいのだろう。
クー・フーリンの言葉に、ロマニはようやく落ち着いたように表情を引き締めた。
『………成程。確かに…星の生命と人理の生命は、異なるといえば異なるものだ。しかし、星が抑止力を超えて動く、というのも信じがたいが、それでも人類の未来について異常はきたさない、というのは一体どういう……??』
「………考えがないわけではないが……語るには信憑性が無さすぎる、事の次第はこの際いいだろう。問題なのは、星にとってバロールは敵である、ということだ」
『!』
「それは確かに。じゃなかったらバロール殺させに行かないもんな」
「貴様らはここでのサーヴァントの召喚がイレギュラーだった、と言っていたな。そこから見ても、恐らく星の力は弱まっていると見ていいだろう。であるならば、残された時間はそう多くない。話は脱線したが、私が早期決着を考えている理由はこれで分かったな?」
「すんませんでしたようわかりました」
ルーはそう言い切ると、ふん、と息をついた。話の腰を折られたことをよく思っていないようだ。ルーを焦っているのかと煽ったのも話の腰を折ったのも凪子なので、凪子は素直に頭を下げた。その言葉にルーはどこか満足げに頷いた。存外この神も分かりやすい性格をしているものである。
コホン、と再び仕切り直すように、ロマニが1つ、咳払いをした。
『…成程、事情は分かりました。話してくださり感謝します。彼女の事については、なるべく記録が残らないように配慮します。残したところで信用もされなさそうな話ですが…』
「まぁ確かにな……」
『……では、襲撃を行う、と』
「あぁ、本題に戻ろうか。いずれにせよ、奴が再び転移が可能になる前、6日以内には動く。私とタラニスが回復次第、事は起こしたい」
「んぁ、オレもか我が御霊」
ルーに名前を呼ばれ、今までずっと蚊帳の外にいたタラニスは意外そうに声をあげた。なんだかんだ興味を示さないなりに、話は聞いていたらしい。
ごろり、と寝返りをうって己の方を見たタラニスに、フッ、とルーは挑発的な笑みを浮かべる。
「当たり前だ、卿が襲われた以上、隠して温存していても意味がなかろう。卿も、何もせず死ぬのは癪だろう?」
「ハ、違いない」
その笑みに答えるように、タラニスも挑戦的な笑みを浮かべて見せた。
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