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神域第三大戦 カオス・ジェネシス132

「触れられたくない、って?」
怒涛の勢いで迫る触手を全て切り刻んだ凪子は、攻撃が止んだ合間にニヤリと笑ってそう問いかけた。ローブは不愉快そうに大きく震え、なお一層の触手を吐き出した。無尽蔵であるのか、触手の放出に従って衰えていく様子は一切見られない。“神”を名乗るだけのことはある、ということであるらしい。
ただ、それでもどうやら“樹”が目的であるだけでなく弱みでもあるらしい、とその場にいた面子が悟った時だ。

ルーに投げ飛ばされ、空を切って飛んできたバロールが樹に衝突し、あっさりとその樹はぼっきり折れてしまった。

「…………あ、あれま」
予想外の展開と結末にその場にいた一同は固まり、マーリンの口からは間の抜けた声が漏れる。ローブもまさか、それで折れてしまうと思っていなかったのだろう、呆然として浮かんでいる。
衝突して折った原因であるバロールは一切の興味がないようで、折れた樹には目もくれずに追撃を仕掛けてきたルーの槍を掴んで受け止め、そのまま振り回して地面へと叩きつけようとしていた。ルーは槍を回転させて槍を引き抜き、振り回された勢いを利用しながら体勢を整え、タラニスの近くへ着地した。
「ぐっ……、ッハァ、手を抜いているつもりはないんだがな…」
「ハッ……は……まだ死なんか、このクソジジイ…!」
肝心の二柱は折れた樹に一切の興味を示さず、互いに肩で息をし罵倒を飛ばし合いながら様子を伺い合っている。どちらかといえばバロールの方がダメージが大きいのだろうか、しっかりと立っているルーに対し、バロールは身体を起こしてはいるものの立ち上がる気配は見せない。そしてあまりにも当たり前に樹に対して気にしないものだから、気にする方がおかしいのではないかと錯覚すら覚えてしまう。
「な、な、な……!」
その錯覚は相手も同じだったのか、ややあってから憮然とした声をあげた。ぶるぶると怒りにかその身を震わせ、凪子たちに目もくれずにその場を離れ、バロールの前に立ちふさがる。バロールは視界に入ったそれを苛立たしげに見上げ、はぁ、とため息をついた。
「どういうつもりだ、バロール。これはもはや裏切りに値するぞ」
「……ま、表面的にはそうともいえるかもな」
「表面的だと?何を言っている」
「……――やれやれ、仮の器で来るから“その程度の目しか持てない”。本体で来なかった貴様の落ち度を恨むことだな」
「は―――」
ぞぶり、と。
鈍い音がして、ローブからべちゃりと肉片が零れ落ちた。
「−ッ!?」
『…!通信がやっと回復した!そっちの状況はどうなってる?!』
『クー・フーリン、ギル君、マーリン!』
『ルーさんとタラニスさん、ダクザさんもご無事ですか!?』
「うおお一斉に喋るなびっくりしたァ!!」
目の前で次から次へと変わる展開に加え、突然の通信の回復についに凪子は飛び上がった。サーヴァント陣もそれぞれわずかに驚いた様子は見せていたが、彼等はそれよりも目の前の出来事を注視しているようで、「余裕があるならお前に任せた」と言わんばかりの視線を凪子に向けるのみであった。
凪子はうへぇ、と思いながらも、視線をそちらへ向けたまま落ちていた通信機を拾い上げた。ローブ姿も唖然としているのか、自らから落ちた肉片を見下ろしているように見えた。
「あー凪子さんです、とりあえずダクザ翁以外は生存確認してますドウゾー」
『!ダグザ神は…』
「知らん、どっか行った!死んだの?」
「死んではいないらしいということしか我々も分からないな」
「だ、そうです!あと今ちょっと色々と急展開中」
『何が起きた!?』
「…貴、様……?」
「――バロール・ドーハスーラ」
ローブが盾となり誰の目にも入らなかったが、バロールが再び宝具を展開し、びしりとローブに亀裂が走った。
「何故…ッ!?蘇生主である僕を殺してしまえばお前も死ぬはず…ッ!?」
「ああ、それについてならもう移譲した。だからお前の仮体が死んだところで支障はない」
「が……ッ」
バロールの魔眼の力は、外なる神を自称するものに対しても有効であったらしい。ひび割れは加速度的に増え、端の方からもろく崩れ始めている。それであっても即死はしないというのは、相手の強さを示しているのかもしれない。
「約定を裏切るつもりはない。それは蘇生の対価だからな。だが、俺と貴様の間で交わされた約定は樹の生育だけだ。だがな、俺に明かさずに“それを使って貴様が為すつもりでいたこと”に関しては守る義理はないだろう?貴様はそれを俺に明かさなかったし俺もそれに承諾はしていない」
「きッ…様……!」
「俺が考えなしに貴様の甘言に乗るような、程度の低い存在だと驕った。それが貴様の敗因だ、侵略したいならもう2000年くらい修行してくることだな。貴様が俺につないだ縁ごと殺しつくしてくれる!」
「が、ぁああアアアーッ!!」
――そうして鈍い悲鳴をあげながら、ローブは瓦解してしまった。同時に、凪子たちを包んでいた視線の気配も一息に消え去る。ローブが消えたことで見えたバロールは魔眼の方の目をぱちりと瞬かせ、ハァ、と小さくため息をついていた。
「……私らの方でちょっかい出してきた変なのいたろ、アレがバロールに殺されたっぽいよ」
『外なる神と名乗っていた、アレかい?味方だったのでは?』
「…バロールの口ぶりを見るに、どうやらお互い相手を騙し合っていたみたいな感はあるけど」
「騙していたとは心外だな、代弁者。あれが事実を語らず、そして俺様を見下し、驕った、その報いを受けただけのことさ」
ひとまず起きていることを通信で伝えた凪子とカルデアの会話に、疲れたようにバロールが口を挟んだ。声をかけてはきたがバロールの視線はルーに向けられており、またルーも臨戦体勢の構えを解かずにバロールと向き合っていた。
とはいえ、ルーとしてもバロールの行動には疑問を持っているのだろう、話し出したバロールに攻撃を仕掛けることはなく、じっと様子をうかがっているようだった。ならば、と凪子もバロールに視線を向け、口を開いた。
「語る気があるならもうちょっと詳しいとこ聞いても?」
「この時代の貴様よろしく、大概軽い口のきき方だな。まぁいい、どうやら此度の戦いも俺の負けのようだしな」
「!!」
バロールがそう言ったのと同時に彼の魔眼に亀裂が走り、パリン、と透明な音を立てて魔眼が砕け散った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス131

「ッルー!!」
風にもてあそばれる木の葉のようにきりもみながら飛んでいったルーに、タラニスは血相を変えて叫ぶ。バロールもバロールで、重量があるからかルーほどもまれてはいなかったが、その巨体がそんなにも飛ぶことがあるのかという勢いで空を切り、地面に墜落していった。
タラニスは一瞬ローブへ視線をやり動向を確認したのち、すぐさまルーの落下予測地点へと走っていった。その背後を守るようにマーリンが続き、子ギルとクー・フーリンが立ち塞がる。
「ウィッカーマン!」
「ゲート・オブ・バビロン!」
杖の先の石飾りがきらりと光り、地面が飛び出した腕があふれる触手を叩き潰し、燃え上がる。その攻撃がもらした触手を、空から降り注いだ数多の刃が刺し貫く。
「どらァッ!!」
「ッ、この、力任せな…!」
そんな地上での衝突には目もくれずに深遠のはローブへ連撃を繰り出している。相手の言う通り確かに力任せな攻撃ではあるが、その“力”のパワーが桁違いなのであれば受けるも流すも困難になる。ローブは深遠のの攻撃を的確によけながら忌々しげにそう呟いた。
「ヨッ。あといくつ…なんか増えたなァ、存在が不安定なのか」
一方、“視線”の元凶を潰して回っている凪子は、減る気配のないそれにウーム、と小さくぼやいた。次々に破壊していた凪子ではあったが、途中から気配が減っていかないことに気が付いていた。どうやら排除したところで消せはしない、ということのようだ。凪子は体制を立て直して軽やかに着地すると、槍の石突きをトンと地面に突き立てた。
「詠唱省略、“視界阻害(マジック・フラッシュ・バン)”!そっちは任せた!」
コマンドのようなものか、端的にそう告げた凪子の言葉に合わせて小さく魔法陣が展開し、直後に白い光の靄のようなものがあたりに展開した。肉眼での視界阻害にはならないあたり、魔術的な視界のみを阻害する魔術であるようだ。凪子は靄の展開に納得したように頷くと、タラニス同様ルーの落下地点へと向かった。

「ルー…!」
タラニスはルーが地面に激突する前に受け止めることに成功したようで、抱えたルーを慌てて地面へと下ろした。
「…ッ……仕留めそこなったか…ッ」
「いやいや追撃の前に回復が先だよ光神!」
弾き飛ばされたルーは、なかなかのあり様だった。防具であろう装備は全て破壊され、まとった霊衣もところどころが損傷している。特に槍を持っていた右腕に損壊は激しく、かろうじて繋がっているといえるような状態だった。右腕から胴にかけてはひび割れが走り、黒ずんだあざのようになっている。
そんな状態にあるにも関わらず立ち上がり、バロールの元へ向かおうとするルーをマーリンが慌てて引き留め、回復魔術をかけるべく杖を掲げた。ちょうど凪子はそこへ合流した形になった。
「よかったまだ生きてるな」
「!深遠…いや春風凪子か。そちらの始末はついたのか」
「おうよ、正気取り戻して血気も盛んだから、連れてきて今あっちでドンパチしてるよ。キャスター、修繕できるか」
「大丈夫そうだ、だが付け焼刃だぞう。私だって神体の修繕なんてしたことないからね」
「いい、十分だ。今のうちに畳みかける、タラニス、貴様はさっさと領域内に戻っていろ…!」
「我が御霊、俺が妨害できるのは即死の効果だけって努々忘れられるなよ!!」
マーリンによる治療を受けたルーは、タラニスや凪子を顧みることなく地面を蹴り、未だ土煙を挙げ姿の見えないバロールの元へとまっすぐに走って行ってしまった。タラニスは半ば自棄気味にその背中に言葉を投げかけ、鎌を手に魔法陣が展開している領域へと戻っていった。
マーリンもマーリンで治療であらかたの魔力を使い果たしたのか、がくりとその場に膝をついたものだから、凪子は慌てて魔法陣を開き、中に手を突っ込んでごそごそと中を漁った。
「…ほい、魔力回復用の飴ちゃん。多少の回復にはなる」
「はは、すまないね…。僕も領域内に戻らなければ。魔力が潤沢なこの時代は我々にも戦いやすい環境ではあるのだが、いやはや、神相手は骨が折れる」
「通信が途絶した、って森に入る前に聞いたけど、宝具同士の衝突のせいかね。いやぁさすがバロール、魔眼の能力は大したもんだな」
他人事のように軽くそう言いながらよいせと凪子はマーリンを担ぎ、ひとっとびに跳躍して魔法陣内へと舞い戻った。バロールの落下地点からは再び激しい剣戟の音が響いてきており、また深遠のとローブとの衝突も派手な音を立てていた。
「念のために言っておくが、あの二柱の邪魔はやめておいた方がいい」
「いやぁ割り込める雰囲気でもないし、とりあえずは任せておくさ。そういう話だしな。それより気になるのは―」
「凪子くん?」
「…結局何が、“私を呼び出すほどの危機”なんだ…?」
「それは……そうだな、どうやらあの異邦者の目的の一つはあの樹の育成らしいけれど」
「樹ィ?」
必要に応じて援護をするため、槍をゆらゆらと揺らしながら深遠のの様子を伺っていた凪子は、マーリンから返って来た言葉にあたりを見回し、更地となった中でぽつんとたたずむ白い樹に目を止めた。す、と指を目の上下に添え、瞳に魔術式を展開してその樹を“観察”する。
「…なんだあれ……」
「成長していないだのなんだの、バロールに文句を言っていてね、バロールを蘇らせた対価であったようなんだが」
「私が見ても“さっぱり分からない”、なんだありゃ!?」
マーリンはそんな凪子ではなく戦闘の方を注視していたために、凪子が驚愕と困惑の声を上げたところでようやく彼女が自分の話を聞き流していたらしいことに気が付き、ついでそのあげた言葉に眉間を寄せた。
「…分からない、っていうのは?」
「少なくとも地球上のものではないしこれまで私が生まれた以降の歴史の中であったものでもない。いや、というかあれは…なんだ…?植物と呼んでいいものじゃない…動物…??」
「!凪子くん!」
「!!」
ブツブツと呟きながら樹を見つめる凪子にローブが気が付いた。彼は深遠のを遠ざけるように大きくはじくと、その裾から数多の触手を凪子めがけて発射した。凪子はマーリンの忠告の声にそれに気が付き、槍を振り回してそれらを斬り弾いた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス130

「!深遠の、おまえ…!」
「ハーイ凪子さんだよ、無事で何より」
驚いたように己を見るタラニスに凪子は軽い調子で言葉を返す。遅れて、深遠のが同じ様に凪子の隣に着地する。魔力で編んだのか、道中手に入れたのか、その装いはいつの間にか遊牧民族風になっており、垂らしていた長髪もうなじのあたりで緩く結わえられていた。
深遠のは漂うローブを一瞥し分かりやすく顔を歪ませる。相当に神という存在が嫌いであるらしい。凪子はそんなかつての自分にくふくふと笑いをこぼしながら、さっ、と周囲の状況を確認する。
「…ルーとバロールは衝突中か。あれに首突っ込むくらいだったらこっちを先に片した方がいいな」
「執行人…!」
「よーう、さっきぶりだな、なんだァまた姿隠して。自分の見目に自信ないのか?」
忌々しげに相手が漏らした言葉に、凪子はつっけんどんに煽るような言葉を返す。ルーは、彼のものを「認識してはならない」ものと見做していた。それが姿を隠しているのであればそれは人間側にとっては有利であるはずだが、だからこその煽りなのか、それとも凪子にとっては“対処出来得るもの”と見抜いているのか。ローブが不愉快そうにぶるりと揺れた。
「なぜお前の一言で覆る?神でもないお前の!」
「ええ〜?まぁ理由はいくつか考えられるけど…私がタラニスを“死神として殺した”ことが事実だからじゃないかな」
「この時間軸の話ではないはずだ…!」
「それを言うならお前さんの存在だって本来ここにいないはずのものだろうよ。それに私にとってのタラニスは“そういうもの”だ。“私はそういうように信じている”、ならそれも一種の信仰だろう?」
「…ッ!!」
ぶるぶるとローブが震えている。対して凪子は興味が失せたように目を伏せ、ぐるぐると首を回した。
「まぁなんだっていいんだけれど。とりあえず深遠の〜」
「…何」
「あれから斃そうか」
示し合わせていたかのように、凪子がそう言い切ると同時に両者はローブめがけて勢いよく跳躍した。とっさに翻して深遠のの一撃を交わしたローブに凪子の追撃が叩き込まれる。
「ぐっ……!」
「中身はあるのか」
「…視線が不愉快だ」
「そうだなぁ、まあそっちは承った」
上空で二人の姿が交差する。端的な会話で役割分担を決めた両者は、それぞれに動き出した。
深遠のは凪子が差し出した掌を蹴り、弾き飛ばされたローブへの追撃をかけた。対して凪子は宙に展開した魔法陣からいくつかの宝石が付いた紐飾りを取り出し、それを自身の槍に巻き付けるとそのまま槍を空中で振りかぶった。
「そらッ!」
一見何もないところで振り下ろされた凪子の槍は、しかして、ザシュリ、と何かを切り裂いた音を立てた。絹を裂くような悲鳴のような音が少しだけ響いて、何かが消滅したように空間がわずかにたわむ。凪子はそのままくるりと回って着地すると、また別の何もないところへと跳躍していった。
「おいしんえ…ええいややこしいな、春風凪子!貴様、“認識”して平気なのか!?」
「認識ィ?」
「我が御霊は認識してはならないものだと宣っていたぞ!」
ヒュンヒュンと軽々と宙を舞い、的確に“何か”を切り裂いていく凪子に思わずタラニスが声をあげる。凪子はタラニスの言葉に不可解げな表情を浮かべながら、また槍を振りぬいて“何か”を切り裂く。
「…ああ、まぁ察しているだけで別に視ているわけじゃないからねェ」
「その割には一度も外してないように見えるけど、君」
「装備品で範囲拡大の攻撃補正つけてるだけだよ、見えないもの切ることはできないから、ねっと」
事も無げにさらりとそう言いながらまた何かを切り裂き、凪子はタラニスの前に着地した。腕にまとわりついていた触手を子ギルの手を借りながら引きはがし終えたクー・フーリンは、まとわりつくように感じていた視線が随分と減ったことに気が付き、着地した凪子にげんなりとした視線を向けていた。
「なんでもアリかよ、テメェ…」
「無駄に2000年生きてないよ。…と言いたいところだけど、身体の調子が随分いいからなんか補正を受けている気分はする」
「!星の支援かな?」
「どうだろ…私はあくまで別時間軸っぽいからな。あっちの元気いっぱいな私のが受けてる気はする、」
凪子の言葉が終わらないうちに、深遠のが攻防の末にローブを叩きつけた衝撃で大地が大きく揺れた。凪子は、ワーオ、と間の抜けた声をあげる。
「あそこまで腕力なかったよいくらなんでも…」
「くッ……」
するりとローブが翻り、力なく中空に浮かび上がる。だがそれを許さないと言わんばかりにその裾を掴み、ぐるりと身体ごと回転させながら深遠のは再び地面へと叩きつけた。先ほどまでではないが、また大地がぐらりと揺れる。
「…っ……なんて腕力だ、蛮族にもほどがある…ッ」
「…まだ壊れないのか、丈夫だな」
さすがに多少のダメージは通っているらしい、ローブの動きはふらふらとしている。深遠のは忌々しげにそう呟きながら、すっくと身体を起こした。
ローブ姿が再びぶるりと震え、瞬間的にその眼下に魔法陣が複数展開し、触手のようなものが勢いよく地面から飛び出した。攻勢に転じた相手に深遠のは興味なさそうに視線を向けながら、自らめがけて飛んできた触手を事も無げに掴み、引きちぎり、投げ捨て、地面を蹴って再び接敵していった。
そんな様子に、凪子はぽりぽりと思わず頬をかく。
「…いやぁ昔の自分って恥ずかしいもんだね??」
「んなこと言ってる場合か!」
「いやァこれが人間のいう黒歴史か〜!って感じがするわ!!」
深遠のは軽々と払ったが、魔法陣から生まれ出た触手の量は尋常ではない。自らに向かってきたそれをそれぞれが各々のやり方で振り払っているなか、のんきなことを口にする凪子にクー・フーリンは思わず吠える。
「(くそったれ、どうにも付き合ってらんねぇな…!)」
思わずそんなことを心のうちで呟いた時。
彼らの背後で渦巻いていたルーとバロールの衝突により発生していた魔力の渦だまりが勢いよく爆ぜ、拮抗していた両者が互いに勢いよく吹き飛ばされた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス129

「!なるほど、」
はっ、と、子ギルも小さく声をあげた。

タラニスが現状死神であるのは、信仰が認められ、この場においては“そうである”という証明がなされたが故である。その証明が破綻すれば、タラニスは死神ではなくなる―“死神”として果たしている権能が効果をはっさなくなる。

それは、つまり。
「戦いの直接の邪魔はしなくても、魔眼の妨害の排除をするつもりか…!」
「うるさいな」
「どわっ?!」
タラニスが死神でなくなれば、今彼が内包しているこの場の命はそへぞれの身に戻ることになる。つまり、バロールの魔眼の効果が有効になってしまうということだ。
それを許すわけにはいかない、とサーヴァントの面々はそれぞれ獲物を構えたが、再び言葉に乗った波紋に勢いよく弾き飛ばされ、妨害を妨げられてしまった。
「そうかい、生憎とここの死神は俺なんでな」
「死神は二者としていないよ、“僕の知る死神はそういう存在だ”。そして君は確かに“雷神”だ。ここの者の言葉にもはるかにそう語られている、ならばそれが道理であろう?」
「外からの来訪者、貴様の道理とこの星の道理は同じじゃないだろう?生憎とな」
「君の星の道理なんて、下位も下位だとも。大体、君の信仰はどこにあるとでも?“祭壇もなにもないじゃないか”」
タラニスは目をそらさず、相手との問答合戦に応じていたが、言葉を重ねるにつれ、魔法陣の抵抗が強くなっていく。

タラニスの弁論が弱い、ということではない。“自分の道理こそが正しい”という確信が、相手の方が遥かに強い、ということのようだ。タラニスが雷神であることは事実であり、またそちらが本体であることも揺るぎようのない事実である。それは信仰によって変化しているという“自覚”のあるタラニスにとって、否定できる概念ではない。対して、どうやら相手には“己の方が格上である”という強い自負があるようだ。

自信の強さ、といえば滑稽にも聞こえるが、当人同士しかいない場においては、“向けられる信仰の強さ”は“その自覚”においてのみ測るしかない。それが客観的に正しいかどうかなど、客観視する観測者がいなければ立ち塞がりようがない概念となる。故に、己の現在の死神の在り方が一時的なものであるという自覚を拭いきれないタラニスの方が、不利になるというのは道理であるのだ。
「君は“雷神”だ、タラニス。あそこのバロールだってそうだと証言していたとも。今の君の在り方は、“偽物だ”」
「生憎とこのあり方も“真実だとも”。そう信じたものがいて、信仰を捧げた、故に成立しているのだからな」
「“その術式たる魔法陣は揺らいでいるのに?”」
「“揺らごうが成立しているのだからこれは真だ”」
お互いに否定する言葉を投げ掛けあいつつも、魔法陣が見せる拒絶反応はますます大きくなっていき、タラニスは小さく舌打ちした。ローブ姿は愉しそうに身をよじらせた。
「君は元々、光神ルーの“付属品”だ。自尊心が低いのは仕方がないことだ」
「付属品?おいおい、ジョークのセンスはないようだな。俺は俺だ、“それはルーも否定しているところだからな”」
「へぇ、そう。だが、そうだとしてもそれは“雷神としての君だ”。“死神の在り方じゃあない”」
ギチギチ、と魔法陣が鈍い音をたてる。タラニスの顔にも僅かな焦りが見える。
「…ッ、ウィッカーマ…」
「だぁめ」
「っ!?」
信仰が足りないというのであれば、改めて示せばいい。
波紋の衝撃波により地面に叩きつけられ、ぐらぐらとする頭を無理矢理起こしたクー・フーリンは、タラニスの劣勢を悟ると再びウィッカーマンを呼び出そうと杖をたてた。だがそれを察したか、勢いよく飛び出した触手がぎちりと起こした腕を拘束し、妨害する。それもただの拘束ではないようで、絡み付いた部分から急速に魔力が吸いとられているのが体感でわかった。
「くそっ…タラニス!!」
「“君は雷神だ、死神じゃあない”」
畳み掛けるように言葉を重ねてくる。魔法陣の震えは大きくなり、いつ崩壊してもおかしくはない。
「くそっ…させてたまるか……!!」
クー・フーリンの中にも焦りが生まれる。

タラニスの死神化が解除された場合、今宝具で衝突しあっているルーはどうなる?即死の能力を妨害しながらも魔眼の威力を真正面から受け止めている、ルーは?

ウィッカーマンのためにセーブしていたクー・フーリンと違い、魔力消費が激しかったマーリンと子ギルはまだダメージから立ち直れていない。タラニスも魔法陣の維持で精一杯だ。
何かできるとしたら、それはもうクー・フーリンしか残されていない。ならば、術の発動の妨害を引き起こしている魔力の吸引が追い付かないほどの魔力を放出させ、無理矢理にでもウィッカーマンを呼び起こすしかない。

たとえそれで、この度の現界での霊核が崩壊しようとも。

「背に腹は変えられねぇか―!」
「っ!!セタ坊、やめろ!」
迷いなく腹を決め、魔力を放出させようとしたのを察したか、タラニスが制止の声をあげる。だが他に方法はない、と、無理にでも実行しようとした。
その時だ。

「いいや、彼は死神だとも!!」

朗々とした声が、彼らの頭上から降りかかる。どこから跳躍した来たのか、あるいは飛行でもしてきたのか。タラニスとローブ姿の間に割り込むように、声の主は勢いよく着地する。
黄色い目を輝かせ、にやりとその口元を自信ありげに歪めて見せる。

「何故なら!“故にこそ私は、彼を殺したのだから!!!”」

「!!」
ローブが動揺したように大きく揺れ、自信に満ちた凪子の声に呼応するようにピタリと魔法陣の震えが止まったのだった。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス128

「チィッ…!」
強烈な爆風に、吹き飛ばされぬよう耐えるのが精一杯だ。盾代わりの車輪と腕は大きく震えているが、辛うじて耐えている。
「ルーは…!?」
衝突地には膨大な魔力が渦巻いており、様子はとてもではないが伺えない。双方の軽々とした詠唱が産み出したとは思えない、混沌とした様相がそこにはあった。
「来たぞ!」
「!!」
ルーの安否を気にかけていたクー・フーリンだったが、直後に飛んできたタラニスの言葉に咄嗟に視線を上にあげた。あの不気味なローブか、宙を舞っている。本来なら顔が覗くだろうローブの口は日に照らされていても真っ黒で中は見えず、そこから勢いよく、軟体動物の触手のようなものが飛び出した。
いくつも飛び出したその触手は四者をそれぞれ狙い、降り落ちてくる。クー・フーリンは他二人に目配せで合図を交わすと、マーリンはタラニスの専制守備に、自分と子ギルは攻勢防御へと出た。
「アンザス!」
「ゲートオブバビロン!」
互いに攻撃を繰り出し、触手を撃ち落とす。タラニスも鎌に魔力を込め、斬撃を飛ばして撃ち漏らされた触手を撃ち落としていく。
「!」
「ガラではないんだけれどね!」
撃ち落とした先、本体とおぼしきローブ姿はまっすぐタラニス目掛け降ってきた。狙いはタラニスだということのようだ。それを察したマーリンもそう毒づきながら杖を振り回し、前面に結晶状の結界を複数展開する。
ローブとの衝突で簡単にその結界は消滅したが、両者との間を開く時間は稼いだ。マーリンはタラニスの前面に結界を展開しつつ、タラニスの目配せに僅かに後ろに下がった。タラニスは、ぐり、と首を回しつつ、相手を見据える。
「……答えはしないと思うが一応聞いておくか。貴様は何だ?」
「確かに、君程度に名乗る名前は持ち得ていないな。…だけれど、随分命を持っている様子を見るに、死神に転身しているようだ。神において複数の属性を有していることは何も珍しくないけれど、転身なんてしているということは君は随分不器用らしい」
ローブは流暢に話し始めた。バロールと対峙しているときは大層機嫌が悪そうだったが、今はずいぶん機嫌が良いように見える。とはいえども、言っている言葉はタラニスをどこか見下しているのだろうことが伺えるものだった。
「………………………」
タラニスは表情を変えず、それらしい反応も見せず、じっと相手を見つめている。その反応が気に入ったのか、ローブ姿は愉快そうに身体を揺らした。
「………ふふ。そうだな、興が乗ったから少しだけ教えてあげよう。僕はこの星の外より来たるものだ。何事も、準備は大切だからね」
「……この星の外……天上の星々から来たとでも?」
「さぁて、どこだろうね」
「まぁどこだっていい。わざわざこんなところまで、それも死んだヤロウを甦らせてまで、何を準備しに来たんだ?」
「それを明かしてしまうのは種明かしというやつだ、面白くないだろう?何事も――」
不意に言葉が切れた、と同時に。
吹いた風と共にローブ姿がかき消え、間を開けることなくそのローブがタラニスの背後に現れた。
「!」
「――暴かれる時が最高に楽しい、だろう?」
繰り出された貫き手は辛うじてかわしたタラニスは、身体を回し様にローブを蹴り、距離をとった。相手も当たるとは思っていなかったのか、ヒラヒラと貫こうとしていた手を振り、そっと人差し指をタラニスへと向けた。
「…ねぇ、“雷神”タラニス?」
「!!」
雷神、と口にされた言葉が波紋をもって広がった。すぐにその意図を察したタラニスは僅かに目を見開き、忌々しげにその顔を歪めた。
「……“死神”だ」
「いいや、“雷神”だ。だって、“君は僕の知る死神とは違う”」
確認するように死神だとタラニスが言葉にし、それに返した言葉で突如、地面の魔法陣が震え、大きく火花を散らした。
「なんだ!?」
突然のことにクー・フーリンも思わず声をあげる。魔法陣は拒絶反応を起こしたかのようにバチバチと鈍い音をたてて火花を散らし続けている。
一体何が起きているのかと地面に視線を向けたとき、クー・フーリンは不意にタラニスの言っていた言葉を思い出した。

―その能力の強さは、他生物からの“信仰”に大きく左右されるのさ

「……存在を否定して無効化しようとしてやがんのか…!」
クー・フーリンはたどり着いた答えに思わずそう毒づいた。
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