スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス60

チチチチ、と小鳥の鳴く声がする。うっそうと生い茂る木々の間を凪子はずんずんと突き進み、マシュと藤丸はその後ろに続いていた。
「……しかし……本当に、なんというか、普通の森、ですね……」
「固有結界って、エミヤの宝具の奴…だよね?こういう普通の森みたいなのがあるのは変なことなの?」
「藤丸ちゃんはホントド素人なんだねェ」
「…すいません」
背後から聞こえてきた問答に思わず口を挟めば、若干拗ねたような藤丸の声が返ってくる。凪子はカラカラと笑い声をあげた。
「いや別に、魔術師になりたいわけでないのなら知らない方がいいってもんだ。ま、心象風景というように、大体の固有結界はもっと抽象画のような雰囲気だ。深海のような奴、真っ白い平原が続くだけの奴、燃え続けている奴、私が見たことあるのはそんなもんだな。森で固有結界になるなら、迷いの森とかそういう感じになるんだろうね」
「凪子さんのは、そうではない…んですよね」
「広すぎて覚えてはいないけどね。あぁ…前に入ったときは城塞とかあったよ。まぁ抽象的な場所もあるにはあるけど…入ったら多分、人間は出てこれないと思うな」
「そうなんですか?」
「出てきた奴を見たことがない」
「………………」
さらり、と物騒なことを口にした凪子に二人は思わず閉口してしまう。凪子は、あっはっは、と声を上げて笑った。
「まぁ精神世界みたいなものだからね、あまり核に触れないこった。ほら、あったよ、泉」
「あっ本当だ」

―――

「ただーいまー」
そうして無事に水を汲む目的を果たした3人は、すぐに神殿へと戻ってきた。中を覗き見ればタラニスは変わらず警戒したままで、彼から一定の距離をとったところにサーヴァント陣は腰を落ち着けていた。
凪子の声にタバコをふかしていたヘクトールが振り返り、ヒラヒラ、と手を振った。
「神様ともあろうに、ずいぶん警戒されるな」
よいせ、と腰を下ろした凪子にヘクトールがぼんやりとそう呟いた。対峙したときに感じた驚異がまだ真新しい分、そのギャップに戸惑っているということだろうか。
凪子はちら、とタラニスを見、ふんと鼻をならした。
「そらそうだろ。今のタラニス、結構簡単に死ぬぞ。タラニスが代替品に甘んじたことを考えても、本当にバロールはルーにしか倒せないんだろう。なら、ルーがああいう状況であるのに死んでる場合じゃないだろ?」
「………ルーの左目は、どうなってんだ、あれは」
「…さぁ、ちゃんと見てみないことには何とも。私も自分の解呪しないと」
「そういや…解除できんのか?」
凪子はクー・フーリンの問いかけに適当に答えながら鞄を取り出すと、ごそごそと中身を漁り始めた。ある程度整理された鞄の中に詰め込まれた宝石の中から、乳灰色の小石を取り出した。
「ちゅんちゅんちゅん…ちゅちゅんがちゅん…」
「は?」
「いや特に意味はないよ」
なんとなくリズムを口ずさんでとりながら、取り出した小石をコップに注いだ水の中へ落とす。同じく取り出した筆でくるくるとコップをかき混ぜると小石が水に溶け、青灰色の液体ができあがった。
凪子はそれをよくかき混ぜてから筆にたっぷりととると、まず腕の紋章に筆を走らせた。
「!」
マーカーで文字をなぞるように筆を滑らせると、パチッ、と紋章がはぜたあと、すぅと簡単に模様が消えた。それを見ていたクー・フーリンは驚いたように僅かに目を見開いた。
「鏡鏡…右目の消すからちょっとこの鏡持ってて」
「え、あ、おう」
「あぢーっ!!!腕は平気だけど顔だとあっついね!!」
「いやお前…呑気だな……」
解除の際に熱を帯びるらしいそれで凪子がわぁわぁと叫ぶのを、クー・フーリンは呆れたように見つめる。あっさり呪いを解除して見せたと思えばこれなのだから、尊敬すればいいのか呆れればいいのか分からないのだろう。
凪子は鏡で顔の様子を見、ちゃんと解呪出来ているのを確認してからコップをゆらゆらと揺らした。
「ま、神様の呪いには慣れてるからね。この程度はお茶の子サイサイよォ」
「!ってことは、神の呪いだったのか、それ」
「まぁー、この時代の私をああしたのはバロールなんだろうから、呪いもバロール由来でしょ。でも所詮要石防御用の呪いだから、そもそもそんなに強いものでもなかったよ。ルーの左目はそうじゃあないんだろうけど」
「…!」
はっ、と息を呑んだクー・フーリンを横目にみながら、凪子はよいせと腰をあげた。ぬかりなくこちらの様子をうかがっているタラニスも今の一連のことを見ていただろうという予測のもと、コップを掲げ、揺らして見せる。
「ターラーニースー!ルーのにも効くか、試してみる?」
「あー。断る」
「どいひ。信用がねぇ」
「手前がさっき言っていたんじゃあねぇか、味方の証明も果たしていないとな。ルーを殺されるのはさすがに困る」
「まぁそうだよねぇ」
「…なぁ、バロールって奴は、なんだってまた戦争を吹っ掛けたんだ。リベンジマッチか?」
距離をとったまま会話を交わしていた二人の間に、不意にヘクトールが割り込んで問いを投げ掛けた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス59

「いや、冗談はともかく!それは予備としてお前が必要なほど切羽詰まってるってことだろう?」
「いや、違う。単にバロールの相手は我が御霊…ルーでなければ勤まらんというだけだ」
「……となると、バロール側が何らかの耐性を持った?」
「の、ようだ。お陰でこの様だ」
「!」
ハァー、とタラニスは深くため息をついた。動いていないのだから呼吸は落ち着いても良さそうなものだが、逆に浅く短い呼吸になっている辺り、どうやら彼の受けたダメージは見た目以上に重いらしい。
一端の事情は飲み込めた凪子はその場にしゃがみ、床に手を触れた。
「………固有結界は普通に作動してるな……。あぁまだなんか外にいるな、解除しない方が良さそう…」
「…そういや、固有結界をそんな長時間展開できんのか…?」
ふ、と気が付いたようにヘクトールが口を開いた。タラニスとは距離をとりつつ、凪子達の方へといつの間にか近付いてきていたようだ。
固有結界は世界に自我の世界を上塗りする、いわば世界を侵害する魔術である。その為世界からの拒絶反応が起こり、通常そう長い間展開できるようなものではないのだ。
凪子は床に触れて結界の状態を確認したまま、うーん、と小さく唸る。
「んー、それがね、さっきから不思議だったんだけど、普通はある、世界からの拒絶反応がないんだよね。世界に許容されてる感じがする。展開それ自体も私の意思じゃなかった………なんか妙だな」
「それで助かったらしい、ってのは分かったが、ずっと展開しっぱなしというわけにもいかないだろう?」
「そうは言ってもあちらさんに引いてもらわないことには、解除したとたん死にかねないぞー。バロールの魔眼は、バロールが見たものを殺す。解除してすぐ逃げられるような立地でもなかったし…。固有結界が拒絶されていないなら、魔力さえあれば維持できる。そして幸いここは外気が魔力豊富だ、数日なら余裕で持つ。その間に打開策を考えりゃいいだろ」
凪子はそう言って、バチン、とウィンクしてみせた。クー・フーリンはのんきな凪子にやれやれと頭を抱えたが、その様子を見ていた藤丸とマシュは、ぷっ、と小さく吹き出し、力の入っていた肩が少し緩んだように見えた。
「………………………」
タラニスはそんな凪子達のやり取りを黙って見つめるばかりだった。特に何も言ってこないあたり、異論はないとみてよさそうだ。少なくとも、凪子達側から関与しない限り、タラニスからなにかを仕掛けてくる余裕はないだろう。
凪子はそちらに意識を向けつつも、ふい、と視線をはずした。
「じゃあまぁ、休憩するとしようや。私はちょっと外で水汲んでくる」
「外…?この神殿が固有結界なのではないのですか?」
マシュが意外そうに呟く。凪子はどやっ、とした表情を浮かべて見せる。
「いや別に?ここは一部でしかないよ。大体私の心象がこんな殊勝な神殿なわけなかろうが」
「それは自虐かボケなのか?」
「自虐ギャグってやつかな?気になるなら一緒に来る?」
「!ぜひ」
「じゃ、行こうか。キャスターの、…後は任せた」
「…おう、任された」
凪子はルーとタラニスをクー・フーリンに任せると、マシュと藤丸を伴って神殿の出口へと足を向けた。


 「……わぁ!」
神殿は存外小さかったようで、出口を出るとすぐに外の世界へと繋がっていた。広がる世界に、藤丸が感嘆したように声をあげる。
凪子達のいた神殿は深い森の中にあったようで、青々とした木々が生い茂り、天井からは穏やかな日差しが降り注いでいる。苔むした大木がいくつも生えそびえ、小動物達が静かな音楽を奏でていた。
「…すごい……ゲームの世界みたい!」
「こういう森は普通に探せばあったもんだ。どこの森かなーこれは」
「?どこの、というのは…………」
「固有結界、っていうのは、本来術者の心象風景らしいね。私はそれがな、“私が今まで見てきた世界そのもの”なんだ」
「え…!?」
マシュが驚いたように目を丸くする。藤丸はキョトンとしているあたり、あまり固有結界について詳しくはないのだろう。
凪子は近くの大木に触れた。水が中に流れているのが、感触でわかる。
「“我が見てきたその全て”。私はこの固有結界をそう名付けているんだ」
「そんな…心象風景が世界そのもの、ということですか?そんなことが…?」
「心象風景なんてものがないから、私の記憶にある世界をそのまま再現しているだけなのかもな、ははは。まぁ、実は展開するときに設定いじることもできるんだけどね。私は人間じゃないから、そこは人間の心象風景云々とは違う感じに適用されてるんだろうなーくらいの認識だ。さ、いこうか。森のなかなら泉も近くにあるはずだ」
「あ、はいっ」
凪子は軽く説明を済ませるとにこ、と笑ってみせ、二人を伴って森に足を踏み入れた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス58

二人が視線を向けると、力なく倒れたルーを抱き抱えるタラニスの姿があった。目は伏せられ、左目の回りの痣の色はさらに浅黒い色になっている。
「!ルー…!」
「!待った、キャスター!」
思わず駆け寄ろうとしたクー・フーリンを、凪子は慌てて止めた。クー・フーリンが踏み出した瞬間、タラニスが纏う空気が物騒なものに変わったからだ。
驚いたように足を止めたクー・フーリンの目の前に、車輪が突き刺さった。
「………フン、良い判断だ」
攻撃をしかけた側のタラニスは静かにそう言うと、地面に垂れるような状態だったルーを抱え直し、しっかりと抱き抱えた。相変わらず肩で息をしているところを見るに、立ち上がれるほどの力はないようだ。
ゴロロ、と鈍い音をさせて、姿を見せた車輪がタラニスを周囲を囲った。凪子はそんなタラニスの様子にそっと槍をその場に置いて、クー・フーリンを引っ張りつつ数歩下がった。
「おい、」
「勘違いするな、私たちは彼らの味方でもないし、敵ではないという証明もしていない」
「…っ」
静かに言い放った凪子の言葉にクー・フーリンは僅かに眉間を寄せたが、タラニスが警戒を見せていることは火を見るよりも明らかだ、ヘクトールと子ギルの方に肩を竦めて見せると、彼は手にしていた杖を消した。
クー・フーリンの身振りに事態を察したか、ヘクトールも槍を消し、子ギルもそっと出していた鎖を消した。
そうした様子を見ていたタラニスは、へっ、と自嘲気味に笑ったが、体勢は変えなかった。
「……………世界に上塗りする結界だと御霊は言っていたが……アレの視線が向いているはずなのに誰にも効果は出ていないところを見ると、大した結界なようだな、深遠なる内のものよ。まさか貴様なんぞに助けられるとはな、参ったねこりゃ」
「…アレ……視線…………?」
「………そのルーの左目の痣…それはスパイラルだろう。太陽や復活、復興を暗示するサインだ。だけどどう見てもそれ、ルーに悪影響を及ぼしているよな」
「………………」
タラニスは黙って凪子を見上げる。満身創痍で体力もろくに残っていないだろうに、その目には一切の揺らぎがない。
ああそういえば、この神は死ぬ直前までそうだった。
唐突に、そんなことを思い出す。凪子はその思い出を振り払うように、にっ、といたずらっぽく笑った。
「今の、視線、ってのでピンと来た。時期的にはおかしいが、今はおかしい状態なんだから逆にしっくりくる。ルーが敵対しているのは―――バロールだな?タラニス」
「…チ」
タラニスは観念したように舌打ちし、軽く肩を竦めた。判明した敵の正体に、クー・フーリンも大きく目を見開く。
「バロール…魔眼のバロール!?神話サイクルで光神ルーに殺されたとする、あの…!?」

バロール。セスリーンの夫であり、エスリンの父にして、ルーの祖父とされる、フォモール族の魔神だ。その片目は視線だけで相手を殺す魔眼であり、普段は閉じられているが、戦場では四人がかりであけると言われるほどの巨人でもある。
バロールはダーナ神族を従属させ、重税により苦しめたが、最期には予言の通りに孫であるルーに殺される結末を迎える。

タラニスは驚く面々には興味も見せずに、じと、と凪子だけを見据えた。
「………そうだな、確かに殺した。蘇ったのか致命傷だっただけで死んでいなかったのか………とにかく、一ヶ月ほど前に現れてな。ルーが追放したはずの眷属共も蘇って、戦争を吹っ掛けてきた」
「!」
相手がバロールと分かってしまったから観念したのか、偶発的なことといえ凪子に救われたからなのか。ルーを守るように抱き変えたままどすりと腰を落としたタラニスは、不意に事の次第を語り始めた。
凪子はタラニスの言葉に首をかしげた。
「それで…劣勢なのか?」
「言葉の選択には気を付けろ。だがまぁ、劣勢か否かと問われるのであれば劣勢だろうなァ。あの頃のようにダーナ神族が残っているわけでもなし、御霊曰く、奴も以前とはどうにも異なるようでな。そうでなければ、こんな死の呪いを我が御霊がまともに受けるわけないだろう」
「!死の呪い…」
「そこまで知っていて、それだけの状況で、タラニス、何故お前は参戦していなかったんだ?」
「なんだ、貴様ならその程度想像つくんじゃねぇのか?ま、なんだっていいけどな」
髪留めが緩んだか、床に落ちてカランカランと高い音を奏でる。凪子の問いかけにタラニスはニヤ、と口元にだけ笑みを浮かべた。
「簡単なことだ、依り代だ。万が一、ルーの神体が破壊されたときの、な。それを察したのか知らんが、バロールは俺から潰そうとしてきてああなった、ってわけよ」
「………そうか、お前はエススと共にルーと三位一体とも称される存在…。え、つまり予備ってこと…?死んだときの代替ボディ…?それを了承したのか、おまえ?!そんなタマだっけ!?」
「うるせぇな、他所の時間軸で殺したことがあるからと気安く俺を語ってんじゃねぇぞ!」
要するに、タラニスが戦争に参戦せずに待機していたのはルーが負けて死んだときの保険であり、それを察したらしいバロールによる襲撃で先程タラニスが空から降ってくるような事態になった、ということらしい。
タラニスは簡単に語るが、依り代になるということはそれはタラニス自身の死を意味する。余程の事がなければ、そう易々と了承するようなものではないはずだ。
自分の記憶からタラニスがそんな殊勝なタイプではないと思っていた凪子は思わず突っ込んでしまったが、ごもっともな反論をタラニスから受け、すみませぇんと反射的に謝った。
続きを読む

神域第三大戦 カオス・ジェネシス57

「ハァー…………ハァ…ぐ、ッ…………」
よろめきながらも起こした身体は、だがしかしすぐに膝をついた。破損した髪留めは額に貼りついているばかりで意味をなさず、髪は崩れてだらしくなく垂れ落ちている。
血、という概念はないのか、身体中に傷があるわりには出血のあとはない。だが、傷を軸に身体に綻びが生じているのは確かなようだ。
「…、チッ!」
タラニスの様子に目を見開いていたルーであったが、すぐに顔を忌々しげに歪め、視線をあげた。槍を片手で持ち直し、爆炎の方を真っ直ぐに見据える。
「待て…!待て、我が御霊…!」
「!」
そのまま歩き出そうとしたルーを、タラニスが足にすがり付くようにして止めた。止められると思わなかったのか、またルーは驚いたようにタラニスを見る。
タラニスはそれ以上動けないのか、頭をあげることはなく、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。
「今の賢台では…!せめて、その呪いを解いてからでなければ無理だ…!」
「…」
「なんだ、お前の敵さんの襲撃か?探すまでもなく向こうから来たのか、」
「!深遠の!!」
揉めているらしい二柱を横目に、たたっ、と数歩凪子が前に出ると、はっとしたルーが怒鳴り付けるようにそう叫んだ。そんな切羽詰まったような、形振り構わぬ形で止められるとは思わなかった凪子は思わず飛びはね、固まっていたクー・フーリンもぎょっとしたようにルーを見た。
「!貴様らさきの…ハ、殺しとくべきだったか…?」
「な、なに、ルー」
「…全く貴様はいつも肝心なところで勘の鈍い…!」
「何を言っ――――」
何を言って、そう言いかけたとき、タラニスの殺意をまともに浴びたとき以上の悪寒が凪子の背に走った。

ズゥン…、という、低い地響きが響き渡る。爆炎のその先に、ゆらりと立ち上がる大きな影が見える。

「ちぃっ―!」

舌打ちをしたタラニスがルーの膝を思いきり引いて膝をつかせ、その上に覆い被さる。
庇うようなその動作に凪子は危機感を覚えると同時に、ゆらめく影の姿を見止めた、その瞬間。

「―――詠唱省略、固有時制御」

―――凪子の目が、橙色に光輝いた。


「“我が見てきたその全て(ミ・カィート・グ・レイル)”!!」


凪子がそう叫んで自身の固有結界を展開したのは、その影がある動作を起こすよりも、刹那の時だけ早かった。



―――――――――



「………い………おい、凪子!!」
「!」
―鋭いクー・フーリンの怒鳴り声に、はっ、と凪子は我に返った。いつの間にか倒れていた身体をがばりと起こし、慌てて後ろを振り返る。
そこは、先程までいた林近くの平原ではなく、神殿だろうか、石造りの建物の内部だった。傍らにいたクー・フーリンは凪子が動いたことにどこかほっとした様子を見せ、すぐ後ろにはルーとタラニスが、離れたところには藤丸一行もいるのが見えた。
「…固有結界…!?いや、でかくねぇか…?!」
マシュと藤丸は呆然としたように座り込んで辺りを見渡していて、状況を一人飲み込んだか、ヘクトールは驚き半分、飽きれ半分と言ったような声を漏らしていた。子ギルも驚いたように辺りを見ている。
「…あ??なんだこりゃ…?」
ルーをもはや押し潰す体勢になっていたタラニスは、様子がおかしいことに気付いて警戒しながらも上体を起こし、ルーもタラニスを押し退けるように身体を起こした。
そうした様子を見て、凪子はようやく“自分が固有結界を展開したことに気がついた”。
「あっれぇ!?固有結界だ!」
「ハァ!?お前が瞬間的に展開したんじゃねぇか、何を!?」
「いや、なんかでけぇ影がいるな〜怖いな〜と思ったらスンッて意識飛んでスンッて今戻ってきたとこ、え、嘘??」
「固有結界…?」
ぎゃーぎゃーと言い争う二人の言葉に、タラニスは眉を潜めた。聞きなれぬ言葉だったのだろうか。
ルーはざり、と掌で新田の床をなで、ふ、と小さく笑んだ。
「………世界のテクスチャを上塗りする結界魔術か。…私と卿まで引きずり込むとはな……2000年か。成程それほど過ぎれば多少は伸びると…いうものか……」
「、ルー!」
ぐらり、とルーの上体がゆれ、力をなくしたように倒れこむ。ハッとしたタラニスが慌てて叫んだ声に、凪子とクー・フーリンもようやく異変に気がつき、そちらを振り返った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス56

「んえ?返してくれんの?」
「貴様が奴と無関係であるなら、関わっている暇はない。好きに慈善事業に勤しむがいい」
「えー。…勘違いして襲ってきたくせに謝罪ひとつ無しなの?」
凪子は槍を受け取り立ち上がると、にや、とわざとらしく笑って見せた。
「…………」
ルーはあからさまに顔をしかめたが、やれやれと言わんばかりに凪子に向き直った。こういうところは妙に律儀な奴なのだ。
「…本気で謝罪を望んでいるわけではないだろう。何だ」
「こちらの慈善事業は正史と違う点を修正することでね。それをしないとあそこの彼らの生きている時代が滅んでしまうんだと。そして、私の記憶にこの時期に神々のトラブルはない、つまりこの闘争が異常点である可能性が高い」
「………………。貴様のいう正史とやらは知らんが、関わる気であるならそれは死ぬのが早くなるだけだぞ」
ルーは凪子の言葉に藤丸達の方に視線をやって、クー・フーリンの姿を認めるとふっ、と目を細めて逸らした。すぐに凪子に視線を戻し、暗に神々の間での戦争について教えろと言う凪子にあっさりと否定の言葉をかけた。
凪子はそんな答えは予想していたのか、こてん、と首をかしげた。
「あそこにいる人間な。タラニスと普通に話したぞ」
「ほう?それで生きているとは、タラニスも随分手を抜いたことだな」
「お前さんが機嫌悪いから、セタンタに免じて見逃してやるとさ」
「…」
「来るなと言ったのに勝手にやってきてな。アイツな、死ぬから来るなと言っても来る。諦めたくないというのがその大半だろうが…人類の命運を背負ってるから、手ぶらでは帰らないし、帰れないだろう」
「ならば好きに死ね」
ルーは、だがにべもなくそう言葉を返した。ルーにしてみれば、2000年も先の人類の命運など知ったことではないだろう。そうした言葉を返すのも無理はない。
凪子は困ったようにボリボリと頭をかいた。
「好きに死ねばいいのなら、教えてくれたって別によかろ??…それとも息子を巻き込みたくない?」
「減らず口は程々にしておけよ。今の貴様は殺せる存在であることを忘れるな」
「怖い怖い。じゃあ、そこまで口を閉ざす理由は何よ?」
「口を閉ざしているというか――」
辟易したように額に手を当てたルーは、不意に目を見開き、ばっ、と勢いよく後方を振り返った。その視線の先を凪子も覗き込むが、特にこれといったものはない。
「……何?どしたの?」
気配や魔力も探知してみるが、特には感じられない。だが、ルーは微動だにせず視線を向けている。さすがの凪子も心配になって、ルーに恐る恐るそう尋ねた。

その直後、ルーの視線の先、タラニスの神域である森があった方向に、巨大な爆炎が巻き起こった。

「!?」
「何事だ?!」
地を揺るがすほどの爆発に、離れて様子をうかがっていたクー・フーリンがすぐさま凪子達の元へ駆け寄ってきた。
ルーは振り返らずとも気配で察したか、チッ、と小さく舌打ちをしてゆっくりと槍を構えた。
「……………愚息」
「!」
「…貴様が使い魔に成り果てて尚英雄であることを望むのであれば、最早何を言ったとて無駄だろう。この場で死にたくなければ疾く失せろ」
「……ならば、あの爆炎は貴殿の敵か」
「二度言わすな。そんなに早死にしたいというなら私が殺すぞ」
「…ッ」
どうやらルーは、クー・フーリンを人間が使役していることにも、“人間に使役されていることに対しても”怒りを感じているらしい。ぎろりと睨まれたクー・フーリンは僅かに肩を跳ねさせ、不満げに目を細めた。
「…ん?なんか降ってくる!」
一方の凪子は親子喧嘩には目もくれず、辺りの様子を探っていた。そして、月が登り始めている夜空を、飛んでくるものがあることに気がついた。
それは滑空しているというよりかは、投げられたものが弧を描いている、という表現が正しいように思えた。そしてそれは、どうやらこちらに向かって落ちてきているようだ。
「ルー!!」
「!」
落ちてきているそれが叫び声をあげた。既に視線を爆炎の方に向けていたルーは、その声に僅かに驚いたように顔をあげた。
そして間もなく、それは凪子たちから数メートルほど離れたところに落下し、大きな土煙を巻き起こした。
「あっ、タラニス!?」
土煙が薄れていくなかで、ややよろめきながら身体を起こしたそれがタラニスであることに気が付いた凪子は思わずぎょっとしたように声をあげた。

そのタラニスが、あまりに満身創痍であったからだ。
<<prev next>>