2018-12-23 17:30
二人が視線を向けると、力なく倒れたルーを抱き抱えるタラニスの姿があった。目は伏せられ、左目の回りの痣の色はさらに浅黒い色になっている。
「!ルー…!」
「!待った、キャスター!」
思わず駆け寄ろうとしたクー・フーリンを、凪子は慌てて止めた。クー・フーリンが踏み出した瞬間、タラニスが纏う空気が物騒なものに変わったからだ。
驚いたように足を止めたクー・フーリンの目の前に、車輪が突き刺さった。
「………フン、良い判断だ」
攻撃をしかけた側のタラニスは静かにそう言うと、地面に垂れるような状態だったルーを抱え直し、しっかりと抱き抱えた。相変わらず肩で息をしているところを見るに、立ち上がれるほどの力はないようだ。
ゴロロ、と鈍い音をさせて、姿を見せた車輪がタラニスを周囲を囲った。凪子はそんなタラニスの様子にそっと槍をその場に置いて、クー・フーリンを引っ張りつつ数歩下がった。
「おい、」
「勘違いするな、私たちは彼らの味方でもないし、敵ではないという証明もしていない」
「…っ」
静かに言い放った凪子の言葉にクー・フーリンは僅かに眉間を寄せたが、タラニスが警戒を見せていることは火を見るよりも明らかだ、ヘクトールと子ギルの方に肩を竦めて見せると、彼は手にしていた杖を消した。
クー・フーリンの身振りに事態を察したか、ヘクトールも槍を消し、子ギルもそっと出していた鎖を消した。
そうした様子を見ていたタラニスは、へっ、と自嘲気味に笑ったが、体勢は変えなかった。
「……………世界に上塗りする結界だと御霊は言っていたが……アレの視線が向いているはずなのに誰にも効果は出ていないところを見ると、大した結界なようだな、深遠なる内のものよ。まさか貴様なんぞに助けられるとはな、参ったねこりゃ」
「…アレ……視線…………?」
「………そのルーの左目の痣…それはスパイラルだろう。太陽や復活、復興を暗示するサインだ。だけどどう見てもそれ、ルーに悪影響を及ぼしているよな」
「………………」
タラニスは黙って凪子を見上げる。満身創痍で体力もろくに残っていないだろうに、その目には一切の揺らぎがない。
ああそういえば、この神は死ぬ直前までそうだった。
唐突に、そんなことを思い出す。凪子はその思い出を振り払うように、にっ、といたずらっぽく笑った。
「今の、視線、ってのでピンと来た。時期的にはおかしいが、今はおかしい状態なんだから逆にしっくりくる。ルーが敵対しているのは―――バロールだな?タラニス」
「…チ」
タラニスは観念したように舌打ちし、軽く肩を竦めた。判明した敵の正体に、クー・フーリンも大きく目を見開く。
「バロール…魔眼のバロール!?神話サイクルで光神ルーに殺されたとする、あの…!?」
バロール。セスリーンの夫であり、エスリンの父にして、ルーの祖父とされる、フォモール族の魔神だ。その片目は視線だけで相手を殺す魔眼であり、普段は閉じられているが、戦場では四人がかりであけると言われるほどの巨人でもある。
バロールはダーナ神族を従属させ、重税により苦しめたが、最期には予言の通りに孫であるルーに殺される結末を迎える。
タラニスは驚く面々には興味も見せずに、じと、と凪子だけを見据えた。
「………そうだな、確かに殺した。蘇ったのか致命傷だっただけで死んでいなかったのか………とにかく、一ヶ月ほど前に現れてな。ルーが追放したはずの眷属共も蘇って、戦争を吹っ掛けてきた」
「!」
相手がバロールと分かってしまったから観念したのか、偶発的なことといえ凪子に救われたからなのか。ルーを守るように抱き変えたままどすりと腰を落としたタラニスは、不意に事の次第を語り始めた。
凪子はタラニスの言葉に首をかしげた。
「それで…劣勢なのか?」
「言葉の選択には気を付けろ。だがまぁ、劣勢か否かと問われるのであれば劣勢だろうなァ。あの頃のようにダーナ神族が残っているわけでもなし、御霊曰く、奴も以前とはどうにも異なるようでな。そうでなければ、こんな死の呪いを我が御霊がまともに受けるわけないだろう」
「!死の呪い…」
「そこまで知っていて、それだけの状況で、タラニス、何故お前は参戦していなかったんだ?」
「なんだ、貴様ならその程度想像つくんじゃねぇのか?ま、なんだっていいけどな」
髪留めが緩んだか、床に落ちてカランカランと高い音を奏でる。凪子の問いかけにタラニスはニヤ、と口元にだけ笑みを浮かべた。
「簡単なことだ、依り代だ。万が一、ルーの神体が破壊されたときの、な。それを察したのか知らんが、バロールは俺から潰そうとしてきてああなった、ってわけよ」
「………そうか、お前はエススと共にルーと三位一体とも称される存在…。え、つまり予備ってこと…?死んだときの代替ボディ…?それを了承したのか、おまえ?!そんなタマだっけ!?」
「うるせぇな、他所の時間軸で殺したことがあるからと気安く俺を語ってんじゃねぇぞ!」
要するに、タラニスが戦争に参戦せずに待機していたのはルーが負けて死んだときの保険であり、それを察したらしいバロールによる襲撃で先程タラニスが空から降ってくるような事態になった、ということらしい。
タラニスは簡単に語るが、依り代になるということはそれはタラニス自身の死を意味する。余程の事がなければ、そう易々と了承するようなものではないはずだ。
自分の記憶からタラニスがそんな殊勝なタイプではないと思っていた凪子は思わず突っ込んでしまったが、ごもっともな反論をタラニスから受け、すみませぇんと反射的に謝った。