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カルデアの善き人々―塔―23

ーーーふ、と。彼は我に返った。
気絶をしていたわけでもないのに、まるで気絶をしていたかのようにまるで記憶がない。大人げないことを口走って、逃げ出したことは覚えている。

あぁ全く、自分は何をしているんだろうか。
ただでさえ勝手にいづらさを覚えているというのに、さらに居づらくしてどうしようというのだ。

彼は自虐に深々とため息を吐き出した。
そうしてそのため息が白く延びたので、ようやく自分がどこへ逃げてきたのか、気が付いた。
「あ…」
そこは、冷凍保存室だった。
確かに気が付くと身体が冷たい。入り口から反対側、部屋の奥で隠れるように自分は蹲っていたらしい。
「……………」
すぅ、はぁ、と、彼は意図的に深く呼吸をした。あんなに息がしづらかったはずの部屋なのに、冷たい空気が今はずいぶんと心地がいい。
「…すぅー………………はー…………」

――誰も話さない、何も音をたてない冷凍保存室に、彼の呼吸の音だけが響く。

あぁ、静かだ。
誰の目もない。
誰の耳もない。
誰の口もない。
誰の手もない。
なんて安心するのだろう、今ここにいるのは自分だけではないのに、実質的には自分しかいない。なんて穏やかな孤独の空間なのだろう。

「…あのバーサーカーには………うん、謝らないとな…」
いくら今を生きる人ではない、実質的にはただの使い魔とはいえ、もとは人だったものだ。藤丸が接している態度を思っても、一人の人間として扱うべきなのだろう、ということは分かっている。
正直顔を合わせたくはないが、それは失礼というものだろう。頭を冷やしたら謝罪をしにいかなければ。言い方はひどかったが、あれはあれで、自分の異変に気が付き、どうにかしようと思って出た言葉であることは確かなのだろうから。

「…でも、もう少しだけ……」

だけど、もう少しだけ。
もう少しだけ、この穏やかな孤独に浸っていてもいいだろうか。
ちらり、と入り口に目をやれば、錯乱していただろうに、きっちり部屋にロックがかかっている。
ならしばらく、邪魔は入るまい。

彼は冷えてしまわないようにぎゅ、と自身を抱き締めるように丸まり、横になって、目を閉じた。
寝心地は最悪だが、冷たい床が火照った顔には心地よい。

「………………………」

随分とここでは楽に息ができる。
なぜだろう、ここは息苦しかったはずなのに、なぜ今は息をしやすいのだろう。
「……………」
ほんのりと感じる人の気配が、じんわりと心地よい。
人はいるけれど、自分を見ていない気配。
おかしな話だ、あれだけ誰かに存在を認めてもらいたかったのに、気づいてもらいたかったのに、見てもらいたかったのに、今はそれがないことがこんなにも心地よいなんて。

「………あ…」

そうか、もしかしたら。
自分は彼らの目が、怖かったのではないだろうか。

ふとそう気がついた彼は、ぱちりと目を見開いた。
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