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神域第三大戦 カオス・ジェネシス21

「よぅ。呼び出されたから来たが、なんだい?この子が調査っつってたから、レイシフトかい?」
にへら、とヘクトールは笑ってそう尋ねた。なるほどこうしたゆるりとした振る舞いは、彼の処世術のひとつなのだろう。
ヘクトールといえば、イリアスに名高きトロイアの英雄だ。彼は戦士というよりも、政治家としての側面も強く、策略家の一面が物語からも伺える。
「(あのドルイドになってるクランの猛犬よりも、こっちのが真意は汲み取りにくそうだな。考えてることを悟らせにくいという意味では、私対策としては確かに最適かもなぁ)」
「あぁ、その通りだ。極小だが特異点が発生している。一応紀元後の時期だから、次の特異点よりもレイシフトは安定してるとは思うんだが、神話の世界である可能性もあってね」
「へぇ?だから神話時代出身の俺に、ってことかい?」
「それもある、ちょっと来てくれ。凪子くんは、一足先にコフィンに行っててくれ!使い方はマシュが説明してくれるから」
「はいよ〜」
当然と言えば当然だが、ダ・ヴィンチ達がヘクトールを同行者として呼んだ本当の理由は、凪子に対して隠されるようであった。当然のことなので、凪子も特に問い詰めはせずに素直に指示にしたがい、二人から離れていった。
「(…まぁ離れたところで、その気で聴力強化すれば壁越しでも魔術防壁越しでも聞こえるんだけどね、聞かないでおいてあげよう)」
ちょっぴり、そんなことを考えながらも。


「……随分物分かりのいいやつで」
「持ちつ持たれつ、それを最初に提案したのはあちらでね。何者かの導きを得て、彼女はサーヴァントの形でここに落とされたそうだ。彼女の実力はまだ全てがわかったわけではないけど…恐らく本体は強大だ。これは推測だが、本来の彼女の力は、あの魔術王とて簡単にねじ伏せるだろうね。我々は爆弾を抱えているようなものだ」
「…………そんなにかい?」
すっ、と、ヘクトールの顔からへらりとした表面が消えた。ダ・ヴィンチは至って真面目な顔でそれに頷くものだから、ヘクトールはモニター越しに見える、子どものようにコフィンの回りをぐるぐると回っている凪子を見ながら眉間を寄せた。
「…なんというか………ある意味ではマスターにちょっと似てるな。本質的に、“無害に見える”」
「そうだね。さっきも宝具を人に貸していた、とか言ってたからね……無警戒というかなんというか。ただ、君も分かるだろう?彼女は、物凄く隙だらけだ。だが、もしその隙をつつこうものなら――」
「…………蛇どころか、鬼が出るってか?」
ヘクトールがそう言った瞬間、モニター越しにヘクトールと凪子の視線がかち合った。勿論凪子からヘクトールは見えていないはずで、凪子の視線もすぐにそれたのだが、思わずヘクトールはたじろいだ。
「…っ」
「…今のは偶然?」
「………偶然のはずだが、なんだかそうじゃねぇ気もする」
偶然のはずだ。たまたまだ。
監視カメラの方を向いている、なんてのは現実的に珍しいことでもない。

ただ、漠然とそうではないと何かが囁くのだ。

ヘクトールは、はぁ、とため息をついた。めんどくさい、とその顔には書いてある。
「成程、警戒する理由はわかった。あの手のタイプは、マスターやマシュには向いてねぇだろうな。いいぜ、行ってやる。で、なんだってそんなもんを抱えようって?リスキーすぎやしねぇか」
「彼女も自身の目的がわかっていなくてね。その何者かが魔術王である可能性もなくはない。だが、だからこそ彼女はその何者かに対して忠誠心があるとか外せない首輪があるとか、そういうわけでもないみたいだし、人理焼却をどうにかしたいという考えもあるらしい。人類に対して友好的であるようだから、なるべく今は仲良くしておいたほうが得策だと思ったのさ」
「なるほどねぇ。ま、確かにな。ああいうのは敵対しないにこしたことはない。じゃ、行くとするか」
「おっ?特に質問とかはないのかい?本体ってなんのことだ、とかさ」
「んー?」
ヘクトールは槍を肩に担ぎ、にへら、と笑った。
「知ってないといけないことなら、お前さん聞かずとも話すだろう。言わないってことは、分かってないんだろう?ならわざわざ聞かねぇよ」
「………成程」
「他にキャスターのクー・フーリンもいる、ってことは、俺に期待してんのは神話云々とかマスターの保護とかよりかは、アレの目的と正体を探ること、最悪の場合はアレの始末、だろ?」
「…サーヴァント体を破壊したところで、敵と判断したら本体でここに来る、と言っていたからね。最悪の場合はどうにか騙して人間の味方にしといてくれ!!」
「おい思ったよりハードル高ぇこと要求すんな!!仕方ねぇ、最悪の場合がないことを祈るぜ…」
「すまない、助かる」
ヘクトールはダ・ヴィンチの言葉に肩を竦めると、ヒラヒラ、と後ろ手に振りながら司令室を出ていった。困ったような表情を浮かべたロマニが、ダ・ヴィンチの隣に立つ。
「…レオナルド」
「最悪の状況は想定すべきだ。彼女が何者なのか、それが分かるまでは敵と思っていた方がいい。…なんとなく、そんな気がするんだ」
「……同感だ。………彼女はなんというか…“分からない”。ただ、今回の特異点は絶対に無関係ではないはずだ。…、藤丸くんたちと、ヘクトールにかけるしかない」
「………そうだね」
「レイシフト、準備できました!」
スタッフの声に、二人は同時に振り返る。互いに顔を見合わせ、一度だけ、頷きあう。
「よし、始めよう!」
ロマニは、そう発令をかけた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス20

「とはいえ、極小の特異点だ。何が起きているのかも特に異常は観測できない。無視することもできなくはない…けれど、貴女との関連がないとは考えにくい」
「つまり私にここにいけと?」
ロマニの言葉に凪子はタブレットから顔をあげた。その言葉に、ロマニではなくダ・ヴィンチがパチン、とウィンクをとばしてくる。
「できれば協力を願いたい。さっきも神話談義になったが、当時のことに関しては分からないことが多すぎる。この時期に、何か特別なことがあった、というわけでもないんだろう?」
「あぁ」
ぬっ、と、ダ・ヴィンチの言葉に先程のクー・フーリンが姿を見せ、頷いた。その後ろにはフェルグスもいる。どうやら二人はメイヴと違ってこちらに来ていたようだ。
確かに、凪子にも特別この時期に何かあった、というのは記憶にない。直近のもので関わりそうなのはガリア遠征であるが、あれは紀元前50年代の出来事である、間が開きすぎているだろう。
クー・フーリンはじ、と凪子のことを見下ろした。凪子もその目を見返す。彼の赤い眼は冷静であるというよりかは色々な感情を内包しているようで、その真意はなかなか汲み取りづらい。今は若干、特異点の原因として疑っている気配も感じる。
凪子は、ふむ、と口元に手を添えた。
「………まぁ、そうさな。確かに、私が関わりのあることならここに飛ばされたことにも、本体じゃなくてサーヴァント体にされたことにも説明がつく」
「?サーヴァントになったことにもか?」
「特異点は本来の正史とは異なるみたいだけど、異世界とか、そういうもんではないんだろう?なら、“当時の私”が向こうにいるはずだ。同じ存在が複数体存在したら論理破綻起こすだろ」
「…あぁ、なるほど。サーヴァントなら確かに別存在だが…アンタの本体だった場合、完全に同一になるのか」
「まぁいいよ、よくは分からんが、それはやってく内に慣れるわ!当時の人間世界の事情は私にもよく分からんが、それでも君らよりかは分かるだろうしね」
凪子はクー・フーリンから視線をはずし、タブレットを投げ返しながらそう言った。特にあの謎の声も何かを言ってくることもないし、アルスターサイクルであろうイングランドで、となれば無視しづらい話なのは理解できるし、興味がある。この特異点があの声の目的であれ、そうでないであれ、カルデアにピンポイントで飛ばされた以上、その目的はここの仕事と無縁ではないはずだ。そうであるならば、仕事慣れしていても損はない。
了承の返事を得たロマニはよかった、と小さく微笑む。
「じゃあ、早速レイシフトといこう。藤丸くん、マシュ、準備はいいかい?」
「いつでも!」
「はい!」
「待った、武器好きのサーヴァントに槍貸してるから取ってくる。あとついでにちょっと準備させて」
「貸………分かった、こちらもコフィンの準備に多少時間がかかるから、10分後に再集合にしよう。クー・フーリン、フェルグス、君らはどうする?」
貸している、との言葉に凪子はつかの間ダ・ヴィンチに凝視されたが、向こうはわりとすぐに切り換えて話に戻っていった。これだけサーヴァントが溢れる場所でも、宝具の貸し借りは早々ないことであるようだ。
ダ・ヴィンチに話を振られたクー・フーリンとフェルグスは顔を見合わせた。
「…そいつは味方と確定してる訳じゃねぇんだろう?なら、そいつだけってわけにはいかねぇだろ、俺がいく。多少、俺の知識も使えるかもしれないしな」
「そうさな…俺はやめておこう。こやつと違って見た目が当時そのままだからなぁ、隠密性に不便だろうよ」
「承知した、じゃあそうしよう」
どうやら同行者としてクー・フーリンがついてくるらしい。本来なら彼の方がフェルグスよりもよほど有名人なのだが、確かに彼らの大英雄である戦士がドルイドの格好をしているなど誰も考えないだろう。
凪子は話が一段落した、と判断すると、食堂へと走って戻っていった。



 ブリューナクを返してもらうと―彼は大層満足したようで、レイシフトに行くと聞き、凪子が結界内にしまうことでそれなりの荷物も運べると知るやいなや、手早く弁当を完成させて渡すなどまでしてきた―、凪子は鞄も一旦結界内にしまいこみ、万が一の事態でどこかに跳んでいってしまわないよう、準備を整えた。
そうして再び小走りに司令室に戻ると、そこには新しいサーヴァントの姿があった。
「あなた誰ぇ?誰なの??」
「ん??あぁ、アンタがさっきの騒ぎの奴かな?」
来ている装いはそこそこ質のいい装備のようだから、恐らくなにがしかの英雄なのだろう。槍を肩に担いでいるから、ランサーだろう。無精髭を生やし、どこか気の抜けた表情はどう見てもただのおじさんなのだが、全く隙の無い雰囲気がアンバランスさを感じさせる。
凪子の言葉にそのサーヴァントは、ぼりぼりと頭をかいた。
「いやー、なんかオジサン呼び出されちゃってねぇ。おたくは?」
「凪子さんだぁよ。なんか私がここに来たことと関係してんじゃね?ってことで、調査についてくことになった。呼び出された、ってことは、そちらさんも?」
「へぇ、そうなの。俺の真名は……言った方がいいのかなこれは」
「んー、別にいいんじゃないと思いつつ、普通に君のマスターは君を真名で呼びそうではあるね」
「ハハッ確かにな!ならまぁいいか、俺はヘクトールだ。知ってるかい?」
「おー!知ってる知ってる、イリアスの主人公の」
「なんだ、二人とももう来てたのかい?」
やんややんやと二人が会話を交わしていると、ひょっこりダ・ヴィンチが顔を見せた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス19

「……君からは次から次へと新しい話が出てくるなぁ。驚いている暇がないよ」
「未知との遭遇なんてそんなもんでしょ。私もこんなにトントンと話聞かれたのもはじめてだから、内心戸惑ってるわ」
感嘆したようにそう言ったダ・ヴィンチに、凪子は肩を竦めてそう返す。さすがに全て信じているわけではないだろうが、それでもここまですんなり受け止められるのもだんだん気味が悪くなってくるほどだ。
「まぁ、ここには色んなイレギュラーなサーヴァントがいるからね。そういうこともあるのかな、という感じな訳だ」
「イレギュラー慣れしてるって?あんまりよくないぞぉ、そういうの」
「はは、それは確かにそうだけれどね」
「まぁ、そんなわけで、私の槍のお話でした。なにか質問とかは?ない?はいどうも」
理由はなんであれ、あれこれ言われないのであればそれでいい。凪子は深くは気にせずにそう判断すると、再び目眩ましをかけ、槍を結界の中へと仕舞いこんだ。

それとほぼ時を同じくして、非常事態を知らせるアラートが食堂に鳴り響いた。

「!先輩!」
「うん、行こう!」
マシュと藤丸は、それまでぽかんとしてばかりいたのが嘘のように機敏にアラートに反応し、二人連れ添って食堂を飛び出していった。そのすぐ後に無言でダ・ヴィンチも続き出ていってしまう。
「何?火事??」
アラート音から何か起きたのだろうというのは察した凪子は、きょとんとそんな3人を見送った。クー・フーリンやフェルグスも顔を見合わせると食堂から出ていき、メイヴは軽く肩をすくめた。
「異常事態が起きたみたいね。その内分かるでしょう」
「意外とのんきだね女王様」
「もうじきハロウィンでしょう?どうせまた何かハロウィン絡みで特異点が発生したんでしょうよ、私はパス、面倒くさいもの」
「そんな気軽に発生するの特異点???」
メイヴは、それじゃあね、と言って、一人事態をまだ飲み込みきれていない凪子を置いて食堂から出ていってしまった。確かに、回りを見渡すと他にいた面子は続報を待っているような様子がうかがえた。
「………変なところだねここは」
凪子も特に率先的に関わるつもりも、その義理もなかったので、彼らと同じく続報を待つことにした。残っていた麦茶を飲み干し、カウンターに返却する。
「ご馳走さまでした、たくさん食べちゃってごめんなさいね」
「あぁ!いいよいいよ、気にしないで。いい食べっぷりだったねぇ」
「やー、食事という行為をするのが久し振りでね。それにめっちゃ美味しかったし」
「そう?口にあったならよかった」
「…………なぁ君、さっきテーブルで見せていた槍なんだが……私も見せてもらってもいいだろうか」
「ん?んん、まぁいいよ、食事代の代わりにはならんかもだけど、一飯の恩があるし。お好きにどうぞ」
「!!!!!」
『あー、凪子クン!すまないんだが、司令室まで来てもらえるかな!』
「あれま」
そのままカウンターでそこにいたサーヴァント達と喋っていると、唐突に通信が入った。メイヴの言っていた続報、とやらだろうか。事態の分析力はなかなか速いようだ。
用件はわからないが、わざわざ通信で呼び出すということはそれなりの用事なのだろう。
「後で取りに来る、持ってて」
「えっ!?いや、君、宝具だろう!?」
「心配せんでも、神様ぐらいじゃないと壊せる代物じゃないよそれは。君が手出ししてどうこうできるもんじゃない、なぜなら本体の私でも早々出来ないからね。あ、ごめん荷物もついでに後で取りに来る」
凪子はまだ槍をみたい、と顔に書いていたサーヴァントにブリューナクを預けたまま、ついでに鞄も預けて一人身軽に司令室の方へと向かった。


 「人を呼ぶときは用件くらい言ってほしいタイプの凪子さんだけど、来ましたよ〜」
小走りで司令室へと向かった凪子は、到着するとそう声をかけた。凪子の言葉にマシュとロマニが振り返る。
「あぁ、よかった。実は、先程新たな特異点が確認された。といっても、非常に小さなものではあるんだけれど」
「ふーん」
「これくらいのささやかなものならまぁ、時期が時期だし、またハロウィン絡みの特異点かなー、とも思ったんだけどね、場所が気にかかる」
「場所」
手渡されたタブレットを受け取ってみてみると、そこには世界地図が球体で示されていた。そのうち、赤い点が光る、場所が一つ。
「…イングランドだねぇ」
「時期は1世紀だ」
「…あぁそうか、特異点って過去なんだっけ。ん?1世紀って言うと…」
「そう。アルスターサイクルの時期に相当する。アルスターサイクルから生きている、という君が来た直後に現れたとなると、関連性を感じずにはいられなくてね」
ふむ、と、凪子はダ・ヴィンチの言葉に小さく呟いた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス18

「なぜ槍が枷になる?」
「向こうとしても、私の物理的な動きを封じたくらいでは意味がないと分かってたんだろう。腕なり足なりを拘束させても、代替手段はいくらでもあるからね。彼らにとっては、私を“見ること”ができることが重要だった。君らの言った通り、この槍は四秘宝の一つ。それだけの神秘性をもつなら、神秘が薄れ消えていったとしても、見つけられると思ったんだろう」
「………同情的だった、っていうのは?」
「私は普段この槍を体内を基点とした結界の中に閉まっている。このご時世持ち歩けないからね。だけどそもそも、本当に枷として働かせたいなら、私の身体に埋め込んで封印してしまった方がいいだろ、私が手離さない保証もないんだからさ」
「そうね。現に貴女は、自分の武器として使ってしまっている訳だしね?」
「ルーはそうしなかった。これからの旅路に、先立つものがあった方がいいだろう、と、私にこれをくれたわけだ。まぁ、彼の親切を無下にするのもアレだし、監視される羽目になったのは私の自業自得によるものだし。枷に甘んじつつ、ありがたく使わせてもらっている、ってところなわけだ」
「………つまり、これは貰ったもの、ってこと?」
「簡単に言うとそう」
話をシンプルに要約した藤丸の言葉に、凪子はexactly、とでも言いたげにそう返した。クー・フーリンはどこか納得していない顔色であったが、凪子の言葉を疑っている様子はなさそうであった。
メイヴはふぅん、と呟いて身を乗りだし、槍を覗き込んだ。
「…私も本物を見るのは初めてだわ」
「深遠なる内のもの、ってのは、どういう意味だ?」
「シラネ。聞いても教えてくれなかった」
クー・フーリンは凪子の返答に不愉快げに目を細めたが、それ以上聞きたいことはないのか、それきり黙って槍に目を落とすばかりであった。
メイヴと同じように槍を見ていたフェルグスは、ふと顔をあげた。
「しかしお主、ケルトの神々は人間にそう関わってくるものではなかっただろう。それが、お前の話の限りでは揃ってお前を監視していた、ということになるのだろう?一体何をしでかしたのだ」
「まぁ〜…ちょっとね、殺しをしちゃっただけだよ」
「…!神殺しか」
「そんな大層なもんでもないけどネ」
神殺し、というキーワードに、その場の半数が息を呑む。本来なら大層な事態であるはずだが、ケルト出身のサーヴァント達はさして気にした様子は見せなかった。
ふーむ、と、ダ・ヴィンチは小さく唸って首を捻る。
「ケルト神話は分かっていることが少ないからねぇ。神殺しの逸話はなかったように思うが……そういうことがあっても、不思議ではないのかい?」
「神話サイクルの時は神々が普通に戦争しているわよ。それこそ光神ルーが、魔眼のバロールを殺した“モイ・トゥラ第二の戦い”なんて、有名どころかしら。だから神が死んでいても特に不思議ではないわね」
「神話談義は好きにやってくれ。そもそもあれもガリア人が聞き齧ったのを書いただけのものだから、大して正確でもない」
「…………、お前、これを真名開放できるのか」
不意に、クー・フーリンが口を開いた。じっ、と凪子の目を見つめるクー・フーリンの目からは、物騒な色は消えていた。無表情の顔からは、彼が何を考えているのか察することは難しい。
「ルーと同じようには出来ないけど、似たようにはできる。それと、今はブリューナクだが、これは元々“ルーの槍”というのが正しい。あと三種類くらい内包してる」
「!……………、そうか。随分ルーはお前に親身だったようだな」
クー・フーリンは意外そうに目を見開いたのち、ふっ、と小さく笑ってそう言った。自分の知らない父親の足跡が興味深いのだろうか、どちらにせよ怒りのようなものはもう感じられなかった。
仮にもエリンの四秘宝だ。凪子としてはもっと泥棒猫的に思われるかと考えていたのだが、存外アルスターのサーヴァント達は気にする様子を見せないものだから、凪子もこれには拍子抜けしてしまった。
「…なんかもっと疑われるかと思ったんだけどね」
「神のすることだ、俺たちがどうこう言う領域の話じゃねぇだろ。そもそも、残っているとすら思っていなかったしな。当時だっておいそれとお目にかかれるものじゃなかった、役得でこそあれ、お前の話がどこまで本当かはしらんが、泥棒だとかは思わねぇよ」
「そいつはどうも。話が早くて助かる。まぁ、ルーには最初えらい嫌われてたんだけどねぇ、別れる頃にはなんか…同情されてたのかな、アレは」
「へぇ、そうかい」
クー・フーリンは興味があるのかないのか、曖昧な声色でそう返した。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス17

赤い眼のドルイド、もとい、クー・フーリンは凪子の言葉ににやりとニヒルな笑みを浮かべた。
「なんだ、知ってんのか。…いや、理由はしらんがその槍を持っているなら、知っていて当然か」
「?キャスターのクー・フーリンさん…?」
「キャスタぁ??お前さんが喚ばれるとしたらランサー、セイバー辺りか、まぁあってもライダーとかバーサーカーだろう。なんでキャスター、それもドルイドの格好なんぞしよって、どうなってる?」
凪子はすっとんきょうな声をあげ、思わずそう問い詰めてしまう。

クー・フーリン。クランの猛犬。
いわずと知れた、アルスターサイクル最大の英雄である。
彼は戦士であり、間違ってもドルイドではない。サーヴァントは伝承をもとに召喚されるものだ、そうであるならその著名な槍と共に召喚されるのが妥当であろう。

キャスターのクー・フーリン、と呼ばれた彼は軽く肩をすくめた。
「なんだ、随分詳しいでねぇの。ま、色々あってな。俺だって喚ばれんならランサーで喚ばれてぇよ。俺の話はどうだっていい、それよりてめえの槍の話だ」
「あ、そうでした。あの…お三方はこの槍をご存知なのですか?」
「ご存知、なんてものじゃないわ、マシュ。それもクーちゃんの反応を見るなら、間違いなく」
「?何なの?」
意味深げに笑みを浮かべながら、メイヴは興味深そうに槍を見ている。マシュと藤丸は、揃って首をかしげるばかりだ。
クー・フーリンはゆっくりと腕を組んで槍を見つめたあと、凪子をじとりと見据えた。
「お嬢ちゃん方。こいつは、俺たちにとってはとんでもないもんだ」
「とんでもないもの…ですか?」
「貫く槍。勝利をもたらす槍。トゥアハ・デ・ダナーンのエリン四秘宝が一つである、魔法の槍…………」
クー・フーリンの言葉をメイヴが引き継ぐ。その目は楽しそうに、すぅと細められた。

「………“ブリューナク”。光神、長腕のルーが所有したとされるその槍、本物だ」

「なっ…!」
「なんだって!?」
いつの間にか現れていたダ・ヴィンチが仰天したように声をあげる。マシュと藤丸は名前を聞いてようやく思い至ったのか、槍と凪子を忙しなく見合っている。
メイヴがそっと席をたち、代わりにその席にクー・フーリンがつく。メイヴは楽しそうに、フェルグスはどこか困ったように、そしてクー・フーリンはどこか物騒な色を目に宿して、凪子を見つめていた。
「ご明察」
凪子はそれぞれから送られるさまざまな目線に怯むことなく、あっけらかんとそう返した。口を開こうとしたダ・ヴィンチを、クー・フーリンは手で制した。
「………エリンの秘宝が、この時代にまで残っているとは驚きだがな。何故、貴様がこれを持っている。貴様、何者だ」
「クー・フーリンさん…?何をそんなに…その、怒っていらっしゃるのですか?」
「まぁ無理もない、急に見ず知らずの女が父親の主武装所有してたら胡散臭くもなるだろう」
殺意すら感じさせるクー・フーリンにマシュは戸惑ったようにそう言ったが、続いた凪子の言葉に大きく目を見開いた。
「あっ、そうでした!そういえば、クー・フーリンさんは、光神ルーの息子とされています!」
「あっ。光の御子って、そういう?」
「そうさな。ルーは、私のことを“深遠なる内のもの”、と呼んでいた。まぁ、色々あってな、ルーとは縁があったんだ」
「……聞いたことねぇな」
「私はその頃はほとんど人間とは接触を持っていなかったし、ルーと知り合う頃にはそれどころではない状況にいた。それと、君はもう死んだ後の時期だったと記憶してる。知らなくても不思議じゃあない」
凪子は、つつ、と指で槍をなぞる。手入れされているのだろう、傷付きもほとんどないそれは、綺麗に照明の光を反射させている。
黙ったまま、クー・フーリンは視線だけで続きを催促してきた。
「訳あって私は神々の監視の対象になっててな、まぁ、ルーもその内の一人だ。だけどほら、私はこの通り不死身の存在だから、殺したくても殺せない。飽きるくらい呪いを浴びたし、まだ残っている呪いもあるけど、とにかく死にはしなかった。そんで、処刑ができないうちに神様方の方が先に現世からいなくなっちまったわけだ」
「で?」
「とはいえ、あちら側としては、じゃあ無罪放免、とはしたくなかったようでな。枷をつけようということになった。どこに私がいても見つけられるように、罪を背負い続けていくことを監視できるように、とね。…で、そん頃にはなんか私に同情的になってたルーの槍が枷として選ばれた」
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