2018-10-30 15:30
「とはいえ、極小の特異点だ。何が起きているのかも特に異常は観測できない。無視することもできなくはない…けれど、貴女との関連がないとは考えにくい」
「つまり私にここにいけと?」
ロマニの言葉に凪子はタブレットから顔をあげた。その言葉に、ロマニではなくダ・ヴィンチがパチン、とウィンクをとばしてくる。
「できれば協力を願いたい。さっきも神話談義になったが、当時のことに関しては分からないことが多すぎる。この時期に、何か特別なことがあった、というわけでもないんだろう?」
「あぁ」
ぬっ、と、ダ・ヴィンチの言葉に先程のクー・フーリンが姿を見せ、頷いた。その後ろにはフェルグスもいる。どうやら二人はメイヴと違ってこちらに来ていたようだ。
確かに、凪子にも特別この時期に何かあった、というのは記憶にない。直近のもので関わりそうなのはガリア遠征であるが、あれは紀元前50年代の出来事である、間が開きすぎているだろう。
クー・フーリンはじ、と凪子のことを見下ろした。凪子もその目を見返す。彼の赤い眼は冷静であるというよりかは色々な感情を内包しているようで、その真意はなかなか汲み取りづらい。今は若干、特異点の原因として疑っている気配も感じる。
凪子は、ふむ、と口元に手を添えた。
「………まぁ、そうさな。確かに、私が関わりのあることならここに飛ばされたことにも、本体じゃなくてサーヴァント体にされたことにも説明がつく」
「?サーヴァントになったことにもか?」
「特異点は本来の正史とは異なるみたいだけど、異世界とか、そういうもんではないんだろう?なら、“当時の私”が向こうにいるはずだ。同じ存在が複数体存在したら論理破綻起こすだろ」
「…あぁ、なるほど。サーヴァントなら確かに別存在だが…アンタの本体だった場合、完全に同一になるのか」
「まぁいいよ、よくは分からんが、それはやってく内に慣れるわ!当時の人間世界の事情は私にもよく分からんが、それでも君らよりかは分かるだろうしね」
凪子はクー・フーリンから視線をはずし、タブレットを投げ返しながらそう言った。特にあの謎の声も何かを言ってくることもないし、アルスターサイクルであろうイングランドで、となれば無視しづらい話なのは理解できるし、興味がある。この特異点があの声の目的であれ、そうでないであれ、カルデアにピンポイントで飛ばされた以上、その目的はここの仕事と無縁ではないはずだ。そうであるならば、仕事慣れしていても損はない。
了承の返事を得たロマニはよかった、と小さく微笑む。
「じゃあ、早速レイシフトといこう。藤丸くん、マシュ、準備はいいかい?」
「いつでも!」
「はい!」
「待った、武器好きのサーヴァントに槍貸してるから取ってくる。あとついでにちょっと準備させて」
「貸………分かった、こちらもコフィンの準備に多少時間がかかるから、10分後に再集合にしよう。クー・フーリン、フェルグス、君らはどうする?」
貸している、との言葉に凪子はつかの間ダ・ヴィンチに凝視されたが、向こうはわりとすぐに切り換えて話に戻っていった。これだけサーヴァントが溢れる場所でも、宝具の貸し借りは早々ないことであるようだ。
ダ・ヴィンチに話を振られたクー・フーリンとフェルグスは顔を見合わせた。
「…そいつは味方と確定してる訳じゃねぇんだろう?なら、そいつだけってわけにはいかねぇだろ、俺がいく。多少、俺の知識も使えるかもしれないしな」
「そうさな…俺はやめておこう。こやつと違って見た目が当時そのままだからなぁ、隠密性に不便だろうよ」
「承知した、じゃあそうしよう」
どうやら同行者としてクー・フーリンがついてくるらしい。本来なら彼の方がフェルグスよりもよほど有名人なのだが、確かに彼らの大英雄である戦士がドルイドの格好をしているなど誰も考えないだろう。
凪子は話が一段落した、と判断すると、食堂へと走って戻っていった。
ブリューナクを返してもらうと―彼は大層満足したようで、レイシフトに行くと聞き、凪子が結界内にしまうことでそれなりの荷物も運べると知るやいなや、手早く弁当を完成させて渡すなどまでしてきた―、凪子は鞄も一旦結界内にしまいこみ、万が一の事態でどこかに跳んでいってしまわないよう、準備を整えた。
そうして再び小走りに司令室に戻ると、そこには新しいサーヴァントの姿があった。
「あなた誰ぇ?誰なの??」
「ん??あぁ、アンタがさっきの騒ぎの奴かな?」
来ている装いはそこそこ質のいい装備のようだから、恐らくなにがしかの英雄なのだろう。槍を肩に担いでいるから、ランサーだろう。無精髭を生やし、どこか気の抜けた表情はどう見てもただのおじさんなのだが、全く隙の無い雰囲気がアンバランスさを感じさせる。
凪子の言葉にそのサーヴァントは、ぼりぼりと頭をかいた。
「いやー、なんかオジサン呼び出されちゃってねぇ。おたくは?」
「凪子さんだぁよ。なんか私がここに来たことと関係してんじゃね?ってことで、調査についてくことになった。呼び出された、ってことは、そちらさんも?」
「へぇ、そうなの。俺の真名は……言った方がいいのかなこれは」
「んー、別にいいんじゃないと思いつつ、普通に君のマスターは君を真名で呼びそうではあるね」
「ハハッ確かにな!ならまぁいいか、俺はヘクトールだ。知ってるかい?」
「おー!知ってる知ってる、イリアスの主人公の」
「なんだ、二人とももう来てたのかい?」
やんややんやと二人が会話を交わしていると、ひょっこりダ・ヴィンチが顔を見せた。