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神域第三大戦 カオス・ジェネシス46

「…もし仮に、本当にダグザだとしたらどうする?対抗策はあるのか?」
「どうだろうね。ただ、話を聞く限りじゃ、特異点は聖杯の影響なんだろう?なら、聖杯さえどうにかしてしまえば問題ない可能性が高いってことだよな。それなら、やりようはある」
「聖杯だけ回収ないし破壊をする…ってことか?」
「そう。ここは正規の特異点じゃないのだから、破壊してしまっても問題はないでしょ。真っ向から立ち向かって勝てる相手じゃない、そこは妥協のしどころだね」
ヘクトールとクー・フーリンの言葉に凪子はそれぞれ言葉を返す。あまりに仮定だらけのことだ、語りが過ぎるのは取らぬ狸のなんとやら、だろう。凪子のざっくりとした言葉に、だが両者はどこか納得したような様子を見せた。
顔色を曇らせたのは、マシュだ。彼女は別なことが気になっているようだ。
「…しかし、神々の闘争なんてどう探りを入れればいいのでしょうか……」
「確かに…」
「あぁ、それならアテはある」
「えっ、あるんですか?!」
深刻そうにマシュが口にした言葉にさらりと言葉を返せば、仰天した顔が戻ってきた。凪子はそこまで驚かれる理由が分からず曖昧な表情を浮かべてしまう。
「いやだって、この時代の私が喧嘩売りに行ってるはずだから、神に接触しなくても私に会いに行けばいいだけやん?」
「……あ!そういえば…まだこの時代に生きているはずの凪子さんに我々はまだ遭遇していません。タラニスの所にはいなかったというだけで、その…神を殺しにいったことには違いない、と?」
「リンドウの家に来ないってことはそういうことだ。死を司る、なんてそう珍しい属性でもない。対象が別の神になったことにしても、その闘争が影響している可能性だってある。どちらにせよ、神と接触するよりかはここの私と接触した方が安全だ」
「それはそうかも。でも、どうやって探すの?」
「んー、そうね、さっきのコンパスを援用して――」
「!!待て、止まれ!敵の気配だ!」
不意に、ヘクトールがそう叫んだ。凪子はその言葉に即座に槍で地面を叩き、周囲をスキャニングする。斜め前方、林の中に人の気配があった。
「!先輩!」
―ヒュンッ。
軽やかに空を切って飛んできた矢を、マシュが盾で弾いた。直後、その方向の林から獣が複数体飛び出してきた。
「なんだありゃ、猪か?」
「あれは…!魔猪です!数、6!マスター、後ろに!」
「夕御飯になるかな?」
「あんまりお勧めはしねぇぞ!」
ヘクトール、クー・フーリン、凪子は一斉に己の得物を構えた。マシュは藤丸の防護だ。飛び出してきた魔猪の数はマシュの言うとおり6体、大した数ではない。問題は矢を放ってきて、凪子のスキャンにひっかかった人物であるが、後方支援にでも徹したか、飛び出してくる様子はない。
ヘクトールがぱっ、と凪子の方を振り返った。
「春風、奥の弓兵、引きずり出せるか?」
「ん、構わんよ。でも、長らく名字で呼ばれることなくて一瞬呼ばれてんのに気付くの遅れるんでそーろそろ下の名前でオナシャスぅ!」
「お前さん自分の名前だろうが!」
どうやら魔猪は二人で対応できるから、奥の弓の射者の対応を、ということらしい。堅実な対応だといえよう。凪子は了承の言葉を返すと、勢いよく地面を蹴って跳躍した。そのまま木々の上まで飛び出し、上空から弓兵を狙う。
一本の木の上に着地した凪子は、そのまま再び樹を蹴って位置の目処をつけていた弓兵の、少し後ろに飛び降りた。
「!」
弓兵が凪子の気配に目敏く気付いたようだ。逃げられる前に凪子は一息で距離を詰め、その背中を思いきり蹴り飛ばした。
「…ッ」
カラン、と音をたてて弓が地面を転がる。凪子は自分の方へ転がってきたそれを踏み割り、破壊してから蹴り飛ばした人物へと視線を向けた。足首近くまであるマントで姿を隠していて人相は伺えないが、人間体のようだ。
「…弓はただの弓……」
凪子はぽつりと確認するように呟く。踏んだだけで割れたのだ、ただの木製の弓で、何からの宝具といったものではないようだ。
武器を破壊されたその人物はしばらく屈み込んだまま凪子の様子を伺っている。こちらが動いてから動くつもりか。
凪子は黙ったまま、再び地面を蹴った。間合いに入った直後、槍を顔めがけて突き出す。素早く顔をのけぞらせてそれを避けた敵は、凪子の槍を蹴り飛ばして距離をとった。直ぐ様凪子はその後を追う。回り込むようにして追い込むことで、ヘクトールたちの方向へと後退せざるを得ないように誘導する。
相手は途中でそれに気がついたか、チッ、と小さく舌打ちをした。器用に凪子の攻撃を避け続け、反撃の様子がない。手段がないからしてこない―というよりかは、観察されている、という感覚がする。
「凪子!!」
「!」
「どらぁっ!!」
「ッ!」
ちょうどそこへ、クー・フーリンの言葉がりん、と響く。魔猪を倒し終わった、ということだろう。その声に一瞬気をとられた相手の隙を凪子は見逃さず、凪子は相手を思いきり蹴り飛ばした。
「おっ!?」
驚くヘクトールの声が聞こえる。ちょうど他のメンバーの視界に入る程度の距離までは蹴り出せたようだ。
相手は凪子が自分の方へ迫ってくるのを見て、たんっ、と軽やかに高く跳躍した。跳躍の際、蹴られたときに留め具が緩んでいたのか、マントがばさりと脱げ落ちる。
「………あれ…………?!」
木の上に着地し、後ろを振り返った事で見えた相手の顔に、思わず凪子は呆然とした言葉を漏らした。

―――そこにいたのは、凪子その人だったのだ。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス45

「場所に関しては通信でダ・ヴィンチちゃんに聞けば分かることです!今観測してくださってるはずですから…!」
「あ、確かに」
マシュの言葉に、はっ、と二人は冷静さを取り戻す。だがそんなマシュの言葉を台無しにしてしまうかのように、ヘクトールがうーん、と唸った。
「…でも通信したとき、座標が少しずれてるけどイングランドだ、って言ってなかったか?ってことはイングランドなんじゃねぇのか?」
「イングランドならクーリーの牛争いのことをあんなに身近に語るか?」
「…あっ、そういえば大陸は微妙に移動してるんだから、今のイングランドの座標にアイルランドがある……とか……?」
「………そんなに、移動するもんか…??」
「少しずれてるってどの程度よ」
「知らねぇよ」
うーん、と、5人はその場で頭を抱えた。イングランドなのかアイルランドなのか、現状は確認する術がない。
藤丸はこて、と、首をかしげた。
「……というか、場所がどっちかって、そんなに重要なの?いや、なんか、申し訳ないんですけど」
「ン……いや、どうにもここは普通の特異点とも違うみたいだからな。特異点として観測できた場所とも異なる、となった場合、ここは果たして特異点なのか?という問題も出てくる。虚数空間なんてのも通過してることを思うとな」
「…だが正史と異なる異常は起きてるぜ?それは特異点たる特徴でもある」
「だが異常は神々の間でだ。サーヴァント…人の願望程度で神が左右されるとは考えられないから、神々の存在の方で発生した異常と捉えるべきだ。ただでさえケルト神話というのは、後の存在証明が薄い世界だ。神秘性が高い、と言ってもいい。私にとっては現実だが、人間から観測できる現実なのか、それは正直分からない。そうなった場合、ここは君らが今まで解決してきた特異点と同質のものといえるのか……?」
「……………それは…………」
「………とにかく、通信で分かるんなら、通信できるとこまで行こう。召喚サークルあるとこまで戻れば通じるだろ、急いで戻ろうか」
「あ、最初に街を見つけたときみたいに凪子さんのコンパスでもっと広い範囲見れたりとかは?それなら大体分かるんじゃ…」
「……………………………」


凪子はゆっくりと藤丸を振り返り、ピッ、と親指と人差し指をたてた両手を藤丸に向けるのだった。
「そういやその手があったわ」
「お前なぁ〜!」
「うるせぇな疲れてんだよ怒んないでぇ?」
凪子はごそごそと鞄を探り、コンパスを取り出して地面に置いた。
「観測開始。領域拡大、高広域表示」
コツン、と拳で叩いて指示を出せば、さながらドローンが空へ浮かび上がっていく様のように立体映像が展開していった。
映像はどんどん範囲を広げ、やがて海とおぼしき境目が見えはじめた。
「………イングランドじゃないね」
―――そうして見えたのは、アイルランド島の方だった。5人の間に沈黙が流れる。
「…ダ・ヴィンチ達の観測が合っているのか、早急に確認しないとな。急ごう」
一行はヘクトールの言葉に、大きく頷いた。

―――

 「まだ通信通じないの??確かにタラニスの森から近いところは通じなかったけどさぁ、もうちょっと通じてなかったっけ?」
「わかりません、ここは大気のマナも非常に濃いので…!」
「まぁいいか、この林越えたらもうリンドウの森が視界に入る」
行きと同じ道をたどり、森とまではいかないが木々が密集し林のようになっている丘と丘の間を一行は通過しているところだった。行きの段階ではこの林で通信は通じていたはずだが、なぜか回復していなかった。
ざわざわと風が吹く。日は大分地平に近づき、まもなく黄昏時が訪れようとしていた。
「まぁ、このペースなら日没までには戻れるだろ」
「……あの、場所の話になる前の話なのですが………もし仮に、特異点の起点がダグザであったとしたら、それは戦争を起こしうる神なのですか?」
ふ、とマシュが話題を戻してきた。唐突に凪子が場所を気にしたために頓挫していた話題だ。
あぁ、と、凪子は思い出したように呟く。
「…んー……私の知る限り、彼は戦争を好む神じゃないし、正直ダグザが、というのは個人的には考えられないことなんだが……少なくとも、彼が何かを為そう、とするならダーナ神族はよほどの事情がない限り味方するだろうし、まぁ、敵対する神も勿論いるだろうな、というのはある」
「ダーナ神族が戦う相手といったら、フォモール巨人族か?」
「ダグザも戦った相手、という意味ではそうだな。ま、ダーナ神族を追い出したミレー族という可能性もある。…まだ分からないけど」
「ダグザではない、と?」
「そんな風に誰かにそそのかされるようにも、過去を改修したいというような願いを持つようにも見えないってだけさ。大体、何かを為したいなら自力でできる実力者だ。…ただまぁ、それはどの神にも言えることだから、分からん」
「そうですか…」
「タラニスは下手に関わったら死ぬ、みたいなこと言ってたけど……」
「そりゃそうだろうなぁ、タラニスは神性が低い方だ。神話サイクルで語られる神々はもっと神性が高い、側にいるだけで生命に異変を来してもおかしくない奴等だ」
凪子の言葉に、藤丸とマシュはうーん、と唸った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス44

「キャスター、お前さんはずっと黙っとるが、お前さんも何か心当たりは?」
「………ん?あぁ、いや、アルスターサイクルはそもそもそう神が登場しない。神々の間で戦争が起きていて人間世界に影響が出ないとは考えられないしな、間違いなく異常だろう。…というか、俺の死んだ後の時間だから、俺よりそいつの方が確かだろ」
クー・フーリンは何か考えていたのか、ヘクトールの言葉に僅かに遅れて反応した。そしてすぐに肩を竦めてそう言ったので、ヘクトールもそれもそうか、と何度か頷いた。
「…しかし、なんだって戦争なんざしてるんだ」
「さぁー……というか移動しながら話そう、いつまでも森の近くにいたらタラニスにキレられそうだ。一度リンドウのとこ戻ろう」
「あ、はい、そうですね」
凪子の言葉に一行はいそいそとタラニスの森から移動を始めた。日は大きく西に傾きはじめているが、召喚サークルを設置した場所までは日が沈む前に戻ることができるだろう。
先導して歩きながら、凪子は視線だけ後方に向けた。
「今までの特異点の異常、っていうのはどういう形で起きてたんだっけ?」
「大体が聖杯の力に起因するものです。魔術王に選ばれた…というのでしょうか、何らかの人物の願望を糧に顕現していることが多いです」
「聖杯、ねェ。……神が人間の作った程度の願望器を利用するかな……」
凪子の言葉にヘクトールが渋い顔をしたのが見えた。ヘクトールもそこが引っ掛かっている、ということなのだろう。
話をざっくり聞いた限りでは特異点の起点となる要因は概ねサーヴァントの願望であるようだった。
「この時代にはダグザの大釜があるだろう、あれをベースにしてるんじゃねぇのか?」
「なんだお前、ダグザの釜見たことないのか?あれは無限の食料供給を行う釜であって願望器とは違うし、基本お粥しかでない」
「お、お粥?いや、それをベースに聖杯に改造してるのかもしれねぇって話だ」
クー・フーリンの意見に凪子は僅かに眉間を寄せた。
ダグザのことは関与したことがあるので、凪子もよく知っていたからだ。
「……ダグザは人間に手出しできるような存在じゃない、いや、神であってもだ。ダグザの大釜を聖杯に改造しよう、なんてことが起こりうるのなら、それはダグザが犯人である場合だけだ。そしてダグザが敵なのだとしたら、悪いが勝ち目はほぼないぞ」
「……そんなにか」
「ダグザ…トゥアハ・デ・ダナーン、ダーナ神族の最高神とされる神ですね。大釜が有名ですが、生と死の両方を司る棍棒を持つ、とか。しかし温厚で寛大な神であると語られていたと記憶しています」
マシュの言葉に凪子は頷く。その評論に概ね間違いはない。
「そうだな。人のいいおじいちゃん、って感じの神だ。だが温厚だからといって弱い訳じゃない、蛮勇を誇る神でもある。なんていうかな、あいつは[えらく器用]なんだ。それこそ、タラニスや光神ルーレベルを相手にするより骨が折れるぞ」
「…!」
「………………………ん??あれ?」
凪子はそこまで語ったところで、ふと、神話に頭を回しているところであることを思いだし、足を止めた。唐突に止まった凪子に、四人は不可解げに足を止める。
「なんだ、今度はどうした」
「…………ぽやぽやとしか地理は覚えてなかったからあんまり気にしてなかったんだけど、アイルランドとイングランドって場所違う??」
「違うに決まってンだろ、別の島だ」
「………ダグザやクー・フーリンが出てくるケルト神話の神話サイクルもアルスターサイクルも、“アイルランド神話群”だ。でも確かこの特異点、イングランドに反応あったよな?どういうこと??」
「……………あっ。確かに…えっ?」
―――そう。ダ・ヴィンチらが指し示していた特異点は、イングランドにあった。アイルランドではない。当たり前のように凪子は神話を語り、クー・フーリンもあまり否定しないで聞いていたが、正確にはその島は異なるのだ。
ここがアイルランドであるなら問題はない。だが特異点があるはずなのはイングランドだ。であるなら、レイシフトが成功しているのかどうか、というのが怪しくなってくる。
クー・フーリンも思い出したかのように眼を見開き、すぐに思案の表情を浮かべた。
「…そういえば特異点が発生したのはイングランドだったな。別のこと気にしてたから話半分に聞いてたが…確かに、そうなると位置関係がおかしくなってくる。タラニスはどうなんだ?」
「タラニスは確か、神話サイクルに該当する神話では語られてはいないんだ。ガリアやブリテンニアに信仰が残る、という程度だ。ブリテンニアの範囲にはイングランド…えーと、グレートブリテン島だっけ?は一応含まれてるから、イングランドなのはおかしくはない」
「ちょっと待て、じゃあ過去のお前はどっちにいたんだよ?道があってるってことはお前の記憶通り、お前がいた場所なんだろ、ここ」
「分からん!!」
「「はァ!?」」
堂々と分からないと言い張った凪子に、クー・フーリンとヘクトールは同時に驚愕の声をあげた。額に青筋を浮かべるクー・フーリンを、さっ、と凪子は制止する。
「言い訳させてくれ。まず第一に、ケルト神話において海は死の世界への境界だった。だから私が海を越えたのは大分後だったし、神々がそこをどう移動してたのか、移動をそもそもしていたのかも分からない。第二に、私が海を渡ったあとは確かに大陸についたが、その当時は地図がなかった。だからどこから出てどこに上陸したのかも分からない。第三に、ここの記憶は確かにあっているが、じゃあここがイングランドかアイルランドかという判別を私は知らないしすることはできない」
「…………確かにそうだけどな、悪いがアイルランドとイングランドは別物だ。そこがあやふやなままはよくねぇだろ」
「だったらもっと早く言ってよー!?」
「うるせぇなテメェとイレギュラーに気を張ってたからそれどころじゃなかったんだよ!」
「お、お二人とも落ち着いてください…!」
ぎゃーぎゃーと言い争う二人に慌ててマシュが仲介に入った。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス43

「…………え、あれ?」
「おうっ」
藤丸の呆けた声に一同がはっ、と我に返れば、何故か一行は森の入り口に立っていた。思わず凪子も驚きに声をあげる。
タラニスの領域から追い出されたのだろうが、全くその予兆に気付かなかった。タラニス自身の能力というよりかは、神性のその神の領域、フィールドでの影響力は多岐に及ぶ、ということなのだろう。
凪子はちら、と森を振り返ったあとに、藤丸に向き直った。そして、にっこり、と、わざとらしい笑みを浮かべる。
どたばたで忘れていたが、凪子には一つ頭に来ていることがあったのだ。
「一時間たつまで来るなと。ランサーが。言ってたよねぇ???」
「えっ?あ、…で、ですが、」
マシュと藤丸はその事に言及されると思っていなかったようで、凪子の言葉に驚き、戸惑ったような表情を浮かべていた。
凪子は何か言おうとするマシュを、持っていた槍の柄頭で地面を思いきり叩いて音を立てることで黙らせた。
「あの短時間で来れたってことは、犬の視界が消えた直後にあの岩場を離れただろう。つまり君らは、ハナから約束を守る気はなかったわけだ」
「!そういうわけでは…!」
「あ?じゃあなんですぐに来たんだよ。私のいうことを聞かないのはまだ分かる。だがランサーの言葉すら無視するというのは、あまりに信用がないんじゃないか?」
「!」
凪子の言葉に、なぜかヘクトールの方が驚いた顔を見せる。その驚きを見るに、ヘクトールもヘクトールで最初から言うことを聞くとは思っていなかったようだ。だから疑問も怒りも彼にはないのだろう、と判断して、凪子は大きくため息をついた。
「ランサーは恐らくはお前のその性質を考慮して、まずい時は宝具を使う、とも言った。お前はそれすら待たなかった。それはお前のサーヴァントであるランサーですら、信用も信頼もしてないってことだろう?」
「そんなことない!」
「お前の気持ちや本心がどうこうなんてのはこの際どうでもいい。お前の行動はそれを私に証明した、って話をしてるんだ、凪子さんは」
「!」
「オマケにぼかすか宝具使いやがって。慎重さもクソもなければ、別行動した意味もお前に気を使った意味もあれこれ戦略を考えたのも全部無意味だ。……もう少し合理的な判断くらいできると思ったんだが、買い被りすぎたか」
はぁ、と凪子はわざとらしくため息をついた。マシュと藤丸は落ち込みつつも、どこかむっとした表情を浮かべていたので、自分の行動を間違いだとまでは思っていないのが簡単にうかがえた。
それを悪い悪くないを語るつもりは凪子にはないが、今後もそれに付き合うのは面倒だな、と再びため息をついた。
「…あー、と。マスター、確かに俺も、今回ばかりはちょいと軽率だったとは思うぜ。それがお前さんの良さだと思っているから怒りはしねぇけどな、結果よければ全てよし、って訳じゃあないんだ。こちらは春風以外宝具も出しちまった、それは確かに痛手ではあるぜ」
「ヘクトール…」
どよ、と重くなった空気を吹き飛ばすように、ヘクトールが口を開いた。藤丸らもヘクトールの言葉の方が素直に聞けるのだろう、拗ねたような色が僅かに揺らいだように見えた。ヘクトールは槍を肩に担いで、凪子の隣に立った。
「それと。信用をしていないと証明してしまった、ってこいつの言葉はもっと重く捉えた方がいい。相手のウィッカーマンの攻撃と、キャスターを狙った攻撃、それは春風の記憶と機転がなければ防げなかった可能性だって高い。春風がカルデア側についているのは利害の一致と本人は言うが、ぶっちゃけお前さん、ここにレイシフトで来れてしまったんならもうカルデアの力は特別必要ないだろう?」
へら、と笑うヘクトールに、凪子は少し考えたのち、肩を竦めた。
「…戦力として頼りにしている、ということはほとんどないというのはまぁ確かだな。ま、私の前で死なれると寝覚めが悪そうだから生者は守ってやろう、くらいには思ってるけど…」
「だろ?なら、春風が俺たちを手助けしてくれてんのは一重にこいつの好意に過ぎない。仲良くしろ、って話じゃない、そのつもりはこいつにもないようだからな。だが、一緒に戦う気もない、と示しちまうのはよくねぇだろ。あ、まさかマスターその気だったか?そりゃあ汲み取れなくて悪かった、」
「そ!そんなことはない!!」
「………………」
「なら、春風の思いも汲んでやらねぇとだろ。こいつはこいつで、お前さんに危険がないようにと動いてくれてるんだから」
「それは………確かに、そう、です」
「……………、ごめんなさい」
マシュと藤丸はヘクトールの言葉に納得したのか、しょんぼりとそう言って頭を下げてきた。それを確認して、ヘクトールも凪子に向き直る。
「…すまねぇな、春風。俺の判断も甘かった。今回の不手際は俺の対処ミスだ、俺はマスターの質を知ってたわけだからな。そういう訳で、マスターへの怒りはとっさけでくれねぇかな」
こうも謝られてしまっては、いつまでも一人腹を立てているわけにもいかない。凪子は深々とため息をついた。
「………まぁ、別にいいけどさァ。すぐ変わるようなもんでもないだろうし。ただ、ここで発生している異常が人間の出来事ではなく神々の出来事である以上、私がカバーできる限界ってものがある。信用しないでもいいし好きに動くのもいいけど、それで死んでも自業自得だからな、人類背負ってる自覚あるなら多少は先達のいうことに耳を傾けろ。お前が死んだところで私は別に人間を助けようとは思わんからな、そこまでの義理も情もないし」
「あぁ、すまねぇな。っと、神々の間で戦争が起きているっつってたが、それは正史にないことなのか」
ヘクトールの言葉に凪子は頷いて返す。話題が本題に戻ってきた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス42

「で?」
「んっ?」
「何故貴様が、わざわざ、人間の使い魔なんぞの容を取ってまで人間の味方をしているんだ、という話だ。オマエ、一人の人間を死なせないためだけにオレを殺せる程度の力はあるんだろう?利害というが、一体何の利があるというのだ?」
タラニスの言葉は、心底不思議そうな響きを持っている。そもそも彼に、人間の為に何かをする、なんて発想がないからなのだろう。
凪子はふぅ、と息をはいた。
「さっきあの子が、世界が崩壊しそうになっている、って言っただろ。でも実際はもうとっくに崩壊してんだ。どうやら魔術的な仕業らしいんだがな、とにかく、全世界が燃えて、すべての生命が生き絶えている。私を除いて」
「…!」
タラニスはぴくり、と僅かに反応を示した。死を司る立場だ、すべての生命の死というのには興味があるということなのだろうか。
ちら、と、藤丸達の方になんとなしに視線をやると、マシュや藤丸は暗い顔をしていた。そういえば外の世界の様子を聞きたがっていた、と誰かに聞いたような気がする。知っていたことであるだろうが、当事者の口から語られる重みは違うということだろう。
凪子はタラニスに視線を戻し、ヘラ、と笑った。
「さすがにそれは退屈でなぁ。燃えてるのは鬱陶しいし、楽しみもない。だがその状況で私に助けを求めてきたやつがいた。だからそいつを助けようとしているし、その為に人間の手助けもしてる」
「ふん。存外貴様は人間臭い思考をするのだな」
「生憎、今の私は神よりも人間の方が付き合いが長い。似る部分があるのは仕方なかろう。お前さんにとってはつまらなく見えるかもしれないが、得体の知れないやつに居住環境を好き勝手されるのも癪だろ?」
「…確かに、それはあるな。その為なら何でも利用するということか」
「ま、そういう見方もある。私は器用だが万能を自称するほどでもないからさ、できないこともまだあるし、できないなら素直にできるやつの力を借りるって訳だ」
「ふん…………」
タラニスは凪子の言葉を聞くと、僅かに目を細めてしばし黙った。何を考えているのかは分からないが、じ、と目を見つめてくるので逸らすに逸らせずその目を見返すしかない。
気が済んだのか、タラニスは不意にブスブス、と遠慮せずに指で凪子の頬をつついてきた。
「聞いていた話よりかは随分人間臭いが、思慮深くもなっているな。ハリネズミのようなモノだと思っていたが、知性はあるらしい」
「誉め言葉として受け取っておくとしましょ」
「しかし、さっきの話振りでは貴様は貴様の主を認知していないようだが、それでも助けてやるとは随分とオヤサシイことだな?」
「ちょいと原因解明にも行き詰まってたんでね。仮に、その雇い主も彼らも私の敵だと判明したなら、そのときに倒せばいい訳だし」
「…成程な。性質は変化すれど本質は変わらず。多くの時を過ごした果てであっても孤独であることに変わりないということか」
「!………」
ピクリ、と、今度は凪子が反応を見せる番だった。
身体が跳ねてしまったので、じとり、と恨めしげにタラニスを睨めば、タラニスは楽しそうに歪んだ笑みを浮かべている。いたずらが成功したとでも言いたげな顔色だ。
タラニスも凪子の記憶より思慮深く頭の回る存在であったと認識を改めていたところだったが、それに加えて物凄く性格が悪い、も付け足さねばなと凪子は内心毒づいた。
「……オアイニクサマで、そちらと違って同類も同位体もいないんでぇ〜」
「ハッ、言うじゃあねぇか。まぁいい、成程良く分かった。なかなか興味深かった」
「!なら、なんか見返りくれるの?」
タラニスは凪子がわざとらしく言った言葉を鼻で笑いながらも、身体を起こしながらそう言ってきた。良くは分からないが、彼の欲を満たすだけの話はできたらしい。
期待半分でそう問い返せば、タラニスはにや、と笑った。
「神々の間で何が起きている、と貴様は言ったな。戦争だ」
「!」
「オレはまだ直接参戦はしていないがな。徴集はされている、今は待機期間だった。お前らを最初に疑ったのは、その敵方の奴等の使い魔じゃねぇか、ってことだな」
「……戦争、なんて言い回しをするということは、大規模なのか」
よいせ、と起き上がり腰布とマントについた土やら何やらを払っているタラニスに、凪子は後ろから問い掛ける。タラニスはぐ、と首だけで後ろを振り返り、凪子の方を見てニヤと笑った。
「そうさな。ま、単なるいさかいでないことは事実だ。かの戦争を彷彿とさせるような面々だからな、面白そうだから早いとこ参戦したいところなんだが」
「お前さんは確か戦争も司ってたろう。なのになぜ待機してる?」
「単純な話、それ以外の役目があるからだ。だから今は人間なんぞに構っている暇はない。それは他の奴等も同じだろうな。異常とやらを探るのは勝手にすりゃあいいだろうがな、生きたい気持ちがあるならこちらの領域に首を突っ込まねぇことだな、皆気が立ってるからわざわざ気には止めねぇぜ」
タラニスはそう言うとふいと首を戻し、そのまま凪子の返答を聞くことなく森の中へと消えてしまったのだった。
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