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我が征く道は31

「(おっ?)」
家を出て、とりあえず今日はさすがにないじゃろ、とホテルに向かおうとしたところで、再び武器がぶつかり合う音が聞こえた。音のした方角は玄関の方からだ。
凪子は噛み砕きかけた飴をそっと舌で転がし、そちらへと回った。
 「(あら凛ちゃん。あぁそりゃさすがに気が付くよね、彼がまた狙われることくらい)」
そこにいたのは凛とアーチャーだった。セイバーとアーチャーが向き合っているが、どうにもセイバーの様子がおかしい。
「シロウ!どういうつもりですか!」
「(…ん?あぁ、令呪か。え、もう使ったの?マジ?あぁ分かってないんだろうな…襲いに行く前に説明してあげようぜ…)」
何やら揉め事の気配を察した凪子は、その場から早々に立ち去ることにした。凛がいるなら、かつ命を助ける程度の顔見知りであるなら、凛がどうにか世話するだろう。セイバーも令呪で止められてしまったのならば、早々また戦闘にはなるまい。
飴のルーン結界はそうはもたない。幸運値が高いというのは、勘がよいというのもあるようだし、千里眼もちのアーチャーに、いつバレるかも分からない。
凪子はたんっ、と地面を蹴り、そこから離脱した。
「(…あ、でもマスターが新たに出たってことは、監督役のとこ行くだろうな……。…、ついでにあの教会に、少し探りいれてみるか。来客時の方がまだ隙があるだろうし)」
そうしてある程度の距離をとったところでふ、とそうした考えが浮かび、今まであまり手を出してこなかった教会に行ってみることにした。

凪子は、できるだけ監督役には近付かないでいた。監督役がただの人間であるならここまで警戒しなかった(正確には、する必要がなかった)のだが、この監督役がこれまた非常に厄介だったのだ。
まず、監督役の分際で、聖杯戦争のマスターでもあった。色々その時点で突っ込みたいことはあるのだが、それに加えてその男は第四次聖杯戦争で遠坂時臣を裏切ったマスターその人でもあったのだ。おまけに、この監督役の所属する教会は、第四次聖杯戦争で被災した子どもの養育を請け負った教会でもあるのだが、その子どもたちの公的な記録が何一つ無い。つまり、全員行方知れずになったということだ。だがそれが表沙汰になった記録すらない。そして何より、教会にある人間の気配。人とは言いがたい、人にしては魔力の保有量がおかしい“何か”がいる。その上で、それ以外の、吐き気すらするような魔力の塊の気配が、僅かに感じられていた。

相当に、胡散臭いのだ。警戒するなという方が無理である。それゆえさしもの凪子も後回しにしていたのだが来客、それもマスターが二人も来るとなれば、彼の注意は間違いなく二人に向くだろう。調査するには絶好の機会だ。
「……これで腕が動けばなぁ………」
少し不安があるとすれば、呪いで動かぬ左腕。別に死にはしないし、負けもしないのだが、監督役を殺したり、聖杯戦争の邪魔をしたりしたいわけではないから面倒なのだ。監督役に何かあったとなれば魔術協会だのバックが黙っていないだろうし、狙ってくる敵が増えるのは凪子にとっても芳しくはない。
「…まぁどうにでもなるだろ!」
とはいえ、気にしたところでなるようにことはなる。凪子はケロッとしたようにそう呟くと、迷わず教会に向かっていった。

 凛達が到着してからでないと中に入り込むのは避けたいところであるとはいえ、その時間は限られている。出来ることはしておく方がよいだろう。凪子はぴょんぴょんと電信柱や木々の上を跳ぶように移動し、20分程度で教会近くにたどり着いた。
「…相変わらず吐き気がする魔力纏った教会よのう…どうやったらこうなる」
一先ず凪子は自身の姿を消すための結界の準備をすることにした。先程の飴ではさすがに弱い。教会にそれらしい結界はないとはいえ、魔術工房のように設計されていたとしたらすぐに関知されてしまう。
凪子は、がり、と親指を噛み、少し血をだした。それを額にあて、小さな模様を書く。
「“水面に写った月姿 掴まんと伸びる猿の腕”」 
二節の詠唱。アルジズのルーンを、一体限定の結界状にする呪文で、凪子は自身の気配を可能な限り消した。

我が征く道は30

「(っしゃー!!!2度目ボルクきたーー!!)」
先程までの興味の薄さはどこへやら、凪子はルーンを強めるためにも飴を二個、口に新たに放り込み、僅かに身を起こす。
セイバーはアーチャーと違い、まだランサーの正体にまでは気が付いていないようだ。だが、セイバーはどうやら幸運値が高いらしい。マスターである士郎がガバガバすぎるので凪子でもそのステータスを知ることができた。
凪子にしてみれば意味が分からないのだが、こと聖杯戦争において一番重要なのがこの幸運値らしい。
「(そう思うとぜってぇランサー幸運低いだろうな。人生もそうだし、マスターのことを思ってもねぇ…)」
「ゲイ―」
ランサーが、動く。放たれた槍は、心臓とは検討違いの方向を向いている。
が。
「――ボルク!」
真名を開放した直後、槍は不規則な動きで突如セイバーの心臓へと方向を変える。
「!!」
本来ならば気付くようなものではない。気付けるようなものではない。
だが、セイバーは直感かなにかか、説明のつかないものでそれを察したか、直前でそれを弾き、槍はセイバーの肩に突き刺さった。
「うっそだろ?!」
思わず凪子は声をあげてしまったが、それと同時にランサーが槍を振り上げ、セイバーを投げ飛ばし地面に叩きつけたのが同時であったため、その声が誰かに聞かれることはなかった。
「………躱したなセイバー。我が必殺の一撃を」
凪子は反省を込めて自分の口を手で塞ぐ。そして、セイバーに対しそう言ったランサーの表情は、怒りでか歪んでいた。避けられたといっても、呪いを込めた攻撃はそれなりにセイバーに負傷を残している。

そうだ。本来、因果を逆転させる呪いを持つランサーの宝具は躱せるような代物ではない。
それが避けられたということは、その呪いをはね除ける、あるいは上回る何かをセイバーが持っていたということだ。

だが、アーサー王にそんな能力はないはずだ。少なくとも、凪子が知る範囲で、そんな便利な能力はない。精々水の上を歩けるとか、そんな程度だ。
「(……っ、だから幸運か)」
思い当たった可能性に、凪子は心の中で小さく毒づいた。

サーヴァントは英雄を人間が使役できる“もの”に格下げしたもの。故にステータスも、召喚者や召喚された土地に酷く影響を受ける。
つまりこういうことだ。セイバーは、幸運値が高い。つまり、“運よく因果を逆転させるほどの呪いを避けた”ということだ。

「(…つっまんねぇえ〜!!なんで幸運とかよくわからんステータスあったり知名度とかがステータスに影響すんのかと思ったらそういうことかい…!サーヴァントの能力は人間にめっっっちゃ影響されるって訳ね、はいはいはい!!そりゃ、あのクソジジイが御三家にいる程度の魔術師が作った術式だもんな、ショボくて当然か!!)」
相当に落ち込みながら、またまたかなり失礼なことを思い描いている凪子であった。
凪子が落ち込みもがいている間に、ランサーには帰参命令が下されたらしい、ランサーは槍を担ぎ、セイバーに背を向けていた。
「あぁ、追ってくるのなら構わんぞセイバー?ただし―その時は決死の覚悟を抱いてこい」
宝具が自分の能力以外のところで妨害をうけ、結果としてかわされたことがなかなか頭に来ているらしい。ランサーはライダーの時のような台詞を残しながら、だがライダーの時にはなかった殺気をセイバーに向け、塀を飛び越え姿を消していった。
「(お前さん、マスターといい今回の宝具といいどんまいすぎるよ、強く生きろよ…)」
凪子はそんな風に立ち去るランサーを、ぐっ、と親指をたてて見送った。
そしてセイバーにはやはり興味がないので、早々その家から立ち去ることにした。音をたてないように、ランサーと同じく塀を飛び越えた。

我が征く道は29

「(うーーわーーー!!出たーー!!当時から『それで男装できてるつもりなら本人も周りも目おかしすぎない??どうしたの人間??大丈夫??』って思ってたアーサー王ーー!!!!)」
口には出さないものの、物凄く失礼な事を脳内で叫ぶ凪子。
その少女、アーサー王、正しくはアルトリアは、きっ、とランサーを見据え、襲い掛かった。

凪子は最初に“現れた”ところがケルト民族の住まうアイルランドであったことから、主要な活動範囲が長らくその近辺であった。だから、アーサー王伝説の時代にも近くにおり、本物を見たことがあった。
明らかに女子。決して破格に強いとはいえない力を魔力放出カバーして、国の中で生きることではなく、国のために死ぬことだけを考え、行動することでようやく人の上に立っていた少女。

凪子のアーサー王への印象はそんなものだった。だからこそ、円卓の騎士に離反されたときも、息子が反旗を翻したときも、同情心が湧くことはあれど「まぁそうなるわな」と思い、その戦いや最期を全て見届けたいと思うほどの興味は抱なかった。
周囲の期待と都合を押し付けられた少女。それをよしとして生きるだけならまだしも、それが自分自身のあるべきあり方だと信じて疑うこともせず、都合よく捨てられた王。
『人はな。人としての生き方を捨てたら最後、人としての死を得ることはできない』
それを言ったのは件の友人だったかはたまた別のだれかであったか。
ああまさしくその通りで、彼女は人を捨て王になろうとなんてしたからこそ、道具に成り果てた。
王とは、人がなるものであるというのに。
彼女はそんなことにも気付かなかった。

「(相変わらず見た目は小娘のまんまだなぁ。それに、どうにもランサーやライダーと違うものを感じる…英霊じゃない。だけどアーサー王レベルが英霊にならないとは思えないんだがな…。英霊っぽさを感じないと言えば、アーチャーもだけど…)」
凪子は激しくぶつかる二人の戦闘をぼんやりと見ながらそんなことを考える。よほどアルトリアに興味がないらしい。
「卑怯者め、己が武器を隠すとは何事か―!っちぃっ!」
アルトリアもアルトリアで、手にしたなにか―不可視化されたエクスカリバーであろう―で、憤るランサーの言葉もろくに聞かずに攻撃を仕掛ける。
「(全くだ)」
凪子はランサーに同意しながら戦闘に意識を戻す。ランサーは武器が見えないというのによく攻撃に対応しており、若干押されてはいるが損傷はまだない。
ガィン、と一際派手な音がして二人が離れた。
「どうしたランサー、動きを止めては槍兵の名が泣こう。そちらから来ないのであればこちらから行くが」
「その前に聞かせろ。貴様の武器、それは剣か?」
「さぁな。剣かもしれんし、斧かもしれん。または弓ということもあり得るぞ、ランサー」
「はッ。ぬかせセイバー!」
「(大体なんなんだよインビジブル・エアって。ズルいだろ。いやそりゃ聖杯戦争を思えばあんな見るからにネタバラしな剣出せないかもしれないけどさ。つまらんなぁ)」
再びぶつかった二人をよそに、凪子はまたそんな思考に意識をやった。

聖剣、エクスカリバー。
これほど有名な剣も、そうはあるまい。
アーサー王に興味のない凪子にとって、イギリスどころか遠く離れた地域でもなぜアーサー王伝説がそれなりに有名なのか分からない話であるのだが、とにもかくにも非常に有名だ。
聖杯戦争は名前を隠すことこそがその醍醐味だ。だからこそ、彼女がその剣を隠すのも道理であろう。道理ではあるのだが、つまらないものは仕方ない。
「(…んっ?)」
ふと気が付くと、再び戦闘が止まっていた。ランサーが槍の穂先を下に構えている。
「(もしかして??)」
ぞわり、と。
大気のマナが沸き立ち、ランサーの槍へと集まり始めた。

我が征く道は28

「やれやれ…と」
凪子は警備員二人を部屋へ戻し、校庭の戦闘跡の隠滅をしに来た魔術師達にバレないように校舎を抜け出た。ふぅ、と息を吐き出し、ぐるぐると同じ姿勢でいたために固まった筋肉を解す。
「……さぁて次はどうするかね…あの少年でも張ってようかなぁ。多分今夜中にまたランサー来るだろうし…誰かに見届けられるのも悪くあるまいさ」
凪子はそう言うと、しばらく学校の近くに待機し、士郎がふらふらと出てきたところを少し距離をおいて後を追った。

 「あらま立派なおうち」
士郎が入っていった屋敷を見て、凪子はそんな風に呟いた。士郎の家は凛とは対照的な、立派な武家屋敷だった。侵入する前に、念のため結界の類いを確認するべく塀に手を当てる。
「………」
日本の家屋は風通しがよく、あまり魔術には向かない構造をしている。侵入者関知の魔術が仕掛けられているが、それの通知は非常にアナログ的に作られているようだった。
庭にある土蔵には、召喚陣の痕跡もある。ただ召喚には使われたものではないらしい、恐らく士郎の親かなにかが過去に利用したものが残っているのだろう、と凪子は判断した。
「…ん、この程度の防壁なら誤魔化せるかな」
凪子はごそごそとポケットを探り、キャンディドロップの缶を取り出し、片手で器用にそれから1つの飴を取りだした。そして飴の表面にアルジズのルーンを刻み、口に含んだ。
ルーンの効果が、舌を、味覚神経を、魔術師でいうところの魔力回路のような凪子の体内の器官を通って、全身へと広がる。ランサーがライダー戦で用いたルーンの結界、それと類似した方法だ。
継続期間は飴を口にふくんでいる間だけだ。凪子は予め複数の飴を用意し、懐紙で包んで取りやすいところにしまってから、ひょい、と門扉に飛び乗った。
結界は、反応しない。
凪子はよしよし、と小さく頷きながら、家の様子も伺えそうな、庭の木の後ろへと位置取った。

それから少しして、屋根に音もたてずに何かが降り立った。
「(ほーらやっぱり……)」
それは、ランサーだった。つまらなそうに屋根の上を歩き、家屋の中の気配を探っている。
それと同時に、発動した感知結界がガランガランと音をたてた。
「ったく、うるせぇ」
ランサーはつまらなそうに毒づき、ふっ、と姿を消した。少しして、どたんばたん、と人が転がるような音がする。
凪子はあーあ、と思いながら、ご愁傷さまですとでも言いたげに手を合わせた。
だが。
「ぃっ!!」
「!」
丸めた紙を手にした士郎が、ガラス戸を突き破って庭に転がりでた。そして攻撃を予想していたのかたまたまなのか、起き上がりざまに手のそれを振り、追撃してきたランサーの一閃を辛うじて弾いた。
ランサーは意外そうにそれを見たが、意外だったというだけで、さして気にした様子もなく士郎を蹴り飛ばした。
軽く士郎の体がふっとび、土蔵の前まで転がされる。士郎の目的は土蔵だったのか、ランサーを気にしながらも士郎は土蔵に転がり込んだ。
「…」
ランサーの表情は非常につまらなそうだ。凪子の存在には全く気がついていない。
ランサーはそのまま焦る様子もなく、土蔵へと入っていった。
「(…あの土蔵、召喚陣がある…。帰ってすぐ行かなかったことを考えれば、恐らくあの少年はその存在を知らないはず。ここで召喚できるだけの強運の持ち主なら、彼は間違いなく“アーサー王”を召喚できる……!)」
ごくり、と凪子は唾を飲み込む。その顔には笑みすら浮かんでいる。

普通であれば、ここでそう都合よくサーヴァントを召喚できる“はずがない”。
だが、そうした有り得ないことを為し得るのが人間という種族だ。
可能性が0でない限り、人間は奇跡を起こす。

「……!」
少しの沈黙の後、莫大な魔力が突如として土蔵に沸き起こる。
「…マジかよ」
思わず凪子は隠れていることも忘れ、ぽつりと呟いた。
直後、何かに弾き飛ばされたかのようにランサーが土蔵から飛び出し、後を追うように土蔵の入り口に、甲冑姿の少女が姿を見せた。

我が征く道は27

「なんだってアンタが……!あの子に明日からどんな顔して会えばいいっていうのよ…!」
「(ん?知り合いだったのか)」
凛の嘆きを、凪子は冷静に観察する。どうやら士郎と凛は顔馴染みであったらしい。
凛は両手で顔を覆い、しばらく天を仰いでいたが、ふ、と手のなかで目を開き、顔と手を下ろして士郎を見下ろした。
「…まだ手はある」
凛はそういうとポケットに手を突っ込み、あるものを取り出した。赤い宝石のついたネックレスだった。細いシルバーのチェーンに吊るされたそれは、月の光を受けてキラキラと輝いている。
「(!)」
凪子は、それに見覚えがあった。
見てくれだけではない。流石にそこまで記憶はできない。その宝石の大きさに不釣り合いな、それに籠められた莫大な魔力量と、その魔力が誰のものであるかが相まってである。
「(あれいつだか時臣に売ったやつだ。魔術の修行を終えた凛ちゃんにあげるっつってた…他の石よりはるかに魔力の貯蔵に適するように、細工したやつ。オイオイまさか)」
凛はそれを、士郎の傷の上に垂らした。ぶつぶつと何か呟いた瞬間、宝石が光を放ち、凪子は思わず目を閉じた。
光が収まったくらいで目を開ければ、非常に弱まっていた士郎の鼓動が回復し、傷が塞がっているのが分かった。
「(……あらー……致命傷治しちゃったよ………あの宝石の魔力量があったからとはいえ、意外とすんごいのね凛ちゃん……)」
凛は士郎の傷が治ったことを確認すると、ぽとりとネックレスを落とし、何も言わずにその場を立ち去った。
凛の気配が完全に遠ざかったのを確認してから、凪子はルーンを解き、士郎の隣に立った。

「…死なせておけばいいものを」

そうして、ぽつり、と残酷な言葉を口にした。
「ランサーは宝具発動を中止してまで目撃者を殺しにかかった。聖杯戦争のためには、そこまで徹底した秘匿が必要だということなんだろうよ。ここで生き返らせたところで、この生存が知れればまたランサーは殺しにくる。殺しにくるしかない。確かにこの少年にはマスターの素質があるけども、その次までに召喚できなかったらまた殺される。…ちょいと無責任じゃないかねぇ…アーチャーも指摘してやればいいのに」
凪子はそう呟いて、はぁ、とため息をついた。
と、その時、階段の方からバタバタとかけ上がる足音が聞こえ、そちらに目をやれば顔を真っ青にさせた警備員二人の姿があった。
警備員は凪子の足元に倒れている士郎を見、警棒を抜いて凪子に懐中電灯のライトを向けた。
「お、お前っ、何をした?!そこを動くな!!さっきの校庭の乱闘といい…っ!」
「あれま!やっぱりなにもしてなかったんかーい。ランサーにバレなくてよかったねぇお二方」
「何をいっている?!」
「…ランサー、口封じ殺しはつまらないって言ってたしなぁ…。…、彼自身それが都合いいからとはいえ、なんだかんだ見逃してもらってる恩があるし………あのアーチャーも気になるからペナルティ食らったりしても困るし…しゃーない、ここは彼らのために一肌脱いであげますかァ」
凪子は不作法にも士郎の身体を跨ぎ、警備員の方へと歩き始めた。
どうやらが凪子が士郎を殺したと思っているらしい、警備員はなにやら喚きながら必死に警棒を振り回している。
凪子は、ふっ、と息をはいて、強く廊下を蹴った。一瞬にして二人との距離をつめ、右手の掌を片方の警備員の鳩尾へと叩き込んだ。前に出た左足を軸に勢いをつけたその攻撃に、警備員は一打で倒れた。凪子はそのまま重心を右足へと移し、凪子の背面側にいたもう一人の腹部めがけ、ぐるりと身体を回転させて左足の膝を回し蹴りの要領で叩き込んだ。こちらの警備員も同じく昏倒する。
一息の内に二人を気絶させた凪子は、ぺろり、と指をなめ、二人の額に軽く唾液をつけた。
そうして倒れた二人の間に立ち、ぱちん、と右手を鳴らした。瞬間、凪子を中心にシンプルな青色に光る魔方陣が広がる。
「“その瞼に雛罌粟を 刹那の夢には櫟の実 貘は毒に蝕まれ 揺らぎ揺らめき露と消え”」
四節の言葉を歌うように口にする。魔方陣が形を崩し、そこから植物が芽吹くように伸びた光が凪子が唾液をつけた所に集まり、二人の額へと入って姿を消した。
記憶を消す、凪子の呪文だった。
「…さぁて、と…少年はまぁ……自力で帰るだろ。こいつらは記憶消したのもあるから宿直室戻さないとなーはーめんどっ。監視カメラもあったら壊しとかないと」
凪子はやれやれ、と言いながら右手で軽量化の呪文をかけた二人の襟元を掴み、ずるずると引きずっていった。
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