神域第三大戦 カオス・ジェネシス130

「!深遠の、おまえ…!」
「ハーイ凪子さんだよ、無事で何より」
驚いたように己を見るタラニスに凪子は軽い調子で言葉を返す。遅れて、深遠のが同じ様に凪子の隣に着地する。魔力で編んだのか、道中手に入れたのか、その装いはいつの間にか遊牧民族風になっており、垂らしていた長髪もうなじのあたりで緩く結わえられていた。
深遠のは漂うローブを一瞥し分かりやすく顔を歪ませる。相当に神という存在が嫌いであるらしい。凪子はそんなかつての自分にくふくふと笑いをこぼしながら、さっ、と周囲の状況を確認する。
「…ルーとバロールは衝突中か。あれに首突っ込むくらいだったらこっちを先に片した方がいいな」
「執行人…!」
「よーう、さっきぶりだな、なんだァまた姿隠して。自分の見目に自信ないのか?」
忌々しげに相手が漏らした言葉に、凪子はつっけんどんに煽るような言葉を返す。ルーは、彼のものを「認識してはならない」ものと見做していた。それが姿を隠しているのであればそれは人間側にとっては有利であるはずだが、だからこその煽りなのか、それとも凪子にとっては“対処出来得るもの”と見抜いているのか。ローブが不愉快そうにぶるりと揺れた。
「なぜお前の一言で覆る?神でもないお前の!」
「ええ〜?まぁ理由はいくつか考えられるけど…私がタラニスを“死神として殺した”ことが事実だからじゃないかな」
「この時間軸の話ではないはずだ…!」
「それを言うならお前さんの存在だって本来ここにいないはずのものだろうよ。それに私にとってのタラニスは“そういうもの”だ。“私はそういうように信じている”、ならそれも一種の信仰だろう?」
「…ッ!!」
ぶるぶるとローブが震えている。対して凪子は興味が失せたように目を伏せ、ぐるぐると首を回した。
「まぁなんだっていいんだけれど。とりあえず深遠の〜」
「…何」
「あれから斃そうか」
示し合わせていたかのように、凪子がそう言い切ると同時に両者はローブめがけて勢いよく跳躍した。とっさに翻して深遠のの一撃を交わしたローブに凪子の追撃が叩き込まれる。
「ぐっ……!」
「中身はあるのか」
「…視線が不愉快だ」
「そうだなぁ、まあそっちは承った」
上空で二人の姿が交差する。端的な会話で役割分担を決めた両者は、それぞれに動き出した。
深遠のは凪子が差し出した掌を蹴り、弾き飛ばされたローブへの追撃をかけた。対して凪子は宙に展開した魔法陣からいくつかの宝石が付いた紐飾りを取り出し、それを自身の槍に巻き付けるとそのまま槍を空中で振りかぶった。
「そらッ!」
一見何もないところで振り下ろされた凪子の槍は、しかして、ザシュリ、と何かを切り裂いた音を立てた。絹を裂くような悲鳴のような音が少しだけ響いて、何かが消滅したように空間がわずかにたわむ。凪子はそのままくるりと回って着地すると、また別の何もないところへと跳躍していった。
「おいしんえ…ええいややこしいな、春風凪子!貴様、“認識”して平気なのか!?」
「認識ィ?」
「我が御霊は認識してはならないものだと宣っていたぞ!」
ヒュンヒュンと軽々と宙を舞い、的確に“何か”を切り裂いていく凪子に思わずタラニスが声をあげる。凪子はタラニスの言葉に不可解げな表情を浮かべながら、また槍を振りぬいて“何か”を切り裂く。
「…ああ、まぁ察しているだけで別に視ているわけじゃないからねェ」
「その割には一度も外してないように見えるけど、君」
「装備品で範囲拡大の攻撃補正つけてるだけだよ、見えないもの切ることはできないから、ねっと」
事も無げにさらりとそう言いながらまた何かを切り裂き、凪子はタラニスの前に着地した。腕にまとわりついていた触手を子ギルの手を借りながら引きはがし終えたクー・フーリンは、まとわりつくように感じていた視線が随分と減ったことに気が付き、着地した凪子にげんなりとした視線を向けていた。
「なんでもアリかよ、テメェ…」
「無駄に2000年生きてないよ。…と言いたいところだけど、身体の調子が随分いいからなんか補正を受けている気分はする」
「!星の支援かな?」
「どうだろ…私はあくまで別時間軸っぽいからな。あっちの元気いっぱいな私のが受けてる気はする、」
凪子の言葉が終わらないうちに、深遠のが攻防の末にローブを叩きつけた衝撃で大地が大きく揺れた。凪子は、ワーオ、と間の抜けた声をあげる。
「あそこまで腕力なかったよいくらなんでも…」
「くッ……」
するりとローブが翻り、力なく中空に浮かび上がる。だがそれを許さないと言わんばかりにその裾を掴み、ぐるりと身体ごと回転させながら深遠のは再び地面へと叩きつけた。先ほどまでではないが、また大地がぐらりと揺れる。
「…っ……なんて腕力だ、蛮族にもほどがある…ッ」
「…まだ壊れないのか、丈夫だな」
さすがに多少のダメージは通っているらしい、ローブの動きはふらふらとしている。深遠のは忌々しげにそう呟きながら、すっくと身体を起こした。
ローブ姿が再びぶるりと震え、瞬間的にその眼下に魔法陣が複数展開し、触手のようなものが勢いよく地面から飛び出した。攻勢に転じた相手に深遠のは興味なさそうに視線を向けながら、自らめがけて飛んできた触手を事も無げに掴み、引きちぎり、投げ捨て、地面を蹴って再び接敵していった。
そんな様子に、凪子はぽりぽりと思わず頬をかく。
「…いやぁ昔の自分って恥ずかしいもんだね??」
「んなこと言ってる場合か!」
「いやァこれが人間のいう黒歴史か〜!って感じがするわ!!」
深遠のは軽々と払ったが、魔法陣から生まれ出た触手の量は尋常ではない。自らに向かってきたそれをそれぞれが各々のやり方で振り払っているなか、のんきなことを口にする凪子にクー・フーリンは思わず吠える。
「(くそったれ、どうにも付き合ってらんねぇな…!)」
思わずそんなことを心のうちで呟いた時。
彼らの背後で渦巻いていたルーとバロールの衝突により発生していた魔力の渦だまりが勢いよく爆ぜ、拮抗していた両者が互いに勢いよく吹き飛ばされた。