2019-4-28 23:04
「………あ、あの、その………」
「………。ん、私に何か言いたいことあるのか」
ぴょんぴょんと片足で跳ねながら凪子が足を拾いに言ったところで、おずおずとマシュが深遠のに話しかけた。自分に話しかけてくると思わなかったのか、ワンテンポ遅れて深遠のは顔をあげた。
その表情は無表情で、何を考えているのかは読み取れない。
「あぁお前、まだ名前ないだろ。とりあえずこっちではルーの呼称に乗っ取って深遠のって呼んでるから、そう呼ばれたらお前のことだからな」
マシュが呼び掛けに迷った素振りを見せたことに目敏く気がついていた凪子はさりげなくそう言った。ぐるり、と深遠のは首を回して凪子を振り返る。
「しんえんの…???……というより、ルーってのは、あの光神のことか」
「そう。今共同陣営………味方になってる」
「カミサマなんて大嫌いだ。なんで味方なんてしてるんだ。お前、本当に私か?」
「まぁ疑う気持ちは分かる、それだけ嫌いだったしな。でもまぁ、色々あるのよ」
「いろいろ」
「んー、まぁマシュの話が終わったら話してやるよ、話しかけたのはマシュが先だろ」
「ましゅ」
二、三言葉を交わしたのち、深遠のはマシュに向き直った。じ、とマシュを見つめたのち、胡散臭そうに目を細める。
「……お前、人か?」
「!」
「まぁ、神じゃないならなんでもいいや。何」
「……その、リンドウさんのことです。リンドウさんは……もう…」
「………………」
すっ、と。ただでさえなかった深遠のの表情がさらに消えたように感じられた。深遠のはじろ、とマシュを見据えた後、ぷいとそっぽを向いた。
聞きたくない、とでも言いたげな態度だ。
「…あなたは、凪子さんと一緒に行くのではなくて、私たちと一緒に戻った方が、」
「急になに?」
「え?」
「ぽっと出のお前になんの関係があるの」
「………それは………」
あまりに鋭い棘のある深遠のの言葉にマシュは驚いたのちに、返答に言い淀む。
困っているらしいマシュの様子に、足をつけ終えた凪子は鞄から石の原石を取り出しながら視線をそちらへ向けた。
「なんか当たり前のように話しかけてくるから答えちゃったけどさ、お前らそもそも何なのさ?そこの同じ顔の奴がどうやら私自身らしい、というのは本当らしいと分かるけど、お前たちは何??あの死神となんで敵対してんのか知らないし興味もないから説明とか要らないけど」
「え、ええっと……」
「というか、あいつ巻き込んでないだろうな?」
「悪い、巻き込まれに来たから巻き込んでる」
「あ゛ぁ゛!?」
ずけずけと飛ばされる言葉にマシュが戸惑っているうちに、かけられた問いに代わりに凪子が答える。リンドウを巻き込んだ、と答えるその言葉に、深遠のの敵意は凪子に向いた。
強く睨み付ける視線に、何やら片手で工作している凪子は視線だけ向け返す。
「……おまえ、私なんだろう」
「私らが思ってるより、あいつも私らのこと思ってくれてたってこった。…この時代の私…つまりお前だ、お前の安否が分からん内には死んでも死にきれないとか言われたら、断れんだろう」
「……………ぐぬ」
「…それに、そもそも私が喚び出されてんのはお前がバロール負けたからだ。そこんところは実力不足を諦めろ。心配せんでも、リンドウに害は及ばないように手は打ってある」
「…………………チッ。あいつみたいな言い回ししやがって」
「へへー」
「…………順応性が高いんだか低いんだか…」
ぎすぎすとしたマシュとの会話とは一転して、兄弟のように凪子と会話を交わす深遠のに、ヘクトールはどこか疲れたように呟いた。
見知らぬ人間が親密に話しかけてくることよりも、未来の自分だと名乗る自分と同じ顔のなにかの方がよほど警戒するべきものだろうに。どうやら深遠のはそうではないらしい。
そうこうしている内に、宝石と鞄に入っていたトラップを作ったときのあまりの木材やらなんやらで義手のような物を凪子は作り上げた。肩との接触面にあたる部分に球体間接のように丸い宝石を取り付けると凪子はおもむろにそれを肩の傷口に突っ込んだ。
「わっ…」
ぐちゅり、と、鈍い音をたてて肉に沈んだ様子に、藤丸は痛みを想像してしまったのか、ひきつった声をあげる。凪子はグリグリと押し付けてそれを安定させると満足げに頷き、パチン、と指をならした。
それが魔術のトリガーだったのか、宝石を軸として魔法陣が展開すると、木で出来た簡素な義手は肉をもち、あっという間に普通の腕と遜色ない様子に形作られた。器用なものだ。
「…よし、まぁこんなもんだろ。で、マシュはお前さんがリベンジに行く前にリンドウに会っといた方がいいんじゃない?と心配してくれてるわけだが、どうする?」
「…あいつのところには、全て終わらせてから行く」
「と、いうわけだ」
「でも、凪子さん…!」
「そう心配せんでも今日中に決着はつく。バロールとの戦いは持久戦じゃないんだからさ。だとしたら、私の時より早く終わるくらいだぜ」
「…………っ!」
―別れの時間は私よりもある。
暗にそう言った凪子に、マシュはくしゃりと顔を歪めた。凪子は困ったように肩を竦めながら、バロールの領地のある方向へと視線を向ける。
「……それに、それなりの時間が経過しているのに向こうから何の音沙汰もない、ってのが気になる。緊急通信も入ってないってことは膠着状態にあるってことだ。なら、あんまり芳しくないだろ。戦力はあるに越したことはない」
「…っ。分かりました…」
「あの…っ気を付けて!必要があればすぐに行くから、」
「カルデアスタッフの心労のためにも、そんな事態がないことを祈るけれどもね!よっしゃ、お前さん、動けるな?」
「当たり前だ」
「なら行くぞ、ついてこい。ヘクトール!帰路はくれぐれも気を付けてな!!」
「はいよ」
簡素に今後の確認と別れを告げた凪子は、深遠のについてくるように指示をすると、ルーと合流するべく勢い良く地面を蹴って走り出した。