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カルデアの善き人々―塔―13

「………いや、そう……そうだな……」
不意に、エルメロイ?世が言葉を濁した。
なんだ、言いにくいことなのか。少し億劫だなと思いながらも、エルメロイ?世の言葉を待つ。
少し迷ったのちに、エルメロイ?世は口を開いた。

「…………いや、言おう。聞きたいのはアーサー、君自身のことだ。君は、大丈夫か?」



「は?」

数歩遅れて出せた声には、自分でもあからさまに怒気をはらんでいるのが分かるものだった。

大丈夫か、だと?
それはいったい、どういう意味だ。

この、俺が、ここで、この状況では、辛いに決まっているとでも言いたいのか。
俺では、力不足に決まっていると言いたいのか!!




――そんな、八つ当たりに近い感情をそのまま言葉にのせてしまったことに、彼は声を発してしまったあとになって咄嗟に口を塞いだ。
はっとしたようにエルメロイ?世が目を見開く。まずいことを言ったと分かったのだろう。そう、思わせたのだろう。
きっとエルメロイ?世は、ウェイバーはそんなことは思っていない。この男が自分を旧知の友として覚えていて、それ故に発された言葉なのだと分かっている。自分が人間ではなくサーヴァントであり、そもそも自分自身は異なる世界線の人間でもあり、置かれている状況の切実さがまるで違うからこそ、一人の“友として”声をかけたのだと、それくらい、いくらなんでも分かる。

だというのに、自分は何を返した?
このできた男に、うだつのあがらないぱっとしない存在なのに覚えていてくれて、同等に扱ってくれる男に、自分は今、何を返した?


「すまない!忘れてくれ、今のは、違う、違うんだ、分かってる、俺は、、」
「アーサー、わたしは、」
「分かってるんだ!!分かってる、だけど!俺は、お前がずっと、」

――ダメだ、やめろ。
それ以上、醜い惨めな姿をさらすな。

ぎりぎりで働いた自制心が、それ以上の感情の吐露を防いだ。あぁ、こんな時に、魔術師らしくあるために普通の人間らしさを無くしたことをありがたく思うことになるなんて、と、どこかにあった余裕で考えながら、彼はぎりりと唇を噛む。

――分かっている。この男が、自分の思うような、そうであってくれればいいのにと思ったような、下卑た存在ではないことを。

あぁ、だからこそ惨めだ。
“そんなことを考えた自分が惨めだ”。

ぽろり、と生理的ゆえに制御できない涙が溢れ落ちる。
あぁ、くそったれ。
彼は心のなかで毒づく。
「アーサー!」
「すまない、今は放っておいてくれ!」
「放っておけるか、バカ!」
向こうもこちらが突然錯乱して混乱しているのか、ずいぶん懐かしい雰囲気をいきなり醸し出してくる。

――ああ、まったく。
こんな時に懐かしい、ウェイバーらしさなんてものを見せないでくれ。

そんな風にまた自分勝手に考えながら、彼は伸ばされたエルメロイ?世の手を払った。
「ッ、」
「頼む、これ以上、俺を、惨めに、させないでくれ、お願いだから………」
「みじめ…??」
「整理がついたら俺から話にいく!だから、今は勘弁してくれ…っ!」
「ッ、アーサー!」

――これ以上は無理だ。押し止められない。
そう判断した彼はエルメロイ?世の制止を振りきり、自室へと走った。

カルデアの善き人々―塔―12

「…と、いうより、私もこの世界ではエルメロイの名を持っているのか」
「え?」
再び自己嫌悪に沈みかけたとき、ふと思い出したようにエルメロイ?世が口にした言葉に、彼は自分の気持ちも忘れて間抜けな声をあげてしまった。

この男は自分と出会っていない可能性を先程示唆していた。
その上、エルメロイの名を継いでいない可能性もあると遠回しに言った。

エルメロイ?世は彼の訝しげな視線に気がつくと、困ったように肩を竦めた。
「…何、この世界では冬木の聖杯戦争は1度しか行われてないようなのでね。そうならば、私が継ぐ理由もないだろう、と。あの聖杯戦争でケイネス教授が死ななければ、そんなことは起こり得ないからな」
「……?だが、ケイネス教授の死因については、極東の聖杯戦争に参加して死んだ、という噂もあった。し、俺はそれが一番信憑性が高いと思っていたが」
「…ほう。ならば、その一度の聖杯戦争にケイネス教授が参加されていた、ということか?時期が合わないが…だがしかしどのサーヴァントがいたのかまでは知らないしな……」
ぶつぶつと呟き始めたエルメロイ?世の話に、彼は正直にいってついていけていなかった。

なにせ噂でしか知らないのだ、ケイネス教授の死因も、ウェイバーが後任になった理由も。それが真実だと、事実だという確たる証拠がなければそれが本当だとは決して言えない。

だから目の前の男が可能性を疑うのはごもっともだと思うと同時に、自分にとっては事実と断定できるものが何一つないので、何も言えない状況だった。

「……まぁ、それはいい。改めて調べれば分かることだろうし、アーサー、君は噂だと言ったな?証拠はないと?」
「…あくまで俺は、というだけだ、な」
「そうか。いや、すまないな、突然引き留めた上にあれこれと」
「…………別に…」
突然色んな話題を振ってすまない、と謝られてしまったが、彼は色んな感情が入り交じりすぎてなんとも言えなくなっていたので、それに特別怒りを覚える余裕もなく、曖昧に返事をするしかなかった。

――一方的な劣等感をぶつけ続けていた相手。
その相手に、当たり前のように対等であるように語られる。語りかけられる。
それに喜べばいいのか、怒ればいいのか、困惑すればいいのか、それすら分からない。

彼は、ぎゅ、と、タブレットをいれているショルダーバッグの紐を握りしめた。
「…話はそれだけ、か。なら、俺、寝ないと、」
「すまない、あと2つだけ。歩きながらでも構わないが」
「…ここでいい、なんだ」
2つもあるのか、と内心げんなりしながらも、先を促す。さっさと聞いて、終わらせて、眠って忘れてしまおう、この訳のわからない感情なんて。
そう思って、彼は先を促したのだった。エルメロイ?世は小さくうなずく。
「まず1つ目。君は、どういう経緯でカルデアに?」
「………再生魔術の腕と機械工学にも通じてたことから誘いを受けた。ちょうど時計塔から離れたいと思っていた時期だったから、その話に乗った、それだけだよ」
「…ふむ。ここのスタッフはそういうのが多いのか?」
なるほど、エルメロイ?世はカルデアスタッフがどのように集められた人間なのか気になるらしい。それは当然の疑問だろう、ここのスタッフには魔術に通じていない人間も複数人いる。協会の、魔術の秘匿を絶対とする体勢を思うとあり得ないことだ、協会にいたエルメロイ?世ならば、気になるのも無理はない。
「マスター候補生含め、魔術に関与していなかった一般職員も含め、前所長のスカウトを受けて来ているやつは割と多いと聞いた」
「…辺境の地の天文台だ、人材集めとなるとそれも妥当か」
「それで、もう1つは?」
早く終わらせよう。
そう思って、彼はさらに先を促した。

カルデアの善き人々―塔―11

「…ふむ、その反応を見る限り、アーサー、やはり君か」
「!!………な、んで、覚えて」
「おいおい、クラスメイトの名前を覚えていることはそんなに変なことか?」
くすり、と、普段は固い表情ばかりを浮かべているエルメロイ?世が、柔らかく表情を緩めた。それは職場の同僚に向けるものというよりかは、懐かしい知己に会ったような、そんな暖かさすら感じさせるものだった。
彼はしばし呆然とエルメロイ?世を見つめたあと、気まずげにまた、視線をそらした。
「……………そ、う、です、ね」
「おい、私から目をそらすな」
「っ!!」
「…やれやれ、そんなに嫌われるようなことをしただろうか?」
ずばり、と目をそらしまくっていたことを指摘され、再び彼はびくりと肩を跳ねさせた。エルメロイ?世はふぅ、とため息をついたあと、困ったようにそう言ってきた。
別に、嫌っているわけではない。だが、避けていたのは事実だし、そう思われても仕方ないだろう。だが、どうやら彼はそれにたいして、怒ったり不愉快になったり、ということは思っているないようだ。

――彼の、こういうところは、本当に魔術師らしくない。
本当に、人格の違いを、突きつけられる。

「…ゃ、別に…そういうわけでは……」
「でも君、私が召喚されてから、なるべく私を避けていないか?」
「……………そんな………ことは…………」
「………君、相変わらず嘘が下手だな」
「………うううぅ………」
次々にいたいところを指摘され、彼はしゅるしゅると萎むしかない。仕方なく、彼は顔をあげ、エルメロイ?世の首もと辺りに視線を向けた。

久しぶりに見る顔だ。この男がエルメロイ?世になってからは、どんどん顔を直接見る機会など減っていっていたから、全くいつぶりだろうか。


違う世界から来た、と言っていた。確かに、本来のこの男の年を思うと、やや年若く見えるような気もする。
だが額に刻まれた皺は常日頃眉間を寄せていることを伺わせ、頬もやや痩けているように見える。あの、おかっぱで、暗い影も見せつつも快活としていた、ウェイバーの面影はうっすらと感じさせられる程度だ。


「……まぁ、だが、そうか、当然だよな」
「ん?」
「ケイネス教授の家をなんで継ぐことになったのか、俺は知らないけど、苦労は多かったよな、さすがに」
「……………」
エルメロイ?世は少しばかりきょとん、としたのち、ふ、と薄く笑った。
「…何、当然の代償のようなものだ」
「(………あ)」

当然のことだ、と。それくらいは当たり前のことだ、と。

そう言われて、じくり、と胸になにか刺さったような気がした。
苦労が多いのは当然だ、と自分から、言ったくせに。

それを当たり前と受け入れられてしまう器が。
やはり、遠く、遠く、感じられるのだ。

彼は、ぎゅ、と拳を握りしめた。

カルデアの善き人々―塔―10

「………う、ん………」
――いつの間にか、寝てしまっていたらしい。同じ体勢でいたために固まった身体をゆっくりと起こし、動かした痛みに顔をしかめながら、彼は辺りを見回した。
まず時計を確認する。記憶にある時間から一時間程度経過しているようだ。
次にテーブルを確認する。彼が囲んでいたテーブルからは人が捌け、酔いつぶれたらしい荊軻が彼と同じように寝息をたてていた。李書文は別のテーブルに移っているようで、その際にかけていってくれたのだろうか、荊軻と自分の身体にはブランケットがかかっていた。
「…ぅん、迷惑かけてしまったな……」
今日はもう眠ろう。ちゃんと寝ないと明日に響く。
そう思った彼はのっそりと立ち上がり、楽しそうに話している李書文の邪魔をするのも忍びない、彼にはまた後日謝意を伝えよう、と考え、ブランケットを畳んでレクリエーションルームの入り口へと向かった。




「――待て、そこの君」



そして部屋を出たところでかけられた声に、さぁっ、と顔から熱が引いた。

酒を飲んで火照っていた顔が、バカみたいに冷たく感じる。背筋は冷え、冷や汗すら垂れたのではないかと思うくらいだ。
凍りついたように動きを止めた彼の元へと、こつり、こつりと、近づいてくる足音がする。

その足音は彼を抜き去り、その前で振り返ると立ち止まった。

「…君、魔術協会に属していなかったかね」
さらり、と、そんな手入れをするようなタイプではないだろうに、綺麗なストレートな長髪が揺れる。
「……………………」
――下に向けた目をあげられない。あげることができない。
赤いコートと、黒いスラックスに包まれた足しか、見えない。
「とはいえ、この時空はどうやら私自身のいた世界とはいささか違うようだから、もしかしたら違うかもしれないが」
「…………あ、の、」

「ウェイバー・ベルベットという名前に、聞き覚えはないか?」

「!!!」
彼はあからさまに肩を跳ねさせた。せっかく目の前の男が“知らない可能性もある”ことを提示してくれたというのに、これではバレバレだ。
男―彼がもっとも接触したくなかった人物―ロード・エルメロイ?世は、そんな彼の反応にくすりと笑った。
「なんだ、随分と嫌われているみたいだな」
「…………あ、いや…そんなこと、は、」
「先程飲み会の最中に君を見つけてね。覚えのある顔だったからつい、話しかけてしまった。迷惑だっただろうか」
「………覚え……俺を、覚えて…?」
どうしよう。この醜い劣等感がこの男に露見したらどうしよう。
そんな漠然とした不安に頭をぐるぐるとさせていた彼だったが、何とはなしにエルメロイ?世が漏らした言葉に、思わず顔をあげた。

覚えのある顔だったから。この男はそう言った。
まさか、この男が、自分を覚えていると?

ばちり、と目が合い、思わず目をそらしてしまったが、エルメロイ?世はきょとんとした顔を浮かべたのち、ふむ、と小さく呟いた。
「……かつてケイネス・エルメロイ・アーチボルト、かのロードの教室にいたと記憶しているのだが、違ったかな」
「あ、ああ、その、」
「たしか…………そう、タワー。そういったと思ったが」
「!!」

タワー。それは彼の家の名だ。
本当にこの男は、自分なんぞを覚えていたらしい。

彼は思わず目を見開き、まじまじとエルメロイ?世を見た。

カルデアの善き人々―塔―9

「…ほう、お主医者なのか」
「正確にはあらゆる物質の再生魔術が専門というだけで…人体の再生、という意味において、治療魔術もそこそこ扱えるだけなんですよ」
施設から物理的にも出ようのないスタッフにとって、話せるような世間話はほとんどない。そのため彼と李書文らの会話は、自然と彼の出身や得意分野といったプロフィールに移っていた。
自分なんぞ大した者ではない、という彼に、ぷくり、と荊軻が頬を膨らませる。
「そう謙遜することはないだろう?アメリカ大陸においてマスターが重症を負った際に使われた治癒魔術…そのコード化に君も関与していたと聞くぞ?」
「そりゃあ、一応医療スタッフでここに就職してますので、ちょっとだけですよ」
「またまたまた」
「いやいやいや…」
「絡み酒は救いようがないぞ、姐御」
相当飲んでいるのか、あるいは酔いやすいのか―そもそもサーヴァントを酔わせられるような酒が存在したことの方が彼にとっては大いに驚きなのだが―随分と出来上がっているらしい荊軻によくも悪くも絡まれる。彼が気付かぬ内に困った顔でも浮かべていたのか、李書文はやれやれと言わんばかりにひょいと荊軻をつまみ上げ、彼から離してくれた。
李書文は手酌で一升瓶の酒を升に注いだ。
「…それはさておき、お主、先程諸葛孔明の依り代である男を見ておったようだが」
「!!!」
それにならい、自分も手酌でボトルからコップにワインを注いでいた彼は、不意に振られた言葉に肩を跳ねさせた。
――気付かれていたのか。すぐに目をそらしたつもりだったのだが。
あわあわと両手を振ると、くすり、と李書文は楽しそうに笑った。
「呵々、何、親密な相手を見る目には見えなかったのでな。特にあやつを呼び寄せることはしなかったが、正解だったか?」
「…!………そ、そんなに顔に出ていましたか、自分」
「なぁに、儂は元々槍兵ではなく暗殺者として喚ばれることの方が多いくらいでな、その辺りを察するのは容易い、と言っておこうか」
呵々、と笑い声をあげて、李書文は目を細める。断言は避けられたが、そこまで出ているというわけではない、と今回はとっておくことにした。
彼は話すべきか話すことでもないか少し迷ったが、多少は話さないことには理由が説明に出来そうにないし、それではこの男は納得してくれないかもしれない、と考え、話すことにした。
「…あの依り代となっている男性…ロード・エルメロイ?世という男と、まぁ、なんというか、ちょっとした縁がありまして」
「ほう?友人…ではないのようだな」
「友人というには、自分と彼の間には差がありすぎますよ、はは………」
李書文は自嘲気味にそう言った彼の顔をしばし見つめたのち、ちらり、とエルメロイ?世に視線を向ける。
「………ふむ。まぁ、別に、苦手としているなら無理に付き合うこともないだろうよ」
「苦手というわけでは、…、………………」
「………ム、言いづらいことを言わせてしまったか?すまんな」
「いえ、お気になさらず!自分の、ただの小さな嫉妬心のようなものですから…」
気まずい沈黙が二人の間に流れる。
と、その瞬間、うとうとしていた荊軻が勢いよく顔をあげた。
「なんだい、面白くもない話をして、酒が足りていないんじゃないか??」
「お主はいささか飲みすぎだ!」
「あはは」
さぁ飲め、と言わんばかりにとっくりを持ち上げた荊軻を笑いながらいさめる李書文に、じんわり酒が回ってきた彼も声をあげて笑った。

なんだか気持ちがふわふわしてきた。久しぶりに飲んだから、酔いが回るのも早かったのだろう。

「そのお酒、いただいても?」
「ん?いいぞいいぞ、普通の酒だからなこれは」
「待て、お主普通でない酒も飲んだのか??」

ああ、そろそろ休まないと明日に響くな。
そう思いながらも、ここ最近胸を占めていたモヤモヤが感じられない今が心地よくて、彼はさらに酒をあおった。
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