2017-12-25 23:56
「…ほう、お主医者なのか」
「正確にはあらゆる物質の再生魔術が専門というだけで…人体の再生、という意味において、治療魔術もそこそこ扱えるだけなんですよ」
施設から物理的にも出ようのないスタッフにとって、話せるような世間話はほとんどない。そのため彼と李書文らの会話は、自然と彼の出身や得意分野といったプロフィールに移っていた。
自分なんぞ大した者ではない、という彼に、ぷくり、と荊軻が頬を膨らませる。
「そう謙遜することはないだろう?アメリカ大陸においてマスターが重症を負った際に使われた治癒魔術…そのコード化に君も関与していたと聞くぞ?」
「そりゃあ、一応医療スタッフでここに就職してますので、ちょっとだけですよ」
「またまたまた」
「いやいやいや…」
「絡み酒は救いようがないぞ、姐御」
相当飲んでいるのか、あるいは酔いやすいのか―そもそもサーヴァントを酔わせられるような酒が存在したことの方が彼にとっては大いに驚きなのだが―随分と出来上がっているらしい荊軻によくも悪くも絡まれる。彼が気付かぬ内に困った顔でも浮かべていたのか、李書文はやれやれと言わんばかりにひょいと荊軻をつまみ上げ、彼から離してくれた。
李書文は手酌で一升瓶の酒を升に注いだ。
「…それはさておき、お主、先程諸葛孔明の依り代である男を見ておったようだが」
「!!!」
それにならい、自分も手酌でボトルからコップにワインを注いでいた彼は、不意に振られた言葉に肩を跳ねさせた。
――気付かれていたのか。すぐに目をそらしたつもりだったのだが。
あわあわと両手を振ると、くすり、と李書文は楽しそうに笑った。
「呵々、何、親密な相手を見る目には見えなかったのでな。特にあやつを呼び寄せることはしなかったが、正解だったか?」
「…!………そ、そんなに顔に出ていましたか、自分」
「なぁに、儂は元々槍兵ではなく暗殺者として喚ばれることの方が多いくらいでな、その辺りを察するのは容易い、と言っておこうか」
呵々、と笑い声をあげて、李書文は目を細める。断言は避けられたが、そこまで出ているというわけではない、と今回はとっておくことにした。
彼は話すべきか話すことでもないか少し迷ったが、多少は話さないことには理由が説明に出来そうにないし、それではこの男は納得してくれないかもしれない、と考え、話すことにした。
「…あの依り代となっている男性…ロード・エルメロイ?世という男と、まぁ、なんというか、ちょっとした縁がありまして」
「ほう?友人…ではないのようだな」
「友人というには、自分と彼の間には差がありすぎますよ、はは………」
李書文は自嘲気味にそう言った彼の顔をしばし見つめたのち、ちらり、とエルメロイ?世に視線を向ける。
「………ふむ。まぁ、別に、苦手としているなら無理に付き合うこともないだろうよ」
「苦手というわけでは、…、………………」
「………ム、言いづらいことを言わせてしまったか?すまんな」
「いえ、お気になさらず!自分の、ただの小さな嫉妬心のようなものですから…」
気まずい沈黙が二人の間に流れる。
と、その瞬間、うとうとしていた荊軻が勢いよく顔をあげた。
「なんだい、面白くもない話をして、酒が足りていないんじゃないか??」
「お主はいささか飲みすぎだ!」
「あはは」
さぁ飲め、と言わんばかりにとっくりを持ち上げた荊軻を笑いながらいさめる李書文に、じんわり酒が回ってきた彼も声をあげて笑った。
なんだか気持ちがふわふわしてきた。久しぶりに飲んだから、酔いが回るのも早かったのだろう。
「そのお酒、いただいても?」
「ん?いいぞいいぞ、普通の酒だからなこれは」
「待て、お主普通でない酒も飲んだのか??」
ああ、そろそろ休まないと明日に響くな。
そう思いながらも、ここ最近胸を占めていたモヤモヤが感じられない今が心地よくて、彼はさらに酒をあおった。