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謝辞&次回予告

どうもみなさま。

管理人の神田です。
30話の短編を完結させるまでに実に288日。9日に一回更新ぐらいのペースですね信じられない。
来てくださっている方々へ、大変お待たせしてしまい申し訳ありません。更新が停止している間もぽつぽつと来ていただいていることが大変励みになりました。リアルな生活の方としては進路が全くの未定ですが、管理人は生きています。

今回のお話、カルデアの生活を覗き見るお話はこれにておしまい。アーサー・エドワード・タワーくんの物語は、これにて完結になります。
彼がどこへ行き着くのか、二部序章を読んだ方はなんとなく察せられるのではないでしょうか。そうだ東館だ。まぁ、そういうつもりで書いたので、このお話を読まれた方でまだ二部序章未読の方は読んだあとにまた最後だけでもみてもらえたらなと思います。

そしてENDの後に載せたのは、タロットカードのカードの意味になります。塔、なんて副題からお察しになられた方もいらっしゃるんじゃないかなと思います。アニメApocryphaの特典で出てましたしね、タロットカード。
このカルデアモブ職員をテーマにしたお話は、シリーズとして短編で色々作ってみたいなと思っているので、副テーマとしてタロットカードと組み合わせました。つまり次回以降はカードタイトルで大体展開が読める可能性が高いということになりますね、いいのかなそれはそれで……。

さて、塔のカードは大アルカナ22枚のうち、16番目のカード。破綻をテーマとし、タロットカードの中で唯一、正位置も逆位置も凶とされるカードです。トップバッターにそんなものを選ぶなという話ですね。解釈しだいでは逆位置の意味が改革、殻破りなど良いとされる場合もあるにはあるそうですが、今作では基本的に凶の意味で用いています。
崩壊、自己破壊、過剰な反応あたりが分かりやすく該当しています。逆位置は最後の方に該当箇所があります。
タワーくんは自分の仕事への自信を持ちながらも自信がないという、自尊心と劣等心が入り交じった不安定さを内包しているキャラクターにしたかったのと、終わりかたをああいう形にすると決めていたので、該当カードが塔になりました。誰しも他の職員や主人公に対する劣等心や不満、不安、恐怖、絶対持ってたと思うんですよねー…。その辺の不安定な形で維持されるバランスを表現できていけたらなと思います。

ところで、この【カルデアの善き人々】は、二部序章冒頭を読んで「カルデア職員は最初、善人だけ生き残った設定だったけれど、果たしてどこまで善人だったんだろう」という思いからスタートしています。なので今後も職員のあったかもしれない色んな葛藤、挫折、隠した本音、そういうのを色々暴露していくようなお話にしたいなと考えています。またお見せする機会があるといいと思っております(今のところ特にネタがない)。

しかし、固定夢主型夢小説に始まり礼装パロ、そして今回のコレも夢小説のようなものですね。
今のところリクエストが来たりしない限りCPものを書くつもりがあまりないので、結果名有りモブの固定夢主型夢小説が多くなっていくのかなぁと思います。
CPが好きでないとかでなく、普通になんでも見るし読む方です。最近あまり作っていないのと単純にネタが思い付かないだけなので、リクエストいただければ軽率に書きます。
本ブログはいつでもご感想・リクエスト等お待ちしております。お気軽にどうぞ。



さて、これからのお話ですが、当分の間はこのような不定期更新になってしまう可能性が高いかと思われます。どうかご容赦ください。更新はTwitterの方で連携ツイートしておりますので、そちらを見ていただくのもありかとは思います。いや、まぁ、他のツイートも多いのでフォローはあんまり向いてないかもしれませんが、タイトルで検索してくだされば該当ツイートが出ますので、そちらをどうぞ。フォローに関してはご自由にどうぞ、です。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

さて、次回作の予告です。

次の連載は、再び凪子ちゃんの登場です。FGO時空でのお話になります。【我が征く道は】を読んでいなくても問題ないように説明はのせるつもりですので、その辺りはご心配なく。
改めまして、次回作は【FGOの固定型夢主夢小説】になります。夢主は新種サーヴァントとして登場します。
連載開始ですが、始まった途端止まる、なんてことにならないように書き貯めてから始めようと思いますので、10/10(水)から再開したく思います。また、更新が不定期になった場合にも、最低二週に一回は必ず更新する、という形にしたいと思います。

それでは、どうぞゆるゆるとお付き合いくださいませ。

カルデアの善き人々―塔―30(終)


【Epilogue】

「やぁ、おはようみんな」
ーー早朝、冷凍保存室にはいつも通りの彼の姿があった。彼は一つのコフィンに手を伸ばして触れ、にこりと微笑んだ。
「昨日は迷惑をかけてすまない。でもお陰さまで、今日の俺はひと味違うよ!なんてね、あはは!君はよく眠れたかい、カドック?いつも隈だらけだから、地味に心配してるんだよ」
そしていつものように声をかけ、コフィンのメカニカルチェックとコフィン内の人間のメディカルチェックを手早く済ませる。
「やぁ、オフェリア。君のメディカルチェックは正直いつも緊張するんだ、正直分からないことが多いからね!…でも、変わりなしか。良いのか悪いのか…すまないね、もう少し待ってくれるかい?」
ピピ、と、操作するタブレットが音をたてる。
ほとんど普段のチェックの数値が変わることはない。それをただ素直に安堵しつつ、変えられない自分にもどかしさを感じる。
「…でも、少しずつ。俺も、できることをやって、君たちをそこから目覚めさせて見せるから」
全てのメンバーのメディカルチェックを終えた彼は、目の前のコフィンで眠る青年に向けて、そう確かに口にする。
「…そりゃあ、いつになるか分からないし。もしかしたらその前に負けてしまうかも…いや、そんなことにはさせない。人理修復には間に合わなかったとしても、それでも君たちには未来がある。だからきっと、そこから出してみせる。それが、俺のここでの役目だから」
ーーそれは誓いのようでもあり。自身に言い聞かせているようでもある。
「…それじゃあ、また夜に」
彼はそう呟くように口にすると、とんとん、とコフィンを叩いた。

「律儀な君らしいな、アーサー」

「!ウェイ……エルメロイ?世…?」
「あー……それだが、ウェイバーで構わない。孔明でも構わないがね」
「何言ってんだ、エルメロイの名前より重いだろうがそっち」
「!……ふっ、ちがいない」
いつの間に入ってきていたのか、冷凍保存室にエルメロイ?世が姿を見せた。彼はエルメロイ?世が姿を見せたことに心底驚いたが、ちょうどいい、と思い直し、向き直る。
「昨日は迷惑をかけた。ナイチンゲール女史にはまだ会えていないが、後で謝りに行くつもりだよ」
「!…いや、私は迷惑などかけられていないよ。……あー、その、なんだ……アーサー、」
「俺は、大丈夫だ、ウェイバー・ベルベット」
「!」
ーーー君は、大丈夫か?
いつだか尋ねられて、にべもなく突き放した時の答えを、彼は口にする。
「……まぁ、まだ完全に!大丈夫とは!!言えないけどな!ほら、人間の劣等感とかそんな簡単に消せるもんでもないし?」
「…………。…、ふふっ」
エルメロイ?世はしばしぽかんとした表情を浮かべていたが、どうやら彼が一部吹っ切れていることを理解したか、ふ、と薄く笑みを浮かべて笑った。「そうか。なら、何よりだ」
「あの時、俺から話に行くって言ったよな。どうだ、今夜とか」
「!あぁ、構わない。よろこんでお付き合いしよう」
にや、と笑ったエルメロイ?世の笑みは、ウェイバーを彷彿とさせて。彼もずいぶん懐かしいものを感じながら、笑って返して見せた。


「あ!君、」
「!ブーディカさん」
少し早く目が覚めてなんだか作業もさくさくと進んでいたから、エルメロイ?世と軽く話してもまだ時間には余裕がありそうだった。またお風呂にはいるのもいいかな、と思いながら冷凍保存室の前でコートを畳んでいると、ブーディカが通りかかった。心配そうな顔色を浮かべている彼女に、にこ、と彼は笑って見せる。
「おはようございます。昨日はお騒がせをして…大変ご迷惑をお掛けしました申し訳ない…!」
「えっ!?いや、気にしないで!……そんなことより、君は大丈夫なのかい?お姉さんはそっちの方がずっと気になるかな〜」
「あぁ、お陰さまで、一日考える時間をいただけたので、大体大丈夫です」
「そう、それならよかった!今日は昨日から仕込んだコンソメスープがあるんだ、よかったら食べに来てね」
「ええ、ぜひ。また後で」
にぱっ、という効果音が似合いそうな綺麗な笑顔を浮かべるブーディカに、自然、彼も笑顔になる。そうして彼はブーディカに別れを告げ、一旦浴場へと向かった。

軽くひとっ風呂を浴びてから彼は身なりを整え、食堂に行く前にコントロールルームへと向かった。きっとそこに、いつも通りドクターロマニがいるだろうと思ったからだ。
そうして予想通りに、ロマニはコントロールルームにいた。
「おはようございます、ドクター」
「ん、おは……あぁん!?」
「はぅあっ!?」
眠気があるのか、気だるげに視線を向けたロマニが突如ヤクザのような声をあげたものだから、彼も思わず声をあげた。ロマニはしばしポカンとして彼を見つめていたが、すぐに我に返ると駆け寄ってきた。
「アーサー!くん!」
「はい!おはようございます!!」
「おはようございます、じゃ、ない!あれ!?しばらく休みって聞いてない!?」
「聞きはしましたけど、それはそれで余計なこと考えてまた変なところに陥ってしまいそうなので、仕事させてください」
「えぇ……」
困ったなぁ、と、ロマニはがくりと肩を落としたが、そのあとすぐに顔をあげたロマニは、そう困っているような表情を浮かべてはいなかった。
ぺちぺち、とロマニが彼の頬に触れる。
「……うん、でも、今日は良い表情をしてるね」
「そうですか?」
「うん、そうだとも。…なにか、分かることがあったのかな」
ーーこの人は、本当に人のことをよく見ているな、と彼は漠然と思う。分かってもらえる、とまでは感じない。ただ、よく見ていてくれているのだと、それは確かに感じる。
その視線があるだけで、どれだけ支えになるだろう。
彼はロマニの言葉に、小さくうなずいた。
「……そうですね。ただ、俺は今の自分の限界を、認めなくちゃいけないんだなって。そう思って、実行しました」
「…そうか、なるほど。サンソンからいくらかは聞いているけど、よかったら、僕にも話を聞かせてほしい」
「ええ、それは俺も説明しないといけないなって思っていたので。お時間都合のいいときにでも、ぜひ」
「うん、ありがとう」
ロマニは、柔らかく、そしてどこか嬉しそうに笑った。
「…まぁ、それじゃあ君にも仕事をお願いしようか。バートン!引き継ぎ交代、よろしく!」
「はいはーい。…あれ、お前大丈夫なのか?聞いたぞ〜ナイチンゲール女史に絡まれたんだって?災難だったな」
「はは…まぁ、もう大丈夫だよ、一応な」
「ん。なら頑張れ、今は猫の手も借りたいくらいだからな!引き継ぎするぞ〜」
「あぁ、分かった」
にかっ、と笑うバートンに、「他のスタッフから軽蔑の目を向けられるのではないか」と内心ビクビクしていた彼は、それがほとんど杞憂であったことを思いしる。

中にはきっと、表に出さずとも思っている人はいるかもしれない。でも、それだけだ。相手に勝手に思われているだけで、それだけが自分の真実ではない。
だって自分は、苦しかったのだから。
そればっかりは、自分が認めてあげなければ、一体どうやって苦しみから脱却できるといえるのだ。

「…お前は大丈夫なのか、バートン?」
「……さぁ、どうだろうな。お前が大丈夫じゃないなら、俺もきっと大丈夫じゃないし、でもお前が大丈夫なら、きっと俺も大丈夫になれるさ。負けず嫌いなんで、ねっ」
「!…ははっ、なるほどな。よし、じゃあ業務を教えてくれ」
「あぁ、昨日の観測なんだがーーー」



ーーーーーー
ーーこうして彼の日々は続いていく。
人類の未来をその肩に背負いながら、死の恐怖と戦いながら。
ちょっと重荷だと気付いたけれど、コフィン管理の仕事に責任と自負をもって。苦しい時にはその苦しさを素直に認めて、もう無理だと思ったら素直に人に頼って。
きっと自分の役目は果たすのだと、彼はひんやりとした、だけどどこかあたたかいあのコフィンの並んだ部屋で、一日を始め、一日を終えていく。
時々、コフィンの皆が目覚めたらお役ごめんだから、その後はどうしようと考えもした。だがすぐに、そんなことは終わってから考えようと思い直し、彼は愚直に、目の前の現実と自分に向き合い続けていった。
きっと役目を果たした先に、見えるものがあるだろうと信じて。




ーーーそうして。
ーーーー冷たい眠りに落ちる、その時まで。




END




【塔(The Tower)】 タロット 大アルカナ16番
正位置:
破滅、崩壊、悲劇、戦意喪失、自己破壊、メンタルの破綻、風前の灯、意識過剰、過剰な反応
逆位置:
緊迫、突然のアクシデント、誤解、無念、屈辱、天変地異

カルデアの善き人々―塔―29

じゃあ僕は一旦失礼するよ、と言ったサンソンを、彼は部屋の入り口まで送った。そうして自室に帰ろうとするサンソンに、ふ、と彼は口を開いた。
「……サンソンさん、俺、あの仕事が、怖かったんだって、気が付いたんです」
「怖い……かい?」
サンソンは彼の言葉に意外そうに足を止め、彼を振り返った。
「あの仕事は、俺みたいなぱっとしないのにドクターロマンが任せてくれた仕事で…俺にしかできないんだって、俺がやるべき役目なんだって、自負というか自信というか、プライドみたいなの、あるにはあるんですよ、確かに」
「うん」
「……でも、あそこにいるマスター候補生は、皆藤丸のように世界のために闘うはずだった。闘える人間だった。…その時点で、俺にとって、彼らは俺より価値がある人たちだと」
「!…………、そんなことはないと言いたいけれど、君はそう感じているんだね」
サンソンは彼の言葉に視線をさ迷わせたが、彼の意図を尊重したか、否定はせずにそう返してきた。彼もサンソンに苦笑を返す。
「はい。医療スタッフやってますが、俺も魔術師の端くれなので、やっぱり。……だから、自分の命より価値があると思う彼らの命を預かることが、純粋に怖かったんだな、と」
「………誰かの命の手綱を握るというのは、そうだね。恐ろしいことだと、僕も思う。……僕は、そうして握った命を奪うことの方が多かったけれど」
「…………、……………」
サンソンの言葉に彼は言葉を返せない。
命が失われないように責任を負うこと。命を奪うことに責任を負うこと。それを単純に比べることはできないし、そんなつもりもないが、「命が失われる」ことに対し感じる「罪」の重さは、自分の場合は奪うことの方が辛いだろうと漠然と思う。

それはきっと、サンソンも。

「…でも、なんか。それも、怖いんだって自分が思ってることがわかったら、向き合いようもあるんだなって、そう思って」
「…………そうか。それは、よかった」
「サンソンさんが、あそこに俺を一人にしてくれたお陰です。ありがとうございました」
「ん…君にとって、良い方向に働いたなら、僕も嬉しい。それじゃあ、そろそろ。おやすみなさい」
「サンソンさんも、おやすみなさい。付き合ってくださってありがとうございました」
「いや、こちらこそ、君と話せて、得るものがあった。ありがとう、それじゃあ」
ーサーヴァントは睡眠がいらないとは聞くが、彼はおやすみなさい、とサンソンに返した。サンソンはにこりと笑うと、その黒い外套を翻し、節電のため電気がほとんど落とされた廊下の闇へと消えていった。
彼は、ふぅ、と息をつくと部屋に戻り、施錠を済ませると電気を落とした。昼間寝ていたようなものだが、早々に布団で眠ることにした。

俺は、怖い。
俺は、苦しい。
俺は、辛い。

でもだからといって、どうして、なぜとそれを考えすぎても負担になるだけだ。今日は、自分はそうなのだと。それが分かっただけで、よしとしよう。
彼はそう考えて、ベッドへ身体を横たえた。普段は雑に被っている布団も、なんとなく丁寧にはおる。
「…………」
ちらり、とサイドテーブルにおいた時計に目をやれば、いつの間にか日付が変わっていた。
今日、目が覚めたら。まずはドクターに迷惑をかけたことを謝りにいこう。そのあとは医療スタッフメンバーに、余裕もあれば、食堂を騒がせたことも謝りにいこう。
そして、伝えよう。まだまだ何も解決はしていないけれど、それでも分かったことはあるのだと。そしてこれから、自分が向き合っていくべきことも分かったのだと。
「………、おやすみなさい」
彼は一人、誰かに伝えるようにその言葉を口にすると、目を閉じた。


その夜は、久しぶりに夢を見た。
カルデアに来たばかりの、ここでなら自分は特別な何者になれるかもしれないと夢を抱いていた頃の夢だ。
今の自分に、そこまでの夢を持つことは難しいと思いながらも。
彼は確かに、穏やかさと暖かさをその夢に感じるのだった。

カルデアの善き人々―塔―28

「タワー」
ぽん、と、サンソンが彼の手にそっと自らの手を乗せた。

「人が耐えられる痛みも、苦しみも、その限度は人によって違うものだ。誰かにとって耐えられた痛みに耐えられないことも、誰かにとって苦しくてしかたがないことが苦しくないことも、ある。だから、今、君がどうしようもなく苦しいことが、『それを苦しく感じるのは他者に比べて君の心が弱いせいだ』なんて、そんなことは証明しようもない戯言にすぎないよ」

「………サンソン、さ……………」
ぼたぼたっ、と、大粒の滴が溢れ落ちる。
なんてこった、こんな年になってまで人前で泣くなんて。そんな風に頭を抱える自分がどこかにいる。
サンソンは困ったように笑いながら反対の手を彼の背中に回し、ぽすぽすとあやすように背中を叩いた。
「確かに、女史がそんなことを言ったのは、このカルデアで君が最初だったかもしれない。けれど、だからといって君が他の職員の方々と違って弱いだなんて、そんなことはないし、言えることでもないと僕は思う。だから、君がそんな風に抱え込む必要もないと、そう思うよ。辛いことは、辛いんだ。そう感じることは、おかしなことではないんだ。まず君は、それを受け入れるといいんじゃないだろうか」
ぐさぐさと、サンソンの言葉が心に刺さって染み渡る。
あぁ、こんなに都合のいい言葉を与えられていいのだろうか。嬉しいような、甘えてしまうから嬉しくないような、微妙な気持ちが彼の心を満たす。
彼は涙でぐちゃぐちゃになった顔を袖でぬぐいながら顔をあげる。
「…………う、うぅ〜〜…………あ、甘やかさないでくださいよぅ…」
「何を言ってるんだ君は、過度な強がりは身体に毒だよ」
「だって、そうはいったって、そうじゃないですか」
「いや、ごめん、何がそうなのかよく分からないよ…」
「あはは………」
ずず、と、鼻をすする。泣くとやたらと鼻もつまるから、あまり好きじゃないなと思いながら、彼はいくぶん気持ちが楽になっているのに気がついた。
なんだ、ずいぶん現金だな、と、彼は自嘲気味に笑う。だけれど、サンソンの言葉は存外間違いではないのかもしれない。
「……辛いことを、辛いと認める、ですか。なんか…辛いと感じてる時点で、認めてることになるのかなって、思ってたんですけど」
「うん」
「ただ、皆大変なのに、俺が辛いなんて言ってられない、って思ってたから、それは確かに、否定なのかもしれないなって、今思いました」
「………そうか」
「……でも、今、とりあえずそうなんだなって、思ったら、なんかちょっとすっとしました」
「…!そうか、それはよかった」
サンソンは静かに相槌を打ちながら彼の話を聞いていたが、そう言った彼の言葉に、ぱぁ、と顔を明るくさせ、どこか嬉しそうにはにかんだ。

辛いものは、辛い。
苦しいものは、苦しい。

そうなのだと受け入れるだけで、なんだか理由のつかないもやもやが胸につっかかっていたのが、少し楽になったように感じられた。
「…あっ、そうだ、ドクターに伝えないと。というか皆に騒がせたこと謝らないと…」
そうして落ち着くと、知らず目をそらしていた現実に目が向いてくる。ひとまず、閉じ籠って探し回らせてしまったことを謝らなければ。
「あ、それだけれど、君があそこにいたことはもう伝えてある」
「あ゛っそうなんですか!?」
そう思った直後にサンソンがそんなことを言うものだから、彼は漫画の表現のようにがくりと上体を滑らせてしまった。
そもそもよく考えたら、サンソンの言うとおりカルデアは広くない、あの時間まで誰にも見つからないはずがない。それでも一人でいられたということは、誰かの介添えがあったことは火を見るより明らかだ。そしてそれができるのは、どう考えても最初に見つけたサンソンのはずだ。
「すすす、すみません…ほんと何から何まで……」
「いやいや、気にしないでくれ、本当に。ただの僕のお節介だから…」
「いやでもほんと、毛布かけてもらったりとかほんと、ご迷惑お掛けしました…」
「やや…困ったな、ありがたく気持ちは受け取っておくことにしようかな。まぁ、それで少し一人にしてあげてくれないかと。ダ・ヴィンチ女史も来て、君には仕事は気にせず、数日休んでほしい、と。それを最初に伝えるべきだったね、すまない」
「いやいやいや、ありがとうございます…」
唐突に深夜の一部屋で、ペコペコと一人の男と英霊が頭を下げあう奇妙な景色が繰り広げられることになった。

カルデアの善き人々―塔―27

「……なんで分かったのか、聞いても、いいですか」
「……………」
サンソンは彼の問いかけに口をつぐんだ後、コーヒーカップをサイドテーブルにそっと置いた。
「…なんとなく、なんだ。カルデアのなかで行ける場所なんて限られてる。部屋にはいなかったとなれば、余計にだ。そして思い出したんだ、君の仕事のことを」
「それだけで…?」
「あとは…そうだな。君が女史に対して、彼女を殺してでも自分の仕事をするのだと、最後にそう言ったと聞いてね。なら、君は仕事場に向かっただろうと、そう思ったんだ」
「あー……はは………」
恥ずかしいような気まずいような。彼はそんな気持ちを覚えて、曖昧に笑うしかなかった。ただサンソンはそんな彼の気まずさには気付かなかったか、そう言うなり、す、と目を伏せた。

ーーそういうのを言葉にしづらいというのは、分かるつもりだ

つい先ほどの言葉が早々に頭にリフレインする。
「………あなたも、そうだったんですか」
「、え?」
ぽろりと、深く考えないうちに言葉がこぼれる。サンソンは虚をつかれたように、ワンテンポ遅れて驚いたように彼を見た。
彼は、ぐ、と、拳を膝の上で作った。
「…あなたのような、歴史に名を残した方でも……。仕事へのプライドというか、自負というか、その、うまくは言えないんですけど。…それが揺らいで……確かに譲れないもののはずなのに、放り出してしまいたいような、そんな気持ちを抱いたことが、あるんですか。だから、俺のこと、分かったんですか」
「!……、………………」
サンソンは彼の言葉に目一杯、その色素の薄い目を見開いた。彼はサンソンを直視できず、ふいと目をそらす。
なんだかとても失礼なことを言った気がする、と、彼は早々に言った言葉を後悔した。サンソンの職業は死刑執行人だ。当時の世間での扱われ方なんて、時代背景を慮れば容易に想像できることだ。まして、サンソンのように責任感の強い、誠実な人間が、必要悪とすら言えるような職務への責任との間で悩まないはずがないなんてことは、火を見るよりも明らかだ。
それを、自分と同一に見なすなどと、おこがましいにもほとがある。少なくとも彼は、そう思った。
サンソンは何度か瞬きを繰り返した後、脱力したように笑みを見せた。
「…そうだね。あるよ」
「!」
「特に若い時分は、そういったことで悩むことは勿論あったさ。…果たして自分は、正義なのかどうかを、いつも自問自答していた」
「……、す、みません、なんか、同レベルな感じに言っちゃって、俺なんかと、」
正義、という言葉に彼はずしんと胃が重くなるのを感じた。自分とはスケールが違いすぎる、そう彼は思った。
だが、サンソンは彼の予想を裏切って、驚いたように彼を見返してきた。
「何を言うんだい。確かに僕の仕事はフランスという国の平和のためにという、責任と自負があった。でも、君たちの仕事はそれよりも広い、人類全てに対して責任と自負があるものだろう?なら、僕の方が軽いくらいだろうさ」
「!!いやっ、そんなことは!!」
「それに、たとえ僕と君が感じたものの重さが違ったとしても、だからといって僕より君の方が苦しくないなんてことも、君が僕より苦しんだはずだなんてことも、おいそれと言えるようなものではないんじゃないだろうか。……僕も苦しんだ、君も苦しんでいる、そこに貴賤はないだろう?」
「…………、…………………」

ふっ、と、身体から力が抜ける気がした。
やっぱり、スケールは違った。自分と、サンソンの器のスケールが、だが。
彼は目頭が熱くなるのを、手が震えるのを感じながら、ぎゅうと一際強く拳を握りしめた。
「…………俺が、今、苦しいのは……精神の病だなんて、言われてしまうのは…俺が、俺の心が、弱いからなんでしょうか…」
「……………………」
絞り出した声は僅かに震えていて。
サンソンはそんな彼を、じ、と見つめていた。
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