2018-9-28 15:14
【Epilogue】
「やぁ、おはようみんな」
ーー早朝、冷凍保存室にはいつも通りの彼の姿があった。彼は一つのコフィンに手を伸ばして触れ、にこりと微笑んだ。
「昨日は迷惑をかけてすまない。でもお陰さまで、今日の俺はひと味違うよ!なんてね、あはは!君はよく眠れたかい、カドック?いつも隈だらけだから、地味に心配してるんだよ」
そしていつものように声をかけ、コフィンのメカニカルチェックとコフィン内の人間のメディカルチェックを手早く済ませる。
「やぁ、オフェリア。君のメディカルチェックは正直いつも緊張するんだ、正直分からないことが多いからね!…でも、変わりなしか。良いのか悪いのか…すまないね、もう少し待ってくれるかい?」
ピピ、と、操作するタブレットが音をたてる。
ほとんど普段のチェックの数値が変わることはない。それをただ素直に安堵しつつ、変えられない自分にもどかしさを感じる。
「…でも、少しずつ。俺も、できることをやって、君たちをそこから目覚めさせて見せるから」
全てのメンバーのメディカルチェックを終えた彼は、目の前のコフィンで眠る青年に向けて、そう確かに口にする。
「…そりゃあ、いつになるか分からないし。もしかしたらその前に負けてしまうかも…いや、そんなことにはさせない。人理修復には間に合わなかったとしても、それでも君たちには未来がある。だからきっと、そこから出してみせる。それが、俺のここでの役目だから」
ーーそれは誓いのようでもあり。自身に言い聞かせているようでもある。
「…それじゃあ、また夜に」
彼はそう呟くように口にすると、とんとん、とコフィンを叩いた。
「律儀な君らしいな、アーサー」
「!ウェイ……エルメロイ?世…?」
「あー……それだが、ウェイバーで構わない。孔明でも構わないがね」
「何言ってんだ、エルメロイの名前より重いだろうがそっち」
「!……ふっ、ちがいない」
いつの間に入ってきていたのか、冷凍保存室にエルメロイ?世が姿を見せた。彼はエルメロイ?世が姿を見せたことに心底驚いたが、ちょうどいい、と思い直し、向き直る。
「昨日は迷惑をかけた。ナイチンゲール女史にはまだ会えていないが、後で謝りに行くつもりだよ」
「!…いや、私は迷惑などかけられていないよ。……あー、その、なんだ……アーサー、」
「俺は、大丈夫だ、ウェイバー・ベルベット」
「!」
ーーー君は、大丈夫か?
いつだか尋ねられて、にべもなく突き放した時の答えを、彼は口にする。
「……まぁ、まだ完全に!大丈夫とは!!言えないけどな!ほら、人間の劣等感とかそんな簡単に消せるもんでもないし?」
「…………。…、ふふっ」
エルメロイ?世はしばしぽかんとした表情を浮かべていたが、どうやら彼が一部吹っ切れていることを理解したか、ふ、と薄く笑みを浮かべて笑った。「そうか。なら、何よりだ」
「あの時、俺から話に行くって言ったよな。どうだ、今夜とか」
「!あぁ、構わない。よろこんでお付き合いしよう」
にや、と笑ったエルメロイ?世の笑みは、ウェイバーを彷彿とさせて。彼もずいぶん懐かしいものを感じながら、笑って返して見せた。
「あ!君、」
「!ブーディカさん」
少し早く目が覚めてなんだか作業もさくさくと進んでいたから、エルメロイ?世と軽く話してもまだ時間には余裕がありそうだった。またお風呂にはいるのもいいかな、と思いながら冷凍保存室の前でコートを畳んでいると、ブーディカが通りかかった。心配そうな顔色を浮かべている彼女に、にこ、と彼は笑って見せる。
「おはようございます。昨日はお騒がせをして…大変ご迷惑をお掛けしました申し訳ない…!」
「えっ!?いや、気にしないで!……そんなことより、君は大丈夫なのかい?お姉さんはそっちの方がずっと気になるかな〜」
「あぁ、お陰さまで、一日考える時間をいただけたので、大体大丈夫です」
「そう、それならよかった!今日は昨日から仕込んだコンソメスープがあるんだ、よかったら食べに来てね」
「ええ、ぜひ。また後で」
にぱっ、という効果音が似合いそうな綺麗な笑顔を浮かべるブーディカに、自然、彼も笑顔になる。そうして彼はブーディカに別れを告げ、一旦浴場へと向かった。
軽くひとっ風呂を浴びてから彼は身なりを整え、食堂に行く前にコントロールルームへと向かった。きっとそこに、いつも通りドクターロマニがいるだろうと思ったからだ。
そうして予想通りに、ロマニはコントロールルームにいた。
「おはようございます、ドクター」
「ん、おは……あぁん!?」
「はぅあっ!?」
眠気があるのか、気だるげに視線を向けたロマニが突如ヤクザのような声をあげたものだから、彼も思わず声をあげた。ロマニはしばしポカンとして彼を見つめていたが、すぐに我に返ると駆け寄ってきた。
「アーサー!くん!」
「はい!おはようございます!!」
「おはようございます、じゃ、ない!あれ!?しばらく休みって聞いてない!?」
「聞きはしましたけど、それはそれで余計なこと考えてまた変なところに陥ってしまいそうなので、仕事させてください」
「えぇ……」
困ったなぁ、と、ロマニはがくりと肩を落としたが、そのあとすぐに顔をあげたロマニは、そう困っているような表情を浮かべてはいなかった。
ぺちぺち、とロマニが彼の頬に触れる。
「……うん、でも、今日は良い表情をしてるね」
「そうですか?」
「うん、そうだとも。…なにか、分かることがあったのかな」
ーーこの人は、本当に人のことをよく見ているな、と彼は漠然と思う。分かってもらえる、とまでは感じない。ただ、よく見ていてくれているのだと、それは確かに感じる。
その視線があるだけで、どれだけ支えになるだろう。
彼はロマニの言葉に、小さくうなずいた。
「……そうですね。ただ、俺は今の自分の限界を、認めなくちゃいけないんだなって。そう思って、実行しました」
「…そうか、なるほど。サンソンからいくらかは聞いているけど、よかったら、僕にも話を聞かせてほしい」
「ええ、それは俺も説明しないといけないなって思っていたので。お時間都合のいいときにでも、ぜひ」
「うん、ありがとう」
ロマニは、柔らかく、そしてどこか嬉しそうに笑った。
「…まぁ、それじゃあ君にも仕事をお願いしようか。バートン!引き継ぎ交代、よろしく!」
「はいはーい。…あれ、お前大丈夫なのか?聞いたぞ〜ナイチンゲール女史に絡まれたんだって?災難だったな」
「はは…まぁ、もう大丈夫だよ、一応な」
「ん。なら頑張れ、今は猫の手も借りたいくらいだからな!引き継ぎするぞ〜」
「あぁ、分かった」
にかっ、と笑うバートンに、「他のスタッフから軽蔑の目を向けられるのではないか」と内心ビクビクしていた彼は、それがほとんど杞憂であったことを思いしる。
中にはきっと、表に出さずとも思っている人はいるかもしれない。でも、それだけだ。相手に勝手に思われているだけで、それだけが自分の真実ではない。
だって自分は、苦しかったのだから。
そればっかりは、自分が認めてあげなければ、一体どうやって苦しみから脱却できるといえるのだ。
「…お前は大丈夫なのか、バートン?」
「……さぁ、どうだろうな。お前が大丈夫じゃないなら、俺もきっと大丈夫じゃないし、でもお前が大丈夫なら、きっと俺も大丈夫になれるさ。負けず嫌いなんで、ねっ」
「!…ははっ、なるほどな。よし、じゃあ業務を教えてくれ」
「あぁ、昨日の観測なんだがーーー」
ーーーーーー
ーーこうして彼の日々は続いていく。
人類の未来をその肩に背負いながら、死の恐怖と戦いながら。
ちょっと重荷だと気付いたけれど、コフィン管理の仕事に責任と自負をもって。苦しい時にはその苦しさを素直に認めて、もう無理だと思ったら素直に人に頼って。
きっと自分の役目は果たすのだと、彼はひんやりとした、だけどどこかあたたかいあのコフィンの並んだ部屋で、一日を始め、一日を終えていく。
時々、コフィンの皆が目覚めたらお役ごめんだから、その後はどうしようと考えもした。だがすぐに、そんなことは終わってから考えようと思い直し、彼は愚直に、目の前の現実と自分に向き合い続けていった。
きっと役目を果たした先に、見えるものがあるだろうと信じて。
ーーーそうして。
ーーーー冷たい眠りに落ちる、その時まで。
END
【塔(The Tower)】 タロット 大アルカナ16番
正位置:
破滅、崩壊、悲劇、戦意喪失、自己破壊、メンタルの破綻、風前の灯、意識過剰、過剰な反応
逆位置:
緊迫、突然のアクシデント、誤解、無念、屈辱、天変地異