神域第三大戦 カオス・ジェネシス129

「!なるほど、」
はっ、と、子ギルも小さく声をあげた。

タラニスが現状死神であるのは、信仰が認められ、この場においては“そうである”という証明がなされたが故である。その証明が破綻すれば、タラニスは死神ではなくなる―“死神”として果たしている権能が効果をはっさなくなる。

それは、つまり。
「戦いの直接の邪魔はしなくても、魔眼の妨害の排除をするつもりか…!」
「うるさいな」
「どわっ?!」
タラニスが死神でなくなれば、今彼が内包しているこの場の命はそへぞれの身に戻ることになる。つまり、バロールの魔眼の効果が有効になってしまうということだ。
それを許すわけにはいかない、とサーヴァントの面々はそれぞれ獲物を構えたが、再び言葉に乗った波紋に勢いよく弾き飛ばされ、妨害を妨げられてしまった。
「そうかい、生憎とここの死神は俺なんでな」
「死神は二者としていないよ、“僕の知る死神はそういう存在だ”。そして君は確かに“雷神”だ。ここの者の言葉にもはるかにそう語られている、ならばそれが道理であろう?」
「外からの来訪者、貴様の道理とこの星の道理は同じじゃないだろう?生憎とな」
「君の星の道理なんて、下位も下位だとも。大体、君の信仰はどこにあるとでも?“祭壇もなにもないじゃないか”」
タラニスは目をそらさず、相手との問答合戦に応じていたが、言葉を重ねるにつれ、魔法陣の抵抗が強くなっていく。

タラニスの弁論が弱い、ということではない。“自分の道理こそが正しい”という確信が、相手の方が遥かに強い、ということのようだ。タラニスが雷神であることは事実であり、またそちらが本体であることも揺るぎようのない事実である。それは信仰によって変化しているという“自覚”のあるタラニスにとって、否定できる概念ではない。対して、どうやら相手には“己の方が格上である”という強い自負があるようだ。

自信の強さ、といえば滑稽にも聞こえるが、当人同士しかいない場においては、“向けられる信仰の強さ”は“その自覚”においてのみ測るしかない。それが客観的に正しいかどうかなど、客観視する観測者がいなければ立ち塞がりようがない概念となる。故に、己の現在の死神の在り方が一時的なものであるという自覚を拭いきれないタラニスの方が、不利になるというのは道理であるのだ。
「君は“雷神”だ、タラニス。あそこのバロールだってそうだと証言していたとも。今の君の在り方は、“偽物だ”」
「生憎とこのあり方も“真実だとも”。そう信じたものがいて、信仰を捧げた、故に成立しているのだからな」
「“その術式たる魔法陣は揺らいでいるのに?”」
「“揺らごうが成立しているのだからこれは真だ”」
お互いに否定する言葉を投げ掛けあいつつも、魔法陣が見せる拒絶反応はますます大きくなっていき、タラニスは小さく舌打ちした。ローブ姿は愉しそうに身をよじらせた。
「君は元々、光神ルーの“付属品”だ。自尊心が低いのは仕方がないことだ」
「付属品?おいおい、ジョークのセンスはないようだな。俺は俺だ、“それはルーも否定しているところだからな”」
「へぇ、そう。だが、そうだとしてもそれは“雷神としての君だ”。“死神の在り方じゃあない”」
ギチギチ、と魔法陣が鈍い音をたてる。タラニスの顔にも僅かな焦りが見える。
「…ッ、ウィッカーマ…」
「だぁめ」
「っ!?」
信仰が足りないというのであれば、改めて示せばいい。
波紋の衝撃波により地面に叩きつけられ、ぐらぐらとする頭を無理矢理起こしたクー・フーリンは、タラニスの劣勢を悟ると再びウィッカーマンを呼び出そうと杖をたてた。だがそれを察したか、勢いよく飛び出した触手がぎちりと起こした腕を拘束し、妨害する。それもただの拘束ではないようで、絡み付いた部分から急速に魔力が吸いとられているのが体感でわかった。
「くそっ…タラニス!!」
「“君は雷神だ、死神じゃあない”」
畳み掛けるように言葉を重ねてくる。魔法陣の震えは大きくなり、いつ崩壊してもおかしくはない。
「くそっ…させてたまるか……!!」
クー・フーリンの中にも焦りが生まれる。

タラニスの死神化が解除された場合、今宝具で衝突しあっているルーはどうなる?即死の能力を妨害しながらも魔眼の威力を真正面から受け止めている、ルーは?

ウィッカーマンのためにセーブしていたクー・フーリンと違い、魔力消費が激しかったマーリンと子ギルはまだダメージから立ち直れていない。タラニスも魔法陣の維持で精一杯だ。
何かできるとしたら、それはもうクー・フーリンしか残されていない。ならば、術の発動の妨害を引き起こしている魔力の吸引が追い付かないほどの魔力を放出させ、無理矢理にでもウィッカーマンを呼び起こすしかない。

たとえそれで、この度の現界での霊核が崩壊しようとも。

「背に腹は変えられねぇか―!」
「っ!!セタ坊、やめろ!」
迷いなく腹を決め、魔力を放出させようとしたのを察したか、タラニスが制止の声をあげる。だが他に方法はない、と、無理にでも実行しようとした。
その時だ。

「いいや、彼は死神だとも!!」

朗々とした声が、彼らの頭上から降りかかる。どこから跳躍した来たのか、あるいは飛行でもしてきたのか。タラニスとローブ姿の間に割り込むように、声の主は勢いよく着地する。
黄色い目を輝かせ、にやりとその口元を自信ありげに歪めて見せる。

「何故なら!“故にこそ私は、彼を殺したのだから!!!”」

「!!」
ローブが動揺したように大きく揺れ、自信に満ちた凪子の声に呼応するようにピタリと魔法陣の震えが止まったのだった。