2019-1-25 20:44
「…………ってぇ、訳なんだが……」
―一通りにあったことを全て話したクー・フーリンは、むっつりと黙り込んでしまったリンドウに恐る恐るといったように顔を覗き込んだ。リンドウはしばらく無表情のまま黙り込んでいたが、ひたり、と顔に手を当てると、はぁーー、と長いため息をひとつついた。
「…………この時代の彼女の居場所が分かったのは僥倖だ」
そうしてぽつり、と呟いてから、どこか吹っ切れたようにリンドウは顔をあげた。ぎくしゃくとしているクー・フーリンに、柔らかく微笑みかける。
「話してくれたことに感謝します、キャスター」
「…お、おう」
「未来の彼女だけでなく、この時代の彼女まで巻き込まれているとなれば、私も無関係ではいられない。私にできることならば全て手助けしよう」
「…!もう十分に助けていただいています、でも………ありがとうございます」
マシュはどこか戸惑いながらもそう謝辞を口にした。どこかその言葉には、親近感を感じさせた。
それに気が付いたかどうかは分からないが、リンドウはニコ、と笑うと、パシンと手を叩いた。
「では手始めに、カルデアなるものとの連絡手段の回復だね。この、ツウシンキ、というのは魔力が芳醇なところに持っていくと壊れてしまうようなものかな?」
「あー……どうだろうな、壊れるかもしれん」
「…成程。じゃあ、彼女にはちょっと我慢してもらおうか」
「我慢?」
「少し待っていてくれ」
リンドウはてきぱきと状況確認を済ませると、素早く奥の部屋へと姿を消してしまった。残された面子がポカンとしているうちに、リンドウは小瓶を手にすぐに戻ってきた。
「彼女なら分かる可能性高いんだよね。なら、連れてこよう」
「あ、いやだが、治るまで出てくるなって…」
「だから、治ればいいんだ。少し待っててくれ」
リンドウは小瓶に入った液体を揺らして見せて、悪戯っぽく笑うと家を出ていった。
少ししてから、酷く不貞腐れた表情を浮かべた凪子を引き連れてリンドウが戻ってきた。クー・フーリンは意外そうにリンドウを見上げる。
「よかったのか?連れてきちまって」
「良薬は口に苦しって言葉知ってるかぁい…」
「へ?」
「何、回復促進の霊薬を飲んでもらったんだ。退屈そうにしていたしね、ちょうどよかったろう」
楽しそうにそう言うリンドウに、べ、と凪子は苦虫を噛み潰したかのような表情で舌を突きだした。相当霊薬が不味かったようだ、表情はなかなかもとに戻る気配を見せない。
「…で?通信機が呪われたって?」
凪子は不機嫌そうにしながらも、そうまでして早々に連れ出された理由は理解していたらしい、早々に通信機の前に座り込むと、てしてしと通信機を叩いた。藤丸ははっとしたように、凪子の言葉に何度か頷いた。
「それに、通信も繋がらないんだ」
「あー…まぁ、奴さんはこれを口と耳と見なして、発声器官に侵入した構図になるんだろうな。これでいうところの出力装置とスピーカーか」
「じゃあ、その辺のパーツをどうにかすればいいってこと?」
「まぁ物凄くざっくり言うとね」
凪子は今まで度々してきたように掌で通信機を透視しつつ、リンドウを振り返る。
「これが発していたのは長時間聞かないと発生しない呪いなんだよな、リンドウ?」
「あぁ」
「遠隔操作か、あるいは一度付与したら自動反応するものか…ま、電源切ったら切れる呪いだ、直接バロールとは繋がっちゃいないとは思うぜ」
「まぁそうだよな。なら、あの宝石の呪いと同程度か、多少雑に弾いたところでしっぺ返しが来る心配はないな」
凪子が尋ねんとしていた事を察したか、クー・フーリンが呪いの種別について推測を述べた。呪いの強さや形式は、解除するときに大いに関係するものだ。クー・フーリンのそうした言葉に凪子は満足げに何度か頷くと、リンドウがおいたリースをそのままに自分の髪の毛を数本、引き抜いた。
「えーっとたしか固有結界で作ったやつがまだ残ってたはず…」
凪子は腰に巻いていた鞄を後ろ手に漁り、結界内で生成し、小瓶にいれて保存していた青灰色の液体を取り出した。髪の毛を小瓶の液体に浸し、たっぷりと含ませる。小瓶から取り出して軽く振るうと液体はすぐに緩く硬化し、凪子はその髪の毛をリンドウのリースへと編み込んだ。
ちょうどリースを一巡する程度に髪の毛を編み込むと、ふぅ、と息をついて人差し指をリースに当てた。
「Pain, pain, go away, don't come back another day」
リズミカルにそう詠唱を唱えると、青灰色になった髪の毛がキラリと光り、ポンッ、と軽い音を立ててはぜた。破裂に合わせて薄い紫煙が上がったが、それはすぐに消えた。
ふぅ、と凪子が小さく息を吐き出す。
「ん、これで大丈夫なはず」
「おお…!」
「手慣れてんな。呪術師で生計たてる方が向いてんじゃねぇの?」
「嫌だよめんどくさい。必要に迫られて覚えただけだし、呪いってなげーんだもん」
凪子はパンパンと軽く手を払いながら、クー・フーリンの軽口に肩を竦めた。その口ぶりは軽かったが実に嫌そうであったので、辟易しているというのは本音のところなのだろう。
それを察したか、リンドウは一瞬複雑な表情を浮かべたが、すぐに頭を振ると凪子に向き直った。