2016-7-30 00:03
『アンタの魔力はなんつーか…あれだ、例えるなら、人間が入り込めない山奥に湧く水?』
「急にポエマーになりおった」
『ハハッ、アンタころすぞ?』
「ゴメンナサイ。でも正直、そんな大層なもんじゃないよ?」
『でも今時じゃみねぇ類のものってことは確かだ。だから飛び込んできたんならくっちまおうってな』
ぞぞ、と、脳内のサーヴァントの気配がどんどんと薄れていくのに対して、大聖杯からは何かがしみ出してきているのが分かる。
凪子は、ぴっ、と1本髪の毛を抜いた。指先をかじって血を出し、鞄から取り出したウィッカーマン型の藁人形に両方をいれる。
「あーごめんごめん、無理だわ、あげられない。というわけで、さようならっ!!」
凪子はふっ、とそれに息を吹き掛け、大聖杯の方へと放った。身代わりとして自身の気配をそちらに移したのだ。
そのあと凪子は、脳内のサーヴァントの気配が完全に消えたのを確かめ、全力で入ってきた入り口に向かって走り出した。
「…っはぁ、はぁ、ぜー……はぁ…っふー……」
今までにない全速力で洞窟を駆け抜け、入り口を飛び出した凪子は、念には念をいれて寺の正面口まで一気に駆け抜けた。さすがに息が上がり、石段にどすんと腰を落とす。
体をマナに慣らしにいったというのに、散々な目に遭った。
「…はー……っんでも、おかげさまで…」
ぐ、と、凪子は左腕を振り上げた。厄介な目にはあったが、マナに慣らすことはできた。左腕をどうにか動かせるようには復帰できたようだ。
「…はー目的は達成できたとはいえ……あれはまずいなーあれはまずいよー…」
一難去ってまた一難とはまさにこのことだ。
神の呪いはひとまず解除できたものの、大聖杯の穢れは凪子の予想を遥かに上回る悪質なものだった。
確実に、今回の聖杯戦争の監督役はアレがどういうものか認識した上でそれを使おうとしている節がある。それはそれで別にいいと思っていたが、さすがに規模が大きすぎる。この世すべての悪レベルともなれば、凪子にだって悪影響を及ぼす。
「…もうちょい可愛いもんだと思ってたんだけどな…なんか、あれを無視するのはちょっと…ってなっちゃうなー…困ったなー……」
はぁ、と、凪子は全速で走ってばくばくと高まる心臓をしずめながら、深々とため息をついた。
「…しかし、アヴェンジャーのサーヴァントか。世の中には面白いサーヴァントもいるまんだね……」
けらけらと笑っていたサーヴァントが思い返される。アレはいったい、誰だったのだろうか。
アンリマユは悪の概念存在であって、実在する生命体ではないはずだ。だが、そうでないものがサーヴァントになれるというのだろうか。それも、イレギュラーなクラスで。
「…かつて、そう望まれた誰かがいた、ということなのかなぁ……人間なにかを悪者にしないと生きてけない奴らだからなぁ…」
もしそうなのだとしたら、それはとても。
「反吐が出るなぁ」
ぽつり、とそう呟き、凪子はよっこらせ、と腰をあげた。藁人形に含ませるために切った指先を、ぺろり、と舐めれば、傷口が塞がる。
アヴェンジャーのサーヴァントとはなんなのか。そして、あのアンリマユは果たして放置していいものなのか。
知っていて手出しをしないというのには、それなりの覚悟が必要となる。凪子にとって、人間は守らなければならない存在では決してない。
だがそれでも、あんなもの、と自分が感じてしまったものでさえ、介入しないという自分ルールに縛って無視をするというのは、どうなのか。
色々な想いが凪子のなかを蠢く。救う義務などない、救ったところで凪子にメリットはない。
だが、それでも。
例えそうだとしても、もしかしたら人の運命を踏みにじるかもしれない行為だとしても。
「…あー!つかれた!飯にいこ!!」
そこまで考えて、考えることが面倒になった凪子は、そう叫んでひとまず食事をとることを決めた。