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神域第三大戦 カオス・ジェネシス131

「ッルー!!」
風にもてあそばれる木の葉のようにきりもみながら飛んでいったルーに、タラニスは血相を変えて叫ぶ。バロールもバロールで、重量があるからかルーほどもまれてはいなかったが、その巨体がそんなにも飛ぶことがあるのかという勢いで空を切り、地面に墜落していった。
タラニスは一瞬ローブへ視線をやり動向を確認したのち、すぐさまルーの落下予測地点へと走っていった。その背後を守るようにマーリンが続き、子ギルとクー・フーリンが立ち塞がる。
「ウィッカーマン!」
「ゲート・オブ・バビロン!」
杖の先の石飾りがきらりと光り、地面が飛び出した腕があふれる触手を叩き潰し、燃え上がる。その攻撃がもらした触手を、空から降り注いだ数多の刃が刺し貫く。
「どらァッ!!」
「ッ、この、力任せな…!」
そんな地上での衝突には目もくれずに深遠のはローブへ連撃を繰り出している。相手の言う通り確かに力任せな攻撃ではあるが、その“力”のパワーが桁違いなのであれば受けるも流すも困難になる。ローブは深遠のの攻撃を的確によけながら忌々しげにそう呟いた。
「ヨッ。あといくつ…なんか増えたなァ、存在が不安定なのか」
一方、“視線”の元凶を潰して回っている凪子は、減る気配のないそれにウーム、と小さくぼやいた。次々に破壊していた凪子ではあったが、途中から気配が減っていかないことに気が付いていた。どうやら排除したところで消せはしない、ということのようだ。凪子は体制を立て直して軽やかに着地すると、槍の石突きをトンと地面に突き立てた。
「詠唱省略、“視界阻害(マジック・フラッシュ・バン)”!そっちは任せた!」
コマンドのようなものか、端的にそう告げた凪子の言葉に合わせて小さく魔法陣が展開し、直後に白い光の靄のようなものがあたりに展開した。肉眼での視界阻害にはならないあたり、魔術的な視界のみを阻害する魔術であるようだ。凪子は靄の展開に納得したように頷くと、タラニス同様ルーの落下地点へと向かった。

「ルー…!」
タラニスはルーが地面に激突する前に受け止めることに成功したようで、抱えたルーを慌てて地面へと下ろした。
「…ッ……仕留めそこなったか…ッ」
「いやいや追撃の前に回復が先だよ光神!」
弾き飛ばされたルーは、なかなかのあり様だった。防具であろう装備は全て破壊され、まとった霊衣もところどころが損傷している。特に槍を持っていた右腕に損壊は激しく、かろうじて繋がっているといえるような状態だった。右腕から胴にかけてはひび割れが走り、黒ずんだあざのようになっている。
そんな状態にあるにも関わらず立ち上がり、バロールの元へ向かおうとするルーをマーリンが慌てて引き留め、回復魔術をかけるべく杖を掲げた。ちょうど凪子はそこへ合流した形になった。
「よかったまだ生きてるな」
「!深遠…いや春風凪子か。そちらの始末はついたのか」
「おうよ、正気取り戻して血気も盛んだから、連れてきて今あっちでドンパチしてるよ。キャスター、修繕できるか」
「大丈夫そうだ、だが付け焼刃だぞう。私だって神体の修繕なんてしたことないからね」
「いい、十分だ。今のうちに畳みかける、タラニス、貴様はさっさと領域内に戻っていろ…!」
「我が御霊、俺が妨害できるのは即死の効果だけって努々忘れられるなよ!!」
マーリンによる治療を受けたルーは、タラニスや凪子を顧みることなく地面を蹴り、未だ土煙を挙げ姿の見えないバロールの元へとまっすぐに走って行ってしまった。タラニスは半ば自棄気味にその背中に言葉を投げかけ、鎌を手に魔法陣が展開している領域へと戻っていった。
マーリンもマーリンで治療であらかたの魔力を使い果たしたのか、がくりとその場に膝をついたものだから、凪子は慌てて魔法陣を開き、中に手を突っ込んでごそごそと中を漁った。
「…ほい、魔力回復用の飴ちゃん。多少の回復にはなる」
「はは、すまないね…。僕も領域内に戻らなければ。魔力が潤沢なこの時代は我々にも戦いやすい環境ではあるのだが、いやはや、神相手は骨が折れる」
「通信が途絶した、って森に入る前に聞いたけど、宝具同士の衝突のせいかね。いやぁさすがバロール、魔眼の能力は大したもんだな」
他人事のように軽くそう言いながらよいせと凪子はマーリンを担ぎ、ひとっとびに跳躍して魔法陣内へと舞い戻った。バロールの落下地点からは再び激しい剣戟の音が響いてきており、また深遠のとローブとの衝突も派手な音を立てていた。
「念のために言っておくが、あの二柱の邪魔はやめておいた方がいい」
「いやぁ割り込める雰囲気でもないし、とりあえずは任せておくさ。そういう話だしな。それより気になるのは―」
「凪子くん?」
「…結局何が、“私を呼び出すほどの危機”なんだ…?」
「それは……そうだな、どうやらあの異邦者の目的の一つはあの樹の育成らしいけれど」
「樹ィ?」
必要に応じて援護をするため、槍をゆらゆらと揺らしながら深遠のの様子を伺っていた凪子は、マーリンから返って来た言葉にあたりを見回し、更地となった中でぽつんとたたずむ白い樹に目を止めた。す、と指を目の上下に添え、瞳に魔術式を展開してその樹を“観察”する。
「…なんだあれ……」
「成長していないだのなんだの、バロールに文句を言っていてね、バロールを蘇らせた対価であったようなんだが」
「私が見ても“さっぱり分からない”、なんだありゃ!?」
マーリンはそんな凪子ではなく戦闘の方を注視していたために、凪子が驚愕と困惑の声を上げたところでようやく彼女が自分の話を聞き流していたらしいことに気が付き、ついでそのあげた言葉に眉間を寄せた。
「…分からない、っていうのは?」
「少なくとも地球上のものではないしこれまで私が生まれた以降の歴史の中であったものでもない。いや、というかあれは…なんだ…?植物と呼んでいいものじゃない…動物…??」
「!凪子くん!」
「!!」
ブツブツと呟きながら樹を見つめる凪子にローブが気が付いた。彼は深遠のを遠ざけるように大きくはじくと、その裾から数多の触手を凪子めがけて発射した。凪子はマーリンの忠告の声にそれに気が付き、槍を振り回してそれらを斬り弾いた。

神域第三大戦 カオス・ジェネシス130

「!深遠の、おまえ…!」
「ハーイ凪子さんだよ、無事で何より」
驚いたように己を見るタラニスに凪子は軽い調子で言葉を返す。遅れて、深遠のが同じ様に凪子の隣に着地する。魔力で編んだのか、道中手に入れたのか、その装いはいつの間にか遊牧民族風になっており、垂らしていた長髪もうなじのあたりで緩く結わえられていた。
深遠のは漂うローブを一瞥し分かりやすく顔を歪ませる。相当に神という存在が嫌いであるらしい。凪子はそんなかつての自分にくふくふと笑いをこぼしながら、さっ、と周囲の状況を確認する。
「…ルーとバロールは衝突中か。あれに首突っ込むくらいだったらこっちを先に片した方がいいな」
「執行人…!」
「よーう、さっきぶりだな、なんだァまた姿隠して。自分の見目に自信ないのか?」
忌々しげに相手が漏らした言葉に、凪子はつっけんどんに煽るような言葉を返す。ルーは、彼のものを「認識してはならない」ものと見做していた。それが姿を隠しているのであればそれは人間側にとっては有利であるはずだが、だからこその煽りなのか、それとも凪子にとっては“対処出来得るもの”と見抜いているのか。ローブが不愉快そうにぶるりと揺れた。
「なぜお前の一言で覆る?神でもないお前の!」
「ええ〜?まぁ理由はいくつか考えられるけど…私がタラニスを“死神として殺した”ことが事実だからじゃないかな」
「この時間軸の話ではないはずだ…!」
「それを言うならお前さんの存在だって本来ここにいないはずのものだろうよ。それに私にとってのタラニスは“そういうもの”だ。“私はそういうように信じている”、ならそれも一種の信仰だろう?」
「…ッ!!」
ぶるぶるとローブが震えている。対して凪子は興味が失せたように目を伏せ、ぐるぐると首を回した。
「まぁなんだっていいんだけれど。とりあえず深遠の〜」
「…何」
「あれから斃そうか」
示し合わせていたかのように、凪子がそう言い切ると同時に両者はローブめがけて勢いよく跳躍した。とっさに翻して深遠のの一撃を交わしたローブに凪子の追撃が叩き込まれる。
「ぐっ……!」
「中身はあるのか」
「…視線が不愉快だ」
「そうだなぁ、まあそっちは承った」
上空で二人の姿が交差する。端的な会話で役割分担を決めた両者は、それぞれに動き出した。
深遠のは凪子が差し出した掌を蹴り、弾き飛ばされたローブへの追撃をかけた。対して凪子は宙に展開した魔法陣からいくつかの宝石が付いた紐飾りを取り出し、それを自身の槍に巻き付けるとそのまま槍を空中で振りかぶった。
「そらッ!」
一見何もないところで振り下ろされた凪子の槍は、しかして、ザシュリ、と何かを切り裂いた音を立てた。絹を裂くような悲鳴のような音が少しだけ響いて、何かが消滅したように空間がわずかにたわむ。凪子はそのままくるりと回って着地すると、また別の何もないところへと跳躍していった。
「おいしんえ…ええいややこしいな、春風凪子!貴様、“認識”して平気なのか!?」
「認識ィ?」
「我が御霊は認識してはならないものだと宣っていたぞ!」
ヒュンヒュンと軽々と宙を舞い、的確に“何か”を切り裂いていく凪子に思わずタラニスが声をあげる。凪子はタラニスの言葉に不可解げな表情を浮かべながら、また槍を振りぬいて“何か”を切り裂く。
「…ああ、まぁ察しているだけで別に視ているわけじゃないからねェ」
「その割には一度も外してないように見えるけど、君」
「装備品で範囲拡大の攻撃補正つけてるだけだよ、見えないもの切ることはできないから、ねっと」
事も無げにさらりとそう言いながらまた何かを切り裂き、凪子はタラニスの前に着地した。腕にまとわりついていた触手を子ギルの手を借りながら引きはがし終えたクー・フーリンは、まとわりつくように感じていた視線が随分と減ったことに気が付き、着地した凪子にげんなりとした視線を向けていた。
「なんでもアリかよ、テメェ…」
「無駄に2000年生きてないよ。…と言いたいところだけど、身体の調子が随分いいからなんか補正を受けている気分はする」
「!星の支援かな?」
「どうだろ…私はあくまで別時間軸っぽいからな。あっちの元気いっぱいな私のが受けてる気はする、」
凪子の言葉が終わらないうちに、深遠のが攻防の末にローブを叩きつけた衝撃で大地が大きく揺れた。凪子は、ワーオ、と間の抜けた声をあげる。
「あそこまで腕力なかったよいくらなんでも…」
「くッ……」
するりとローブが翻り、力なく中空に浮かび上がる。だがそれを許さないと言わんばかりにその裾を掴み、ぐるりと身体ごと回転させながら深遠のは再び地面へと叩きつけた。先ほどまでではないが、また大地がぐらりと揺れる。
「…っ……なんて腕力だ、蛮族にもほどがある…ッ」
「…まだ壊れないのか、丈夫だな」
さすがに多少のダメージは通っているらしい、ローブの動きはふらふらとしている。深遠のは忌々しげにそう呟きながら、すっくと身体を起こした。
ローブ姿が再びぶるりと震え、瞬間的にその眼下に魔法陣が複数展開し、触手のようなものが勢いよく地面から飛び出した。攻勢に転じた相手に深遠のは興味なさそうに視線を向けながら、自らめがけて飛んできた触手を事も無げに掴み、引きちぎり、投げ捨て、地面を蹴って再び接敵していった。
そんな様子に、凪子はぽりぽりと思わず頬をかく。
「…いやぁ昔の自分って恥ずかしいもんだね??」
「んなこと言ってる場合か!」
「いやァこれが人間のいう黒歴史か〜!って感じがするわ!!」
深遠のは軽々と払ったが、魔法陣から生まれ出た触手の量は尋常ではない。自らに向かってきたそれをそれぞれが各々のやり方で振り払っているなか、のんきなことを口にする凪子にクー・フーリンは思わず吠える。
「(くそったれ、どうにも付き合ってらんねぇな…!)」
思わずそんなことを心のうちで呟いた時。
彼らの背後で渦巻いていたルーとバロールの衝突により発生していた魔力の渦だまりが勢いよく爆ぜ、拮抗していた両者が互いに勢いよく吹き飛ばされた。
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