2017-10-21 23:13
あー、と、“ランサー”は面倒そうに頭をかいた。言葉で語るより拳で語る方が得意そうな男だ、解説を求められて面倒なのだろうと女王蜂は予想した。
「つまり、UGFクリードは勿論、ChaFSSも黙っているつもりはねぇ、ってことさ。ChaFSSの事実上のリーダー、セイバーはその辺、負けず嫌いな帰来があってな」
「……そもそもの話、何故仕返しなぞするような話になったのかを聞きたいところだが」
「ん?アンタ、“なんで治安維持組織たるCPAが犯罪を犯したのか”の理由については見当がついているんじゃあねぇのか?」
「理由なぞ興味はないよ。…だが、ChaFSSが仕返しを思い付くということは、おおよそ自作自演、と言ったところか」
「分かってんじゃねぇか」
手間かけさせるんじゃねぇよ、と呟きながら“ランサー”は放置された机の上の埃を払い、その上に行儀悪く腰かけた。
たてた膝に肘をつき、にや、と笑って女王蜂を見る。
「ま、あの2つの組織は今後もこの街にいる組織という意味では、そう博打にも出られねぇ。UGFクリードは下手を打てば完全に指名手配されて存続に関してリスクを負うし、ChaFSSも黒幕の息がかかった人間に入られでもしたら今回のようなことが横行し、本来の存在意義が揺らぐ可能性が大いにある……」
「…成る程。それで、可愛らしい意趣返しと来たか。滑稽なことだな」
「なぁに、組織ってもんは往々にして、その程度の可愛らしいものでも効果があるもんさ」
“ランサー”は、はは、と、声をあげて笑う。身に覚えでもあるのだろうか。だがすぐに笑いを引っ込め、じ、と女王蜂を見つめてくる。
「…それで、お前さんを逃がすことにしたのさ。CPA本部から増員が来ていて、既に包囲網がどんどん広がりつつある。名目上は交通安全のイベント、と称しているがな」
「…道理は分かった。が、何故それでオレを逃がす。そのような世話を焼かれる覚えないぞ」
「なんだよ、素直じゃねぇな。そいつはな――」
事情はわかってきた。随分すんなりと話す辺り、信じがたいことだが、どうやら嘘ではないらしい。
だが、道理や動機は分かっても、わざわざ手を貸してまで自分を見逃す理由はわからない。
“ランサー”は次から次へと尋ねてくる自分に辟易したのか、げんなりした様子を見せる。だがこのお節介は彼の仕事であるようなので、そうは言いつつも口を開いてくる。
だがすぐに彼は口をつぐみ、耳を押さえた。今さら気がついたが、彼の耳にはインカムがある。一人できた、というわけではないらしい。
しばらく彼は黙ったのち、チッ、と小さく舌打ちをして表情を引き締めた。
「…悪いな、話はあとだ。CPAがここを嗅ぎ付けた」
「何?」
「女王蜂、CPAは警戒視した方がいいと言っておく。お前さんは今まで関与することも関与されることもなかったんだろうが…あれは、敵に回すとかなり厄介だぞ。ここで逮捕されるつもりはないならついてこい」
「………………」
“ランサー”はそう言うなり机から飛び降り、ホルスターから銃を抜いた。腕時計についていたらしいライトを点けたりと、随分と警戒体制をとっている。
確かに、自分は治安維持組織とことを構えたことはない。自分が彼らにとって都合がいい存在であろうことは承知していたが、それ故に見逃してもらった、などということはない。だから目をつけられない警戒は十分に払っていたが、敵となるとそれでは足りない、と、いうことなのだろうか。
“ランサー”は動かない女王蜂に気が付くと、銃を構えながら顔だけで振り返ってきた。
「なんだ、オレが信用できねぇか?」
「……………まぁ、そうだな」
「ま、ならいっぺん騙されたと思ってついてこい。5分後にはここに襲撃があるからよ、それが本当かどうかを見てから、ってことでどうだ?不安なら、ほらよ」
「!」
“ランサー”は信用できない、といわれたことを気にもせず、笑ってそうかえしてきた。お人好しゆえ、というわけではないだろう。万屋など、胡散臭さのかたまりだ。信用されないことなどごまんとあるのだろう。
その上“ランサー”は抜いていなかった方の拳銃を女王蜂に放り投げていた。
これは、自信の現れだ。
嘘をついていないことと、自分の実力、その両方への強い自負と信頼、といったところか。
「…大した自信だな。いいだろう、まずは乗ってやる」
「そう来ねぇとな!先導する、ついてこい」
“ランサー”は女王蜂の返答に満足げに快活に笑うと、すぐに身を屈め、予め調べておいたのか、裏口の方へと進路をとった。下準備も万全、ということか。
「…成る程、確かにこれは侮れんかもしれないな」
女王蜂はそうぽつりと呟くと、質に渡された“ランサー”の拳銃を自分のホルスターに収めると、彼のあとに続いた。