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神域第三大戦 カオス・ジェネシス75

「――侵食領域固定。アオン、ダー、トゥリー、ケイイル、コーイグ、シア、シェアハド、オホド、ナオイ、デイヒ。其の領域を支配しせり。其の領域の統治者は我なり。アパタイト癒着、其は現実なり。流体化せしものなり。其は現実なり、統治者は我なり――」
凪子にしては仰々しい詠唱が口からこぼれ落ちていく。ゲール語でのカウントに合わせ、鍼灸針がわずかに深く食い込み、石で描いて固まっていた模様が緑色の光を放つ。
凪子は最後の一節を繰り返し唱えながら、ヒタリ、と模様に手を触れると、少ししてからそっとその手を引き始めた。掌に付着した石と、それを反映するかのようにルーの表皮にあったスパイラルの模様がずるりと浮かび上がる。
「…!」
その様子にクー・フーリンはわずかに息を飲んだ。
眼球の縁にあったスパイラルの部分からは、さらに伸びたようないくつかの線が同様に引きずり出され始めた。脳や心臓に向けて伸びた、呪いの部分なのだろう。凪子はゆっくりと、だが確実に少しずつ液状化した呪いを引き抜いていく。
凪子の言うように多少の痛みを伴ったのか、僅かにルーの眉間が寄った。だがそれ以外は微動だに動かず、ルーは凪子に任せていた。なんだかんだと煽ってはいても、一度受け入れたならば迷いなく信用している、ということなのだろうか。
「其は現実なり、統治者は我なり。其は現実なり、統治者は我なり――」
ずる、ずる、と鈍い音をたてながら、少しずつ完全に抜けきった部分が増えてくる。思ったより長かったのか、腕が伸びきらなくなった凪子はゆっくりと腰をあげながら、慎重に引き抜き続けた。
―そうして、最後の一本がずるりと抜けた。完全に抜けきったとき、液状化したその呪いは唐突にグニャリと蠢いた。
「っ!」
打ち上げられた魚のようにうねったそれは、呪い自身の持つ防衛機構か何かだったのだろう。自身をひっぺがした正体が凪子だと察したのか、呪いの先端が素早く蠢き、凪子の顔めがけて飛び出した。
「凪子!」
咄嗟にクー・フーリンが叫ぶ。凪子も一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐにニヤッ、と笑みを浮かべた。
「コンバート!」
鋭く凪子がそう言い放った瞬間、ピタッ、と呪いの触手が動きを止めた。直後、新たな標的でも見つけたかのようにぐるりと向きを変え、その呪いは凪子の鞄へと飛び込んでいった。
「な、なんだ?!」
鞄を膝に乗せたままだったクー・フーリンは思わずとびずさる。凪子の掌にあった石をも弾いて、呪いはするすると凪子の鞄に飲まれていってしまった。全て飛んでいったのを見てから、ふぅ、と凪子は胸を撫で下ろした。
「いやぁ身代わり宝石の予備があってよかった〜〜。ビックリした〜、呪いだけで動きよる、凄いねぇ」
「み、身代わり宝石?」
「終わったのか?」
はー疲れた、と何事もなく腕をぐるぐると回す凪子に、クー・フーリンもダグザもきょとんと凪子を見るしかない。ルーは興味がないのか、パチリ、と目を開けても特に気にした様子を見せなかった。
凪子は小さくうなずくとごそごそと鞄を漁り、ひとつの大振りな真珠を取り出した。真珠の表面には、スパイラルと同じ緑色の模様が走っていた。
「呪いを解除するときには、完全に消すよりも他のものに移した方が楽なんだ。私は慢性的に呪いが再発する生活してて、大した呪いじゃあないんだけどどうしても邪魔な時はある。映画館で映画見たい時に限って頻尿になる呪いが出たとか」
「ちっちぇ呪いだな!?」
「そういう呪いが邪魔な時に、“私”という存在の所在を宝石の方にあると勘違いさせて呪いを移すことにしてて、それ用の宝石をいくつかストックしてんのよ。宝石に移せば他人に譲渡することもできるから、売り物になるしね。ただまぁさすがにあんまり売り手がいないからそんな頻繁にはやらないんだけどね、頻尿になる呪いとか売れないし」
「結局解除ではなく移転にしたのか?つまらんやつだな」
「いやぁこっち襲ってきたんだもん、正当防衛よ正当防衛。この宝石を破壊してしまえば呪いは壊れるし、いいじゃん〜」
ハッ、と馬鹿にしたように笑うルーに凪子は拗ねた言葉を返す。期待を裏切るまではできなかったことを純粋に拗ねているらしい。妙に素直なものである。
クー・フーリンはしばらくポカンとしていたが、ルーの顔にもうスパイラルがないことを確認すると、はぁー、と長く息を吐き出した。
「…つまり、死の呪いは解除できたのか?」
「出来ました!完璧だろ?誉めてもいいんだぜ?」
「まぁ思ったよりはまともにやったな。それは誉めてやろう」
「どういうやり方すると思ってたんだお前。でもまぁ、お前さんがそう言うのは相当な譲歩なのは知っているので素直に喜ぶとしよう。へっへー、誉め言葉を言わせてやったぜ〜!」
「腹立つな貴様」
「ルー、本当に消えたのか」
斜め上の方向に喜びを示す凪子に呆れた様子を見せるルーに、ダグザは神妙な顔つきで尋ねる。死の呪いなどという上位の呪いを解除したとは思えないのんびりさ加減だったからだろう。
ルーは首を伸ばしてダグザを見上げ、ふん、と少しばかり不愉快そうに鼻をならした。
「2000年の経験とやらは生きているらしい。消えた」
「…なんと。お主…大層なことを言うだけはあるのだな……」
「あまりに信用も期待もされていない悲しみ」
「お前さんがあまりに軽いからだろうがよ…」
凪子はダグザの心底感心したと言いたげな口調にわずかに唇を尖らせたが、クー・フーリンの突っ込みにはにやっと笑うばかりであった。
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