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我が征く道は114

「さてと」
銭湯を探しふらりと町に出ていった―――と、思いきや。
数分後、凪子の姿はホテルの部屋にあった。ユニットバスの排水溝の部分にフィルターのようなものをつけ、その上でバスタブに半身浴が出来る程度に水を張っている。
湯ではなく、水をだ。
「あーもうやだなーでもこれ終わったら銭湯、これ終わったら大きいお風呂……」
凪子はぶつぶつとそんなことをぼやきながら服を脱ぎ、裸になってから鞄のなかを漁る。そうして、その中にしまいこんでいたコンビニのレジ袋から取り出したのは、なぜか食塩だった。
「本当は海のがいいんだけど、この真冬に海は辛い…不審者に見られるし出たあとが辛い…。ホテルの暖房ガンガンに効かせておけばまだ耐えられるってもんだ」
凪子はそう言いながら食塩のビンの青い蓋をはずし、飽和しない程度にざぁぁ、とバスタブに塩を流し込んだ。
ちゃかちゃかと軽く混ぜて塩を溶かし、溶けきったところで一緒に取り出していた小ぶりの真珠をいくつか、ぽとりとその中に落とす。
「………よし。やるか。あったかい飲み物準備よし、暖房よし、いくぞ〜…」
凪子は心底嫌そうにそう呟きながら、ざぶん、とその塩水に身を沈めた。
冷たいのか、かっ、と目が見開かれている。一旦全身を水に沈めたあと、膝だちの要領でバスタブの中にしゃがみ、ざばざばと塩水で身を清め始めた。
「…うー、寒い時期の洗浄は嫌だ……まぁこういう時に作れる澱み真珠は呪具として高く売れるんだけども」

どうやら、塩水で身体を洗い清めることが凪子流の魔力の“洗浄”であるらしい。塩水で汚れや穢れを洗い流し、それを排水溝に流すのではなく真珠に吸わせる、という流れのようだ。御祓の方法としては不思議な手法ではない。本来は川で洗い、海へと流すものであるが、その代わりにその穢れた部分を宝石などに閉じ込めて商品にしてしまおう、という辺り、なかなかしたたかであるとも言えよう。

凪子はぶるぶると震えながらも身体を洗い清め、水を抜く前にユニットバスから出た。ユニットバスのそこに沈んでいた真珠を拾い、軽くそれを持った手で水をかき混ぜれば、手を引き上げたときにはその真珠は真っ黒に染まっていた。
「うっわ。さすがアンリマユ。酷いもんができた、厳重にしまっとこ」
凪子はどす黒いその真珠を小箱にしまい、それをルーン文字を刻んだ布で厳重に丁寧に覆い、同じくルーンが編み込まれた紐でキツく縛った。
そこまでの処理を済ませてから凪子は水を抜いた。排水溝においておいたフィルターで、どうなっているのか分からないが、塩水の塩を全て回収し、それも小さな小瓶に仕舞って先ほどの箱と同じように処理をする。そうしてお湯で身体の塩水を簡単に洗い流すと、暖房をガンガンに効かせた部屋へと逃げこむように移動していった。
「あー寒かったー」
ずず、と淹れておいたコーヒーをすする。バスタオルでがしがしと身体を拭き、髪の水分を拭う。先ほど処理した箱と小瓶は、鍵つきの箱にしまい、鞄の底へと仕舞いこんだ。
「…しっかし、ギルガメッシュに何があったのかね?記録はしておいたし、あとで見てみようかな…」
凪子はぽつりとそう呟いた。
今洗浄を行ったのも、事の発端はギルガメッシュがアンリマユに関わる何かに遭遇したと主張したからだ。あまりに不愉快そうに語るものだから聞き損ねたが、何がそんなに侵食していたのか、そしてギルガメッシュに介入したのか、正直なところ凪子には分かっていない。
「…ま、覚えてたらあとで見るか…。それより銭湯じゃー!」
気にかかりはするが、洗浄はしたし、もう害はない。そもそも凪子に害はないし、深い興味もない。
さして気にすることはないか、と凪子は考え直し、さっさと銭湯にいこうと腰をあげた。

我が征く道は113

「…いや、もうよい。飽いた」
「あれっ。割と楽しそうに見えたんだけどな」
「そうさな。道化の人選はセンスがないとしか言いようがないが、道化としてはまだ見れたものであった」
「大分酷評されてる気がする」
「しているな」
「なんや急に機嫌悪いな…」
凪子は不服そうに唇を尖らせたが、すぐに肩をすくめた。
無理に進める気はないようだ。
「ま、そうだね。展開し続けて第二波第三波が来ても面倒だ。そちらが飽きちゃったんなら、もう終わりにしようか」
「…」
「うん、酷評されたけど、少しは楽しんでいただけたかな?」
「………そうさな。及第点くらいはくれてやろう」
「そいつぁ何より。では、解散としましょうか。物語は終わり、世界は閉じる」
凪子はにやっ、と笑い、ぱちんと指を鳴らした。



「!」
はっ、と気が付いたとき、ギルガメッシュは教会の屋根の上にいた。どうやら、固有結界を閉じると同時に転送されたようだ。
人の声にギルガメッシュが目を下に向ければ、協会を訪れた信者らしい人々の姿があった。
「………」
ギルガメッシュは、ふっ、とつまらなそうに目を細めると、霊体化して姿を消した。

一方の凪子は、そのまま公園にその姿があった。ぼーっ、と突っ立っているように見える。
「…………、さて」
凪子はすぅ、と深く息を吸い込むと、ぱん!と勢いよく手を叩いた。
その合掌の勢いが風になり、バチバチッ、と火花がはぜるような音がした。
「っはぁー!!結界解除ー!!あーようやく息が満足にできるー!!」
そうして、だはぁ、と間の抜けた声をあげながら凪子は大きく背伸びした。ぐるぐると身体を回し、すぅはぁと何度か深呼吸を繰り返す。
様々な制限を課せられて磨耗した凪子の身体は、それだけでいくぶんか回復した。
「あー……ん、と、特に気配はなし。じゃあもう魔術協会はいないなー」
凪子はごそごそと鞄をあさり、白い紙を取り出す。凪子は広場の近くにあったベンチにぼすんと腰をおとし、何かを折り始めた。
「まぁーったく……確かにちょっと派手にやっちゃったかなぁ。でもちゃんと隠してたつもりなんだけどなぁ。聖杯戦争が、思ったよりも監視されてたってことなのかねぇ?ま、今となっちゃあどうでもいいけど。若い子も見込みのある子もいなかったし」
すっ、と手慣れた手つきで作り上げたそれは、紙で作られたエイだった。凪子は犬歯に指を押し当てて指先に血をにじませると、エイの背中にすいすいと模様を描いた。
そしてそれを済ませると、たんっ、と軽く跳躍し、広場の近くの、高い木の上へと飛び乗った。
「さぁ、ロンドンは時計塔までお行き。そしてさっきの夢物語を見せてあげておいで」
凪子はそう言って、ちゅ、と折り紙のエイに口付けをすると、ぽいっ、とそれを放り投げた。どうやら時計塔に、事の顛末を伝えるための使い魔のようなもののようだ。
ぶるり、と震えたそれは水を得た魚のように身震いし、ゆったりと揺らめきながら西の空へと飛んでいった。
現実では大した時間はたっておらず、日はまだ高い。
「……あー疲れた。なんか銭湯とかないかな、銭湯……大きいお風呂入りたい…ついでになんかちゃっかり魔術師連中が持ってた小金せしめたからちょっと贅沢したい……風呂風呂…」
凪子ははぁ、と疲れたようにため息をつき、ぐるぐると首を回しながら銭湯を探すべく公園の広場をあとにした。

広場にはもう、何も残っていなかった。

我が征く道は112

「えー何そんなことあったの…?魔力を多少なりとも入れたからかな…やだーあとで洗浄しよ…」
「(洗浄)」
「あ、気付いた」
「?」
――一先ず原因は判明した。大聖杯のせいだというのなら、悪趣味であるのにも、的外れな答えを導きだしてはいるが言峰以外知り得ないはずの事を知っているのも、ある程度納得がいくというものだ。
そんなことをギルガメッシュが考えていると、凪子の間の抜けた声が聞こえてきた。ふ、とそちらを見れば、凪子を見つけて捨て身の特攻に出たのか、一人の魔術師が高く跳躍していた。
凪子はそれを見て、空中からどこからともなく木で出来た杖のようなものを取りだし、どん、と地面を突いた。
「寄れ屯せ来たれ集え!身の程知らずの蹂躙者、この無自覚の悪意に天罰を!」
それは、詠唱と言うよりかは呼び掛けのような言葉だった。そしてそれを言う凪子の口角はつり上がり、普段よりかは大分凶悪な笑みを浮かべている。

どうやら凪子は、割と、本人も無意識のうちに怒っているらしい。

勿論、自身の心象に干渉を受ける不快さはあるのだろうが、凪子が“怒る”というのはギルガメッシュには些か意外であった。

その辺りの感情を、大分だいぶ凪子は欠落しているのだ。
人間は諦観に諦観を重ねると、喜怒哀楽が希薄になる。その上そうした感情の希薄な人間は「優しい人」と見なされ、顧みられることが少ない。そうして更に諦観を重ねていく。
長生きなどと言うような言葉で言い表せないほどの長い期間を生きてきた凪子が重ねた諦観の数など、人間のそれとは比べ物にならないだろう。時折見える残忍さ、貼り付けたように常に浮かべている笑顔がそのいい例だ。
何を考えているのか、何を感じているのか掴めない。もしかしたら何も考えておらず、何も感じていないのかもしれない。
凪子はその手のタイプの人間で、ギルガメッシュはとりわけ後者の人間だと凪子を捉えていた。

どうやらその見解は、外れているらしい。これはギルガメッシュにとっては大いに意外なことであった。未来を見通す千里眼を持つギルガメッシュにとって、人を見通すことなど造作もないことであった。それが外れたとなれば、さすがに驚かざるを得ない。

そんなギルガメッシュを他所に、凪子の呼び掛けに凪子の世界が答えた。
凪子が杖で突いたところから、勢いよく木の枝が伸び飛び出す。その枝葉は勢いよく魔術師を絡めとり、締め上げる。魔術師の顔が恐怖でか歪む。
「この……ッ化け物がァァァ!」
「どっちが…!」
凪子はふっ、とつり上がっていた笑みを緩めた。
その顔に浮かぶのは、憐憫か諦めか、はたまた嘲笑か。
凪子が杖を振り回すのに合わせてその生え出た根は魔術師を振り回し、はるか眼下の仲間目掛けて叩き落とされた。
「…斯くして悪い魔術師は死んでしまったのでした、チャンチャン」
凪子はそれを見届けると、もっていた杖をくるくると回し、ぽいと放り投げた。放り投げられた杖は霧散して消えた。
敵の死亡を確認したからか、総攻撃を仕掛けていた人々や守護霊、魔物の数々は、自らの居場所へと戻り始めた。
「…さて、私を始末しに来た魔術師は始末したし、外で待機してたのも引きずり込んどいたから、多分どっかでのたれ死んでるでしょう。どうする?続きやる?」
くるり、と凪子はギルガメッシュを振り替えってそういった。
そう言う凪子の顔には、いつもの笑顔が浮かんでいた。

我が征く道は111

ギルガメッシュが凪子を追うように迷いなく魔方陣に飛び込めば、すぐさま別の場所に放り出された。着地した途端、ずずん、と大きく大地が揺れる。
それに顔をあげれば、遠くに見えていた赤い巨人がかなり近くに見えた。巨人の足元近くに飛ばされたらしい。
ぐるり、と周囲を見渡せば、少し離れたところに凪子を見つけた。凪子はギルガメッシュを見つけると、ちょいちょい、と手招きした。
「こっちこっち。こっちからならよく見えるよ」
「………」
凪子に促されるまま、少し小高くなっているところを登ると、切り立った崖の上に出た。確かに、そこからなら赤い巨人の戦いがよく見えた。
周囲を赤い巨人よりかは小さい三体の白い精霊が飛び回り、時間差で攻撃を与えている。赤い巨人の正面には、時臣が「歩く者」と称した黒いかたまりは、足と胴体と口しかない巨人のようで、赤い巨人に体当たりしては噛みつき、巨人の動きを止めている。海の男神という青い巨人は海からは出られないのか、巨大な銛のようなものを赤い巨人の背中めがけてぼかすか投げて突き刺している。
「…なすすべがないとはまさにこの事よな」
ギルガメッシュの口からあきれたようなそんな言葉が漏れる。
全くその通りである。赤い巨人には、もはやなすすべがなかった。このまま消滅するのも時間の問題だろう。
「さてあちらをご覧ください」
「?」
凪子の言葉にギルガメッシュは視線を崖下に向ける。そこには、赤毛の仲間とおぼしき魔術師の姿が何人かいた。だが悲しいかな、ギルガメッシュを襲った魔物や周辺の村の騎士に襲われているらしい。防御結界は張っているものの、それでも多勢に無勢、こちらも長くはもつまい。
「なんだぁ、派手に魔術妨害とかしてきたわりには大したことないなぁ」
つまらなそうに凪子はそう言う。ギルガメッシュも同様につまらなそうに目を細めた。
「余興にすらならんな。あの村の男どもの道化の方がまだましというものよ」
「ははっ。まぁ、世界の防衛力は大したものだろう?」
「…抑止力や守護者のことか?」
「ん?まぁ、似たようなもんかね。まぁ、世界というものは自分の存在証明を自動で行うもんだってことだね、例えそれが作り物の世界であっても」
「…確かに、固有結界でありながら正確には貴様の世界ですらない、というのはお笑い草よな」
凪子はギルガメッシュの言葉に困ったように肩をすくめた。
オオオ、と雄叫びのような音が響くのと同時に、赤い巨人が崩壊していく。
「思いの外あっさり終わっちゃったな、ここの人たち逞しーい」
「…、貴様、最近大聖杯に関与したか?」
「へっ!?」
ふ、と。ギルガメッシュは思い浮かんだ可能性を、無意識のうちに口にする。
気にするまいと思いながらも、どうしても気にかかる時臣の言葉。ぐだぐだ引きずるのは絶対にごめんだが、どうにも解決の糸口も見えない。
そこでふ、と思い当たったものが、あった。
ギルガメッシュが凪子の方を見れば、凪子は仰天したようにギルガメッシュを見ていた。
「………なんかあった?」
「時臣がな。妙なことを言っていた。“この世界の時臣”であるならば知り得ないことを、だ。貴様はそもそも知らない話な上に貴様の仕業でもないことは先程確認した。となれば、思い当たるのはアレくらいよ」
「…何言われたか知らんけど、大聖杯なら知ってることなの?それ」
「我が肉を得て今もいるのはアレのせいのようなものだからな。知っていても不思議ではなかろうよ。で?関わったのか、関わっていないのか、とく答えよ」
「関わったよ。身体の調子戻すのに行った。あそこ、冬木の一番強い霊脈みたいなもんだから」
「そうか」
ではそのせいか、とギルガメッシュは呟き、あきれたようにため息をついた。

我が征く道は110

「さて、残りを潰しにいくか。英雄王ー!来るのー?」
「ここに残ったところで何も面白くもなかろう、貴様の道化の方がまだ見ようがあるというものよ」
ギルガメッシュは自らに呼び掛けてきた凪子にそう返し、神殿の屋上から飛び降りた。落下途中で勢いを殺しながら、軽やかに着地する。上の二人に認識されなくされたのか、目の前で飛び降りたにも関わらず上から特に声は聞こえてこない。
ギルガメッシュは、ちらり、とエルキドゥがいるであろう神殿を振り返ったあと、凪子の方へと歩み寄った。
凪子はどこか楽しそうに笑っていた。人一人殺した直後だというのに。
「いやー、あんまり殺しはいい気分じゃないよねぇ」
歩き出しながら、凪子はそう言った。
そんな様子を微塵も見せないくせに、そのようなことを口にする。
自覚がないのか、あるいは隠すことに長けてしまったのか。
「ならば見逃せばよかったではないか」
凪子の少し後ろを歩きながら、ギルガメッシュはそう問いかける。うーん、と凪子は首をかしげた。
「さすがに私を殺そうとするやつを逃してあげるほど優しくはないというか、生き残ったところで結局また来るし…あと失敗したらあとはもう生き恥さらすだけでしょ?魔術師て。現に、昔見逃したののほとんどは自殺したからな〜その後…。ならさっぱり死なせてやるとも。苦しみのないうちに」
「………そうか」
「人間は名誉と命を天秤にかけられる生物だからねぇ。お前さんだって、それが必要なことなら命を平気で捨てるタイプだろう?大事に大事にすればいいのにねぇ、どうせいつかは死なねばならんのだから」

その言葉にはどこか、羨ましそうな響きを伴っていた。
ギルガメッシュに凪子に対する興味はない。人ではない、不死の存在などという時点で、むしろ虫酸が走る。
だがどうにも、今の凪子はハイテンションに見える。なにか、妙だ。

ギルガメッシュは、はっ、と嘲笑うように笑った。
「死すべきときに死ねと言ってそれはなかろう?」
「ん?……そういえばそうだね。はは、あの子に当てられたかな」
「あの子……?」
「うん、でもなんだろう、やっぱり潔いのが好きだからさぁ。逃げるなら逃げるでスパッと逃げる、死ぬなら死ぬ、そこはスパッとしてないと。ぐちぐちうじうじ、負けたことも認められないでぐずぐず逃げもしないってのは、人を殺しに来ておいてワガママが過ぎる!」
「貴様がよほどクレーム紛いのことを言われてきたのであろうことはおおむね察したわ」
「…そうね。そう思うと、あの子をくれた奴は、私の生涯のなかで五本指に入るいいやつだったんだな、うん」
「何の話だな」
「過去の話さぁ。さて、巨人のところまで一っ飛びと行きますかね!」
「!」
とんっ、と、歩きながら軽く跳ねた凪子の足元に、やはりルーンで刻まれた陣が展開する。
―恐らくそれは、原初のルーンで刻まれたもの。
原初のルーンであれば、それはもはや神秘の類いだ。魔術妨害では防げまい。
「そんじゃ、お先に!」
凪子はそう言うとぴょん、とその場で跳躍し、魔方陣の中へと姿を消した。
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