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この街の太陽は沈まない33


――Episode Z <???>――



┃ 7/5 ??:??:?? ┃

「…ふぅ………」
商談を終え、部下の運転する車に戻ったラーマは、ネクタイを緩めながら一息ついていた。腕時計に目を落とせば、いつの間にか日が変わっていたらしい。就業時間もなにもあったものではない。
「アンプルには困らされたものだな…」
今回の交渉が長引いたのは、赤いアンプルに対する恐怖心、そしてそれに伴うUGFクリードへの不審感が原因であった。中小組織は赤いアンプルの広がりに対して、それへ目に見えた対応をしないUGFクリードに不満を抱いているのだ。

UGFクリードがなにもしていないわけではない。むしろ警鐘は鳴らしたにも関わらず、購入者が後をたたないのはむしろ自身の組織教育の問題なのではないのか。それを同盟相手ないし上位組織であるUGFクリードに責任を転嫁していることを恥ずべきであろう。

ここ最近のラーマはそうした意図の言葉を、噛み砕いて、オブラートに包み包み、相手に不快感を抱かせないように伝えることが仕事になっていた。
相手を懐柔するのは得意とするところではあったが、一度丁寧に築いた信頼関係を崩されるような行為をされるのは不快ではあった。
「次はどこだったか」
「は、今日はこれで終わりです」
「そうか、少しは休む暇があるといいのだがな…共同セーフハウスにつけてくれ」
「はっ」
運転手に行き先の指示をし、柔らかいシートに身を沈める。
「はー………」
ラーマは疲れたようにため息をついた。アンプルの出所を探る他のメンバーの動きは耳には入っていた。そしてどうやら、あのボスも腰をあげたらしいという話も聞いた。こうなっては、どんな組織が黒幕であれ、相手には同情を禁じ得ない。ボスが動いたということは、つまり相手は殲滅されるということを意味するからだ。
ラーマはそうした血生臭い仕事には、今回は関わらないことになっていた。ヘクトールの指示で、関係の修復と保全を第一に、と言われているからだ。
「(…殺しよりかはマシかとも思ったが、これはこれで…ここまで簡単に崩れるとはな)」
こつん、と拳を額に当てる。
「…人の信頼というのは、かくも脆いものか……」
そうしてぽつり、と思わず思ったことが口に出た。
はっ、と我に返ったラーマはプルプルと頭を振った。仲間が命を懸けて敵を探っているというのに、一番安全地帯で仕事をしている自分が泣き言を言うわけにはいかない。
「明日からまた頑張らねばならんな!」
ラーマは、ぱしん、と、顔をはたくと、気合いを入れ直した。自分には、自分のなすべきことがある。つまり自分の戦場があるのだ。
「…彼女を見つけるまで……膝をおるわけにはいかん」
そして何より、自分には目的がある。裏組織に身を沈めてでも、叶えたい、叶えねばならない目的。
その為には、この程度のことで泣き言を口にするわけにはいかなかった。
「…ん?工事?すみません、ラーマさん。工事中のようで車が通れません」
キッ、と小さな音をたてて、車が止まった。どうやら工事で通行止めになっているらしい。
「む、そうか。ならいい、ここから歩く。大した距離ではないからな」
「ではご同行します。護衛が自分の仕事ですので」
「これくらいの距離なら気にせずとも……」
「なにかあると自分の首が飛んでしまいますので、ご容赦を」
「…そうだな、すまない。では付き合ってくれ」
ラーマは一人降りてセーフハウスに向かおうとしたが、配下の言葉にボスの顔を思いだし、苦笑を浮かべながら同行を許した。彼の仕事であるのならば、それは尊重せねばなるまい。
二人は車から降りると、セーフハウスに向けて暗い道へ踏み出した。暗いといえ勝手知ったる道だ、大したことはない。
「明日の運転手もおまえか?」
「いえ、自分は別の仕事がありまして」
「そうか、夜遅くまですまなかったな」
「そのようなことは…これが仕事ですから」
他愛のない会話を交わしながら、二人の歩みはセーフハウスの裏手に差し掛かった。

その時だ。

「うっ!! 」
「?!どうした!!」
不意に、少し後ろを歩いていた部下が呻き声をあげた。ラーマは反射的に振り返った。振り返り様に引っ付かんだ懐の銃を真っ直ぐに前に向けたが、部下が倒れているばかりで人影はない。
ばっ、と簡単に部下の様子を伺うと、首筋にアンプルが突き立てられているのが見えた。
「…!そこか!」
僅かに聞こえた物音に、素早くラーマはそちらへ銃を向けた。
「!そなたは、ぐっ?!」
そうして視界に入った思わぬターゲットの正体に、ラーマは一瞬、怯んでしまった。

そしてその隙をつかれて、もう一人いたらしい、ラーマの首筋に激痛が走った。

「しまっ………ぐ………」
せめて音をたてて、と思ったが、その前に手の銃は蹴り飛ばされ、手から溢れ落ちてしまった。
「………不覚……っ」
ラーマは小さく、自分の油断を毒づきながら、石畳の道へ倒れ伏した。
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この街の太陽は沈まない32

――Episode Z <???>――



┃ 7/4 ??:??:?? ┃

「くあぁ……」
夜の街を巡回していたランサーは、涙を滲ませながら欠伸を噛み殺していた。
アーチャーが新たな情報を掴んでから、早一週間。ランサーたちChaFSSは、UGFクリードの動向を探りながらの街の治安保護活動を続けていた。相変わらずの8時間×3ターンのスケジュールでの生活を送っており、タフさに自信のあるランサーも初の長期任務に少し疲れも出始めていた。
「休日ねぇもんなァ……まぁ事態が事態だ、そういう時に寝ずに仕事すんのがオレらの仕事なわけで、寝る時間が八時間あるだけマシだわな、うん」
「なぁにボソボソ呟いてんだ?」
「ん、まぁ、勤労態度について考えてみただけだ」
「?よく分からねぇが、ほれ」
「さんきゅ」
数日前からペアになったバーサーカーが、ぽい、と紙袋からサンドイッチの袋をランサーに投げ渡した。ランサーは礼を言いながらそれを受け取り、音を立てないように包みを開いた。
二人は今、小さなビルの屋上からターゲットにしているUGFクリードの構成員の動向を探っていたのだった。ランサーは下から見えないように屋上に寝そべっており、買い出しに行ってきたバーサーカーもランサーの隣に寝そべった。
切れ込みの入れたバゲットにハムやら野菜やらを挟んだサンドイッチを、ばくり、と大きな口で頬張る。
「マタ・ハリの酒場のサンドイッチか。やっぱうめぇなあそこ」
「おーそうだな。そういや、酒場で何でも屋にも会ったぜ」
「あーあいつか」
「そういやお前さん、あいつにちょっと顔似てるよな?」
「あー…なんか確か、一応遠い親戚なんだわ」
「マジか」
UGFクリードがあまりに動かないので、一応様子を伺いつつ、こんな調子で少し前から二人は雑談に興じていた。
バーサーカーも、ばくり、とサンドイッチを頬張る。ランサーより古株だが、ランサーよりも血気盛んなバーサーカーは、幾分退屈しているようだった。
ランサーは望遠鏡を覗きこみ、下の様子を伺う。
「…なぁ、UGFクリードの奴らよぉ…あいつらも、なんかの後をつけてるように見えねぇか?」
「あ?………、………確かに……あいつらも何かの様子を伺っているように見えるな」
「…あいつらにオレたちの動きが漏れているのか……」
「おい、動いたぞ!」
「!」
バーサーカーの言葉に、ランサーは思わず身体を起こした。確かにバーサーカーのいうようにターゲットが動き出していた。しかも、二人いたターゲットが、別々に。
「…どうする」
「別々に追う!」
「おうよ!」
ランサーとバーサーカーは手早く張り込み用具を片付けると、ビルの横手にある下水管やらベランダやらを器用につたい、地面に飛び降りた。ランサーはバーサーカーに目配せすると、自身は右手に動いていったターゲットを追うことにし、二人は別れた。


薄暗い路地裏を、ターゲットは用心深く進んでいく。ランサーも一定の距離をとりながら、その後を追っていく。気付かれてはいないようだ。
その時、ランサーはあることに気がつき、背後を振り返った。
「………ん?あんた、こんなところで――――」

どすり、と。

言い終わる前に、首筋に鈍い痛みが走った。
「な――ッ、が、ぁっ……!!!」
面食らったのも束の間、鋭い痛みが全身を駆け巡り、ランサーはその場に崩れ落ちた。
「……ッ、て、めぇ……ッ!!」
力を入れようとすれば筋肉が無数の針で刺されたように痛み、呼吸をしようとすれば喉が焼けつくように痛んだ。

せめて、せめて素性を確認しなければ。

そう思ってどうにか顔を起こそうとしたがそれは叶わず、ランサーは力なく地面に沈んだ。
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この街の太陽は沈まない31

「メイヴ、おまえに挨拶したいやつらが待ちわびているぞ」
ちょうどそのタイミングで、ぬっ、と巨体の男が姿を見せた。
「フェルグスか」
「おお、お前か。いつもいつもすまんな」
その男はオルタも見知った相手で、名をフェルグスといった。フェルグスはオルタに気が付くと、にっ、と快活な笑みを浮かべた。
メイヴの護衛を勤めており、フェルグス・メイヴ・オルタの3人は古くからの付き合いのある間柄だった。
メイヴは不満そうにフェルグスの方を見上げたが、それも仕事と分かっているからか、しぶしぶといったように立ち上がった。
「それじゃあまたね、クーちゃん。今度はゆっくり食事がしたいわ。ヘクトール、あとはよろしく」
「はい、任されました」
メイヴはおとなしくフェルグスについていき、姿を消した。オルタはメイヴが置いていったアンプルをつかみあげ、じろり、とそれを見据えた。
そんなオルタの様子に気が付いたヘクトールは、意外そうにオルタをみた。
「なんです、興味湧いたんで?」
「………………あぁ」
「………へっ?」
メイヴがいなくなったことで遠慮なくタバコに火をつけていたヘクトールは、オルタの肯定する台詞にぽろりとタバコを取りこぼした。オルタはタバコがソファに落ちる前に空中で掴みとり、ぐしゃり、と手の中で揉み消す。
チリッとした痛みが走ったが、この際どうでもいい。仰天しているらしいヘクトールは、タバコを無駄にされたのに怒りすらせず、ぽかんとオルタを見下ろした。
「…え、興味湧いたの??」
「文句でもあるか?」
「いや、ない……けど、なんでまた?」
「…アイツが興味を持ったからだ。それだけだ」
「……………………なるほど?」
ヘクトールはオルタの言葉に、ややあってから納得したように小さく頷いた。オルタの言わんとするところを察したのだろう、確かに、と小さく呟き目を細めた。
オルタはヘクトールのこういった、わざわざ言わなくとも120%を察するところを買っていた。
「…何か裏があるって?」
「さぁな。だが、何かがあるのは確かだ」
「そうですねぇ……」
ヘクトールはごそり、と新しいタバコを取りだし、口に加えて火をつけた。
「俺は雀蜂が怪しいと見てるんですが、お嬢も口にしてましたしねぇ、どう思います?」
「現状一番怪しいのはそいつらなんだろう?」
「えぇ、そいつは間違いなく」
「なら、まずはそいつを潰せ。それで違うなら仕切り直しだ」
「……りょーかい」
ヘクトールは、無慈悲なオルタの言葉に少し目を見開いたあと、どこか楽しげな笑みを浮かべてソファから身体を起こした。何かしらの指示をしに行ったのだろう、足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「…めんどくせぇ」
オルタはぼそり、と呟くとアンプルを放り投げ、ソファに深く身を沈めた。
アンプルは、トポンと音をたててワインの入ったグラスに沈んだ。ホワイトワインの中に、アンプルが割れてにじみ出た中の薬液が溶け出していく。ワインを侵食するように、赤い液体が透明な液体を犯していく。
オルタはそれを一瞥したあと、目を伏せた。
飽きた。眠い。
付き合っていられん、と、オルタは完全に眠る体制に入ると、すぐに寝入ってしまった。
「ボ、あーもうまた寝てる…まぁ寝起きがこの人は一番怖いから、いいか」
ヘクトールが戻ってきた頃には盛大に寝息をたてていて、やれやれと呟きながら、ヘクトールはオルタの後ろに立って仕事を続けるのだった。

この街の太陽は沈まない30

「…でもこれ、敵対行動でしょう?放っておいていいのん?」
「ハッ、相手にもならねぇ」
「まぁ、今の段階ではボスの手を煩わせるようなものではないですねぇ」
面倒に思いながら、さりとて無視すると延々と話しかけてくるので雑に返答する。そしてそれを手伝うようにヘクトールが言葉を続ける。
メイヴは、ふぅん、と呟いて、机の上にあったカクテルグラスを手に取った。
「でも、クーちゃんがそう言うなら大したことないのね。なら、私も安心して動けるかしら」
「何かするおつもりで?」
「うん、まぁね。だってウチは製薬会社だもの、外面的に放置はできないわ」
何をするかはナイショだけどね、といってメイヴは怪しく笑った。そうして、くい、とカクテルグラスの中身をあおると、またひしっ、とオルタの腕にくっついた。
「ねぇ〜!そんなことより楽しい話をしましょう!」
「うーぜぇ!オレとおまえの間に楽しいことなんざあるか」
「えーそんなことないわよぅ」
「まぁまぁ、最近調子はどうです?」
「売り上げかしら?とても順調よ」
オルタの苛立ちボルテージが上がってきているのを感じ取ったか、ヘクトールが二人の間に割り込むようにソファに腕をついて顔を覗かせてきた。メイヴもヘクトールが珍しいからか、意外にも簡単にヘクトールの方へと顔を向けた。
食いつかせてしまえばあとはもうヘクトールの独壇場だ。メイヴが飽きないようにたまにオルタを巻き込みながら、ヘクトールは会話を続けた。
「(…にしても……こいつまで食いついてくるとはな)」
二人の会話を話し半分に聞きながら、オルタはメイヴが机の上に放置したアンプルに目を向けた。

オルタがアンプルに全く関心がなかったのは事実だ。それになびく雑魚はいらないというのも本心だ。
敵対行動である、とはヘクトールからも言われたことではあるが、正直オルタは敵とすらも思っていなかった。直接攻めてこない輩など敵ですらない。裏を返せば、そうではない、たかが麻薬に敗れるような仲間など仲間ではなかった。

だが、メイヴという女が噛んでくるとなると、事態は少し変わってくる。敵ではないのは変わらないが、胡散臭さが変わってくる。
メイヴは外面的には放置できない、といった。ということは、治療薬か、回復剤的ななにかを開発しようとしているのだろうと予測できた。
だが。

「(こいつが慈善的な理由で動くはずがねぇ)」

オルタが胡散臭く思った理由は、ただそこに尽きた。
確かに治療薬をつくれば金にはなるだろう。だから金のため、と言われれば慈善ではない、といえなくもない。だが、オルタにはメイヴが金で動くとも思えなかった。なぜならわざわざ動かなくても、メイヴには十分金がある。UGFクリードと繋がっているだけで、そんじょそこらの企業の年商程度は一月で稼げる。
であるなら、金のためではない。
「(…薬学的なものに興味があるわけでもねぇ。研究者なら私的興味でってのも考えられるが…)」
「そういえば知ってる?最近夜、不気味な面をした集団が現れるんですって。悪い子をさらって顔を変えてしまう、って、怪談じみた話になってるのよ」
ふ、とその時、メイヴのの言葉が耳に飛び込んできた。相変わらずヘクトールと会話しているようだが、内容を聞く限りはどうも雀蜂のことのようだ。
「(…雀蜂のことも知ってんのか)」
「へぇ、それはそれは…。夜の散歩には気を付けないと行けませんねぇ、お嬢も」
「悪い子だからかしら?そうねぇ…それはそうだけれど、私の勇士が負けるかしら?」
「いやいや、それはそちらの護衛の方が強いとは思いますよ?」
「うふ、でしょう?…でも、私に脅威があるとしたらそれは裏組織ではなく、正義感に満ちた目が瞑れるくらい眩しいような、光を掲げる人間や組織よ。それに、ある国の雀蜂は蜜蜂に負けるともいうわ、なら、私の敵ではないのではなくて?」
「いいますねぇ、お嬢も。製薬会社の社長にしておくにゃあ勿体ない」
「そう?じゃあ何なら相応しいかしら。クーちゃんの夫人とか!?」
「うぜぇ」
きゃー!と黄色い悲鳴をあげながらさりげなく抱きついてきたメイヴを、オルタはびしっ、とデコピンして引き離した。

この街の太陽は沈まない29

「クーちゃーん!!」
そんな二人の間に流れたギスギスした空気を、はつらつとした女の声が嵐のごとく吹き飛ばした。オルタがげんなりした顔を浮かべたのと、ヘクトールが困ったように笑ったのと、その声の主がオルタの胸元に飛び込んでくるのは同時だった。
「邪魔だ、メイヴ」
飛び込まれた衝撃をものともせず、オルタは胸元の女性の服をつかむと無造作に自分からひっぺがした。
「やだ、クーちゃんたら情熱的」
物のようにひっぺがされた女性のほうも、無造作に扱われたことを気にもせずに、ぽっ、と顔を赤く染める。どうやらたまたま、首もとで結ばれたドレスを紐を掴んでいたらしい。
オルタはあからさまに眉間の皺を増やしながら、ぽいっ、と彼女を自分の隣に置いた。遠くに、それこそ文字通り投げ飛ばしても逞しく戻ってくるので、逃げることは随分前から諦めていた。

彼女の名前はメイヴ。
製薬会社MEADの社長を勤める人物だった。そして、眼光だけで人を射殺せそうな顔面のオルタのことを、クーちゃん、などと愛称をつけて呼ぶのも彼女だけであった。

「あらヘクトール、貴方がここにいるなんて」
メイヴはちょこんと隣に座ったところで、ようやく背後のヘクトールに気が付いた。よくも悪くも、メイヴはオルタへの関心が強すぎて時折周りが見えなくなる。
ヘクトールは、どーも、と頭を下げた。
「お変わらずのようでなによりです」
「まぁ、ありがと。でも仕事はいいのかしら?」
「うぜぇ、よっかかるな」
「あぁん?」
しなだれかかるように腕に手を回してきたメイヴを、オルタは腕を払って遠ざける。メイヴはそれにすらもどこか恍惚とした声をあげ、眉を八の字に歪めた。
くねくねと身体を揺らしながら、だがふいにすっ、と真面目な顔に戻ったメイヴが、楽しそうに目を細める。
「………まぁ、最近物騒だものね?」
「!」
「別に」
「あら、そう?変な麻薬が出回り始めてるじゃない」
「あ?」
物騒、という言葉に、ヘクトールは僅かに目を細め、オルタは簡単に一蹴した。だが、メイヴは否定されながらも言葉を続け、ぽろり、とオルタの膝に何かを落とした。
身体に何かがぶつかる感触に反射的にそちらに目を向ければ、そこにはガラスの、赤いアンプルがあった。それも、中身入りの。
「そいつが危険なんで?」
いつもと変わらない口調で、ヘクトールがおどけたように尋ねる。いかにも知りません、と言いたげな声色だが、確かこのアンプルが今、まさにヘクトールが追っているもののはずだ。
突然目の前に出されれば驚くだろうに、それを微塵を感じさせないヘクトールに、今更ながら、少しばかりオルタは感心した。
メイヴはオルタの膝にあるそれを白い指で拾い上げ、ゆらゆらと揺らす。
「そう、とっても危険な麻薬なの。勿論、ハイリスクな分、ハイリターンなものらしいけれど」
「へぇ、そいつぁまた」
「…でも、ハイリスクだから後遺症が残る人の方が大半らしいじゃない?どこから来たのか知らないけれど、迷惑な話よね」
「迷惑ですねぇ」
ウンウン、とヘクトールが後ろでうなずく。メイヴとてヘクトールが全く知らないはずがないであろうことは察せるだろうに、白々しい会話である。
「はっ、そうかい」
付き合いきれん、と、オルタは大きなあくびをしながらまたそう一蹴した。
メイヴは、ぷぅ、と拗ねたように頬を膨らませる。
「もー、クーちゃんたら。クーちゃんとしてはどうなのよ、この街の夜はあなたのものなのよ?」
「どうでもいいな。んなもんに惹かれる雑魚には興味ねぇ」
「やだ、痺れる?」
メイヴはすぐに表情を一転させ、ぶるり、と身体を震わせた。
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