2019-1-1 23:59
「…………………」
タラニスはヘクトールを見て、にや、と笑った。だが何も言わなかった。知らないというよりかは、教える気はない、と言っているように見えた。
凪子はコップを地面に置き、タラニスの方に向き直った。
「タラニス。どうだろう、手を組まないか?」
「はァ?」
「ルーは私を送り込んできたものの正体に目処がついたと言っていた。その上でルーは私を殺すことをしなかった。ルーは私に関わるなと言ってきたが、殺さなかったということはルーにとって価値があったということだ。私そのものではなく、私を送り込んできたものの方に、だ。ルーが価値を見出だしたもの、味方に置いても悪くはないと思わないか?」
「…」
「おい凪子、」
言葉を挟もうとしたクー・フーリンを凪子は手で制した。任せとけって、と言葉をかければ、深くため息をついた後に彼は口を閉じた。
「生憎と私にその正体は分からんのだがな。それでもルーが価値を見いだしたなら、その価値分の仕事はできると約束しよう。ルーの左目の呪いも、ある程度の処置はできるかもしれん」
「…随分な自信だな。今の貴様は使い魔程度に堕とされているのにか?それに、貴様自身はともかく、そっちの人間どもに何の価値がある?」
タラニスは呆れたように言いながらも、だが一笑に伏すことはしなかった。今のタラニスは非常に不利な状況にある、そう簡単にはね除け、敵対する道は選ばないだろうと凪子は予想していたのだ。
予想通りの展開に胸を撫で下ろしつつ、凪子はにや、と笑って見せる。
「単純な戦力でいうならば、子どもギルガメッシュは神性あるものを拘束する鎖を持つし、ヘクトールの火力、クー・フーリンの戦力、マシュ・キリエライトの防御力はお前も知っての通りだろう。一つ一つはそこまでの物ではないが、彼らは連携戦に手慣れている。ま、一柱分の戦力にはなるだろうさ。何より、知識と頭脳を持つ」
「…」
「今この場にはいないが、サポーターについている者たちの知恵は大したものだぞ。知識、俯瞰の視点、解釈力。それはルーのそれに匹敵すると断言しよう。外部から見るからこそ分かることもあるということだ」
「……………。それで?」
タラニスは黙って凪子の言葉を聞き、そう先を促してきた。表情は、読めない。
凪子はちょいちょい、と藤丸を手招きし、隣にすり寄ってきた藤丸の肩をポンと叩いた。
「こちらの目的は異変を正すこと。バロールの出現が、それに該当する可能性が現在高い。お前たちと結託するにしろしないにしろ、こちらが最終的にバロールを目指すことに変わりはない。敵の敵は味方という奴だ。どうせどうあがいても同じ敵と戦うんだ、なら、手を組むのも悪くないとは思わないか?その上で、こう提案したい」
「なんだ」
「向こうにいる私はこちらが受け持つ。ルーがわざわざ追い回したほどだ、アレ、それなりに邪魔だろう」
「…!」
ピクリ、とタラニスの指が跳ねた。タラニスは睨むように凪子を見、はぁー、と困ったように長くため息をついて天を仰いだ。
凪子以外のカルデア一行は固唾をのんでタラニスの次の行動を待った。タラニスはがしがしと頭をかき、再びため息をつく。
「………まァな。アレの相手は面倒だと聞いているが」
「まだ足りないか?」
「いや、そもそもオレの説得に精を出してるとこ悪いんだが、オレにその辺の事を決定する権限はないんでな」
だからいいも悪いもねぇ、と、タラニスは悪びれもせずそう言った。その言葉に凪子は盛大に上体を崩すしかなかった。
要はタラニスに交渉したところで、それは一社員に社長判断案件を提案しているようなもので、何も意味がなかったということらしい。凪子は恨めしげに視線をタラニスに向けた。
「ということはまだ他に仲間がいるのか。なんだよもっと早く言えよ」
「ハ、仕方ねぇだろ。お前がわざわざ交渉ごとを取り出してきたんなら分かってるんだろうが、割とオレは限界なんでね」
「…自己回復できねぇのか?」
「それを許すほど甘い相手じゃねぇよ、バロールは」
クー・フーリンの問い掛けに、タラニスは至極真面目に、静かにそう返す。回復できないというのに、随分と落ち着いたものだ。
体勢を戻した凪子は、うーん、と小さく唸った。
「…じゃあルーが起きるを待つしかない……訳だけど、起きるのか?ルー。なぁ〜、せめて左目の呪いだけ診させてくれない??」
「お前な………」
タラニスは呆れたようにもだもだする凪子を見つめるのだった。