2018-1-6 22:32
――君にいなくなってしまわれると困るんだ。
――それはきっと、心から欲しかった言葉だ。そうであるはずの言葉だ。
だけど、なぜだろう、それがおべっかなどではなく心からの言葉であるとわかっているはずなのに、どうしてこんなにも受け入れがたいのだろう。
「と、いうわけで!業務終了後、レオナルドの工房で!」
「はい………、えっ、はい?」
「それじゃあ、またあとで!」
「はいっ!?え、いや、ドクター!?」
呆然としているうちになにか約束を取り付けられた気がする。いつの間にかロマニは渡した紅茶を飲み干し、いい笑顔で手を振って部屋から出ていっていた。
一人残され、彼はぽかんと自分のカップを抱える他なかった。
ぽかんとしているとあっという間に昼休みは終わり、彼の業務の終了時間が来た。そういえばドクターは業務終了後になんだかんだと言っていたな、と、ロマニの方を振り返ると、ばっちり目があってしまった。
にこっ、と、ロマニは笑みを返してくる。
「いやぁ、お昼の様子だと逃げられるんじゃないかと思ってたけど、そんなことはなさそうでよかった!あ、すまないけど少し僕は席を外すから、ちょっと頼むね」
「はーい」
「うっ、いや、」
どうやら墓穴を掘ったようだ。
そしてそれが顔に出ていたらしく、彼は近寄ってきたロマニにがしりと肩を捕まれ、そのままずるずると引き摺られていく羽目になった。
途中、若干の抵抗を試みるも存外にロマニの力は強く、逃れることを諦めた彼はそのままロマニと共にレオナルド・ダ・ヴィンチの工房へと足を踏み入れた。
「やぁ、君か!ロマニのやつ、誰がそうなのか言わないで仕事に戻るものだから、一体だれなのかと」
「あれ、言わなかったっけか、ごめんごめん」
「…………」
魔術師の工房とは、普通おいそれと他人が入れるものではない。ダ・ヴィンチちゃんに関しては謎のショップを開いている、なんて噂も聞いてはいたが、なんとなくその意識が強かったので彼がダ・ヴィンチの工房に足を踏み入れるのはこれが初めてのことだった。煩雑としているようで整っている、まさに天才の脳内を具現化したかのようなダ・ヴィンチの工房に、はぁ、と彼は感嘆の声を漏らした。
ダ・ヴィンチはそれを見逃さず、おっ、と意外そうに声をあげた。
「おや?この工房がお気に召したかな?」
「え、あっ、は、す、すみません、不躾に」
「別にいいさ、見られたくないものは見えるところにおいていないからね。そうか、君は協会の出で魔術師だから気にもする、ということか」
「ま、まぁ…さすがに」
「私はサーヴァントなのにかい?」
「えっ?いや、その…」
にやにや、とダ・ヴィンチはぐいと顔を寄せてそう尋ねてきた。
そういえば彼女はサーヴァントだ。そして、魔術師にとってサーヴァントは破格の使い魔である、というのが一般認識である。
ただ、彼にとってサーヴァントを見たのも接触したのもここに来てからのことであり、協会にいた頃は全く無縁の生活を送っていた。そして今までの特異点のことを思えば、今さらサーヴァントを使い魔としてなど到底見れたものではない。
とはいえ、そういうと化け物的にみていると思われてしまうだろうか。確かにサーヴァントはある意味強大な兵器とも言ってしまえはする。だがそういう風にみているのか、といわれるとそうでもない。
「レオナルド、いじるのはやめてあげてくれないかな」
どう答えるべきか、と、あわあわとしていると、呆れた声でロマニが助け船を出してきた。それににひひ、と笑った辺り、どうやら自分はダ・ヴィンチにからかわれたらしい。
かちかちに緊張している時分を和ませてくれるつもりだったのかもしれないが、正直心臓に悪い。
「で、魔術的・神秘的な干渉を受けているかどうか、だったねロマニ」
「そうなんだ。藤丸くんの前例があるからね、慎重になりすぎるくらいがちょうどいいだろう?」
「ふふっ、違いない。さぁて、じゃあチェックといこうか、こちらへどうぞ、タワーくん」
「ひ、ひええ…」
ここまで来てしまった以上、そして当人らも大袈裟かもしれないと思いつつも必要だと判断してしまっているらしい以上、今さらやっぱりいいです、と言えるだけの図太さは彼に無く。彼はダ・ヴィンチが促すままにしめされた椅子に座るしかないのであった。