スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

カルデアの善き人々―塔―22

「………で?俺にどうしろと?」
「っ、まて、」
口に出した言葉は自分が思ったよりも遥かに冷たく。それを唯一察したのだろう、エルメロイ?世が焦ったように自分を見る。

あぁ、惨めだ。

冷静さをすぐに欠く自分が惨めだ。
こんな風に指摘される自分が惨めだ。
その事実が惨めだ。
うまく乗りきれない自分が惨めだ。
否定も肯定もできない自分が惨めだ。

そして何よりも、それをよりにもよってエルメロイ?世に、ウェイバー・ベルベットに察されたことが、実に、実に、惨めだ!!

「アメリカで藤丸が損傷したときみたいに患部を切断するのか?あぁ、でも心なんて切断できないよな?じゃあ俺を殺すか?俺は病原菌で感染するんだろ?排除するなら俺を殺すしかねぇよなぁ!!」
「!!タワーさん、」
「アーサー!」
落ち着かせようとしたのか、それとも諌めようとでもしたのか。肩を掴んだエルメロイ?世の手を払い除ける。
ナイチンゲールはぴくりとも表情を変えずに自分を見ている。ぐちゃぐちゃとした感情にこちらはかき回されているというのに、かき回した当人は涼しい顔をしている。

憎い?腹立たしい?苛立たしい?辛い?悲しい?苦しい?

分からない。もう分からない。
でも分かる必要なんてないのかもしれない。そんな、“自分がどう思っているのか”なんて、きっと、誰にとっても“どうでもいい”。

「あんたにとって、俺がどんな思いで今ここにいるとか、そんなくだらないことどうだっていいんだろう、あんたにとって俺はただの病人なんだから」
「否定はしません。あなたには必要なのは治療で、同情ではないでしょう」
「治療?どうやって?理性のぶっとんでるバーサーカーなんぞが、どうやったら治療なんて芸当ができるんだよ!」
「アーサー!」

声を荒げる自分自身が、遠くに見える。
あぁ、なにか今自分は、とても失礼なことを言ったな。引き剥がすように自分を止めるウェイバーが、ずいぶん焦った顔している。お前にそんな顔をさせられるんだったら、それも悪くないのかもしれない。
あぁ、でも彼女の表情が全く変わらない辺り、大して響いても届いてもいないようだ。
あぁそうさ、自分の言葉が誰かに届くだなんて思わない。誰かに聞いてもらえるなんて思わない。

だって今までの人生でそんなこと一度もなかった。
自分は人並みのことしかできない。魔術も平均的なことしかできない。自分には突出したところも特技もない。

どうせ、自分は、数多ある消耗品のひとつでしかないのだ。替えのきく代替品でしかないのだ。ただその代替品すら大してないから、そのレア度が、このカルデアでは若干上がっただけのこと。
唯一でも、特別でもない。
ちょっと希少度が高いだけの、量産品。

不良の出た大量生産品の末路はひとつ。
廃棄だ。

「…分かってるさ」
「アーサー?」
「分かっているさ、他に変えようがないから使われてるだけだってことくらい!!」
「!!タワーさ…」
「だけど仕方ないじゃないか、病原体でも、不良品でも!!俺は俺が壊れたって俺の仕事をなす、それしか俺には生きている価値がない!!だからお前の言葉なんて聞かない!!あんたが俺を殺してでも排除するってんなら、俺はあんたを殺してでも仕事をするだけだ!!」

あぁ、藤丸が目をまんまるにして俺を見てる。
いや藤丸だけじゃない、みんながそうやって俺を見てる。

馬鹿馬鹿しく見えるんだろう。
愚かに見えるんだろう。

あぁ、もう見ないでくれ、見てくれなんて贅沢は望まない、だから、俺は。

「アーサー!!」
ーー彼は、そう吐き捨てるように叫ぶと、エルメロイ?世の腕を振り払い、食堂から飛び出していった。

カルデアの善き人々―塔―21

「あっ、ナイチンゲール!!またやってる!」
彼がなにかを言い返す前に、カウンターに向かったはずの藤丸が事態に気がつくなり飛んで帰ってきた。またやってる、との発言からみて、ナイチンゲールがこうした発言をしたことは自分が初めてではないようだ。それを察して少しだけ安堵し、少しばかりの冷静さを取り戻す。
藤丸は彼をかばうように彼とナイチンゲールの間に入り、困ったようにナイチンゲールを見た。
「気にしてくれるのはありがたいんだけど、あんまり通り魔的に病気認定するのやめてって前お願いしましたよね??」
「ですがマスター、彼は病気です。即刻治療が必要です。大丈夫、たとえ殺してでも救います」
「殺したらダメデショウ!!すみません急に、」
「あ、い、いや……」
ちらり、と顔だけこちらを振り返り、藤丸が目で今のうちに、と伝えてくる。
「いえいけませんマスター、感染の拡大は防がないといけません」
その言葉に甘えてさりげなくその場を離れようとした彼だったが、簡単に見透かされたか、一歩下がったと同時にナイチンゲールにがしりと掴まれた。
女性とはいえサーヴァント、振り払おうとしてもぴくりとも動かない。むしろ下手に逃げれば握りつぶされるのではないかと思う勢いで締め上げられ、思わず足がすくみ、立ち止まってしまう。
そしてふと、言われた言葉の違和感に気が付く。
「……感染、って?」
あわあわと二人を見ていた藤丸は、そう尋ねた彼に意外そうに目を見開いた。

そう、ナイチンゲールは“感染”だと言った。なにかウィルス性の感染症を患っているのだとしたらーカルデアの立地的に、限りなく考えにくい話ではあるがードクターに診断してもらう必要が確かにある。メディカルチェックでは引っ掛かっていないが、潜伏期間にあるものを見つけ出されたというのであれば説明はつく。
また、もしかしたらダ・ヴィンチちゃんの診断で見抜けなかった、なんらかの魔術的干渉を見つけたのかもしれない。ナイチンゲールはナースだ。いくらダ・ヴィンチちゃんが希代の天才であったとしても、医療分野ではナイチンゲールの方が秀でている可能性は否定できない。

「なにか俺が、感染症でも患っていると?」
彼は重ねてそう尋ねる。ナイチンゲールはじ、と無感動な目で彼を見上げ、にべもなく言い放った。


「あなたの精神は病んでいます」


心臓が、止まったような気がした。
「ちょっと、婦長…!!」
「マスター、彼の精神は悉く磨耗しています。ただの疲弊ではありませんし、休んだだけで簡単に回復するものでもありません。そして精神状態の悪化は周りの人間の精神にも影響を与えます。これ以上の疲弊はいずれ生命に関わります」
ぐさぐさと、次々にナイチンゲールの言葉が冷たい刃になって心に突き刺さる。食堂にいたスタッフやサーヴァントの視線が自分に向けられているのがわかる。物理的には当たっていないはずなのに、視線が蜂の針のように体を刺す。
なんて答えればいい。
自分はどうすればいい。

ここでなんと言えば、“失望されないですむ?”?


「精神の病が感染するなど聞いたことがないが?」

彼が言いよどんでいるところへ、あまり聞きたくない声が飛び込んできた。
「あ、?世…」
ほっとしたような藤丸の声が遠くに聞こえる。食堂にいたのだろう、エルメロイ?世が立ち上がり、こちらに近寄ってくるのが見えた。
「確かにカルデアのスタッフたちは肉体的にも精神的にも疲弊している。それを支えあってカルデアは成り立っている。それぞれがそれぞれにできる最大の努力を重ねている。だというのに、一人を病原菌のように言うのはいただけないとは思わないかね、レディ」
「1つが崩壊すれば全てが崩壊する状態であることは承知しています。ですが、だからこそ最も崩壊の危機にあるものを指摘しなければなりません」
「それにしてはずいぶん遠慮がない言い方ではないか?」
「急を要することです、伝わりやすさを優先したまでです」
「ちょ、ちょっと二人とも〜…」
ギスギスとした雰囲気を醸し出す二人に、藤丸がわたわたとあわてふためいている。彼はそんな三者の様子を見て、ぎりり、と拳を握りしめた。

カルデアの善き人々―塔―20

翌朝。

「んぁっ、」

彼は間抜けな声をあげて目を覚ました。
ばっ、と飛び上がるように起き上がり、ぺちぺち、と自身の顔を叩く。慌てて時計を確認したが、幸いにも普段起きる時間だった。
「……マジで爆睡した…。睡眠薬ってすごいんだな」
なんだかんだといって、睡眠薬を服用するのは彼もはじめてのことだ。そしてその効果に大した期待を寄せていなかったのもまた事実だ。
はぁ、と彼は感心した声を漏らしながら、ベッドから起き上がった。夢も見ずにぐっすりといったからか、寝るのが遅くなったわりには寝覚めがいい。
「…あんまりくよくよ悩んでも仕方がない、まずは今日一日を終わらせよう」
彼は自分に言い聞かせるようにそう呟き、制服に袖を通した。


だが、そのささやかな決意は簡単に崩されることになる。


 「あ、おはようございます!」
「!あぁ、おはよう藤丸」
食堂に赴き席についた彼のところへ、ちょうど藤丸が姿を見せた。挨拶を返せば藤丸はにこりと嬉しそうに笑い、パタパタとカウンターへと駆けていった。
ストレスが多いのは藤丸も同様、いやきっと自分よりはるかに多いだろうに、微塵も感じさせないのだから大したものだよな、と、彼は心のなかで呟く。あの子にストレスと付き合う方法を聞いてみるのもありかもしれない。
あぁ、藤丸といえば、エルメロイ?世ともきちんと話さなければ。
「やることが山積みだな……」
ストレス解消も楽ではないな、と、さっそく彼は心が折れそうになった。だがそうも言ってはいられない。どうにかしなければ、人類の命が危ういのだから。
彼は小さくため息をつきながら、かつん、と、皿のミートボールにフォークを突き刺した。


「あなたは病気です」


唐突にそう話しかけられたのは、皿とフォークがぶつかって音をたてたのと同時だった。
「……………………は?」

認めたくなかった。
ただの、ストレスなのだと。疲れているだけなのだと。

決して、なんらかの精神病など患っていないと。

たとえストレスが心因性のものであってもあくまでストレスなのだと、ただ疲弊しているだけなのだと、そう言い聞かせていたのに。

今、自分は、なんと、言われた?

さっと血の気が引いた直後に、かぁっ、と、身体に熱がこもる。
彼は表情を繕うことも忘れて、声の主を振り返った。
「ですから、あなたは病気だと言いました。治療が必要です」
それは悪びれもなく同じ言葉を繰り返した。

バーサーカー、真名ナイチンゲール。

5つ目の特異点にて出会い、その後カルデアに召喚されたサーヴァントだった。

カルデアの善き人々―塔―19

「……つ………つかれた………」

ダ・ヴィンチ女史の検査が始まってはや五時間。途中でロマニは席をはずしたりもしたが、一先ずの検査ではそれらしい干渉は見られない、という結論に至った。
これ以上の検査はそれなりの設備と準備が必要だが、これだけ見られないならまぁ99%ないだろう!とダ・ヴィンチ女史には断言され、彼としては少しほっとしたところであった。ロマニは100%でないことがまだ不安であるようだったが、100%の証明など早々にできないのは彼も承知しているはずだ。それだけ心配していただけている、ということなのだろう。
今はただ、その気持ちだけありがたくいただくことにした。
「まぁ、ストレスに関しては調査しなくても相当値は吹っ切れてるだろうからね!まずはよく休むことの方が必要だと思うなぁ、私は」
「う…それを言われると反論のしようがないな…」
「おっと、いつの間にかいい時間になっていた。とりあえずはよい眠りをとること。それに尽きるさ」
「…そうだね。とりあえず、睡眠薬を試してみようか。夢も見ないで朝までぐっすりできるやつ」
「そう…ですね、ありがとうございます」

そんなわけで、適当な睡眠薬を処方されて彼は、夜のメディカルチェックを終えたあとに部屋へと向かっていた。シュイン、と小さく音をたてて部屋の扉が開く。真っ暗な部屋の電気をつけることもなく、彼はぼすん、と椅子に座った。
「…はぁー………」
昼間は一体どうなることかと肝を冷やしたが、何事もなく本当によかった、と、彼は胸を撫で下ろす。
魔術的・神秘的干渉なんてものを受けていたのだとしたら、きっと自分の命はなかっただろう。死と隣り合わせの日々であるとはいえ、依然死ぬのは怖い。なにより、穏やかに死ねるのかも分かったものじゃない。
息苦しさは解決しなかったが、こうなってくるともう、あとは心因性なのだろう。それならば、まだ対処のしようがあるといったものだ。
「……、夕飯食いそびれたな…まぁいいか、寝よう……」
食事を取り忘れたことに気がついたが、今さらとるのも身体に悪いだろうし、なにより検査で疲れて食事の気分でもない。がしがし、と頭をかくと、洗面台からコップに水をくみ、ぐいと薬を飲み干した。
そうして雑に制服を脱ぎ、椅子の背に放り投げると、寝巻きに着替えることもシャワーも浴びることもなくぼすんとベッドへ倒れこんだ。
「………心因…か………」
――先ほど自分で出したばかりの結論が、ずんと重くのし掛かる。精神的な理由ならば、早急に原因をつきとめ、対処しなければならない。多少の精神薬ならカルデアにもあるとは思うが、その種類には大して期待はできない。そうなると、自力の努力が相当求められるだろう。
「…………」
さて、理由とはなんだろうか。精神が疲弊する要因なら、残念ながら山ほど心当たりがある。だが、気が重い今の現状は去年の夏ごろからずっと続いているものだ。今になって身体に出てきたというのは、いささか解せない。もしもその積み重ねが今になって出てきた、というのであれば、それはもう、どうしようもない。
「……ふぁ…………」
――薬が効いてきたのだろうか。はやくも眠気に襲われてくる。
考えすぎてもどうしようもない。今は、ダ・ヴィンチちゃんに言われた通り、休むことに専念した方が良さそうだ。
彼はぼんやりする頭で毛布を掻き寄せると、それにくるまり、身を縮めた。

カルデアの善き人々―塔―18


――君にいなくなってしまわれると困るんだ。

――それはきっと、心から欲しかった言葉だ。そうであるはずの言葉だ。
だけど、なぜだろう、それがおべっかなどではなく心からの言葉であるとわかっているはずなのに、どうしてこんなにも受け入れがたいのだろう。

「と、いうわけで!業務終了後、レオナルドの工房で!」
「はい………、えっ、はい?」
「それじゃあ、またあとで!」
「はいっ!?え、いや、ドクター!?」
呆然としているうちになにか約束を取り付けられた気がする。いつの間にかロマニは渡した紅茶を飲み干し、いい笑顔で手を振って部屋から出ていっていた。
一人残され、彼はぽかんと自分のカップを抱える他なかった。



 ぽかんとしているとあっという間に昼休みは終わり、彼の業務の終了時間が来た。そういえばドクターは業務終了後になんだかんだと言っていたな、と、ロマニの方を振り返ると、ばっちり目があってしまった。
にこっ、と、ロマニは笑みを返してくる。
「いやぁ、お昼の様子だと逃げられるんじゃないかと思ってたけど、そんなことはなさそうでよかった!あ、すまないけど少し僕は席を外すから、ちょっと頼むね」
「はーい」
「うっ、いや、」
どうやら墓穴を掘ったようだ。
そしてそれが顔に出ていたらしく、彼は近寄ってきたロマニにがしりと肩を捕まれ、そのままずるずると引き摺られていく羽目になった。
 途中、若干の抵抗を試みるも存外にロマニの力は強く、逃れることを諦めた彼はそのままロマニと共にレオナルド・ダ・ヴィンチの工房へと足を踏み入れた。
「やぁ、君か!ロマニのやつ、誰がそうなのか言わないで仕事に戻るものだから、一体だれなのかと」
「あれ、言わなかったっけか、ごめんごめん」
「…………」
魔術師の工房とは、普通おいそれと他人が入れるものではない。ダ・ヴィンチちゃんに関しては謎のショップを開いている、なんて噂も聞いてはいたが、なんとなくその意識が強かったので彼がダ・ヴィンチの工房に足を踏み入れるのはこれが初めてのことだった。煩雑としているようで整っている、まさに天才の脳内を具現化したかのようなダ・ヴィンチの工房に、はぁ、と彼は感嘆の声を漏らした。
ダ・ヴィンチはそれを見逃さず、おっ、と意外そうに声をあげた。
「おや?この工房がお気に召したかな?」
「え、あっ、は、す、すみません、不躾に」
「別にいいさ、見られたくないものは見えるところにおいていないからね。そうか、君は協会の出で魔術師だから気にもする、ということか」
「ま、まぁ…さすがに」
「私はサーヴァントなのにかい?」
「えっ?いや、その…」
にやにや、とダ・ヴィンチはぐいと顔を寄せてそう尋ねてきた。
そういえば彼女はサーヴァントだ。そして、魔術師にとってサーヴァントは破格の使い魔である、というのが一般認識である。
ただ、彼にとってサーヴァントを見たのも接触したのもここに来てからのことであり、協会にいた頃は全く無縁の生活を送っていた。そして今までの特異点のことを思えば、今さらサーヴァントを使い魔としてなど到底見れたものではない。
とはいえ、そういうと化け物的にみていると思われてしまうだろうか。確かにサーヴァントはある意味強大な兵器とも言ってしまえはする。だがそういう風にみているのか、といわれるとそうでもない。
「レオナルド、いじるのはやめてあげてくれないかな」
どう答えるべきか、と、あわあわとしていると、呆れた声でロマニが助け船を出してきた。それににひひ、と笑った辺り、どうやら自分はダ・ヴィンチにからかわれたらしい。
かちかちに緊張している時分を和ませてくれるつもりだったのかもしれないが、正直心臓に悪い。
「で、魔術的・神秘的な干渉を受けているかどうか、だったねロマニ」
「そうなんだ。藤丸くんの前例があるからね、慎重になりすぎるくらいがちょうどいいだろう?」
「ふふっ、違いない。さぁて、じゃあチェックといこうか、こちらへどうぞ、タワーくん」
「ひ、ひええ…」
ここまで来てしまった以上、そして当人らも大袈裟かもしれないと思いつつも必要だと判断してしまっているらしい以上、今さらやっぱりいいです、と言えるだけの図太さは彼に無く。彼はダ・ヴィンチが促すままにしめされた椅子に座るしかないのであった。
<<prev next>>